モブ中のモブとして召喚されました

オカメ天麻音

第28話

そのあと、俺達は天幕の中でこそこそとこれからのことについて話し合った。 

「聞いている奴とかいないよな」俺はサクヤにきく。 

「うーん。たぶん」サクヤの表情はさえない。「よくわからない。ここ、精霊が来ない。精霊、足りない」 

「ん? そうか?」 俺は剣を抜いて精霊を呼んでみる。しょぼい。たしかに光がかすかに見えるか見えないか。 

「本当だ」 

「ちょっと、こんな狭いところで剣を振り回すのはやめて」リースが迷惑そうに俺の剣先から逃げる。 

 俺達は、完全に逃亡する方向で計画を練っていた。 

 少なくとも俺の頭の中にはここにとどまるという選択肢はなくなっていた。 

 なるべく早く、ここを出る。そうしないと命が危ない。 

  なにしろ、ナンバーズ制作の大御所にけんかを売ってしまったのだ。 

 技術官といっていたあの男はたぶん俺達を召喚した当事者だ。 

 つまり誰よりも俺達のことを知っていて、殺すも生かすも自由にできる権力を持っている。 

 本気で逃げる足を用意しなければならない。人数分の馬と食料、それに予備の武器だ。ここに至る道筋は大筋で把握している。後はここの部隊の動きを予想して、マフィの村まで逃げ帰る道筋を決めなければならない。 

 今夜のうちにでも逃げ出したいところなのだが、それはリースが反対した。 

「大監督官様のご招待を受けているのよ。 そこに出なかったらどうなることか・・・」 

 あの野郎・・・余計なことを。俺はルーシー・マーチャントを呪った。 

  今日は俺とゴローは下見をする。リースとサクヤは荷物を用意する。そういう手はずになった。 

 俺とゴローは昨日よりも綿密に砦の中の下調べをした。馬屋の位置、ナンバーズの駐屯地、それから見張りの位置を確認してまわる。意外にも警備はゆるゆるだった。ナンバーズ達は逃亡の恐れはないので、そちらの方には全く人員を割いていない状態だった。中に入るのならともかく、外に出て行く分には見張りは何も言いそうにない。 

 なにしろ、俺達もナンバーズ仲間だからな。 

 むしろやっかいなのは馬の手配だった。 
 逃亡するとしたら意思ある人間、というわけだ。 

「購入できるかな」 

 俺は、手持ちの金を数えてみた。この金額で無理だということになったら最悪馬泥棒でもするしかないだろう。 

「ゴロー、先にリースのところへ戻ってくれ」 

 俺は何食わぬ顔をして馬屋に潜入することにした。 

 異国風の顔立ちをしたゴローはとても目立つが、標準的なクリアテスの風貌をした俺は目につきにくい。誰かの従者を装って、空いていそうな馬を探す。 

「おまえ、どこから来た」 

 誰かに問いかけられて、俺はびくりとした。 

「お、俺はただここに、馬を置きに来ただけだ」 

 よかった。 

 話しかけられたのは俺ではなかった。俺は慌てて物陰に身を潜める。 

 詰問されているのは外套を羽織った男だった。 まだ、鞍を置いたままの馬を引いてこの馬房を歩いていたのだ。 

 「どこに、馬をつなげるかと聞いたら、ここだと聞いたから」 

「おまえ、どこのものだ」 なおも質問は続く。「おまえ、監督官じゃないな」 

「お、俺は・・・」 

 男の周りを取り囲む馬丁達の数が一人、二人と増えていく。 明らかに挙動不審であやしい男だったから、この扱いもしょうがない。 

 俺はこの騒ぎに紛れて馬小屋を出ようと思った。 

「おや、おまえ、ナルサムじゃないか」 

 不意に誰かが驚いたような声を上げた。 

「知り合いか?」 

 男の外套がむしり取られて明るい茶色の髪が光の下にさらされる。 

 俺は足を止めて、騒ぎのほうを伺う。 

「ナルサム、おまえ、南の砦にいたよなぁ。どうして、こんなところにいるんだ」 

「そ、それは・・・」 

 男はリースの兄のナルサムだった。間違いない。俺を殴った顔だからよく覚えている。 

 彼はマフィの村にいるのではなかったのか。どうしてこんなところにいるんだろう。 

「おまえの、”陰“はどこだ。腕輪はどこだ」 

 ナルサムの腕が無理矢理引っ張られて何もつけていない手首がさらされる。 

「ええ? 彼、監督官なのか?」 

「おまえ、まさか、脱走してきたんじゃないだろうな」 

「コイツ、”盾の会“の一員だ。まさか、ここに探りに来たわけじゃぁないのか。え、なんとか言ったらどうだ。監督官様!」 

 まずい。 

 脱走の罪がどれほどのものかはわからないが、このまま行けば大変なことになりそうなのは明らかだった。 
 ここで、彼が捕まって、突き出されでもしたら、静かに逃げ出す計画が狂ってしまう。 

 俺はにこやかな笑みを浮かべて、荒々しい雰囲気に飲み込まれつつある集団に近づいた。 

「あ、ナルサムさん、こちらにいたのですか」 俺は努めて明るく声をかけた。 

 俺の姿を見たナルサムは目を丸くする。 

「捜しましたよ。リースさんがお待ちです」 俺は強引に輪の中に入ってナルサムの腕をとった。「急いでください。あのお方との会見に遅れるわけにはまいりませんから」 

「お、おまえどうして・・・」ナルサムが目を俺の周りに走らせる。「リース、あいつは、どこに・・・」 

「リースさんは部屋でお待ちですよ」 

 黙っとけ、ぼけ、という意味も込めて俺はナルサムの腕を強く引っ張った。 

「彼の馬をどこかにつなぎたいのですが、空いているところはありますか?」 

 俺は、事務的な笑いを周りの馬丁達に向けた。 あのお方という一言は絶大な効果があったようだ。 

 彼らは進んで俺に馬房を教えてくれた。 

「さぁ、手伝いますから、急ぎましょう」 俺は馬房にナルサムを引き込む。「荷物はこれだけですか。鞍を下ろしますから、馬の餌を頼みます」 

 周りに聞こえるくらいの音量で俺は当たり障りのない話を続ける。 

「お、おまえ、なんでここに。単独行動をするなんて・・・リースはどこに」 

 ナルサムは俺がナンバーズだと誰かに聞いたようだ。 

「だから、リースさんはお部屋で支度中ですよ」そういって俺はナルサムのほうに顔を寄せてささやいた。「あんたこそ、なんでこんなところにいるんだよ。クソ兄貴」 

 さっとナルサムの顔に朱がはしった。 

「おまえの知ったことじゃない・・・」 

「声を落とせ。馬鹿。こっちに調子を合わせろよ。 ・・・ナルサムさん、馬にやる水をくんできますね」 

 俺はできうる限り最大の速さで馬の世話をした。馬もおとなしく俺の指示に従った。 

 それもそのはず俺はこの馬のことをよく知っていた。 

 リースが乗っていた馬だ。 マフィの牧で一番賢く足の速い馬だった。 
 その馬が大汗をかいている。どれほどナルサムが焦って、ここに来たのかがそれだけでもわかる。 

「場所を変えるぞ」 

 俺は甘える馬を残して、引っ張るようにしてナルサムを馬屋から連れ出した。 
ナルサムも、そうした方がいいと思ったのだろう。黙って俺についてきた。 

 俺は目をつけておいた酒場にナルサムを連れ込んだ。 
とりあえず内緒話ができそうな隅にナルサムを引っ張り込む。 

 店は適度に混んでいた。 
まだ日が落ちていないというのに、かなりの人が集まって思い思いに酒を飲んでいる。 

 注文した飲み物が届いてから初めてナルサムは口を開いた。 

 「なぁ、おまえ、本当に”陰“なのか?」 

 開口一番にそれか・・・俺はうんざりした。 

 「らしくなくて、悪かったなぁ」 

 俺は飲み物に手を伸ばす。薄い麦酒だった。生ぬるくて飲めたもんじゃない。 

 「本当に、本当に、ナンバーズなのか。ナンバーズがこんな店で酒を注文していいと思っているのか?」 

 「殴った後は説教ですか。ナルサムさん」 俺は嫌みたっぷりにいう。「あんたこそどうしたんだよ。なんでこんなところにいるんだよ。 あんたのナンバーズ達は? 腕輪はどうしたんだ」 

「あいつらは、ディーラに預けてきた・・・」 ナルサムは決まり悪げに目をそらした「ここにあれを連れてくることはできないからな。苦渋の選択だった」 

「おいおい、預けるとか、そんなことが簡単にできるのかよ」俺は驚いた。「ディーに預けるなんて、大丈夫か? あいつ今頃あんたのナンバーズを切り刻んでいるかもしれないぞ。あんた、あんたの”陰“をそれなりに大切にしていたと思っていたんだが」 

「仕方ないだろう。俺だって他人にあいつらを使わせるのはどうかと思っていた。でも、あいつらを引き連れてここに乗り込むわけにはいかないだろう。へたすればクリアテス内部で戦闘になる。俺とここの連中は派閥が違うんだよ」 

 クリアテス教の内部でも派閥があるのか。俺はまた一つ賢くなった。 

 ナルサムから聞き出した話はこうだった。 

 ディー達は俺達の不在をごまかしていた。コサの町に行ったとかなんとか言って、煙に巻いていたらしい。だが、運悪く戻ってきた俺達の馬をナルサムが見つけてしまった。 
その馬に託した手紙を読んで、彼は俺達がクリアテス教軍と行動していることを知ってしまった。 
それで、ディー達とさんざんやり合った後、彼女に腕輪を預けてここに忍び込んできた。なんとかしてリースをここから連れ出すつもりらしい。 

「どうして、あいつをここから出す必要があるんだ? 同じクリアテス教なんだろう」 

 「だから、ここにいる連中と俺達は考え方が違うんだ。俺達は元々クリアテス派として、戦ってきた”盾の会“と呼ばれる組織の一員なんだ。ここにいる連中は、”新派“といわれる連中だ。彼らは”ナンバーズ”を使う戦争のやり方を持ち込んだ連中で、ずっと帝国におもねる王軍や帝国軍と戦ってきた俺達とは違う」 

 「でも、あんたも監督官なんだろう」 

 「最初は俺達もこの新しい戦い方を歓迎した。少数の俺達でも王軍と互角に戦えるということがわかったからな。だが・・・あいつらは王軍と和解をしようとしている」 

 「和解したら、何かまずいのか?」 

 「俺達の村を焼いた連中を許せるものか!」 ナルサムは杯を飲み干した。「あいつらと和解なんてもってのほか。共闘なんて絶対にあり得ない」 

 酒場に人が増えてきた。余裕があった席もだんだん埋まりつつある。 
 俺達はさらに隅のほうへ移動した。 

 「主義主張があわないから、リースをここから連れ出すのか? リースもその、”盾の会“とやらの一員なのか?」 

 リースからそんな話は聞いたことがない。 

「いや、あいつは普通のクリアテス派だよ。あいつらの変な企みに巻き込まれただけの、ただのマフィ村の人間だ。俺達の組織とは一切関係ない」 

「じゃぁなんで・・・」 

「ここの連中が帝国相手に戦を仕掛ける気でいるからだよ」 ナルサムは声を潜めた。「あいつらは、王軍とも手を組んで、この土地から帝国を追い出すつもりなんだ」 

「帝国軍って、強い・・・そうだ」 

 俺はうっかり帝国軍と遭遇したことをばらしそうになって、言葉を呑んだ。 

「ああ、正規軍が出てきたら今まで通りには行かない。それはここの連中もわかっている。だから、監督官をいう監督官をかき集めて兵力を増強している。あいつらのやり口を見ただろう。困っているリースにつけ込んで、ポンコツの兵種を送り込んで来やがった。それもたった三体だ」 

 ポンコツの兵種ってひどい・・・本人を目の前にしていう言葉だろうか。 

 「あいつがうまく操れることを知って、監督官として使えると思ったんだろう。“あのお方”の命令だかなんだか知らないが、無理矢理ここまで連れてきやがって。 ここは最前線の砦だぞ。素人に死ねといっているようなものじゃないか」 

 それで頭にきて、ここに乗り込んだという訳か。 

 ナルサムがここまで焦っているということは、事態は思っているよりも緊迫しているらしい。 

 「だいたいそっちの事情はわかった。それで、こっちの事情なんだが・・・」 

  俺は今のリースの状態を話す。元婚約者のトゥミと会ったこと。ついてくるように言われたこと。ここに来て、新しいナンバーズを勧められていること。 

  俺達の脱走計画については意図的に端折らせてもらった。まだ、彼がどの程度信用できるのか確信がない。 
 というよりも、いきなり殴られた恨みが忘れられない。 

「やはりか。あいつら、リースを監督官として使うつもりだな」ナルサムはぎりぎりと歯がみをする。 

「3桁のナンバーズってやはり強いのか?」 俺は聞いてみる。 

 「強いと聞いている。基本種は強化されていて、特化された兵種も多いらしい。 

 ああ、俺が使っているのは2桁だよ。あいつらも、まぁ、あいつらも強いぞ。前に使っていた一桁と比較しての話だが・・・」 

 そこまで言ってからナルサムは俺のことを改めてまじまじと見る。 

「なぁ、おまえ、本当に”ナンバーズ“なのか。こうやって話していても、人と話しているのと変わりないぞ。まさか、ナンバーズに紛れた人ということは・・・」 

「認識番号3417。ちゃんとした召喚者だよ」 ちゃんとした、というのもなんだかなぁ。「まぁ、俺のことはみんな変だというから、ナンバーズとしては異例なんだろう」 

「・・・俺はこれまで何百体もナンバーズを見てきたけれど、おまえみたいに勝手にしゃべりまくる個体は見たことがない。 最新種でようやく片言の会話ができる種がでたと、話題になっていたくらいなのに」 

「しゃべるのは俺だけじゃない。俺の仲間も話すぞ・・・片言だけどな」 

「それは知っている。それにも驚いていたというのに・・・リースの奴、どんな魔法を使ったんだろう」 

 種明かしをすると魔法でも何でもない。ただ、話してもいいという許可を与えただけだ。リースはどうやら兄貴にそんな話はしていなかったらしい。 

 俺はこんなところで話し込んでいる場合でなかったことを思い出す。 

「しまった。今日はリースがあの野郎に呼び出されているんだった」 

「あの野郎?」 

「女装したえらそうなメイドだよ」 

「じょそうした、めいど??」 

「急ぐぞ。リースがたぶんいらいらして待っている」 

 俺はナルサムをせき立てるようにして、リースの宿舎に向かう。 
約束の時間ぎりぎりになりそうだった。 さすがに監督官見習いが“あのお方”をお待たせしてはいけないだろう。 

 俺は焦りのあまり、あたりの警戒を怠っていた。 

 ようやくリースの泊まっている建物の戸口に来たときに、扉から出てきた人物とぶつかってしまう。 

「失礼」 

「これは、失礼を」 

 そう、互いに謝ってから、俺は相手が誰であるか気がついた。 

  コルト監督官マスターコルトだ。向こうも一呼吸置いてから、俺の存在に気がついた。 

 「おまえ・・・」 

 模範的なナンバーズの仮面をかぶるには、遅すぎた。 俺はここにいるはずのない存在なのだ。 
なんとごまかそうか、白くなった頭を無理矢理動かそうとしたとき、鋭い悲鳴が上がった。 

 何かを止めるような女の叫び声。 

「リース?」 

「リース?」 

 俺と同時にナルサムも声の主に気がつく。 

 俺達は争うようにして声のした方に突進した。 

  

 

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