クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
31話 シルビアの近況
シルビア 雲龍にて
「そうでしたか。後でフーマ様に謝らなくては」
先程フーマ様がキキョウの事を街の往来で抱きしめているのを見かけてしまい、思わず逃げ出してしまったがどうやら私の早とちりだったようだ。
「まぁ、それはキキョウのせいみたいやし、きっとフーマはんは怒ってないと思うんよ」
「おい!  私は悪くないぞ!  元はと言えばあいつが私に抱き着いてきたのがムムムム」
「はいはい。黙っててなぁ」
キキョウがボタンさんに従業員契約?  とかで口を閉じさせられた。
雲龍は特殊な雇用形態をしているようである。
「しかし、フーマ様が魔法が使えなくなってるとは思いませんでした」
「そうやねぇ。一時的なものやとは思うんやけど、こんな話一度も聞いたこと無いからなぁ」
「ボタンさんでも知らない事があるのですね」
「そりゃそうやよぉ」
そう言ったボタンさんが口元を上品に抑えながらころころと笑った。
ソーディアに連れて行ってもらった時に何回か二人で話したが、おしとやかで物知りな年上のお姉さんといった感じで凄い包容力を感じた。
私は年の割には背も高く顔立ちも大人っぽいので、彼女の様に私を可愛がってくれる人は相当に珍しい。
「そういえば、今日はどうしたん?  何かうちに来る用事があったんやろ?」
「そうでした。これもフーマ様の話なのですが、」
「あらあら、シルビアはんはフーマはんの事が好きやねぇ」
「べ、別にそういう訳ではありません!  ただ、私は従者としてですね、その」
私はフーマ様の事を伝説の勇者様の様に感じとても尊敬しているが、ボタンさんが言うのとは違うと思う。
私はフーマ様にアンと私を救ってもらった恩返しをしたいだけで、従者になったのもそれと同じ理由のはずだ。
フーマ様にはマイム様というステキな女性がいるわけだし。
「あらあらあら、少し意地悪言いすぎたなぁ。それで、なんやったけ?」
「はい。これは今日の早朝の話なのですが、」
そうして私は今日の朝の出来事をボタンさんに説明し始めた。
それにしても、シャーロットさんはなんで奥の方の席で一人でブツブツ言っているのだろうか。
少し怖い。
◇◆◇
シルビア ソレイドにあるローズ邸宅にて 早朝
「さて、今日もフーマ様の部屋の換気とお掃除に行きますか」
朝、目が覚めて身支度を整えた私はここ数日の日課であるフーマ様の部屋の掃除をする為に掃除道具を持ってフーマ様の部屋に向かった。
アセイダルとの戦闘からマイム様に運ばれて帰って来たフーマ様は血だらけだった。
傷は全てボタンさんが治してくれた為命に別状はないそうなのだが、ここ数日一度も目を覚まさずに寝たきりになってしまっている。
「ミレン様は何も心配はないと言っていましたが、やはり不安ですね」
ミレン様は数日もすればけろっとした顔で起きて来るじゃろうよと言っていたが、一方のマイム様は起きている間ずっとフーマ様事を気にかけて心配そうにしていらした。
時々寝ているフーマ様にキスをしたら目を覚ますんじゃないかと訳の分からないことを言っていたが、その内心は不安で埋め尽くされているのだと思う。
何日も同じ服では可哀そうだからと言って、率先してフーマ様の着替えを顔を赤らめながらやっていたし、きっとフーマ様の事が何よりも大事なのだろう。
…あれ?  心配してたのかな?
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ちょうど件のマイム様が歩いているのを見かけた。
私は近寄って行ってマイム様に話しかける。
「おはようございます。マイム様」
「あら、おはようシルビアさん。今日も掃除かしら?  精が出るわね」
マイム様は朝早くにも関わらず爽やかな笑顔でそう言った。
マイム様はステキな女性だ。
貴族然とした雰囲気を発しているのにそれを鼻にかけることなく、孤児院出身の私にもよくしてくれる。
時々よく分からない言動をするけれども、知的で凛としたカッコいい女性だと思う。
私の密かな憧れだ。
「はい。私がフーマ様の従者としてできるのはこのくらいしかないので」
「そ、そう。シルビアさんは真面目ね」
「いえ、私はフーマ様に救っていただいた御恩をすこしでもお返ししようとしているだけなので。つまるところこれは私の自己満足です」
私はフーマ様がダンジョンの中で私を助けてくれる理由を説明してくれた時の真似をしながらそう言った。
あの時のフーマ様はどこか悲しげな顔をしていらしたが、それが哀愁を帯びていてすごくかっこよかった。
「そうなのね。でも、メイド服は絶対に着てはダメよ!」
「はい。わかっております」
私がフーマ様の従者となる事を認めてくださったマイム様だが、私がソーディアから帰ってきたあたりからメイド服、つまるところの従者の恰好をするのは駄目だと言うようになった。
フーマ様が一時帰宅された時になにかお話があったのかもしれない。
「そう、それならいいわ。それじゃあ行きましょう」
「かしこまりましたマイム様」
「く、これは早急に私があのメイド服を着て風舞くんにご奉仕しなくてはならないようね」
フーマ様の部屋へと足を向けたマイム様が小声でそう言いながら歩き始めた。
獣人である私にはマイム様の独り言がばっちりと聞こえているが、彼女がそれに気づいた様子はない。
時々マイム様とミレン様のフーマ様を呼ぶ時の発音が違う時があるが、あれは一体なんなのだろうか。
まぁ、今はそんなことよりもフーマ様の事だ。
今の話から推測してみた感じ、フーマ様は従者の恰好がお好きなようだ。
私もメイド服を着てフーマ様にお仕えしたら、フーマ様はどのようなお顔をなさるのだろうか。
そんなとりとめもない事を考えながらも、私たちはフーマ様の部屋の前に到着した。
マイム様がドアを開けながらいつものセリフを口にする。
「おはようフーマくん。いい朝ね!  …ってまだ起きてないか」
私もマイム様の後に続いて挨拶をしてから部屋に入った。
「おはようございますフーマ様。失礼いたします」
部屋に入った私は部屋の窓をあけて換気をしながら掃除を始める。
マイム様はいつものようにベッドに腰かけて今日の予定を話し始めた。
マイム様は朝一番でその日の予定を寝ているフーマ様に語り、寝る前にその日にあったことをフーマ様にお話しして部屋を後にする。
フーマ様が気を失ってからの四日間欠かすことなく毎日そうしていらしゃった。
私がそのマイム様の健気な姿に心を痛めながら部屋の掃除をしていたその時、今までピクリとも動かなかったフーマ様が声を漏らした。
「んんっ」
「フーマくん!?」
ベッドに座っていたマイム様が思わずといった感じで声を上げる。
私もマイム様のベッドを挟んで反対側からフーマ様のお側に寄ってその顔を伺った。
私たちがそうしてじっと様子を伺っていると、フーマ様がゆっくりと手をつきながら身体を起こして目をこすりはじめた。
「フーマくん!」
それを見たマイム様が目をこすっているフーマ様に抱き着こうと飛びかかったのだが…
「ふ、フーマ様!?」
フーマ様が私に抱き着いてきて、マイム様はそのままベッドの上にボフンと落ちた。
私が今一状況を読み込めずに戸惑っていると、フーマ様がとても小さな声でつぶやいた。
「ごめん。あーちゃん」
蚊の鳴くようなとても小さな声だったので、マイム様には聞こえていなかったようだが耳の良い私はなんとか聞き取れた。
「あーちゃん?」
「フーマくん!  シルビアさんを離しなさい!!」
私がフーマ様の言ったことを疑問に思っていると、ガバッと起き上がったマイム様がフーマ様の後襟を掴んで私から引き剥がした後にくるりとフーマ様をまわし、その頬に強烈なビンタをかました。
錐揉み回転をしながら部屋の隅まで飛んで行ったフーマ様が起き上がりながら驚いた声を上げる。
「いっつ!?  って、二人とも揃ってどうしたんだ?  あと、なんで俺は起きて直ぐに殴られたんだ?」
「いきなりシルビアさんに抱き着くからでしょう!  朝起きて直ぐにシルビアさんに抱き着くなんてフーマくんは最低ね!」
「いや、ちょっと待て!  俺は寝ぼけてただけだから!  何も他意なんてないから!」
「問答無用!」
マイムさんはそう言うとフーマ様の襟を掴んでがくがくと揺すりながらお説教をはじめた。
私はただポカンとしながらそのやり取りを眺めている事しかできなかった。
◇◆◇
シルビア
「と、言うことがあったのです」
「あらあらあら、フーマはんに抱き着いてもらえたって自慢しに来たん?  うちでも抱き着いてもらったこと無いのに羨ましいなぁ」
ボタンさんがからかうような口ぶりでそう言ってきた。
でも、ボタンさんでも抱き着かれたことがないんだ。
ちょっと優越感。
「違います!  私がお話したいのはフーマ様がおっしゃったあーちゃんさんという方についてです」
「あーちゃん。あーちゃんなぁ」
ボタンさんはそういうと取り出した扇子で口元を隠しながらなにやら考え事を始めた。
一体どうしたのだろうか?
そう思ったものの、ボタンさんが考えている間特に何もする事がない私はキキョウとお話でもしていることにした。
「ねぇキキョウ。何をしているの?」
「ん?  シルビアか。私は今あの変態女騎士をどうやって追い出すか考えていたところだ!」
「へぇ、ほどほどにね」
「ふん。それはあいつの態度したいだ!」
キキョウはそう言うと机の上の羊皮紙になにやら落書きを始めた。
上の方には汚い文字で『変態女騎士抹消計画』と書かれている。
私はキキョウがインクの入った壺を倒さない様に注意しつつ、その様子を眺めていた。
水を沢山飲ませて破裂させるって、その作戦はどうなのだろうか。
そうして孤児院にいた頃を思い出して少し懐かしい気分に浸っていると、思考の海から戻って来たボタンさんが私とキキョウのもとにやって来て話しかけてきた。
「キキョウの面倒を見ていてくれてありがとうなぁ」
「いえ、孤児院にいた頃を思い出して私も懐かしかったので。それで、何か解りましたか?」
「そうやね。あーちゃんていうのはフーマはんの昔の女やろうね。うちのこの狐耳がそう言ってるんよ」
「昔の女、ですか」
「フーマはんは昔の女であるあーちゃんをシルビアはんと間違えて抱き着いたんやと思うんよ」
「そうでしたか。あーちゃんさんは獣人の方なんですね」
「んー、そうとは限らないんやけど、特に問題はないと思うんよ。今はあーちゃんはフーマはんのそばにはいないみたいやし、シルビアはんの恋敵にはならないやろうな。フーマはんが日頃その娘を気にしてはる様子もなさそうやしね」
「べ、別にそういう理由でボタンさんに相談しに来たのではありません。でも、それならば良かったです。何がとは言いませんが良かったです」
「どうやら力になれたみたいで良かったわぁ」
ボタンさんはそう言うといつものように優し気な顔でころころと笑った。
どうやらあーちゃんさんはフーマ様の昔馴染みの方らしい。
そういえば、ダンジョンでお話してくださった時幼馴染の女の子がいると言っていたし、もしかするとあーちゃんさんがそのお方なのかもしれない。
私がそんな事を考えていると、ボタンさんがキキョウの方を向いて口を開いた。
「なぁキキョウ。お使いに行って来てくれへん?」
「ん?  今は少し忙しいから少し待ってくれ。私は抹殺計画を立てねばならないからな」
「まぁ、それが終わってからでもええよ」
「何!?  オバハン獣人が私に速くしろと言わないなんてどうしたんだ?  まさか腹でも壊したのか!?  それなら今日は最高のぐへっ」
「残念やけどうちは元気やよ。それでお使いに行ってくれるん?」
「行きます!  行きますからこれを解け!」
ボタンさんが上げた手を振り下ろすと、キキョウの首元に現れていた紫色の光の首輪がすっと空気中に消えた。
息を整えたキキョウが机に突っ伏しながら顔のみをボタンさんに向けて諦めた感じで問いかける。
「それで、どこに行けばいいんだ?」
「すぐそこやよ。えーっと、ラングレシア王国やったかな」
ラングレシア王国?
それって魔族領域を挟んでここからずっと東にある国の名前じゃ?
私がそう思っていたら今までずっとブツブツと呟いていたシャーロットさんが椅子を倒しながら立ち上がって驚いた声を上げた。
「なんだと!?  キキョウたそは旅に出るのか!?」
「ん?  なんの事だ?」
肝心のキキョウはというと、何もわからないといった感じでポカンとしていた。
「そうでしたか。後でフーマ様に謝らなくては」
先程フーマ様がキキョウの事を街の往来で抱きしめているのを見かけてしまい、思わず逃げ出してしまったがどうやら私の早とちりだったようだ。
「まぁ、それはキキョウのせいみたいやし、きっとフーマはんは怒ってないと思うんよ」
「おい!  私は悪くないぞ!  元はと言えばあいつが私に抱き着いてきたのがムムムム」
「はいはい。黙っててなぁ」
キキョウがボタンさんに従業員契約?  とかで口を閉じさせられた。
雲龍は特殊な雇用形態をしているようである。
「しかし、フーマ様が魔法が使えなくなってるとは思いませんでした」
「そうやねぇ。一時的なものやとは思うんやけど、こんな話一度も聞いたこと無いからなぁ」
「ボタンさんでも知らない事があるのですね」
「そりゃそうやよぉ」
そう言ったボタンさんが口元を上品に抑えながらころころと笑った。
ソーディアに連れて行ってもらった時に何回か二人で話したが、おしとやかで物知りな年上のお姉さんといった感じで凄い包容力を感じた。
私は年の割には背も高く顔立ちも大人っぽいので、彼女の様に私を可愛がってくれる人は相当に珍しい。
「そういえば、今日はどうしたん?  何かうちに来る用事があったんやろ?」
「そうでした。これもフーマ様の話なのですが、」
「あらあら、シルビアはんはフーマはんの事が好きやねぇ」
「べ、別にそういう訳ではありません!  ただ、私は従者としてですね、その」
私はフーマ様の事を伝説の勇者様の様に感じとても尊敬しているが、ボタンさんが言うのとは違うと思う。
私はフーマ様にアンと私を救ってもらった恩返しをしたいだけで、従者になったのもそれと同じ理由のはずだ。
フーマ様にはマイム様というステキな女性がいるわけだし。
「あらあらあら、少し意地悪言いすぎたなぁ。それで、なんやったけ?」
「はい。これは今日の早朝の話なのですが、」
そうして私は今日の朝の出来事をボタンさんに説明し始めた。
それにしても、シャーロットさんはなんで奥の方の席で一人でブツブツ言っているのだろうか。
少し怖い。
◇◆◇
シルビア ソレイドにあるローズ邸宅にて 早朝
「さて、今日もフーマ様の部屋の換気とお掃除に行きますか」
朝、目が覚めて身支度を整えた私はここ数日の日課であるフーマ様の部屋の掃除をする為に掃除道具を持ってフーマ様の部屋に向かった。
アセイダルとの戦闘からマイム様に運ばれて帰って来たフーマ様は血だらけだった。
傷は全てボタンさんが治してくれた為命に別状はないそうなのだが、ここ数日一度も目を覚まさずに寝たきりになってしまっている。
「ミレン様は何も心配はないと言っていましたが、やはり不安ですね」
ミレン様は数日もすればけろっとした顔で起きて来るじゃろうよと言っていたが、一方のマイム様は起きている間ずっとフーマ様事を気にかけて心配そうにしていらした。
時々寝ているフーマ様にキスをしたら目を覚ますんじゃないかと訳の分からないことを言っていたが、その内心は不安で埋め尽くされているのだと思う。
何日も同じ服では可哀そうだからと言って、率先してフーマ様の着替えを顔を赤らめながらやっていたし、きっとフーマ様の事が何よりも大事なのだろう。
…あれ?  心配してたのかな?
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ちょうど件のマイム様が歩いているのを見かけた。
私は近寄って行ってマイム様に話しかける。
「おはようございます。マイム様」
「あら、おはようシルビアさん。今日も掃除かしら?  精が出るわね」
マイム様は朝早くにも関わらず爽やかな笑顔でそう言った。
マイム様はステキな女性だ。
貴族然とした雰囲気を発しているのにそれを鼻にかけることなく、孤児院出身の私にもよくしてくれる。
時々よく分からない言動をするけれども、知的で凛としたカッコいい女性だと思う。
私の密かな憧れだ。
「はい。私がフーマ様の従者としてできるのはこのくらいしかないので」
「そ、そう。シルビアさんは真面目ね」
「いえ、私はフーマ様に救っていただいた御恩をすこしでもお返ししようとしているだけなので。つまるところこれは私の自己満足です」
私はフーマ様がダンジョンの中で私を助けてくれる理由を説明してくれた時の真似をしながらそう言った。
あの時のフーマ様はどこか悲しげな顔をしていらしたが、それが哀愁を帯びていてすごくかっこよかった。
「そうなのね。でも、メイド服は絶対に着てはダメよ!」
「はい。わかっております」
私がフーマ様の従者となる事を認めてくださったマイム様だが、私がソーディアから帰ってきたあたりからメイド服、つまるところの従者の恰好をするのは駄目だと言うようになった。
フーマ様が一時帰宅された時になにかお話があったのかもしれない。
「そう、それならいいわ。それじゃあ行きましょう」
「かしこまりましたマイム様」
「く、これは早急に私があのメイド服を着て風舞くんにご奉仕しなくてはならないようね」
フーマ様の部屋へと足を向けたマイム様が小声でそう言いながら歩き始めた。
獣人である私にはマイム様の独り言がばっちりと聞こえているが、彼女がそれに気づいた様子はない。
時々マイム様とミレン様のフーマ様を呼ぶ時の発音が違う時があるが、あれは一体なんなのだろうか。
まぁ、今はそんなことよりもフーマ様の事だ。
今の話から推測してみた感じ、フーマ様は従者の恰好がお好きなようだ。
私もメイド服を着てフーマ様にお仕えしたら、フーマ様はどのようなお顔をなさるのだろうか。
そんなとりとめもない事を考えながらも、私たちはフーマ様の部屋の前に到着した。
マイム様がドアを開けながらいつものセリフを口にする。
「おはようフーマくん。いい朝ね!  …ってまだ起きてないか」
私もマイム様の後に続いて挨拶をしてから部屋に入った。
「おはようございますフーマ様。失礼いたします」
部屋に入った私は部屋の窓をあけて換気をしながら掃除を始める。
マイム様はいつものようにベッドに腰かけて今日の予定を話し始めた。
マイム様は朝一番でその日の予定を寝ているフーマ様に語り、寝る前にその日にあったことをフーマ様にお話しして部屋を後にする。
フーマ様が気を失ってからの四日間欠かすことなく毎日そうしていらしゃった。
私がそのマイム様の健気な姿に心を痛めながら部屋の掃除をしていたその時、今までピクリとも動かなかったフーマ様が声を漏らした。
「んんっ」
「フーマくん!?」
ベッドに座っていたマイム様が思わずといった感じで声を上げる。
私もマイム様のベッドを挟んで反対側からフーマ様のお側に寄ってその顔を伺った。
私たちがそうしてじっと様子を伺っていると、フーマ様がゆっくりと手をつきながら身体を起こして目をこすりはじめた。
「フーマくん!」
それを見たマイム様が目をこすっているフーマ様に抱き着こうと飛びかかったのだが…
「ふ、フーマ様!?」
フーマ様が私に抱き着いてきて、マイム様はそのままベッドの上にボフンと落ちた。
私が今一状況を読み込めずに戸惑っていると、フーマ様がとても小さな声でつぶやいた。
「ごめん。あーちゃん」
蚊の鳴くようなとても小さな声だったので、マイム様には聞こえていなかったようだが耳の良い私はなんとか聞き取れた。
「あーちゃん?」
「フーマくん!  シルビアさんを離しなさい!!」
私がフーマ様の言ったことを疑問に思っていると、ガバッと起き上がったマイム様がフーマ様の後襟を掴んで私から引き剥がした後にくるりとフーマ様をまわし、その頬に強烈なビンタをかました。
錐揉み回転をしながら部屋の隅まで飛んで行ったフーマ様が起き上がりながら驚いた声を上げる。
「いっつ!?  って、二人とも揃ってどうしたんだ?  あと、なんで俺は起きて直ぐに殴られたんだ?」
「いきなりシルビアさんに抱き着くからでしょう!  朝起きて直ぐにシルビアさんに抱き着くなんてフーマくんは最低ね!」
「いや、ちょっと待て!  俺は寝ぼけてただけだから!  何も他意なんてないから!」
「問答無用!」
マイムさんはそう言うとフーマ様の襟を掴んでがくがくと揺すりながらお説教をはじめた。
私はただポカンとしながらそのやり取りを眺めている事しかできなかった。
◇◆◇
シルビア
「と、言うことがあったのです」
「あらあらあら、フーマはんに抱き着いてもらえたって自慢しに来たん?  うちでも抱き着いてもらったこと無いのに羨ましいなぁ」
ボタンさんがからかうような口ぶりでそう言ってきた。
でも、ボタンさんでも抱き着かれたことがないんだ。
ちょっと優越感。
「違います!  私がお話したいのはフーマ様がおっしゃったあーちゃんさんという方についてです」
「あーちゃん。あーちゃんなぁ」
ボタンさんはそういうと取り出した扇子で口元を隠しながらなにやら考え事を始めた。
一体どうしたのだろうか?
そう思ったものの、ボタンさんが考えている間特に何もする事がない私はキキョウとお話でもしていることにした。
「ねぇキキョウ。何をしているの?」
「ん?  シルビアか。私は今あの変態女騎士をどうやって追い出すか考えていたところだ!」
「へぇ、ほどほどにね」
「ふん。それはあいつの態度したいだ!」
キキョウはそう言うと机の上の羊皮紙になにやら落書きを始めた。
上の方には汚い文字で『変態女騎士抹消計画』と書かれている。
私はキキョウがインクの入った壺を倒さない様に注意しつつ、その様子を眺めていた。
水を沢山飲ませて破裂させるって、その作戦はどうなのだろうか。
そうして孤児院にいた頃を思い出して少し懐かしい気分に浸っていると、思考の海から戻って来たボタンさんが私とキキョウのもとにやって来て話しかけてきた。
「キキョウの面倒を見ていてくれてありがとうなぁ」
「いえ、孤児院にいた頃を思い出して私も懐かしかったので。それで、何か解りましたか?」
「そうやね。あーちゃんていうのはフーマはんの昔の女やろうね。うちのこの狐耳がそう言ってるんよ」
「昔の女、ですか」
「フーマはんは昔の女であるあーちゃんをシルビアはんと間違えて抱き着いたんやと思うんよ」
「そうでしたか。あーちゃんさんは獣人の方なんですね」
「んー、そうとは限らないんやけど、特に問題はないと思うんよ。今はあーちゃんはフーマはんのそばにはいないみたいやし、シルビアはんの恋敵にはならないやろうな。フーマはんが日頃その娘を気にしてはる様子もなさそうやしね」
「べ、別にそういう理由でボタンさんに相談しに来たのではありません。でも、それならば良かったです。何がとは言いませんが良かったです」
「どうやら力になれたみたいで良かったわぁ」
ボタンさんはそう言うといつものように優し気な顔でころころと笑った。
どうやらあーちゃんさんはフーマ様の昔馴染みの方らしい。
そういえば、ダンジョンでお話してくださった時幼馴染の女の子がいると言っていたし、もしかするとあーちゃんさんがそのお方なのかもしれない。
私がそんな事を考えていると、ボタンさんがキキョウの方を向いて口を開いた。
「なぁキキョウ。お使いに行って来てくれへん?」
「ん?  今は少し忙しいから少し待ってくれ。私は抹殺計画を立てねばならないからな」
「まぁ、それが終わってからでもええよ」
「何!?  オバハン獣人が私に速くしろと言わないなんてどうしたんだ?  まさか腹でも壊したのか!?  それなら今日は最高のぐへっ」
「残念やけどうちは元気やよ。それでお使いに行ってくれるん?」
「行きます!  行きますからこれを解け!」
ボタンさんが上げた手を振り下ろすと、キキョウの首元に現れていた紫色の光の首輪がすっと空気中に消えた。
息を整えたキキョウが机に突っ伏しながら顔のみをボタンさんに向けて諦めた感じで問いかける。
「それで、どこに行けばいいんだ?」
「すぐそこやよ。えーっと、ラングレシア王国やったかな」
ラングレシア王国?
それって魔族領域を挟んでここからずっと東にある国の名前じゃ?
私がそう思っていたら今までずっとブツブツと呟いていたシャーロットさんが椅子を倒しながら立ち上がって驚いた声を上げた。
「なんだと!?  キキョウたそは旅に出るのか!?」
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