クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
84話 勇者と勇猛なる戦士
「おはようフーマくん」
フレンダさんとトウカさんと一緒に遅くまでオセロをやって翌朝、俺はおそらく初めて舞に優しく揺さぶられて目を開いた。
ベッドの上に頬杖をつきながら俺の顔を見下ろしている舞がふんわりと微笑みながら話しかけてくる。
「ふふっ、まだ寝たりないみたいだけれどそろそろ日が昇るから準備してちょうだい」
舞はそう言うと、俺にかけられていた毛布をそっとめくって優しく抱き締めてきた。
あぁ、これだよこれ。
やっぱり舞も普通にやろうと思えば出来るんじゃないか。
何もわざわざ俺の頭の上で逆立ちをしないでも、こういう愛情たっぷりの普通の起こし方が一番グッとくるんだよ。
そんな事を考えながら、俺の胸元に顔をのせながら微笑んでいる舞を眺めつつ体を起こそうとしたその時、俺は謎の浮遊感を感じて空を飛んだ。
あれ?
もしかしなくてもこれは夢だったのか?
そんな事をぼんやりと考えていた俺は、そのままベッドの上に自由落下した衝撃でようやく夢の世界から目を覚ました。
まだまだ重たいまぶたを開きながら何とか周りの状況を確認してみると、満面の笑みで俺を見下ろす現実の舞と申し訳なさそうな顔をしているトウカさんの姿がそこにあった。
はぁ、やっぱり舞が普通に起こしてくれるなんてあり得ないよな。
「おはようフーマくん!  今朝はトウカさんに手伝ってもらって空を飛ぶ爽快感を演出してみたわ!」
「おはようございますフーマ様。その、申し訳ございませんでした」
そんな対極的な表情をする二人の顔を見ながら体を起こすと、俺の寝ていた場所のシーツがぐしゃぐしゃになっている事に気がついた。
どうやら舞とトウカさんはシーツごと俺を勢い良く持ち上げて、そのまま落下させることで俺に空を飛ぶ爽快感を演出してくれたらしい。
訳が分からん。
「おはようございますトウカさん。それと、おはようマイム。二人のお陰で気持ちよく目を覚ます事が出来たぞ」
「それは何よりだわ!  やはり、私の計算に狂いはなかった様ね!」
「ああ。よかったらマイムも体験してみろよ」
「ええ。フーマくんがそう言うのなら、是非ともそうさせてもらうわ!」
舞ちゃんは元気にそうお返事すると、俺の寝ていた位置に寝転がって胸の上で手を組んだ。
心なしか目をキラキラさせている様な気がする。
「それじゃあトウカさん。そっち側をお願いして良いですか?」
「は、はい。分かりました」
「よし、それじゃあマイム。せーので上に飛ばすから、マイムは空を飛んでいる感覚をしっかりと味わうために飛ぶ瞬間までは目を閉じていてくれ」
「分かったわ!  目を閉じていれば良いのね!」
「それと、上に飛んだと思ったらそのまま落下するのは危ないから目を開けるんだぞ」
「分かったわ!  さぁ、そろそろ私を空の彼方へ飛ばしてちょうだい!」
「あいよ。それじゃあ、トウカさんも準備は良いですか?」
「はい。私の方は大丈夫です」
「それじゃあいきますよ。せーの、テレポーテーション!」
こうして舞を無事に空の彼方へ飛ばした俺は、もぬけの殻となったシーツを足元に放ってベッドから飛び降りた。
そんな俺の様子をただ黙って見守っていたトウカさんは事態の理解にワンテンポ遅れて、慌てた表情で俺に話しかけてくる。
「ふ、フーマ様!?  一体マイム様はどこに行ってしまったのですか?」
「え?  どこってもちろん空の上ですよ」
「薄々その様な気はしていましたが、その様な事をしてマイム様はご無事なのですか?」
「あぁ、はい。マイムは風魔法で空を飛べるんで問題無いですよ。それじゃあ、俺はシャワーを浴びてきますね」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
こうして最悪な目覚めを提供してくれた舞にきっちりと仕返しをした俺はトウカさんのそんな微妙な話を聞きながら寝室を出た。
さてと、あと一時間後にはフレンダさんが感覚共有で俺の元へやって来るし、さっさと準備するとするかね。
俺はそんな事を考えながら、ぐぐっと伸びをしつつ風呂場へと向かった。
◇◆◇
風舞
「さて、それでは皆揃った様だし早速始めるとしようか」
戦闘に支障をきたさない程度の朝食を済ませた後会議室に向かうと、俺とトウカさんと舞を視界に収めたファーシェルさんが椅子から立ち上がりながらそう言った。
会議室の中にはファーシェルさんの他にエルフの軍隊のお偉いさんとファルゴさんと団長さん、それにユーリアくんとローズの姿が確認できた。
どうやら俺達3人が一番最後にこの部屋に到着したらしい。
「お待たせしてすみませんでした。マイムのウォーミングアップに付き合っていたら遅くなってしまいました」
舞を空へとかっ飛ばして軽くシャワーを浴びて風呂場から出ると、何故か俺を起こした時よりもハイテンションになっていた舞が俺を待ち構えていて、2回目の空の旅を所望してきた。
なんでも空高くから見る日の出がかなり綺麗らしく、それをもう一度見に行きたくなってしまったらしい。
舞はネグリジェのままで寝癖も立ったままだから早く準備をさせなくてはならなかったのだが、あまりにもしつこく食い下がるもんだから後一度だけという約束の元、舞をもう一度飛ばしてやったのである。
あ、流石の舞ちゃんも悪いと思っているのか申し訳なさそうに風圧でボサボサのままの頭を下げている。
「一体どんなウォーミングアップをしてくればそんなに派手な髪型になるのか分からないが、今は僅かな時間も惜しいしそれは後で聞くとしよう。さて、先ずは作戦の最終確認を始めようと思うのだが…」
「いや、どうせこやつらが素直に作戦通りに動いてくれるとは思わんし、その必要は無いじゃろう」
「そうだね。大まかな方針はみんな理解しているみたいだし、いきなり動き始めて良いと思うよ。シェリーもその方が分かりやすくて良いでしょ?」
「ああ。私には難しい話は分かんねぇし、ターニャが倒し損ねた分の迷宮王をぶっ殺して来いって言ってくれた方が楽だな」
「そうか。では、迷宮王討伐組が世界樹に入ってから4時間後にエルセーヌに指令を出してスタンピードを起こす。ターニャ達は発見し次第ここへ転移させてくれれば後はこちらで対処するから、フーマはよろしくしく頼む」
「分かりました。俺が責任を持ってターニャさんをこちらへお送りします」
「きっとターニャちゃんは今も頑張って戦っていると思うし、早く迎えに行ったあげましょう!」
「ああ。そうだな」
俺は拳を腰に差した刀に手をかけながら勇猛に笑う舞にそう返事をしながら、昨日のターニャさんとのやりとりを思い出していた。
昨日の昼頃ハシウスを世界樹の中に放置して来た俺は師匠という立場を悪用、もとい弟子であるターニャさんを育てるために世界樹を一晩で攻略して来いという修行を課した。
ターニャさんは現在のエルフの里でもトップクラスの実力者らしいが、流石に足手まといになってそうなハシウスと実力不明の忍者達が一緒では世界樹を攻略しきるのは不可能な気がする。
おそらく今も外の様子があまり分からない世界樹の中で、ダンジョンの踏破を目指して魔物と戦い続けているのだろう。
とは言え、流石に徹夜で戦い続けるのは無理があるし、作戦の都合上ターニャさんは早めに回収し可能ならばある程度休憩した後で里の防衛に回ってもらいたい。
「ふむ。ターニャと言えば、あやつは第何階層ぐらいまで到達しておるんじゃろうな」
「えぇっと、俺がターニャさんをダンジョンへ送り出してかれこれ10時間以上経ってるから第20階層ぐらいまでは行ってるんじゃないか?」
「それじゃあ、俺達はそこから50階層までの迷宮王を倒す事になるのか」
「そうですね。多分迷宮王の半数くらいはまだ残ってると思います」
今回の作戦は大まかに俺達迷宮王討伐組とエルフ軍によるエルフの里防衛組の2チームに分かれて遂行する。
俺達迷宮王討伐組の主な仕事はその名の通り、ターニャさん達がまだ倒し終わっていない迷宮王を世界樹の中に入って倒すなり足止めしておく事で里を防衛するエルフ軍の負担を減らすというものだ。
事前に最初の迷宮王を倒した舞達によると、世界樹も他のダンジョンと同様に迷宮王の部屋はダンジョンを攻略しようとする何者かが侵入する事でその部屋の出入り口を塞がれるらしく、その状況ならスタンピードの間でも迷宮王との一対一のガチンコ勝負に持ち込めると考えての作戦である。
また、俺達が世界樹に入ってから4時間後に魔封結晶によってスタンピードを起こすというタイムリミットを設けたのはエルフの軍隊の集中力を考慮しての事だ。
いくらエルフの軍隊が優秀とは言っても何時間も待たされて集中力が切れた状態で魔物の大軍と戦っては思わぬ損害が出てしまう可能性があるため、このタイムリミットは必要な措置と言えるであろう。
まぁ、流石に今の魔物がぎっしりつまっている世界樹なら、ダンジョンの中でも代表格の魔物である迷宮王を攻撃され始めたらスタンピードを起こして対抗してくると思うんだけどな。
「うへぇ、やっぱり思ってたよりもキツそうだな」
「まぁ、ミレンやエルセーヌさんの解析によると最上階の迷宮王でもターニャさんクラスの人が5人いれば正面切って戦っても勝てるらしいですし、やり様によっては俺達でもなんとかなると思いますよ」
「ターニャさんクラスが5人か…っておい!  それのどこがなんとかなるんだよ!」
「まぁまぁ、ファルゴとシェリーのコンビは息ぴったりだし、みんなで戦えば長期戦に持ち込めば勝てなくとも足止めくらいは出来ると思うよ。それに、フーマの転移魔法を使えば通路を塞がれた迷宮王の部屋から出れるかもしれないんでしょ?」
「はい。確証があるわけでは無いんですけど、世界樹の外から中に転移は出来たんでそれも出来ると思います」
「ほら、これなら長時間耐え切れば援軍も撤退も期待出来るしそこまで心配ないでしょ?」
「それはまぁ、そうですけど」
「大丈夫だファルゴ。お前の事は私がしっかりと守ってやるから何の心配も無ぇよ」
「あぁ、そうだったな。俺一人で迷宮王と戦う訳では無いんだし、そこまでビビる事は無いか」
「オホホホ。確かにファルゴ様御一人で戦う必要は無いとは思いますが、おそらく多くても二人組で戦う必要があると思いますわ」
いつもの様に突然現れたエルセーヌさんはオホホと笑いながらそう言うと、ファーシェルさんに何やら報告書の様なものを手渡した。
部屋にいた誰もが突然現れたエルセーヌさんによって報告書を手渡されたファーシェルさんに注目していると、それを読み終わったファーシェルさんが真剣な顔でエルセーヌさんに話しかけた。
「おい、これは真実なのか?」
「オホホホ。今し方世界樹へ足を運んで確認して来たので間違いありませんわ」
「ふむ。スタンピードが今にも起こりそうなのかの?」
「オホホホホ。その通りですわ。つい2分ほど前に世界樹の上に溜まっていた魔物が一斉に鳴き声を上げ始めましたの。おそらくそこの窓を開ければここからでも聞こえると思いますわ」
エルセーヌさんにそう言われて窓の近くに立っていたエルフの軍人さんはファーシェルさんに確認をとると、締め切っていたカーテンを開いて窓を開けた。
それと同時に不快な音をグチャグチャに混ぜ合わせた様な嫌な音が防音で外の音が何も聞こえなかった会議室の中を思いっきり搔きまわす様に鳴り響いた。
「うわぁ、これはかなり気持ちの悪い音だね」
「ああ。確かにこれならスタンピードが起こる直前っていうのも頷けるな」
「オホホホ。ですので、ご主人様方には世界樹に侵入してすぐに全ての迷宮王と交戦を始めていただかなくてはなりませんわ」
「あぁ、それで二人組で戦わなくてはならないって言ったのか」
「ふむ。それでは、この中で迷宮王攻略組のメンバーの実力を一番知っておる妾が組み合わせを決めるが、それでも良いかの?」
「ああ、俺は構わないぞ」
「ええ、もちろん私も問題無いわ」
「そうだな。俺もミレンの割り振りなら信用できるし、そうしてくれ」
「私は強いやつと戦いてぇ」
「それじゃあ、僕も上の方の迷宮王と戦いたいかな」
「そうか。トウカはどうなんじゃ?  結局、お主は本当に今日の戦に参加するのかの?」
ローズは皆の意見を手早く聞くと、最後にトウカさんの方を向いて彼女の意思を尋ねた。
俺と舞は左右にズレてトウカさんに笑いかけながら、トウカさん自身の答えを待つ。
「私は今までただひたすらに儀式の苦痛に耐え続ける事だけが巫の務めだと思い働いて来ましたが、フーマ様がその様な籠の中の私を連れ出して助けてくださると仰ってくださいました。たとえフーマ様と肩を並べて戦う事が出来なくとも、私は私自身の力で立ち上がってエルフの里と全ての民を守るために戦いたいと思います!」
「ふむ、どうやら妾が聞くまでもなくトウカの意思は固まっていた様じゃな」
『ふん、見違えるほど良い顔をする様になったではないですか』
「よし、それじゃあさっさと迷宮王を倒して来てエルフの里の防衛隊を手伝ってやろうぜ」
「そうじゃな。では、迷宮王討伐組の編成を発表するのじゃ」
ローズはそう言うと、迷宮の階層を下から順にそれぞれに割り振っていった。
以下がその内訳である。
第25階層迷宮王:風舞
第30階層迷宮王:ファルゴ、シェリー
第35階層迷宮王:トウカ、ユーリア
第40階層迷宮王:エルセーヌ
第45階層迷宮王:ローズ
第50階層迷宮王:風舞、舞
「っておい!  何で俺だけ2箇所もあるんだよ!」
「迷宮王にもよるじゃろうが、おそらく第25階層の迷宮王ぐらいなら遥か上空から落とせばそれだけで勝てるはずじゃ。仮に倒す事は出来ずとも、重症の迷宮王ならエルフの軍隊で何の苦労もなく倒せるじゃろうよ」
「それじゃあ、第25階層の迷宮王が飛べるやつだったらどうするんだよ」
「その場合はお主に各階層に運んでもらう前に妾たち全員の最大火力で攻撃して倒す予定じゃ。どちらにせよ瞬殺する事は変わらんから、お主は第50階層の迷宮王を倒す事だけを考えておれば良い」
「マジかよ」
「オホホホホ。きっとご主人様とマイム様のお二人なら何とかなりますわ」
「おい、それなら俺と変わってくれよ。エルセーヌさんはこの中じゃ多分一番強いんだろ?」
「いや、エルセーヌは万が一ファルゴやトウカ達が敗北した場合のカバーに入ってもらわねばならんから、あまり上の方には配置できぬ」
「マジかいな」
「大丈夫よフーマくん!  私とフーマくんなら例えどんな相手でも絶対に勝てるわ!」
「私もユーリアと共にいち早く応援に駆けつけますので御安心ください!」
「まぁ、僕達が応援に行ってもフーマが外に出て来ないと応援に行けないんだけどね」
「オホホホ。本当でしたら私もご主人様と共に戦いたかったのですが、とても残念ですわ」
ちっ、これじゃあいくら駄々をこねても俺の配置は変えてくれそうにないな。
まぁ、俺は転移魔法が使えるから仮に危なくなっても舞を連れて逃げられるし、ローズもそれを考慮して俺を最上階に配置したのだろう。
「はぁ、分かった。出来るだけ長く逃げ回ってるから、早く援護に来てくれ」
「大丈夫よフーマくん!  むしろ私達二人が一番始めに迷宮王を倒してみんなのお手伝いに行きましょう!」
「あぁ、はいはい。頑張ろうな」
そんな感じで舞に投げやりな返事をすると、黙って経緯を見守っていたファーシェルさんが真剣な顔で口を開いた。
「出来ることなら私達の軍からも迷宮王攻略の為に人員を割きたいのだが、この様子では厳しそうだな」
「うむ。流石のフーマでもあまり大人数は転移させる事が出来ぬし、いきなり共闘をしろと言われても連携をとれるかは分からぬ。それならば世界樹が第50階層よりも上があった場合など万が一の場合に備えてお主らも里の防備をしておいた方が良いじゃろうな」
「そうか。少しでも力になれればと思ったのだが、すまないね」
「いや、こうして妾達の人数分世界樹の葉を用意してくれただけでも十分じゃ。むしろ礼を言わせてくれ」
ローズは俺とトウカさんと舞に一つずつ小さな革袋を渡しながらそう言った。
中を確認してみると、ローズの話通り瑞々しく不思議な力を感じる世界樹の葉っぱが一枚入っていた。
おぉ、これがあるってだけで安心感が全然違うな。
「私としてはお前達だけを世界樹に送り込むのは正直気が引けるんだが、どうやらここで迷っている時間もないらしい。頼めるか?」
「うむ。妾達も勝率が無い戦に挑む訳ではあるまいし、もちろん引き受けよう。お主らも準備は良いな?」
身支度を整えて俺の元へ集まっていた皆にローズが優雅に歩きながら問いかけると、俺達は揃って肯定の意思を示した。
敵が強大である事に代わりはないが、今回の戦いはローズ曰く勝てない戦ではないらしいし、全力をもってファーシェルさんやトウカさんの期待に応えるとしよう。
「うむ。皆準備は良い様じゃな。先ずはターニャの確保、その後は順次割り当てられた階層で迷宮王の討伐じゃ。それではフーマ、宜しく頼むぞ」
ローズがそう言って俺の胸に手をあてると、俺の回りに集まっていた皆が俺の腕や肩に手を伸ばして転移魔法に備えた。
その様子を見ていたファーシェルさんがかかとを揃えて直立し、大声で号令をかける。
「我らが勇者と勇猛なる戦士に敬礼!」
ファーシェルさんのその掛け声により、会議室にいた全てのエルフの軍人が俺達に向かって一斉に敬礼をした。
こうして本物の軍人さんの敬礼を見るのは初めてだが、それを実際に受けてみるとこんなにも戦意が沸くものだとは思いもしなかった。
そんな事を考えながら、ふと俺の右腕に抱きついていた舞の方に視線を向けると、ウズウズとした表情の舞が笑みを浮かべながら無言で頷いた。
あぁ、そうだな。
折角エルフの軍人さんやファーシェルさん達がこんなにも期待を寄せてくれているのだから、ここは勇者らしく完勝して戻って来なくてはならないだろう。
そう考えた俺は、俺の手を握っていた舞とトウカさんの手をしっかりとと握り返しながら、顔をあげてファーシェルさん達の方を見ながら大声で合図をした。
「よし、それじゃあ行くぞ!  テレポーテーション!」
こうしてファーシェルさんとエルフの軍人さん達の敬礼を受けた俺達は、揃って世界樹の第5階層の迷宮王の部屋まで転移した。
◇◆◇
世界樹の頂上付近、隠された階層にてある二人組のエルフが肩を寄せ合いながら大樹の隙間でそっと身を潜めていた。
そのエルフはどちらも酷く痩せこけていて身に付けている装備も酷く磨耗し、何百年もの間こうしてこの狭い隙間から出ていないのではないかと思わせる様な風貌をしている。
エルフの二人組の内の一人である女性が俯いていた顔をあげ、もう一人の男の耳元で囁く様に小さな声で話しかけた。
その声は聴覚に優れたエルフでも聞き逃してしまう程に小さくか細いものではあったが、その声には確かな強い意思が伴っていた。
「どうやらついにこの時が来た様ですね」
女性のエルフの声を聞いたエルフの男性は、まるで長い時から目を覚ます様に瞼を開きながら微笑みを浮かべて言葉を返した。
「ああ。私にも聞こえているよ。どうやら最愛の我が息子と娘が頼もしい仲間と共にこの世界樹へ来てくれるらしい」
「私としてはあの二人には里から離れた遠い地でひっそりと暮らしていて欲しかったですから、いささか喜び辛いですね」
「君は何百年経っても素直じゃ無いところは変わらないね。本当にそう思うのなら、その口許の全く隠せていない笑顔はなんなんだい?」
「ふふっ、やはり長い時を共にすごしてきた夫を欺く事は出来ないみたいです」
エルフの女性はそう言いながら立ち上がると、すぐそばに立て掛けられていた錫杖に手を伸ばした。
その錫杖は他の装備とは異なり、まるで風化した様子を見せずに確かな時代の重さと共に強い輝きを放っている。
「おや、ついに最終決戦の日が来たのかな」
「ええ。我が息子と娘が命を賭して戦に挑むのですから、親である私がいつまでもこの様なところで寛いでいる訳にはいきません。それに…」
「それに?」
「トウカが想いを寄せるフーマという人間の顔も見てみたいですからね」
「あぁ、確かにそれは僕も気になるかな。僕達の可愛い娘に手を出す様な男は僕自身がしっかりと見極めてあげないと」
「それでは、貴方も私と共に戦ってくださるのですか?」
「何を今さら当然の事を聞くんだい?  僕たちは500年以上共に戦ってきたし、最終決戦だと言うのなら僕が参加しない訳がないよ」
「そういえばそうでしたね。では、私達の大切な娘や息子に会いに行くために最後の戦いに挑むとしましょうか」
「うん。流石にそろそろあいつとの因縁も解消したいし、今日こそ勝ってここから出るとしよう」
エルフの女性と男性は互いに顔を合わせて笑い会うと、壁の間にある小さな隙間から出て、その部屋の中央にいる部屋の主の基へと歩いて行った。
彼らは戦う。
ある者は自分自身の因縁を絶ち切りエルフの里を守るために、
ある者は敬愛する姉を苦しめ続けた世界樹に報復をするために、
ある者は自身を受け入れてくれたエルフを守り世界に恩を返すために、
ある者は自分よりも強い最愛の妻を守るために、
そしてある者達は最愛の息子と娘と再開するために、
またある者は自分の主人が戦うから仕方なく、
またある者は自分の大切な仲間達の願いをかなえるために、
またある者は愛する者と共にあるために、
そして、ある一人の勇者は………。
それぞれの思いとは別に長い間力を溜め込んだ世界樹は今まさに氾濫を起こそうとしていた。
果たして此度の戦に勝利するのは、人か魔物か。
数多のエルフと二人の勇者と魔王とその仲間達による世界樹との最終決戦の火蓋が今、切って落とされる。
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