理を変えれないなんて誰が決めた?

ノベルバユーザー363992

プロローグ

「名前を教えてくれるか?俺はお前が誰だか知らない」

俺は目の前の木の側に座ってる少女へと手を差し伸べながらそう尋ねた。


「え、えっと…リリアよ」

俺の差し出した手を取りながら質問に答える少女は、肩まで伸びる癖のない細く長い金髪に赤い瞳で、容姿は非常に良く整っている。


「そうか。リリア、俺は名前がない。というか覚えてないんだ」


「……覚えてない?」

リリアは可愛く小首を傾げて聞き返した。


「あぁ。自分がどこの誰で何をしていたのかそれがわからない」

だが、別に認知症とかではなく、最近のことなら鮮明に思い出せる。つまるところ俺の状況を的確に言葉にするのであれば・・・


「記憶喪失ってこと?」

まさにそういうことだ。

「そうだと思う。それはそうとして大丈夫だったか?魔獣に襲われてたようだったから助けに入ったけど、怪我とかないか?」

俺は自分の話はほどほどに本当に聞きたかったことを切り出した。



少し回想すると、
俺は森の中を散策していた。毎朝起きたらすぐ朝食を確保するために、森へと出かけるのが日課なのだ。


「おぉ、この木の実は確かめっちゃ美味かったよなぁ。今日はついてるな」

俺はほくほく顔で手に持った篭にその実を採集していた。その時、

「きゃー!」

遠くから人の悲鳴が聞こえた。
俺は反射的に手に持っていた篭を腰に固定して声のした方に駆け出していた。


しばらく走ると声の主を見つけた。
声は一度きりだったが、迷うことなく辿り着けた。

そこでは木の側に座りこむ少女と今にも襲いかかろうとする魔獣の姿があった。

「離れろ!!」

俺は叫びながら、自衛の為にいつも装備しているナイフを手に魔獣に飛び掛かった。
その動きはお世辞にも様になっていなかったが、それでも魔獣は怯み逃げていった。

いつもなら、追いかけて仕留めるか十分に追い払うのだが、今は少女を一人にする方が危険だと判断して、追いかけるのをやめた。


そして、冒頭に戻るわけだ。


「怪我なんてないわよ。あの程度の魔物に負けるほどわたしは弱くない。それにあなたが追い払ってくれたから、触れられてもいないわ。」


「それは良かったな。だが強がりか知らないけど、助けてもらったなら、素直にお礼した方が身のためだぞ」

俺は別に良いが、社会的に生きにくい性格だなと思って、ついお説教じみたことを言ってしまった。

するとリリアは心底驚いた様子で目を見開いた。

「あなた名前を聞いてきたからまさかと思ってたけど、もしかして私を知らないの?……ってあなたそういえば記憶喪失なんだったわね」

リリアは言葉の最中に原因に思い当たり自分で納得した。

俺がどういう事かと尋ねると、彼女はそれこそ地元では知らない人がいないほど有名な冒険者らしい。
冒険者というのは、主に魔獣から街や人を守るためにクエストをこなし、報酬を収入にして生活している人のことだ。
基本的には副業としている人が多く、冒険者としての収入だけで暮らして行けるのはそれこそ一流のエリートだけだ。
そして彼女もそのエリートの一人だと言う。

彼女はヒーラーで回復魔法を得意としているが、剣や攻撃魔法の腕も並ではなく、少し見せてもらったが、それは素人の俺にもわかるほど洗練されていた。

「確かに強がりでもなんでもなさそうだな」


「ええ、あなたの腰の入ってない特攻とは訳が違うわ」


「ほっとけ」

俺が不貞腐れるとリリアはわざとらしく口元を押さえて笑った。

「冗談よ。一応感謝してるわ。たとえ必要でなくても助けてもらえるのは嬉しいもの」

俺はリリアが素直にお礼を言ったことが少し意外だった。もっとプライドが高い人間だと思ってたが、案外そうではないようだ。


「それは何よりだ。ところで俺はこの後、街に買い出しを頼まれてるんだが、リリアも街へ帰るのか?」


「ううん、わたしまだクエストの途中なの。だからここでお別れ。ありがとね、楽しかったわ。またどこかで会えると良いわね」


「あぁ、そうだな。じゃあな」

リリアが立ち去ろうとしたので俺は見送ろうと思ったが、ふと気になって聞いてみた。


「そういえば、なんで悲鳴なんてあげたんだ?」


「………虫」

リリアは振り返ることなく、消え入るような声で何かを呟いたが、生憎聞き取ることが出来なかった。


「…えっ?」


「虫が落ちてきて驚いたのよ!!恥ずかしいから言わせないでよ!」

リリアの顔は俺からは見えないが、顔が真っ赤になっていることは想像に難くなかった。
どうやら、虫に驚いて悲鳴をあげたら、それを聞きつけた魔獣が寄って来たらしい。


「いや、悪いこと聞いたな。けど可愛いとこあんのなリリアって」


「なっ!?」

俺がそういうと、リリアはガバッと振り向いた。その顔は想像通り、茹でたタコのように真っ赤だった。
それは可愛いと言ったことに反応したのか恥ずかしいのか、はたまた両方か判断するのは困難だったが、その反応は少し面白く笑ってしまった。
そんな俺の反応を見て余計に赤くなり、

「もう良い、知らない!!」

リリアはそう言い残して、スタスタと森の奥に消えて行ってしまった。

そして取り残された俺は・・・


「面白い奴だったなぁ……」

会話を思い出しながら、つい笑みがこぼれてしまっていた。


「……ん?」

そこで俺は彼女がいなくなった木の側に何か落ちていることに気がついた。


「……紙?なになに……」


『あなた、寝癖がついてるわよ。折角の綺麗な黒髪が台無しね。蒼い瞳に容姿も良い分、余計に残念ね…ふふふっ
リリア』

「あの野郎、仕返しして来やがった」

俺はそう言いながら寝癖を直した。

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