クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

67話 世界樹の洞

 ファルゴ






「ちっ、あのクソ野郎何度思い出しても腹が立つ!」




 世界樹から魔物が発生しているという内容の公的書類を作るために俺とシェリーは今朝からエルフの里の里長であるハシウスに署名をしてもらいに行ったのだが、僅か数分の謁見にも関わらずシェリーはハシウスに対してブチ切れていた。




「まぁ、こうしてサインは貰えたんだから良いじゃないか」
「良い訳あるか!  あいつは里の面子ばっかり気にして、出来るわけもないのに魔物の発生を内々に処理しようとしてるんだぞ!」
「でも、だからと言って俺達があいつに何を言っても無駄なのは分かってんだろ?」
「それはそうだけどよ!」




 シェリーが苛立たしげに後頭部をガリガリとかきながらそう言った。


 俺達はあくまで派遣された傭兵であって、今回の仕事は仲介役や調査ぐらいしか出来る事はない。
 だが、報酬と労力を天秤にかけて仕事をする大抵の傭兵とは違って、人々を守り人々の役に立ちたいという想いでセイレール騎士団を立ち上げたシェリーにとっては、エルフの里と世界樹をめぐる問題は世界樹のまわりを軽く調査をしてそれで終わりという訳にはいかない案件であるようであった。


 シェリーがこうしてハシウスに対してキレているのも、あの里長がエルフの民ではなくエルフの里を守ることに重きを置いている事が透けて見えたからなのかもしれない。
 シェリーはほとんどのエルフが俺達の赤髪を見ても嫌な顔をしない為か、何だかんだ言ってエルフの里を気に入ってるみたいだったしな。




「なぁ、俺達はこの後どうするんだ?」
「あ?  とりあえずは飯にするに決まってんだろ?  私は朝から待たされっぱなしで腹が減ってるんだ」
「いや、そうじゃなくて俺達はこの後どこまで首を突っ込むんだ?」
「あぁ?  それこそ決まってんだろ。里で暮らすエルフ達が悲しい思いをしなくて済むまでだ」
「多分今回は今までで一番キツい仕事になるぞ?  下手すると…いや、上手くやっても死ぬかもしれない」
「そんなの関係無ぇな。赤い狂人である私にとって、世のため人のために死ぬ事は本望だ。私は幸せな人生を送らせてくれるこの世界に恩を返すために生きてるんだよ」




 俺の前を歩いていたシェリーは顔だけで振り返りながらそう言うと、カッコいい顔でニッと笑った。
 あぁ、そういえば俺が初めてシェリーの事を好きだと思った時もこんな顔をしていたっけ。


 ついさっきまでは今回の世界樹の件からは手を引いてここいらでセイレール村に帰りたいと思っていたけれど、こいつのこんな笑顔を見せられたら俺にシェリーを止められる訳がない。




「そうかよ。お前はやっぱりカッコいいな」
「なんだ?  惚れ直したか?」
「いや、どっちかって言うと惚れっぱなしだ」
「ば、馬鹿野郎!  泣き虫ファルゴの癖に生意気だぞ!  いいから飯だ、飯! 珍しく頭を使って私は腹が減ってるんだからさっさと食いに行くぞ!」
「あいよ。団長様の仰せのままに」




 ちっぽけな力しかなくて臆病な俺には世界樹の探索はかなり荷が重い。
 だが、俺の大事な弟分であるフーマだけでなく、俺の最愛の妻であるシェリーまでもがエルフのために戦うと言っているのだ。
 折角ならシェリーにカッコいいところを見せて、ついでに黒髪の勇者達がエルフの里を救う英雄譚にでも名前をのせてやろう。


 俺はそんな事を考えながら、顔を真っ赤にしたシェリーに手を引かれて長い廊下を進んだ。






 ◇◆◇






 風舞






「あれ?  思ったよりも静かだな」




 エルセーヌさんに護身用の結界を張ってもらってから舞と俺とエルセーヌさんの3人で世界樹のてっぺんの辺りに転移魔法でやって来たのだが、つい先ほどまでの予想とは異なって世界樹の先っちょのあたりは魔物の姿が全く確認出来なかった。
 一応魔力感知を使えば100メートルほど下に魔物らしき存在を感知できるのだが、あちらから俺たちのいる方へ近づいて来る様子は全くない。




「ええ。何と言うか、このあたりは空気というか雰囲気が違うわね」
「ああ。下の方には魔物がキモいくらいいるのに、上の方には近寄ろうともしない。まるで魔物の嫌がる何かがあるみたいだな」
『結界の気配は感じませんし、何か別の要因でもあるのでしょうか。』
「結界じゃ無いとなると何が原因だと思いますか?」
『さぁ?  私が知るわけ無いじゃないですか。』
「あ、そうっすか」
「フレンダさんは何て?」
「わかんにゃいって」
「ふふっ。フレンダさんはユーモラスな方なのね」
『おいフーマ。貴方のせいで変な誤解を受けたのですが。』
「さて、それじゃあ早速探索を始めようか」
『おい!  無視するんじゃありません!」
「ええ。流石にこの高度だとかなり冷えるし、早く入口を見つけて下に戻りましょう」




 舞の言うように、世界樹のてっぺんのあたりは地上から5千メートルぐらいの所にあるためかなり寒い。
 一応ステータスがあるおかげか高山病の症状を感じる事は無いのだが、俺と舞の格好は夏が近づいて来ている事もあってかなり薄着なので、体を壊す前に出来るだけ早く用事を済ませて下に戻った方が良いと思う。
 ちなみに、エルセーヌさんは暑い日でも寒い日でもいつもの豪華なゴシックドレスを着たままでいるらしく、彼女にとって気温なんてものは度外視されるものであるそうだ。
 相変わらず謎が多いというかよく分からない女性である。




「で、思ったよりも早く入口っぽいのを見つけたけどどうする?」




 そんなこんなで世界樹のてっぺんを転移魔法を使いながらウロチョロする事数分、俺たち3人は何の苦労もなく世界樹の中に入れそうな木のうろの様な入口を見つけた。
 木の洞は大体直径2メートルぐらいの大きさで、道が曲がりくねっているために奥の方までは見通せない。




「私としてはこのまま中に入りたいところだけど、今は大した装備も無いしやめておきましょうか」
「そうだな。後でローズ達を連れてまた来れば良いだけだし、今のところはここいらで引き返しておくか」
「オホホ。そろそろ正午も近づいてきましたし、私もそれが良いと思いますわ」
「じゃ、帰るか」




 こうして、俺達3人による世界樹のてっぺんの探索は何の山も谷も無くスッと終わった。
 一応世界樹のてっぺんは魔物が寄って来ない安全地帯っぽいという情報を掴みもしたが、それもだからどうしたという程度の感想しか浮かばない地味なものだろう。


 はぁ、何かしらスタンピードを抑えるのに有効な手がかりでもあればと思ってたのにガッカリだ。
 俺はそんな事を考えながら、舞とエルセーヌさんを連れて宮殿の一室まで転移魔法で戻った。






 ◇◆◇






 風舞






「む、ようやく帰って来たか」
「あぁ、ただいま」




 舞とエルセーヌさんに抱きつかれながら宮殿まで戻ると、ローズとターニャさんが丸テーブルを挟んで紅茶を飲んでいた。
 ターニャさんは魔力を使いきって倒れた影響か顔色が若干悪いが、目立った外傷も無いしこうして休んでいれば何の問題も無さそうである。
 良かった。エルフの里のお姫様に傷をつけたとかシャレにもならなそうだし、すごい安心した。


 なんて事を考えながらターニャさんを見ていると、その彼女に目を逸らされてしまった。
 あれ?  俺何かしたか?




「ほれターニャ。フーマに言いたい事があるのじゃろう?」
「ちょ、ちょっとミレン先生!  いきなり帰って来ちゃったから、まだ心の準備が出来て無いんだけど!」
「そうは言うが、別に大した話でも無いじゃろうに」
「で、でも、こんな事男の人にお願いするの初めてだし」




 なんかターニャさんが指先をツンツンさせながらモジモジしてる。
 え?
 マジで何をお願いされるんだ?


 そんな感じで舞とエルセーヌさんに抱きつかれながら微妙に困っていると、俺の右腕に抱きついていたエルセーヌさんが俺の耳元でボソボソと囁いた。
 ていうか、何でこの二人は俺の腕を掴んだまま離してくれないのだろうか。




「オホホホホ。既にエルフの次期里長を攻略していたとは流石はご主人様ですわ」
「そう。やっぱりフーマくんはターニャちゃんに色目を使っていたのね」
「ちょ、ちょっと舞さん?  俺はターニャさんに色目なんて使ってないし、さっきから俺の腕が聞いたことない音を出してるんですけど?」
「あら、フーマくんが誰彼構わず可愛い女の子とあれば直ぐに手を出すからいけないんじゃ無いのかしら?」
「ちょ、マジで痛い!  痛いからやめて!」
『おいフーマ。早く何とかしてください。このままでは腕を砕かれますよ?」




 何とかしてって言われてもどうすれば良いんだよ。
 左腕は舞が怖い笑みを浮かべながら物凄い力で締め上げられてるし、右腕は右腕でエルセーヌさんが面白がって離してくれないから全く逃げられない。




「ほれターニャ。早くせんとフーマの腕が砕かれてしまうぞ?」
「えっ、えぇ?  そんな事言われても超困るんですけど」
「ターニャさん!  言いたい事があるなら一思いに言っちゃってください!」




 このまま少しずつ締め上げられるぐらいなら、さっさと腕を折って舞のお説教を受けた方が楽な気がする。
 この状況を抜け出すためには、内容が何であれターニャさんが俺に言いたい事を言うのが手っ取り早い筈だ。




「えっ?  で、でも…」
「おい!  マジで早くしてくれ!  マイムが絶妙な力加減で力を入れるから凄い痛い!」
「え、えっと、それじゃあ……私をフーマのメイドにして下さい!」
「ギルティー」
「あいったぁぁぁぁ!!」
『あいったぁぁぁぁ!!』




 こうして、予定通りターニャさんのお願いを聞けた俺はフレンダさんと一緒に仲良く腕を折られましたとさ。
 はぁ、どうしてこうなった。

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