クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

3話 出発

 風舞






「あれは何をやってるんだ?」




 女狐の攻撃からなんとか復帰した俺が皆のいる馬車の近くまで戻ってみると、ミレイユさんの耳の間に顔を突っ込んでスンスンしている舞が目に入った。




「何でも旅の前のモフり納めらしいのじゃ。マイムの奇行の理由をいちいち考えておってもキリがないし、そういうものとして見ておればいいじゃろ」
「ふーん。そういうもんか」
「そういうもんじゃ」




 俺とローズで舞に関するそんな哲学的な話をしていると、アンが俺たちの元へひょこひょこ寄ってきて、頭を下げながら話しを始めた。




「ミレン様、フーマ様。この度は私のためにここまでして下さってありがとうございます」
「お主も相変わらずじゃの。何度も言っておる事じゃが、これは妾達の世界中を巡る旅の一環にすぎんし、家は住むものがおらんと直ぐにダメになってしまうからお主達がここにおってくれる方が妾としては助かる。じゃから、お主がそこまで気を揉む必要はなかろうよ」




 ユグドラシルの朝露は劣化が激しいためその場で飲むか状態の変わらないアイテムボックスに入れて持ち帰るしかない為、現状で唯一アイテムボックスを使えるローズが行かなくてはいけないのだが、ローズの言う様に俺と舞は世界樹を見に行ってみたいし今回の旅は仕方なくという訳ではない。
 むしろユグドラシルの麓の里には念願のエルフがいるらしいし、凄く楽しみですらある。


 俺がそんな事を考えている間にも、アンはより一層頭を深く下げて話を続ける。




「ありがとうございますミレン様。いつの日か必ずやこのご恩に報いてみせます」
「うむ。お主の義理を通すところは妾も買っておる。その日を楽しみにしていよう」




 ローズが威厳たっぷりにそう言って優しげに微笑んだ。
 アンはここ数日俺達に会う度にお礼を言っていたが、俺達が旅に出る前にこうして改まって感謝を伝えておきたかったのだろう。
 まだまだ小さいのにしっかりした子である。
 と言っても、俺より一つ下なだけなんだけど。




「まぁ、堅い話はそこまでにしてそろそろアンも頭を上げてくれよ。なんかアンに頭を下げられてると、すごい落ち着かない」
「もう、フーマ様はシルちゃんのご主人様なんだからこういうのにも慣れていかなくちゃ駄目だよ」




 顔を上げたアンがいつもの笑みを浮かべながらそう言った。
 やっぱりアンはこっちの方がしっくりくるよな。
 気の合う人に頭を下げさせておくってのはどうも苦手だ。




「まぁ、それはおいおいな。それと、困った事があったらボタンさんが相談に乗ってくれるらしいから、遠慮せずに頼るんだぞ。アンとシルビアはもっと他人に頼る事を覚えた方がいい」
「既にこんなに大きい家に住まわせてもらってお風呂やお食事まで用意してもらってその上私のために旅にまで出てもらうのに、これ以上甘えちゃったら駄目になっちゃうよ」
「だ、そうだぞミレン。他人に甘えないとどうなるか教えてやれ」




 俺がローズの方を意地悪な顔で見ながらそう言うと、ローズが少しふてくされた表情をしながら俺の腰の辺りをポカポカと殴ってきた。




「それはお主達のせいじゃろう」
「ん?  ミレン様はフーマ様達に何かされたの?」
「うむ。こやつらは昨日の晩、妾を優しい笑顔で抱きしめながら頭を撫でてきたのじゃ。妾はもう子供ではないのに、あの様な扱いをされるなどむず痒くて敵わん」
「うへぇ。ミレン様がそう言うなんてよっぽどなんだね」
「うむ。じゃからお主も気をつけておいた方が良いぞ」
「そうだね。私も日頃からもっと周りの人に甘えるようにしないと」




 真面目な顔でそう語るローズとアン。
 どうやら舞のローズふにゃんふにゃん作戦は本人にとっては結構応えるものであったらしい。
 まぁ、知り合いに囲まれている中でいい大人が抱きしめられながら頭を撫でられるって結構恥ずかしいよな。




「へぇ、アンは賢くていい子だな」
「ふ、フーマ様?  その、どうして急に頭を撫でるの?」




 アンが顔を少し赤くしながらも、割と冷静にそう尋ねてきた。
 なんとなくアンに意地悪したくなったからやってみたが、そこまで効いていない様である。
 ローズはあんなに嫌がっていたのに。
 少し予想外だ。




「アンは今まで頑張ってきたからそのご褒美、というか只の嫌がらせだな」
「嫌がらせって。でも、別に私は今までベッドで寝てただけだし何も頑張ってないよ?」
「何を言ってるんだ?  ずっと病気で起きて来れなくて今だってかなり辛いんだろ?  すげぇ頑張ってんじゃん」




 俺がそう言うとアンは唖然とした顔で俺を見つめたまま固まってしまった。
 だって今だって立っているのも辛いだろうってこの前ボタンさんが言ってたし、ボタンさんが魔力を一種類に入れ替えるまでは今より辛かったんだから、すごい大変な思いしてきたじゃんね。




「諦めよアン。フーマとマイムはこういう奴らなのじゃ」
「そういえばそうだったね。孤児院出身の私達をこうして何の疑問もなくここに住まわせてくれてる訳だし、フーマ様達の事を少し見くびっていたよ」
「何を見くびっていたのかは分かんないけど、ここはローズの家だから俺達は何もしてないぞ」
「ほら、またこういう事言ってるよ」
「うむ。これでフーマ達の恐ろしさが何となくわかったじゃろ?」
「うん。これはフーマ様達が旅に出ている間に対抗策を考えておかなくちゃだね」
「おお、何か良い案が思いついたら妾にも教えてくれると助かるのじゃ」




 そう言って何か俺の知り得ない範囲で意気投合するちっこいくて大人な二人。
 まぁ、二人の仲が良いみたいで俺も良かったよ。


 俺がそんな感じで二人の友情を微笑ましく感じていると、一先ずはミレイユさんを満喫したのか舞がシルビアさんを伴ってこちらへやって来た。




「さて、二人ともそろそろ準備はいいかしら?」
「ああ。俺達の方は話もひと段落ついたし大丈夫だぞ」
「うむ。少々名残惜しいが、そろそろ出発せんと旅の予定に遅れが出てしまうからの。妾も大丈夫じゃ」
「フーマ様、ローズ様。皆様が留守の間、お屋敷の事は私にお任せください」
「ああ。よろしくなシルビア」




 俺はさっきアンも撫でたし、なんとなくシルビアの頭にも手を置いてそう言った。
 だってさっきアンを撫でている間、すごい視線を感じたんだもん。
 片方は舞の視線だったけど。




「は、はい!  例え魔王が攻めて来ようとも死守してみせます!」
「いや、そうなったら逃げてくれ」
「そうね。シルビアちゃんはアンちゃんと自分の身の安全を一番に考えてちょうだい。私も折角できたお友達に何かあったら悲しいわ」




 舞がシルビアとアンに優しい笑みを浮かべながらそう言った。
 どうやら舞はシルビアのことをシルビアちゃんと呼ぶことにしたようである。
 俺が呼び捨てにし始めたから、舞も呼び方を変えたかったんだろうな。
 舞はこの世界に来るまでは友達が少なかったらしいし、こういうのに憧れがあったのかもしれない。




「ありがとうございますマイム様。私、尊敬するマイム様にお友達って言っていただけて凄い嬉しいです」
「私もマイム様のお友達になれて凄い嬉しいよ。怪我しないで無事に帰って来てね」
「ふふんっ!  私がミレンちゃんとフーマくんをしっかりと守りながら、ユグドラシルの朝露をちょっぱやで回収してくるから枕を高くして待ってて頂戴!」




 舞が豊かな胸を張って自信満々にそう言った。
 ちょっぱやなんて久しぶりに聞いた気がする。




「ガッハッハ!  嬢ちゃんは相変わらず頼もしいな!  フーマも嬢ちゃんに負けないように頑張って来いよ!」




 舞の元気な声を聞いて馬の様子を見ていたガンビルドさんが俺達の元へやってきてそう声をかけてくれた。




「はい。ガンビルドさんも色々大変だと思いますけど頑張ってください!」
「おう!  フーマが帰って来る頃には祭りの時期だからな!  お前達の度肝を抜くような祭りを準備して待ってるから楽しみにしててくれ!」
「おお、祭りとは何とも楽しみじゃな!  これは出来るだけ早く帰ってこなくてはならんの」
「おう!  ちっこい嬢ちゃんも満足出来る様な祭りにするから期待しててくれ!」




 ガンビルドさんがそう言っていつものようにガッハッハと笑っていると、ボタンさんに支えられながら顔をちょっぴり紅く染めたミレイユさんがやって来た。




「皆さんなら大丈夫だと思いますけど、旅の間は何があるかわかりませんから十分に気をつけてくださいね。それと、皆さんが無事に帰って来るのをお待ちしてます」
「そうやね。うちもフーマはんとの約束を楽しみに待っとるから、怪我だけには気を付けて旅を楽しんで来てなぁ」
「ああ。二人ともありがとな。なんかお土産を持って帰って来るから期待しててくれ」
「私もさらなるモフりテクを身に着けて帰って来るから楽しみに待っていてちょうだい!」
「マイムさんは何をしに世界樹ユグドラシルまで行くんですか!」
「まったく。マイムは相変わらずじゃな」




 そんないつもの通りのやり取りの後、ソレイドの愛すべき仲間達に見送られながら俺達は馬車に乗り込み、予定通りソレイドを出発した。
 折角仲良くなった皆と離れるのは少し寂しいが、たかが2か月ちょいの旅程だし、俺達のこの世界での目的はローズの魔封結晶を探すことと世界中を漫遊することなのだから、いつまでもしょげてなどいられないだろう。
 俺がそんな事を考えつつ幌の後ろの方からソレイドを眺めていると、御者をするローズの横に座っていた舞が俺の方を振り返って声をかけてきた。




「これから行くのは麓にエルフの住む世界樹ユグドラシルよ!  ワクワクするわね風舞くん!」
「ああ。今からすげぇ楽しみだ!」




 舞のいる馬車の前方を向いた俺は、笑顔でそう言った。
 今日も俺達のいる異世界は快晴である。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品