クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

28話 準備と依頼

 風舞






「俺だってそうしたいに決まってんだろ!」
「じゃあそう言えば良いだろ!」




 舞に頭をいつでも撫でて良い権利をもらった翌朝、出発の前に風呂に入っておくかと思いルンルン気分でスキップしながら露天風呂に向かうと、ファルゴさんとジャミーさんが全裸で殴り合いの喧嘩をしていた。


 は?


 何これ、いきなりどういう状況?




「言える訳あるか!  あいつがやりたいって言ってる事を俺が邪魔できる訳無いだろ!」
「ちっ。お前はいつまでヘタレのままでいるんだ!」
「ケイに告白すら出来ないお前に言われたくねぇ!」
「なっ、今はその話は関係無いだろ!」




 え?  マジでどういう理由で喧嘩してんだよ。
 流石に大の大人が、恋話で喧嘩してるって訳じゃ無いよな?
 ていうか、そろそろ止めないとマズイか。
 2人とも鼻血垂らしながら全裸で掴みあってるし。
 これ以上朝から男のドッグファイトを見たくない。




「ちょっと、2人とも何やってるんですか。いい大人が朝から喧嘩しないでくださいよ」
「うるせぇ!  お前は引っ込んでろ!」
「すまないフーマ。これは俺達の事情なんだ」
「あ、そうっすか。すみません」




 怖っ。
 これは俺には止められそうにないし、出直すか。
 はぁ、何で止めに入った俺が出て行かなくちゃいけないんだろ。


 そんな事を考えながら風呂場を後にしようとした時、ちょうどタオルと着替えを持ったユーリアくんが現れた。
 あ、ユーリアくんにあの2人を止めてもらうか。
 多分このエルフ物凄い強いし。




「ユリえもーん。ファルゴンとジャミが僕の話を聞いてくれないんだ。どうにかしてよー」
「ユリえもん?  よく分かんないけど、あの2人を止めれば良いのかい?」
「ああ。ちょっぱやで頼む」
「うん。それじゃあ行くよ。……眠れ。安らぎの歌と共に。ララバイ」




 バシャン!




 おお、ユーリアくんの魔法で2人とも倒れる様に寝てしまった。
 さっきまであんな興奮してたのに、一瞬で眠らせるなんてやっぱりユーリアくんはすごいな。
 2人とも顔を下にしてケツ丸出しで浮かんでるのに、全く起きそうにないし。




「おつかれ。いやぁ、助かったわ」
「どういたしまして。これで一時間は何をされても起きないと思うから、フーマも安心してお風呂に入ると良いよ」
「え?  何をされても起きない?」
「うん。久し振りに使った魔法だったけど、上手くいって良かったよ」




 そう言ってにっこりと笑うユーリアくん。
 ファルゴさんとジャミーさんはケツ以外を水に沈めてプカプカと浮いている。
 このまま一時間か。そうか……




「死ぬわ!」




 そう叫んだ俺は、急いでファルゴさんとジャミーさんを浴槽から引きずり上げた。
 はぁ、もしかしてユーリアくん寝ぼけてんのか?




「いやぁ、そう言えばそうだったよ。普通は息ができないと死んじゃうんだったね」
「なんだそりゃ。ユーリアくんは息が出来なくても大丈夫なのか?」
「うん。30年くらい前に潜水のスキルを覚えたから、1週間くらいなら息を止めてられるよ」
「ふーん。そいつは便利そうな事で」




 全く、このおとぼけエルフはまだまだ若いだろうに、もう物忘れが始まってるのか?
 いくら自分が息を止めてても大丈夫でも、流石に大抵の哺乳類が呼吸をしないと生きていけない事は忘れないだろ。


 そんな事を考えながら、隅っこから椅子を持って来て体を洗い始めると、同じように隣に腰掛けたユーリアくんが口を開いた。




「それにしても、好きな人に付いて行くかで喧嘩するなんてこの2人もまだまだ子供だねぇ」
「ん? ああ、そう言えばユーリアくんは地獄耳なんだったな」
「ああ、ローズさんに聞いたんだね」




 昨日の晩、舞が寝ておよそ一時間半後に帰って来たローズに、ユーリアくんには自分が魔王である事を伝えたと聞いた。
 なんでも、ユーリアくんはエルフの中でもかなり耳がいい方らしく、宿の中の会話は全て聴こえてしまっていたらしい。
 俺達は普通に本名で呼び合っていたし、ユーリアくんは魔族領域を旅して魔族と触れ合ってから、多くの人族とは違って魔族に対して敵対意識を持っていないため、自分が魔王ローズ・スカーレットその人である事を伝えたとローズは言っていた。


 ついでに言うと、ユーリアくんとフレンダさんは一応面識があるらしい。
 昨日の夜フレンダさんに聞きに行ったら、「ああ、そんなエルフもいましたね」って普通に忘れてたみたいだけど。




「まぁ、そういう事だな。ちなみに、ユーリアくんみたいに耳が良いエルフって結構いるのか?  それならエルフの里に着いたら部屋で話す時も注意しないといけないと思うんだけど」
「うーん。エルフは基本的に耳が良いから建物の壁も厚く作ってるけど、フーマ達は黒髪だから宮殿に招待されるだろうし、そういう話は控えた方が良いかもね」
「ふーん。なんか宮廷暮らしの貴族みたいだな」




 里って言うからショボい家に住んでるのかと思ってたけど、宮殿なんてあるのか。
 まぁ、エルフの里っていうくらいだから沢山のエルフが住んでるんだろうし、そういう建物があっても不思議じゃないか。
 多分俺が思ってるよりも、人口も広さも何倍もある大きな里なんだろう。




「まぁ、今も里長は宮殿に住んでるし、それと似たようなものだろうね」
「ん?  それじゃあ、宮殿って昔からあったのか?」
「うん。エルフの里で一番古い建物が宮殿なんだよ」
「へぇ、そいつは少し楽しみだな」




 その後もユーリアくんと軽く話をしながら朝風呂に入った後、俺達はファルゴさんとジャミーさんに彼らの洋服を上からかけて、露天風呂を後にした。
 今日は結構暖かいから風邪もひかないだろうし、あのまま放置しておいて大丈夫だろう。
 ていうか、起こしたらまた喧嘩を始めそうで少し怖いんだよね。




 そんな朝の珍事を乗り越えて舞と駄弁ったり昼飯を食ったりした後、俺達は世界樹ユグドラシルへ向けて出発するための準備を行っていた。
 セイレール騎士団の他の面々も馬車に荷物を運んだり、ファイアー帝王の世話をしたりしてくれているのだが、ジャミーさんとファルゴさんの間には依然として何処か余所余所しい空気が流れていた。
 風呂に入っている間にユーリアくんに彼らの話していた内容を聞いた俺としては、少し気になってしまう案件だったりする。


 そんな事に心を傾けながら食料持って馬車の荷台に入ると、ちょうど俺と同じ様に荷台に荷物を運び混んでいた団長さんに話しかけられた。




「おいフーマ。これはこっちで良いのか?」
「はい。その木箱の上に置いてくれれば大丈夫です」
「あいよ。よし、これで一通り運び終わったな」
「はい。ありがとうございます」
「気にすんな。私はお前らに乗せてってもらうんだから、このくらいの雑用は私に任せてくれ。………どうかしたか?」




 団長さんがそう言って俺の顔を怪訝そうな顔で覗き込んできた。
 あぁ、ファルゴさんとジャミーさんの件で少しだけ悩んでた事が顔に出てたのか。


 俺としては、ジャミーさんと同じ様に、新婚の団長さんとファルゴさんには出来るだけ一緒にいてもらいたいけど、あまり人様の事情に首を突っ込むのもどうかと思う。
 一番良いのはファルゴさんと団長さんが互いに、一緒に来てくなり一緒に行くぞなり言ってくれる事なんだけど、話を聞いた限りだとそうなる可能性はかなり低そうだ。




「えーっと。セイレール騎士団って、普段はどんな依頼を受けてるんですか?」
「あん?  藪から棒にどうしたんだ?」
「その、少しだけ気になってしまって」
「ん?  そういう事なら別に良いが、そうだな。うちは普通に暮らしてる人が助かるって事なら何でもするぞ」
「何でも、ですか?」
「ああ、何でもだ。護衛や魔物の討伐はもちろん。子守や荷物の運搬、時には酒場の給仕なんかもやるな。まぁ、近頃は山脈の異変の所為で魔物退治ばっかりやってるんだけどな」
「へぇ、それじゃあ、仮に俺が依頼を出した場合も受けてくれるんですか?」
「ん?  なんか頼みたい事でもあんのか?」
「いや、まぁ、例えばの話だと思ってください」
「よく分かんねぇけど、その時に手が空いてる奴がいれば多分受けられると思うぞ。まぁ、その依頼の内容次第だけどな」
「そうですか。ありがとうございます」
「おう、その気になったらいつでもうちを頼ってくれ!」




 団長さんがニッと笑いながらそう言った後、俺にヒラヒラと手を振って馬車の幌から出て行った。
 そうか。
 手が空いてる人がいれば、基本的には何でも依頼を受けてくれるのか。
 それじゃあ、俺もセイレール騎士団に依頼を出してみますかね。


 俺はそんな余計なお節介の算段を立てながら、持っていた食料を置いて荷台から飛び降りた。






 ◇◆◇






 ユーリア 朝鳥の泊まり木2階の一室にて






「ふーん。お風呂の時はファルゴとシェリーはお人好しが過ぎるって言ってたのに、フーマも人の事言えないじゃないか」
「む?  何のことじゃ?」
「いやいや、別に何でもないよ」




 みんなが馬車に荷物を運びこんだり、ファイアー帝王という名前の馬の世話をしている間、僕とローズさんは朝鳥の泊まり木の一室で旅の予定の最終確認をしていた。
 ローズさんの予定だと、洞窟を通って山脈を抜ける予定だったみたいだけど、今は魔物が大量に世界樹ユグドラシルの方から湧いて来ているため、山越えも視野に入れた予定を組んでいたのである。
 まぁ、戦力的にはどちらのルートでも問題なくグラズス山脈を抜けられると思うんだけど、こいうのはしっかりと準備をしておいても損をする事はないからね。




「さて、これで話す事は全て済んだかの」
「うん。僕から伝えておく事は全て話したし、これで大丈夫だと思うよ」
「うむ、協力感謝するのじゃ」
「別に僕は知ってる事を言っただけだから、大した事はしてないよ」
「ふむ。しかし、お主がまさかエルフの里長の息子じゃったとは今でも信じられんの」
「まだそれを言うのかい?  何度も言うけど、僕は末っ子な上に里から半分追放されたみたいなものなんだから、そんな大層なものじゃないよ?  むしろ、あの伝説の魔王様であるローズさんがこうして僕の目の前にいる事の方が驚きだよ」
「まぁ、今の妾は魔王と呼べるのかも怪しいところなんじゃが、……はぁ、またあやつは何をしておるんじゃ」




 そう言ってローズさんが呆れた顔をしながら目を向けた窓の外では、フーマがファルゴに剣を向けながら何やら話をしていた。
 へぇ、フーマはそうやって解決するつもりなんだね。
 いささか乱暴な手段だとは思うけど、僕はそういうのも良いと思うよ。




「まぁまぁ、きっとフーマにも何か考えがあっての事だろうから、たまにはローズさんも見守ってあげなよ」
「む?  また何か聞いておったのか?」
「まぁ、そういう事だね。ほら、ちょうどあの2人の試合が始まるみたいだよ」
「ふむ。お主がそう言うのならもう少しだけ様子を見てみるかの」




 こうして僕とローズさんは、朝鳥の泊まり木の二階から、真面目な顔で剣を構えるフーマと、状況がイマイチ飲め込めていない顔で取り敢えず剣を構えているファルゴの練習試合を見守る事にした。
 さて、フーマはどうやってあの2人の仲を取り持つのかな。
 僕はそんな事を考えながら、ローズさんのティーカップに紅茶を注ぎつつ片手剣を構える2人の剣士を見守った。

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