クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

41話 神出鬼没

 舞






「なぁマイム。私こういうの初めてなんだけど、これどうやって着るんだ?」
「ちょっと待ってちょうだい。今お手伝いするわ」
「ああ。よろしく頼む」




 私とターニャちゃんが大浴場から戻ると、私室のお風呂を借りていた素っ裸のシェリーさんに出くわした。
 荷物のほとんどをあの変異サイクロプスに襲われた時に置いてきてしまった私達は着替えの持ち合わせが無かったのでターニャちゃんに借りることになったのだが、シェリーさんはターニャちゃんの用意した浴衣の着付けがわからなくて困っていたらしい。


 因みにユーリアさんは30分程前にお父さんの所に顔を出して来るとシェリーさんに言付けをして部屋から出ていったらしく、先ほど私と一緒にここに戻ってきたターニャちゃんもその後を追って行ってしまったため、今は私とシェリーさんの二人っきりである。


 それにしても、私達が戻ってくるまでさっき着てた服をもう一度着ておけばよかったのに、浴衣の着方が分からなくて裸で困ってたなんてシェリーさんはやっぱり可愛いわね。
 まぁ、汚れた服をお風呂上りに着たくないのは分かるけれど、何も畳の上で全裸であぐらをかいて首をかしげながら待っていなくても良いでしょうに。




「ん?  どうしたんだマイム?  なんで私を可愛い娘を前にした母親みたいな顔で見てるんだ?」
「い、いえ。別になんでもないわ。それにしても、一先ずはみんなが無事みたいで安心したわね」
「ああ。ターニャの話だと森の中なら警備兵がすぐに保護してくれるって話だったし、ファルゴ達が落ちたのは里の近くだったから多分今頃も保護されてる頃だろ」
「そうね。宮殿の門が閉まる時間だとかで今日は合流できないみたいだけれど、明日には会えそうで安心したわ」
「まぁ、仮に警備兵に保護されてなくてもあっちにはミレンとフーマがいるから何の心配もないけどな」
「そうは言うけれど、シェリーさん私達がお風呂に行く前は心ここにあらずって感じだったじゃない。やっぱりファルゴさんが心配だったんじゃないかしら?」
「ば、馬鹿そんなわけないだろ!  別にファルゴの事なんか心配してねぇよ!」
「それじゃあ、なんで私達と一緒に大浴場に行かなかったのかしら?」
「それはその、あのターニャとかいう女が苦手だからだよ」




 言葉を尻すぼみにしながらシェリーさんがそう言った。


 シェリーさんはあんまり苦手な人とかいなそうだったから少し意外に思う。
 まだ出会って数時間ぐらいしか経っていないのに、ターニャちゃんに苦手意識を持つ理由なんてなさそうな気がするし、私はターニャちゃんは弟思いの優しい人だと思うのだけれど。




「あら、シェリーさんの口からそんな言葉がでるなんて少し意外ね」
「悪ぃ。その、なんかあいつの気配っていうか雰囲気が苦手なんだよ」
「雰囲気?  どういうことから?  明るくて良い人じゃない」
「ああ。私もそう思うんだが、なんていうかあいつと話してると大蛇の前に放り投げられた小動物の気分になるんだよな」
「ふーん。それじゃあ、シェリーさんはさしずめ可愛い猫ちゃんってところかしら。はい、出来たわよ」
「猫ちゃんはやめてくれよ。あぁ、ありがとな」




 ターニャちゃんが大蛇か。
 シェリーさんは野性的な直感が強いし、ターニャちゃんの実力をある程度見抜いているからそう思うのかもしれない。
 そう考えてみるとユーリアさんのお姉さんならものすごく強いだろうし、私自身も一緒にお風呂に入ってる時に何度かゾクッとしたから、あながちシェリーさんの言うことも間違ってはないのか。




「ふふふ。シェリーさんって普段は猛々しくて凛々しいお姉さんって感じなのに、時々可愛いところがあるわよね」
「はいはい。マイムはいつもそうやって私をからかうよな」
「あら、私は思ったことを言ってるだけよ」
「そうかよ」




 そうして着物の着付けが終わった私達がじゃれていたその時、気づいたら見慣れない金髪ドリルの女がそこに立っていた。




「オホホホ。お二人は仲がよろしいのですね」




 その金髪ドリルの女は開いてるのかわからない程細い目で私達を舐めまわす様に見つめ、べたつくような殺気をまとっている。
 慣れない環境でそれなりに緊張感を持っていた私とシェリーさんはその嫌な感じのする殺気を受けて、弾かれる様に無言で殴り掛かったのだが、




「オホホ。随分と乱暴なお客様なのですね」




 二人揃って簡単に躱されてしまった。
 私と共に再び金髪ドリルの女の方を向いて拳を構えなおしたシェリーさんが、額に汗を滲ませながら私に声をかけてくる。




「ちっ。ダメだマイム。私らじゃこいつには勝てねぇ」
「あら、もう少しだけ粘ってみても良いのではないかしら?」
「そうは言うが、こいつはミレンみたいな気配がする」
「あら、それは戦力的に?  それとも種族的に?」
「それはマイムの思ってるとおりだろうな」




 目の前のこの女はゴシックドレスを着ていて、金髪の頭の悪そうなドリルを頭の横に二つ垂らしている。
 耳は尖っていて目も青いけれど胸はそこそこあるし、私のエルフ貧乳説によるとこの女はエルフではない気がする。
 多分、シェリーさんが言いたい事もそういう事なんだろうし。




「オホホホ。バレてしまったのでは仕方ありません。わたくしはエルセーヌ。貴女方の思ってらっしゃる通りエルフではありませんわ」
「あら、エルフは耳が良いらしいのだけれど、ここでそんな事言っていいのかしら?」
「オホホ。ここはエルフの里長のご息女の私室ですからね。外に音が漏れる事はありませんよ」
「へぇ、それじゃあここで私達があんたをぶっ殺そうとしても、あんたは誰の助けも呼べないわけだ」
「オホホ。私には勝てないんじゃなかったんですの?」
「ああ。多分私達じゃ勝てないかもだけれど、そいつならどうかな?」




 そう言ったシェリーさんがオホホ女の後ろを指さして彼女が後ろを向いた瞬間、握りこんでいた皮袋を地面に叩きつけて私の手を掴んで部屋の出口の方へ縮地を使った。
 私も縮地を使ってシェリーさんの移動に合わせて、部屋の中に魔法で炎を放ってドアを蹴破って廊下に飛び出す。




 ドゴォォン!!




 私は爆炎を背後に感じながら、宮殿の長い廊下をシェリーさんと共に走り始めた。




「ねぇシェリーさん。いつの間にサラマンダーフラワーの粉を持っていたのかしら?」
「フーマが私は魔法が使えないからって一袋分だけ渡しといてくれたんだ。それで、ターニャが苦手な私は肌身離さず持ってたって訳だな」
「あぁ、なるほど。それで、どこに向かってるのかしら?」
「ユーリアの所だ。あんなヤバイ殺気を駄々漏らしてるやつの相手を出来るやつとなると、ユーリアかあのターニャってやつぐらいしかいないだろ」
「それはそうなんでしょうけど、そこまでたどり着けるかしら?  ほら、あの人追ってきたみたいよ」
「クソっ。こうなったら私が引き留めておくからマイムがユーリアを連れてきてくれ!」
「そうは言うけれど私にはユーリアさんの正確な位置は分からないし、私が時間稼ぎをするわ!」




 私はそう言って足を止め、ゆっくりと歩いてくるオホホ女の方を向いて拳を構えた。




「おいマイム!  お前一人じゃ無理だ!」
「それはシェリーさんも同じでしょう。私の方がシェリーさんよりも対人戦は得意なんだし、ユーリアさんの居場所はシェリーさんが分かる。適材適所よ。適材適所」
「ちっ、死ぬんじゃねぇぞ!」
「善処するわ」




 シェリーさんは私がそう言うのを確認すると、悔しそうな顔をしながらも宮殿の長い廊下を走って行った。
 シェリーさんの気配が私の関知範囲から消えたごろ、ドリル女がコツコツとハイヒールの音を鳴らしながら私に声をかけてくる。




「オホホホホ。まさかあんな手を使ってこのわたくしから逃げ出すとは思いませんでしたわ」
「あれはフーマくんという私のソウルメイトが使い始めた最高の目くらましよ」
「オホホ。それはそれは、そのフーマさんという方に興味がわいてきましたの」
「あら、フーマくんに会いたいなら先ずは私を通してくれないかしら?」
「オホホ。それでは、貴女をぶち殺してその首を手土産にフーマさんにご挨拶に向かうとしましょうか」
「ちっ、その阿保みたいなドリルを引きちぎってやるわ!!」




 シェリーさんがユーリアさんを連れて戻ってくるまで宮殿の大きさと部屋の立地的に多分5分くらい。
 それまで私はこの金髪ドリルエルフもどきを相手にたせなきゃならないんだけれど、正直あんまり自信がないわね。
 でも、だからといって今更私も背を向けて逃げ出したところで、さっさと捕まって殺されるのが関の山だろうし、ここは腹をくくって戦うしかないか。


 そうして覚悟を決めた私は、オホホホホとうるさい女に向かってとびかかった。






 ◇◆◇






 シェリー






「はぁっ、はぁっ」




 オホホ女に追われてマイムと別れた私は、ユーリアに助けを求めるために宮殿の長い廊下を全力でひた走っていた。




「クソっ!  ここはエルフの宮殿じゃなかったのかよ!  なんであんな化け物みたいなやつがいるんだ!」




 突如ターニャの部屋で寛いでいた私達の前に現れたあの女はミレンの様な雰囲気をまとった得体のしれないやつだった。
 あいつもおそらくミレンと同じように魔族だろうし、その技量はミレンに近くてステータスはユーリアと並ぶぐらいの高さだと思う。


 ただ、あの女とミレンとの明らかな違いをあげるとすれば、あの全身に貼りついてくるような嫌な殺気だ。
 私が以前ミレンと戦った時はあいつが本気で戦っていなかったというのもあるのだろうが、私の肌をピリピリと刺激するような、言ってみれば爽やかな殺気しか向けられていなかった。
 だが、あのオホホ女は粘着質な気持ちの悪い殺気を纏って、その上で気持ちの悪い笑みを浮かべていた。




「クソっ。頼むから私が戻るまで死ぬんじゃねえぞ」




 私は残してきたマイムを心配に思いながら、ユーリアのいる方向へ向かってひたすらに走った。






 ◇◆◇






 ユーリア






「もうパパ!  せっかくユーリアがエルフの里のピンチを聞いて戻って来てくれたんだから、そんな事言わないでよ!」
「うるさい!  いかにターニャの頼みでもこればっかりはだめだ!  おいユーリア!  お前もいつまでも茶をすすってないで早くこの里から出て行け!」 




 そう言ってター姉に窘められながらも顔に血管を浮かべて怒鳴り散らす僕の叔父であるハシウス。
 彼は僕の実の母親の弟だが、幼い頃に僕とトウカ姉さんを残してどこかへ姿を消してしまった僕達の実の両親に変わって僕達姉弟を引き取ったため、一応今は僕の義理の父親という肩書を持っている。
 まぁ、僕はある日いきなりこの男に里から追放されるかのように送り出されたし、互いに親子だとは思ってはいないんだろうけど。


 僕がそんな事を考えながら目の前で騒ぐター姉とハシウスをぼんやり眺めていると、ハシウスの奥さんであるファーシェルさんが緑茶の入った急須を持って僕の方へ寄ってきた。
 因みに、ファーシェルさんはター姉をそのまま金髪にした様な見た目で、双子と言われればそのまま信じてしまいそうなぐらいよく似ている。
 ただ、性格はター姉よりも傲岸不遜でサバサバしてるんだけど。




「それにしても、ユーくんに合うのは久しぶりだねぇ。150年ぶりぐらい?」
「そうですね。だいたいそのぐらいでしょうか。ファーシェルさんもお元気そうですね」
「まぁ、魔物をぶっ殺してればあんまり老けないし、まだまだ私は現役だよ」
「はぁ、そうですか」
「そんな事よりもユーくん、その髪型凄い似合ってんじゃん。昔はずっと長いままだったのにイメチェン?」
「これは僕の最近できた友達が切ってくれたんですよ」
「へぇ、それはさっきターニャが言ってた森の中ではぐれたって人間?」
「はい。多分フーマ達なら森の中でも無事だと思うんですけど……」
「大丈夫だって。ここの兵隊は全部私の部下なんだし、例の変異サイクロプスに追われててもフーマとかいうやつらは無傷で保護してるだろうから何も心配ないよ。ていうか、傷一つでもつけさせてたら警備兵まるごと潰す」
「ははは。ファーシェルさんは相変わらずですね」




 そんな感じで久しぶりに会ったファーシェルさんと談笑をしていると、娘にゲシゲシと蹴られていたハシウスが僕達のその様子を見て怒鳴りつけてきた。




「おいユーリア!  俺の嫁と気安く話してんじゃねぇ!」


「そういえば、ターニャが言ってたマイムって子とシェリーって子は家に来てるんだっけ?」
「はい。多分今頃ター姉の部屋で寛いでいると思いますよ」


「っておい!  無視すんじゃねぇよ!」
「ちっ、うるさいなぁ。お前、いい加減に黙らないと殺すよ?」
「んだとゴラァ!  上等だ。表に出ろ!」
「ちょっとパパ!  ユーリアを殺したら私がパパを殺すよ?」
「ユーリアも落ち着け。自分の実の姉を道具の様に使い潰されそうになってキレてんのも分かるが、今ここでハシウスを殺してもどうにもならない事ぐらい分かってるんだろ?」
「わかりましたよ。それじゃあファーシェルさん。僕はここにいたくないんでもう行きますね」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。私もそのマイムとシェリーってやつが気になるから付いていく」
「おいユーリア!  てめぇ逃げんのか!」
「もうパパ!  あんまりしつこい様ならマジでぶっ殺すよ?」




 はぁ、やっぱり宮殿になんて来るんじゃなかった。
 そんな事を考えながら僕がふすまの取っ手に手をかけたその時、ちょうど部屋の外から誰かが走って来る音が聞こえてきた。
 あぁ、この部屋は音が漏れないようにされてるから今の今まで聞えなかったのか。
 そんな事を考えている間に、僕が手をかけていたふすまが勢いよく開かれる。




「おいユーリア!  マイムがピンチだ!  助けてくれ!」
「シェリー?  そんなに慌ててどうしたんだい?」
「話は後だ!  マイムが殺されそうなんだって。急いで来てくれ!」




 そうしてシェリーに手を引かれて連れて行かれそうになったその時、シェリーの背後から何者かが突然現れた。


 全く足音も聞こえなかったし気配も感じなかったけれど、なんとなく転移魔法で移動して来た訳ではない気がする。
 一体どうやったら僕達の誰にも気付かれずにここまで来る事が出来るのだろうか。


 そんな事を僕が考えていると、その突如現れた女性が僕の顔を見て笑顔で声をかけてきた。
 その女性の足元では口に黒いレースのハンカチをまかれて手足を縛られたマイムがもごもごと言って騒いでいる。




「オホホ。はじめまして、あなたがユーリアさんですね?」
「はい。僕がユーリアで間違いありませんけど……」
「オホホ。それは良かったですわ。初めまして、私はエルセーヌ。少し前からエルフの里でアドバイザーをさせていただいているハーフヴァンパイアです。以後お見知りおいてくださいな」




 そう言って僕に頭を下げるエルセーヌさん。
 なぜハーフヴァンパイアの彼女が敵対する人族の、それも人族の中でも有数の魔法の使い手が多いエルフの里に?
 そんな事を考えながらも突然の事態に驚いて動けずにいると、そのエルセーヌさんを見たシェリーがいきなり殴り掛かった。




「てめぇ!  よくもマイムを!」
「オホホ。貴女のお友達は無傷ですわよ」




 エルセーヌさんがそう言いながらシェリーの拳をいなし、シェリーはそのまま彼女の足元にいたマイムに突っ込まされた。




「いてて。あ!  大丈夫かマイム!」
「ぷはっ。今のシェリーさんのタックルが一番痛かったわ」
「あぁ、悪ぃ。それにしても、無事でよかったぜ!」
「ええ。シェリーさんと別れた後、私は散々そのオホホ女に脅されたあげくこうして縛られて引きずられて来たのよ」




 引きずられて来た?
 マイムとエルセーヌさんが現れたのは一瞬だったし、とてもそうは見えなかったんだけど。


 僕がそんな事を考えながらエルセーヌさんとマイム達を眺めていると、僕の後ろにいたファーシェルさんがハシウスを殴り飛ばしながら、怒鳴り上げた。




「おいコラ、ハシウス!  てめぇ、この魔族の女とだけは組むなって言っておいたのに、これはどういう事だ!  説明しやがれ!」




 あぁ、僕も説明そうしてもらえると助かるかな。
 僕は部屋の掛け軸に頭から突き刺さっているハシウスを見てそんな事を思った。



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