クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

47話 エルフの伝統料理教室

 風舞






「あぁぁ、何かどっと疲れた」
「そうじゃな。まさかこやつがエルフの里長に取り入って政治に食い込もうとしてるとは思わんかった」
「まったく、何が普通の生活がしたいだよ。普通の女の子は裏工作とか人心操作とかやらないだろ」
「オホホ。ごめんなさい」




 エルセーヌさんをしっぽりと叱りつけた後、俺達は不可視にした遮音結界をエルセーヌさんに張ってもらったまま、ユーリアくん達を残して来たスタバへと戻っていた。


 先程エルセーヌさんから拷問、もとい説教をして聞き出した話によると、彼女はエルフの里が直面している世界樹の問題を解決へと導くことで、発言力を大きくしていずれはこの里を乗っ取るつもりであったらしい。
 世界樹から魔物が大量に湧き出てくる件をどうやって解決するかと思っていたが、話を聞いてみる限りは軍事に関して門外漢な俺には全く突っ込みどころが見つからないような具体的な策をエルセーヌさんは立てていた。
 やっていた事は流石はフレンダさんの直属の配下なだけあって政治バランスや経済、果ては兵站という概念の教育までもを考慮したかなり高レベルな内容だったのが、動機が不純すぎるんだよなぁ。




「まぁ、世界樹の魔物の件を解決するのは団長さん達の助けになるから良いと思うけど、もう少し被害が出ないようなやり方をしろよ。流石に里に来た人を魔物をけしかけて追い返したり、政策に反対するやつの権力を削ごうとするのはやりすぎだろ」
「オホホ。かしこまりましたわご主人様。以降は被害の出ない様な策を動かします」
「ああ、そうしてくれ」
『おい人間。それと、エリスに結界魔法の癖が治っていないと指摘してください。』
「癖ってなんです?」
『エリスに伝えればわかります。』
「えーっと。それとフレンダさんからなんだけど、結界魔法の癖が治ってないって」
「す、すみませんでしたフレンダ様!」
「なぁ、どういう事だ?」
「ああ、そういえばフレンダはよくエリスの結界の張りが甘いと言っておったな。確か姿や気配を薄くしすぎる余りに空白の空間ができてしまったり、周りの空気や音の流れが不自然にズレてしまうとか言っておった気がするのじゃ」
『流石はお姉さま。見事な記憶力でございます。』
「よく覚えてたな。褒めてやるぞだって」
「ほう、フレンダに褒められるとはなんとも嬉しい事じゃな」
『あぁ、お姉様。なんと素敵な笑顔なのでしょう!』
「あぁ、うるせぇ。………ってどうしたんだ?」




 頭の中で騒ぐフレンダさんにうんざりしながらふとエルセーヌさんの方に目を向けると、彼女が驚いた顔をしてローズの方を見ていた。
 ていうか、エルセーヌさんってビックリした顔してても目は開かないのな。




「お、オホホ。何でもありませんわ」
「ん?  別に怒んないから言ってみろよ」
「いえ、その、魔王様があんなに楽しそうに笑っているのを始めて見たものですから」
「あぁ、そういえば昔のローズはTHE女帝って感じだったんだっけか」
「なんじゃ?  フーマは妾にその様に振舞って欲しいのか?」
「一度見てみたくはあるけど、ローズの好きにしたら良いんじゃないか?」
「そ、そうか」




 ローズが俺から顔を背けながらそう言った。
 おい、なんで赤くなってたんだよ。




『おい人間!  お姉様に色目を使うんじゃありません!』
「別に使ってないですよ」
「オホホ。魔王様までその手におさめるとは流石はご主人様ですわ」
「なぁローズ。やっぱりケツバットして欲しいって」
「ほう。エリスは中々欲しがりじゃな」
「お、オホホホ。陛下?  その、流石にそれで叩かれるとお尻に穴が開くと思うのですが」
「のうフーマ。バットとはこういう形ではないのか?」
「んー。まぁ、別になんでも良いんじゃね?」
「という訳じゃ。喜べエリス。妾が直々に罰を下してやろう」
「す、すみませんご主人様!  私、少々野暮用を思い出しましたので失礼いたします。何かご用があればすぐに参りますので、いつでもお申し付けくださいまし!」




 エルセーヌさんは迫り来るローズに怯えながら早口でそう言うと、空気に溶け込むようにスッと姿を消した。
 ちっ、逃げられたか。




『はぁ、こういう時は完璧な結界を張るんですから、本当に困った娘ですね。』
「今回はフレンさんでも見破れない結界なんですか?」
『はい。感覚共有で外の魔力も感じられたら別なのですが、五感のみではエリスがどこにいるのかすら分かりませんね。』
「え?  時計塔で結界を見破ったのって、視覚とか聴覚みたいな普通の情報だけなんですか?」
『はい。別に慣れれば何でもない事です。』
「あ、そうすか」




 すげぇ。
 俺には全く何も感じられなかったけど、フレンダさんは俺と同じ五感の情報だけでエルセーヌさんの結界を見破ってたのか。
 そういえば刀鍛冶の巨匠とかは普通の人には感じ取れないような感覚を頼りに剣を打つと聞いたことがある。
 その話を聞いた当時の俺は職人達の目は俺の何倍も良いのかと思ったけれど、実際には全く同じ視界からくみ取る情報の精度が格段に高いのかもしれない。
 少なくともフレンダさんは俺と同じ感覚でエルセーヌさんを見つけたんだし、彼女の脳みそが捉える情報量は同じ光景を見ている俺よりも格段に多いのだろう。




「さて、そろそろ良いか?」
「ああ、待たせたな」
「なに、気にするでない。それでは戻るとするかの」




 そうして、俺はニッと笑って前を向いて歩き始めたローズの後を追って横に並んで歩き始めた。
 そういえば、舞はトウカさんに迷惑かけずに大人しくしてるのかね。






 ◇◆◇






 舞






「出来たわ!」




 トウカさんに案内されて世界樹の真下にある彼女の家に案内してもらった私は、彼女と様々なお話をした後で一緒に料理を作っていた。
 なんでも、トウカさんが直々にエルフの伝統料理を私に教えてくれるらしい。
 最近は料理をする機会があったら風舞くんに任せっきりだったし、こうやって料理をするのは少し久しぶりな気がする。




「おお、マイム様はお料理がお得意なのですね」
「別にこのくらい包丁を使うのに慣れれば大した事ないわ。それに、私よりもフーマくんの方が料理が上手なのよ」
「フーマ様がですか?」
「ええ。フーマくんは料理の天才と言っても過言ではないわね。まだあまり料理のレシピを覚えてないから簡単なものしか作れないけれど、彼が本気で料理に打ち込んだら間違いなく天下を取れるわね」
「そ、そこまでですか。流石はフーマ様ですね」
「そうよ!  何たって私のパートナーですもの!」
「フフフ。マイム様はフーマ様のお話をするときは普段よりも楽しそうですね」
「そ、そうかしら?」
「そうですよ。あ、次は今切ったものを弱火で炒めながら塩を振って軽く下味をつけてください」
「むぅ、自分ではわからないけれど、トウカさんが言うのならそうでしょうね」




 私はそう言いながら、まな板の上に載っている大根っぽい野菜を油の引かれたフライパンに落として火をかけて炒め始めた。
 この大根の様な野菜はバジルに似た強い香りを持っていて、その良い香りが軽く炒められることでふんわりと広がる。




「なるほど。どうしてこの野菜をみじん切りにするのか不思議だったけれど、こうやって使うためだったのね」
「はい。ハーコンはエルフの里ではソースや香りづけによく使われます。確かスムージーという飲み物にも良く使われますね」
「あぁ、何となく想像がつくわ」




 このハーコンという野菜は見た目こそ大根にそっくりだが匂いや味は殆どバジルと同じだし、スムージーに合うのは分からなくもない気がする。
 トウカさんの話によると600年位前にエルフの里の食文化が大きく変わってコーヒーや新しい料理が広まり始めたらしいし、大方スムージーも私達の先輩の勇者が広めたものなのだろう。
 そんな事を考えながらハーコンを炒めていると、トウカさんがフライパンの中の様子を確認するために私のすぐ傍までやって来た。




「そろそろいい塩梅ですね」
「それじゃあ、一度火を止めるわね。これは一度別のお皿に移しておけばいいのかしら?  ………って、トウカさん?」
「どうかなさいましたか?」
「貴女、どうしてそんなに体調が悪いのに起きてるのかしら?」
「何の事でしょう?」
「はぁ、とぼけたってダメよ。今すぐベッドに入りなさい」




 化粧で隠していたから遠目には気が付かなかったが、肌艶が悪いし薄っすらとクマが浮かび目が充血している。
 おそらくかなり前から無理をして私に付き合ってくれていたのだろう。




「このくらいなんて事ありませんよ。それに、今はマイム様にお料理をお教えしている最中ですし」
「そんなの関係ないわ。ほら、今すぐ自分の部屋まで私を案内しなさい。私が部屋まで付き添ってあげるわ」
「ですが、私はかんなぎとしてこの程度で休むわけには……」
「はぁ、別に私に料理を教えるのは仕事じゃないんだし、そこまで無理してやる事じゃないわ。それに、仮に仕事があった場合でもその体調では無理よ」
「しかし…いえ、すみませんマイム様。ご迷惑をおかけします」
「もう、別に迷惑なんかじゃないわよ」




 そうして、私はトウカさんを彼女の寝室まで連れて行って化粧を落としたり濡れたタオルで体を拭ったりしてあげた後で、彼女がしっかりと眠りにつくまでベッドのそばの椅子に座って看病をしていた。
 トウカさんの寝室はベッドと机のみがある簡素な部屋で、机の上には同じ大きさの空の瓶がいくつか置かれている。
 何となくその便が気になって机の方に寄って行ったところで、誰かがこの家にやって来た音が聞こえた。




「フーマくん達かしら」




 そう口にした私はトウカさんに掛け布団をそっとかけなおした後で玄関へと向かった。


 

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