モブ中のモブとして召喚されました

オカメ天麻音

第31話

カチカチカチ。何か堅い物が当たる音がする。 

 規則的に、いつまでも耳元でなっている。 

 どこかで聞いたことがある音だった。 

 俺はぼんやりと、音のする方に首を向ける。 

 誰かが、編み物をしていた。音は編み棒が当たる音だった。 

「あ、目が覚めたんだ」 

 その声に急速に意識か覚醒する。白いプリムをつけた可愛らしいメイドは手を動かしたままちらりとこちらに目を向けた。 

「な、なんでおまえ」 

 声がかすれた。 

 何が起こったのだろう。 

 事柄の前後が切り取られ、混乱した頭にはルーシーの存在は毒だった。 

「ここにいるのか、だろ。いやだなぁ、せっかく看病してあげてたのに・・・」 

 え? 俺の驚いた顔を見て彼はクスクスと笑った。 

「嘘、だよ。本気にした?」 

 見たこともない場所だった。俺の知っている天幕の中でも、部屋の中でもない。 

 無機質な白い壁に囲まれた、まるで俺達の世界の病院のような部屋だ。 

 ひょっとして、俺は、死んでしまったのか? 

「いや、まだ、死んではないよ」 

 俺の思考を読み取ったかのように、ルーシーは答える。 

「ここは、彼らのいう研究所の中だ」 

 それは大変だ。解剖とか実験とか考えたくもないことを想像して、俺は飛び起きようとした。 

「安心して。彼らは君に手出しはできない。本当にひどいことをするよね。プレイヤーを強制死させようとするなんて。さすがにプレイに関係のないモブがプレイヤーを暗殺するのはどうかと思ってね。止めさせてもらった」 

 俺は体を起こして頭を手で支えた。 

 まだ頭がぐらぐらしている。あの痛みの余波がまだ体中に残っているような気がする。 

「大丈夫。あのひどい呪文は解除しておいたから。普通の強制呪ならまだしも、あれはないよね。君たちのところでいう自爆装置ってやつ? せっかく手間暇かけて召喚しておいて、何を恐れているんだろうね。彼らの考えていることはわからないよ」 

 ルーシーは編み目を数えている。 

「おまえが、彼らにやらせているんだろう。ゲームとかなんとかといって・・・」 

「それは違うよ。彼らは勝手に動いているんだ。むしろ、僕らのほうが利用されているんじゃないかな」 

「だが、おまえ達が彼らにナンバーズを呼び出す方法や、ナンバーズをつかって戦う方法を教えたんだろう。違うのか?」 

「彼らがそれを望んだからね」ルーシーは肩をすくめる。「僕らが干渉できる部分は限られているんだよ。ここの世界の住人が同意しない限り、僕たちは手出しができない。僕らはただ君たちプレイヤーのために舞台を整えているだけだよ。より楽しくゲームに参加できるように」 

 俺達、プレイヤー? こんな場所、楽しくなんかない。 

 無理矢理人殺しゲームに参加させられて、無理矢理戦場に送り込まれて、何が楽しいものか。 

「君に関してはとても気の毒なことをしたと思っている」ルーシーは本当にすまなさそうにそう告げた。「前もいったけれど、まさか“陰”とプレイヤーがくっつくなんて考えていなかったんだ。 だから、いろいろと特典をつけてあげた。今回の復活はアフターサービスの一環だよ。実のところ君はテストプレイヤー扱いなんだ。君の事例で僕たちもいろいろとわかったことが多くてね 

次のために改善策を考えているところだ」 

君たちの事例? 僕たち? こいつらは一体何様なんだ。 

俺はわき上がってきた怒りをぶつけようと、して・・・倒れた。ひどくめまいがする。視線がうまく定められない。 

「だから、まだ体調が万全じゃないんだから、まだ寝ていた方がいいよ」 

 上から声が降ってくる。 

「僕たちにとっても、君は貴重なサンプルなんだから、もっと自分を大切にしてほしいなぁ」 

 だれが、サンプルだ。どこに行っても、物扱いだ。 

 俺は物じゃ・・・ない。 

 思考を読み取った管理者は、笑ったようだった。 

「じゃぁ、またね。よいゲームライフを・・・」 

  

  

  

 ひどい夢を見た。俺は飛び起きた。 

「シーナ。あんた、大丈夫なの」 

 びっくりしたリースが脂汗を流している俺の顔を覗いていた。 

 俺は未だ悪夢の中にいるらしい。俺がいるのは無機質な部屋だった。さきほど、ルーシーがいた部屋と寸分違わない狭い部屋だ。ただ違うのはルーシーが編み物をしていた場所にリースが座っている、それだけだ。 

「ここはどこだ。あれから何日たった?」俺はリースの手を振り払って病院のような寝台から床に足を下ろす。「ここは、ケット砦の、ナンバーズの施設だよ。あれから、4日たってる」 

「くそ」 

 ルーシーとの会話は夢だったのだろうか。それとも現実だったのか。 

「リース、早く、ここから逃げないと」 

「そのことなら、大丈夫。落ち着いて、シーナ。もうあの人達はいないから・・・」 

「いないってどういうことだ」 

「あの人達はみんな出て行ったの。残っているのは留守番役の人だけ」 

 リースは無理矢理俺を寝台に押し込んでから、大まかな経緯を説明した。 

 話はルーシーから聞いたのとほぼ同じだった。 

 あの技術官がかけたのは“ナンバーズの機能を止める”呪だったらしい。 

 それが俺の息の根を止める寸前であいつが待ったをかけた。 

 死にかけの俺をこの研究所に運んできたのはあいつの部下で、それから熱い議論が繰り広げられて、俺は息を吹き返した。 

 俺が寝ている間に、大半のナンバーズ達が新しい拠点に移るために出て行って、今はこの砦には守備隊しか残されていない。 

「ゴローやサクヤは? おまえの兄貴は?」 

「ゴローもサクヤも無事よ。兄さんもいるわ」 

「ゴローとかサクヤとかひどい目に遭わされなかっただろうな。実験とか、解体とか」 

「ないわ。いろいろ話を聞かれていたみたいだけどね」

 俺は苦労して寝床から足を床に下ろす。 

「シーナ、無理しては駄目よ。あなた、ほとんど死んでいたんだから。治療師がずっと治療して、高価な薬もたくさん使って、それでもまだそんな状態でしょ」 

「ここを早く出るぞ」 俺はリースにそう主張する。「ここにいたら、何をされるか、わからない。はやく、マフィの村に帰らないと」 

 ここまで体がいうことをきかないとは・・・。俺は歯がみする。ここはとても危険な場所だ。 

 俺達はあのロイスとかいう男を敵に回した。あいつはクリアテス教の中で地位も権力も得ている実力者だ。彼の頭の中では俺なんかその辺を飛んでいる羽虫ほどの価値もない。いや、かみついたぶん、害虫として積極的駆除の対象に格上げされているだろう。 

「今のところは大丈夫。あの件に関わった監督官達はみんな新しい拠点に異動になったの。あのことは誰にもいうなということになってるみたいよ。あんたが、べらべらとしゃべったことがよほど衝撃だったみたい」 

 リースは非難がましく俺を見た。 

「なんで、あの場でああいうことをするのかしらね。いや、あたしが悪いのよ。あんたがやらかしそうなことはわかってたのよ。それなのに止められなかったから」 

「俺が決闘で勝ったことじゃなくて、話したことのほうが衝撃的だったのか」 

「あたしも卒倒するかと思ったわよ。なんで、あの場でああいうことを言うのかな?」 

 あれは仕方がなかったんだ。 

 サクヤが精霊を集めるまで時間を引き延ばさないといけなかったんだ。 

 それに、きちんと言質をとっておかないと、後でなんだかんだと理由をつけて覆しかねなかっただろう。 

「もう、やっちゃったぶん何を言っても無駄だけど、あれはみんな驚くわ。忘れているようだからいっておくけれど、ナンバーズは会話しないからね。何を聞かれても話さないというのが彼らの特性でしょ。外側は人だけど中身は空っぽのはずだったのよ。それが、あそこまで理屈をこね回して、反論するなんて・・・ロイスでなくても処分したくなるわ」 

 リースの後からやってきたサクヤとゴローは俺に説教などしなかった。 

「ゴロー、準備はできているか」 彼はうなずく。「いつでも、いける。馬も、確保、ただ・・・」 

 ゴローは複雑な表情を見せた。 

「俺達、有名人、結構顔を知られた」 

「買い物・・・いけない・・・」サクヤが残念そうだった。「屋台、買い食い、残念」 

 そりゃぁそうだろう。 

 今までナンバーズという隠れ蓑に包まれていたが、彼らはとても目立つ外見をしている。不埒な連中が味見をしてみたい、と思った気持ちが少しはわかる気もするくらいだ。 

「仕方ないな。じゃぁ、俺が足りない物を買いに行こう。え? 俺も無理?」 

「どこで誰が見ているかわからない。 あの試合、結構観客がいた」 

 サクヤは、器用に見舞いに持ってきた果物をむいて俺に渡した。 

「誰も何も言わない。でも、顔を知られている可能性ある」 

「ナルサム、も無理だよな」 

「ナルサム、別の意味で、有名人。彼、盾の会の古株」 

「うーん、困ったな」 悪い意味で顔が知られてしまったらしい。要注意人物、お尋ね者注意。静かにくらそうと思っていたのに。 

「大丈夫」 サクヤの表情は明るい。「いい人、いる。何でもしてくれる親切な人。おいしい物、たくさん持ってきてくれる・・・これももらった・・・」 

「まさか、そいつは男のくせにスカートをはいているあいつ・・・ちがうのか? え? おまえのことをあがめている?  サクヤ、それは別の意味で危険な人だ。つきあうのはやめような」 

「ん? 彼らは危険ない。お菓子をくれる、おいしいお菓子」 
 サクヤ、物でつるのは悪い人の特徴だ。誘拐されたらどうするんだ? 

 体が動くようになるとすぐに俺はリースの部屋に転がり込んだ。 

 リースの部屋は快適だった。 
 すきま風の入らない暖かい部屋だったし、毎食ちゃんとした食事が出た。まずい糧食を当たり前のように渡されないというのはありがたい。 
 ここにいれば少なくとも快適な暮らしが保証されていた。部屋の外に出なければ冷たい目にさらされることもない。 

 しかしそんな怠惰な生活もあっという間に終焉を迎えることになる。 

「おい、リース、まずいぞ」 

 ナルサムが部屋に駆け込んできた。 

「どうしたの、兄さん?」 

 ゴローとサクヤと床に寝そべってお勉強していたリースは慌てるナルサムに目を丸くする。 

「帝国軍が関を攻撃するらしい」 

 リースは跳ね起きた。 

「アサの関を? 馬鹿な?」 

 事情を飲み込めないナンバーズ達は慌て始める監督官をいぶかしげに見つめる。 

「関って、あのマフィの村から行けるかもしれないって場所のことか?」 

「そうよ、大変。どうしよう」 

 全然事態を飲み込めていない俺達にリースはいらいらと説明する。 

「関はね、関所ってだけじゃないの。堰でもあるの。 
あそこの上には大きな湖があってね。そこの水を調整して、大瀑布に流すのが関。 
元々はコサの神殿が管理していたのだけれど、近年帝国属領のクリアテス領が管理していたの。 
そこを帝国が攻撃するということは、下手をしたら堰を壊されるかもしれない」 

「まてよ。クリアテス領は帝国領の一部なんだろう。だったらどうして帝国が攻めないといけないんだ・・・あ」 

 俺は思い出した。 

 クリアテス教と王軍、つまりクリアテス領軍が手を結ぶかもしれないという噂を。ナルサムはそれを肯定していた。 

 あの大瀑布の水を管理している堰だ。そこが壊されたら、水があふれて下流一帯が水浸しになる? 

「そうよ、その通りよ。マフィの村だけじゃない。下のコサの町とか、もっと下流の町が全部水浸しになるかもしれない」 

「そんな馬鹿なこと、する奴がいるのかよ」 

「いたんだよ。過去に・・・もう何十年も前だが。クリアテス国がクリアテス領になるときにあそこを占拠した帝国の将が脅したんだ。アルトフィデスの国をな。クリアテスに荷担したら、堰を壊すってな。実際にはやらなかったけれど、それで充分効果があった」 

 ナルサムは指をかんだ。 

「なんとしてでも止めなきゃ」リースががさがさと支度を始めた。「あたし達の村が、コサの町が、なくなるかもしれない」 

「止めるってどうする気だ? まさか、堰に行くつもりでは・・・」 

 リースがぱっと顔を上げて俺をにらんだ。行くつもりだ。 

「リース、先走ってはいけない」ゴローが諭すようにリースを止めた。「焦っても何もいいことはない」 

 さすがはゴロー。落ち着いている。大人の風格だ。 

「あなたが行くときはわたしたちも行く。準備は万全にしよう」 

「・・・・・・」 

 ゴロー、この兄妹の暴走を止めるのではなかったのか。ここはサクヤに期待して・・・・・・ 

「ちゃんと脱出の準備はしている。馬も食料も用意してある」 

 サクヤが部屋の隅からぎっしりと荷物の詰まった背嚢を取り出した。 

「待てよ。話が飲み込めない。詳しい説明を頼む」 

「あら、いつもは先頭に立って突撃していくあんたが今日はどうしたの?」 

 そっちを驚くのか、リース。 

「いやいや、相手が大部隊で攻めてきているのなら、俺達数人がいっても無駄だろう。 それに、すでにクリアテス側の誰かが堰に行っているのではないか?」 

 渋々といった様子でリースは俺に説明を始めた。その間も準備の手は緩めない。 
 この砦にいたクリアテスの勢力は新しいもっと帝国寄りの拠点に移った。 
 このあたりに出没していた帝国の偵察隊は寡兵であり、こちらに攻め込むほどの戦力ではないと判断したからだ。 

「その兵隊が、関に現われたらしいのよ」 

「別に不思議じゃないよな。今関を仕切っているのは王軍で、王軍は帝国軍と仲よしなんだろう?」 

「王軍と交戦状態になったといったら?」 

「どうやったら交戦状態になるんだよ。仲間だろう?」 

「属領軍といえどもクリアテスの民だ。本国の連中とは折り合いが悪い」 当然だろうとナルサムはいう。 

「それに、クリアテス教と王軍との手打ちの話も流れている。この交渉が行われているのはほぼ事実だ。帝国正規軍はそのあたりのことを探りに来ていたのは間違いない。彼らが黒だと判断したら関を占拠しようと思うんじゃないかな」 

 話をきく限り重要な拠点らしい。もめたあげく戦闘が始まったということか。 

「でも、今さら俺達が言ってもすでに決着がついているのではないか?」 

「正規軍の数は少ないといったろう。戦闘が始まったという報告だった。関が落ちたという報告じゃぁない」 

 俺は考えた。まず、何をするべきだろう。 
 俺達の第一の任務はマフィの村を守ることだ。 
 そう考えてから、はっと気がつく。 
 これって呪の影響だよね。まだまだ、俺は奴らに影響されているということか。 

「この情報は、もうみんな知っていることか?」 

「いや、この砦に救援を求めに来た早馬が情報源だ。だから、まだ誰も知らないと思う」 

「じゃぁ、村の人達はまだこのことを知らないんだな。まず、誰かがマフィの村と連絡を取る必要があると思う。ディーやキーツにこのことを知らせるんだ。村の人達が逃げる時間は必要だろう」 

「俺が行く」ナルサムがうなずいた。 

「俺はこのあたりのことはよく知っている。飛ばせば、一日もかからずに村に着く」 

「それで、俺達なんだが」 

「あたし達は、関に向かうわよ」 リースは俺の言葉を遮って宣言した。「馬で行けば、そんなに時間はかからないわ」 

「あの、俺達は歩兵種・・・・・・」 

「いまさら、歩兵だから馬に乗れません、といっても聞かないからね」乗馬が苦手なのはあんただけだといやな事実を突きつけられる。 

 駄目だ。どうしても行くつもりになっている。 

 ゴローとサクヤも行く気満々で、俺一人ではどうしても止められない。 

「いいだろう。ただ一つだけ、約束してくれ。監督官マスター」 
俺は条件をつける。 
「もし、敵に関が落とされていたら、そのときはあきらめて引いてくれ。帝国兵は強い。俺達だけで突撃することはできない。必ず引き下がると、そう約束してほしい」 

「わかったわ。無謀な突撃はしない。約束する」リースはそういって笑いかけた。「不思議ね。いつもはシーナが突っ走って、あたし達が慌てて追いかけていくのに、今回は逆。死にそうになって、少しは改心したのかしら」 

「俺はそんなことをしたことはないぞ」 

 失礼な。いつも俺が考えなしにことをすすめているみたいじゃないか。 

 今回は本当に気が乗らないのだ。 なんなのだろう。とても変な感じがする。何かが足らない気がするのだ。 

 俺達の脱走を止めるものは誰もいなかった。 

 早馬の持ってきた知らせで、居残り組は右往左往していて、とてもではないが俺達のことをかまっている余裕がなかったのだろう。 

  砦からだいぶ離れて、追手がいないことを確認すると俺達は二手に分かれた。 

「兄さん、気をつけて」 

 リースが馬上で挨拶をする。 

「おまえたちこそ、気をつけろよ。 
相手は帝国軍だ。危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ」 

 ナルサムは馬の向きを変えて、草原を走って行く。俺達が向かうのは森と山がある方角だ。 

「急ぐわよ」リースが俺達に声をかける。 
「遅れたら、置いていくからね」 
 これは俺に、だ。 

 俺たちはまっすぐ山に向かって馬を走らせた。 

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