クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

19話 宿にて留守番

 風舞






「お、ようやく次の村が見えてきたな」
「そうね。流石に最近は走りっぱなしで疲れたし、そろそろベッドで休みたいわ」




 セイレール村から逃げる様に飛び出して数日。
 予定通りとはいかないが引き続き世界樹ユグドラシルへと進んでいた俺達は街道沿いにある小さな村へとたどり着いた。
 ここの村はセイレール村よりも小さく塀もあまり高くない。
 ファルゴさんが以前話していた通りここらの村はソレイドとの交易で成り立っているらしいし、要所の村々の間にある村の規模はこんなものなのだろう。




「よし、妾の術もこれで半日は持つじゃろうし、このまま村に入るぞ」
「ああ。ありがとなローズ」
「ありがとうローズちゃん。宿に着いたらローズちゃんも久し振りにゆっくり休めそうね」




 今の俺達はローズが魔族だとセイレール騎士団の団長さんにバレてしまった為、元の黒髪の人間2人と金髪のエルフが1人というメンバー構成から、金髪の人間2人と茶髪のハーフエルフが1人という集団にローズの術で姿を変えてもらっている。
 ローズの姿を変える術は幻影魔法といくつかのスキルを組み合わせた応用技らしいのだが、説明を聞いても俺にはよくわからなかった。
 一緒に聞いていた舞でも何となく概要を掴むのが限界だったみたいだし、凡人の俺には分からなくてもしょうがない気がする。


 それはともかく、かなり高度な技術の組み合わさった術であるため、この術ならほぼ見抜かれることは無いという話だ。
 団長さんにはどういう訳かこの術を見破られてしまったが、それは彼女が人族の間で赤い狂人と呼ばれている特殊な人物だかららしいし、使うのが同じ術でもこの村では誰かに疑われること無く穏便に過ごせるだろう。
 顔や体型は全くいじってないが髪の色を変えるだけでもかなり印象が変わるし、情報伝達技術が不十分なこの世界では十分な変装だと俺も思う。




「うむ。すまんが宿をとったら少し寝かせてくれ。流石に妾も疲れたのじゃ」
「ああ。ここんところローズは浅くしか寝てなかったみたいだし、俺達のどっちかがいる様にするからぐっすり休んでくれ。疲労でローズに倒れられるのが一番困るからな」
「ありがとうフウマ。すまぬが少し世話になる」
「俺達は仲間なんだからそんな事言わないでくれ。ここまで来れたのもローズのお陰なんだしな」
「そうね。いつもローズちゃんには助けられているし、今日ぐらいはゆっくり休んでちょうだい」




 そんな話をしながら走っている間に門の前までたどり着いた俺達は入町税を払って村の中に入った。
 魔族についての話は特に伝わっていないらしく、町に入るにあたって特別な検査とかは一切なかった。
 俺達は結構な速さで移動してきたし、ここの村にはまだ情報が伝わっていないのかもしれない。




「さて、宿はどこにあるかね」
「うむ。大抵は大通り沿いにあるはずじゃが…お、あそこなど良いのではないか?」




 そう言ってローズの指差した先には共通語で『朝鳥の泊まり木』と書かれた看板を吊るした建物があった。
 割と疲れている俺と舞も今となっては安宿に泊まりたいとは思わないし、あそこの宿は外観が綺麗でプライベートも少なからず守られそうだから今晩の寝床として申し分ないだろう。




「ああ。そこにしようぜ。大通りにあるってことはそれなりに儲かってるって事だろ?  きっと評判もそれなりに良いはずだ」
「そうね。私もあそこで良いと思うわ」
「それでは決まりじゃな」




 こうして今晩宿泊する宿を決めた俺達は3人揃ってその宿へと足を踏み入れた。
 朝鳥の泊まり木はそこまで広い宿ということは無いが、外観と同様に隅々まで掃除が行き届いていて大きい窓から日の光が射し込んでいるためかかなり明るい印象を受ける。
 そんな感想を抱きながら軽く内装を見回していると、入ってすぐの受け付けに座っていた若い男性が笑顔で声をかけてきた。




「いらっしゃい。朝鳥の泊まり木へようこそ」
「うむ。3人部屋で一泊頼む」




 ああ、やっぱり同じ部屋なのか。
 防犯の都合上男の俺が一人になるのはまずいのだろうが、なんか緊張するな。
 別に嫌なんて事は全く無いんだけどね。




「はいよ。飯は一食1人大銅貨5枚だがどうする?」
「今日の昼食が2食で、夕飯と朝食は3食で頼む」
「ん?  ミレンは昼飯食べないのか?」
「うむ。妾は一刻も早く寝たい」




 いつの間にか舞と手を繋いでいたローズが目を擦りながらそう言った。
 最近のローズは常に気を張っていたため大人っぽい雰囲気を漂わせていたが、今は背の丈に見合った可愛らしい子供にしか見えない。
 あ、いよいよ舞に抱き抱えられて瞼が重くなってきている。




「それじゃあ、そういう事でお願いします」
「ああ。うちは先払いだから合わせて銀貨8枚を用意しといてくれ。今部屋の鍵とシーツを取ってくるな」




 受付の男性はそう言うと、カウンターの奥にある部屋へと入って行った。
 へぇ。異世界のこういう宿はシーツをここで受けとるもんのか。
 日本のホテルは既にベッドメイクされているのが普通だし、少し新鮮だ。
 ソーディアに行った時のホテルは部屋に入った時には既に立派なベッドが用意されてたし。


 そんな事を思いながら待つこと十数秒。
 鍵とシーツを持った男性が部屋の奥から再び現れた。
 どうやらこのまま部屋まで案内してくれるらしい。


 俺と舞は男性から軽く宿の説明を聞きながら、自分達の割り当てられた部屋へと向かう。
 話によるとこの宿には俺達ともう1人が泊まっているのみで殆どの部屋が埋まっていないらしい。
 それなら多少騒いだとしても問題なさそうだ。
 1人で泊まってる人は一階の隅の部屋らしいし、俺達の泊まる二階の部屋からは離れてるからな。




「それじゃあごゆっくり。俺は基本的にさっきの所にいるから何か用があったら声をかけてくれ」
「はい。明日の朝まで宜しくお願いします」




 俺がそうお礼を言うと、受付の男性は笑顔で軽く会釈をして一階の受付へと戻っていった。
 普通にイケメンだったな。
 憎らしっ。




「それじゃあ、部屋の鍵を開けてもらえるかしら?」
「ああ。今開けるから少し待ってくれ」




 さっきの男性からシーツと鍵を受け取っていた俺は部屋のドアにかかっていた鍵を外してドアを開いた。
 俺がドアを押さえている間にニコッと微笑んだ舞がお礼を言って中に入る。




「あら、結構広い部屋なのね。でも、ベッドが一つしかないわ」
「あれま」


 鍵を部屋に入ってすぐの所にあった机の上に置き、舞のいる方に目を向けてみると、彼女の言う通りベッドが一つしかなかった。
 キングサイズのベッドであるため3人並んで寝ても問題ないくらいの大きさなのだが、問題はそこではない気がする。
 男子高校生的に外出先のベッドで女の子と同衾というのは結構な大事件なのだ。
 この部屋にはソファーという逃げ道がないし。




「異世界の3人部屋ってこういうのが普通なのかしら?」
「さぁ?  でもまぁ、外で寝てるときは並んで寝てたんだし、そこまで問題ないんじゃないか?」




 俺は一抹の下心を表情には出さないようにしつつ、淡々とベッドにシーツをかけながら舞にそう言った。
 背中ごしにローズを抱えたままの舞の視線を感じる。
 大丈夫だよな?




「そ、それもそうね。今から部屋を変えてくれなんて宿の店主に迷惑がかかるだろうし、仕方ないわよね」
「ああ。まったく仕方ないな」




 そんなわけでこの部屋に泊まる事をそれぞれの思惑を抱えながらも決めた俺と舞は、着替えさせたローズをベッドに寝かせた後で部屋の端においてあった椅子に腰かけた。
 因みにローズは着替えの間、アイテムボックスから荷物を出した後は脱がせれ着せれのわがまま放題で少し大変だった。
 まぁ、可愛い妹ができたらこんな感じなのかもなと思わなくもなかったんだけど。




「ふぅ。ようやく一息つけるわね」
「そうだな。この宿には大浴場もあるそうだし、疲れも十二分にとれるだろう」
「ええ。お湯を自分で用意するならいつでも入って良いって言ってたし、さっそく後で入りましょう」
「おぉ、昼飯までまだ時間があるし今から行ってきても良いかもな。俺は魔法が使えないし、舞が先に入ってきて良いぞ」
「あら風舞くん。ちょっとエッチね」




 手を口に当てながらムフフとそう言う舞。
 どうやら舞の中では女子の後に風呂に入る男子はすべからく変態に変換されるらしい。
 漫画やラノベの読みすぎだな。


 って何だその目は。
 あらあら若いわねぇみたいな顔をするんじゃありません。




「はいはい。そうだ。風呂に入ってからで良いから、服とか生活雑貨の買い出しをしてきてくれないか?  食糧は後で俺が買ってくるけど、そこら辺りはどれが良いものか分からないし」
「そういう事ならお風呂の前に買い出しに行ってくるわ。買い出しの時に湯冷めしても嫌だもの」
「それもそうか」
「それもそうなのよ。それと、風舞くんの服も買って来てしまって良いのかしら?」
「ああ。特にこだわりがある訳じゃないからそうしてくれると助かる」
「それじゃあ、3人分の服をいくつか買ってくるわね。サイズも何となく分かるから任せてちょうだい!」




 自信満々の顔でそう言う舞。
 舞のファッションセンスは結構良いし、きっと上手く買い物をしてきてくれると思う。
 変に奇抜な格好をさせられるということはないはずだ。
 多分。




「ああ。あまり遅くならない内に帰ってきてくれ」
「ふふ。お母さんみたいな事を言うのね」
「なんだそりゃ。昼飯までには帰ってくるんだぞ」
「はーい。買い物が終わったら一度戻ってくるから待っててちょうだい。それじゃあ、行ってきます」
「あいよー。気をつけてな」




 俺がそう言うと空のリュックと財布を持った舞がクスクスと笑いながら部屋から出ていった。
 静かになった部屋ではローズの穏やかな寝息のみが聞こえる。
 なんだか窓の外の喧騒が遠い場所のものに感じられた。




「さて、俺はオルトロスの鎧と剣の手入れをするかね」




 軽く一息ついてそう思い立った俺は、出かける前に舞が片手間で入れていってくれた水瓶から少し水を汲み取って、装備の手入れをすることにした。
 オルトロスの鎧は軽くて丈夫だし、何よりもかなりカッコいい。
 当分は大事に使いたい所だ。
 ローズもかなりいい鎧だって言ってたし、舞も羨ましそうにベタベタ触ってたからな。


 俺はその時の舞の様子を思い出してやんわりと笑みを浮かべながら、鎧についていた汚れや舞の指紋を綺麗に拭き取ったっり、剣に歪みができていないかを確認して今日の手入れを済ませた。
 あ、ローズが腹出して寝てる。
 掛け布団をかけ直してやるか。


 そんな和やかな時間を過ごす事数十分。
 何となく暇になった俺は窓のそばに椅子を置いて木窓の隙間からぼんやりと外を眺めていた。
 この村は獣人と人間が半々くらいの割合で住んでいるらしく、小さな子供達が二種族入り混じって元気に遊んでいるのが見える。




「ふぅ。腹も減ってきたしそろそろ舞も帰ってくる頃か」




 何となく外を見ているのにも飽きてきて水でも飲むかと思い立ち上がったその時、見覚えのある人達が馬に乗って村の中へと入ってくるのが見えた。
 いつかは追い付かれるだろうとは思っていたが、ここまで早いのか。




「マジかいな」




 俺の視線の先にいた人物。
 それは数日前に出会って何かとお世話になったジャミーさんと、彼と同じ傭兵団に所属するネーシャさんだった。



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