モブ中のモブとして召喚されました

オカメ天麻音

第26話

俺たちは一行が砦に引き上げるのに合わせて、借りた馬車で移動した。 

結局俺が見た帝国軍の部隊はどこかへ姿をくらまし、接触することはなかったようだ。 

何人もの偵察用ナンバーズが派遣されたが、成果は上がっていないようだった。 

「馬たちは無事村に帰ったかしら」 

リースが荷馬車を引く“幽霊馬”の首をたたいてやりながらそうこぼした。 

「大丈夫だろう。あいつらは、賢い子だから」 

「この子たち、いい子なんだけど勝手が違うのよね」リースはナンバーズの馬に不満そうだった。腕輪をさすりながら文句を言う。「馬に命令するのに腕輪なんかいらないのに」 

それはリースが馬の扱いがうまいからだ。俺のような素人にはその腕輪の能力はうらやましい、のただ一言だ。それがあれば、どんな馬でもおとなしく人を乗せてくれるんだろう。お前が必要としないのなら、俺にそれをくれ、とリースにいいたい。 

しかし、歩兵種のナンバーズにそんなものが与えられるはずもなく。俺はリースの隣で荷馬車に揺られていた。 

「これから向かうケットの砦ってどんなところなんだ?」 

暇つぶしに俺はリースに聞いてみる。 

「私もよく知らないのよ。あの砦ってたしか名前しか残っていなかったんじゃなかったかな」リースが首をかしげる。 

ケット砦はかなり規模の大きい砦だったらしいが、戦でぼろぼろになって誰も住んでいなかったはずだとリースはいう。 

大人数で異動する旅はのんびりしたもので、次の日にようやく俺達はケットの砦にたどり着いた。 

ケットの砦は奇妙な作りの砦だった。 

本来の砦だったらしい古い建物と、その周りを囲う新しい壁、それにどう見てもこの世界にそぐわないコンクリートでできていると思われる建物が同じところに存在していた。 

そういえば、俺達が最初に生活していた場所にも無粋なコンクリートの建物が建っていたな、と今さらながらに思い出す。 

俺達が割り当てられたのは、板壁の側に立てられた隅っこの天幕だった。 

周りはナンバーズ達だらけで、”幽霊“部隊のすみからしく静まりかえっている。 

リースは監督官ということで、旧砦の部屋を与えられた。 

「サクヤを連れて行くわ。こんな男所帯に彼女を置いておくわけにはいけないから」 

ナンバーズには男女の区別はないのだが、リースはサクヤと俺達を分けることにこだわった。 

彼女たちの部屋に案内される前、リースは俺達を隅に連れて行って念を押す。 

「あんた達、することはわかっているんでしょうね」 

「もちろんだ」俺は自信を持って答えた。「あたりを偵察して、いざというときの逃走経路を探しておくんだろ。まかしておけ」 

「・・・なに? それ」 

「いや、間違えた。あたりを警戒して、あやしいところを調べてまわればいいんだな。 

夜になったら休んで、明日の朝一でまた見回りと訓練を・・・」 

「騒ぎを起こさないでちょうだい。くれぐれも変な行動はとらないように」リースはあきらめたように下を向いた。「ゴロー、シーナが暴走しないように見張りを頼むわ」 

ゴローは、小さな笑みを浮かべてうなずいた。表情を取り戻してきたゴローは、いい男ぶりが増してきている。 

俺とゴローはリース達が立ち去るのを待った。 

それから、距離を置いてリース達の跡をつける。 

「彼女たちの位置を把握しておくことは何よりも大事だ。俺達の監督官《マスター》に何かあったら、大変だからな」 

俺のもっともらしい理由付けにゴローは素直に従ってくれる。 

リース達が案内されたのは、どうやら付き人や召使いの女達が集まっている建物のようだった。さすがにその中に入るのはあきらめて、その場所だけを確認していく。 

監督官達が集う場所は外側のナンバーズの天幕が並ぶところに比べて、ずいぶん活気があった。護衛のナンバーズ達がいる以外はほとんどが監督官か、それに仕える人ばかりだ。 

酒場に武器や防具を扱う店、雑貨屋、ほとんどが即席だが町の機能はすべてそろっていた。俺達は、馬屋の位置や、出入り口を調べてまわった。 

外套をかぶって歩く俺達のことを気にするものなど誰もいなかった。ここにいる監督官達はナンバーズ達のことをよく知っていた。だから、まさかナンバーズが勝手に出歩いているとは誰も思っていなかっただろう。 

偵察の最後にたどり着いたのは、場違い観も甚だしい灰色の建物の並ぶ場所だった。 

まるでナンバーズ達の天幕を監視するように丘の上に建てられた建物の周りにはあまり人がいなかった。 

夕暮れ時という時間帯もあるのかもしれないが、残光に照らされた無機質な建物は不気味だった。 

「駄目だ。見張り、たくさん。近づくの、無理」 

ゴローが建物の入り口を伺って首を振る。 

そういえば、あの手の建物はナンバーズは立ち入り禁止を申し渡されていた。 

ああいう建物の中で、俺達はマフィの村に行くことを命じられたのだった。 

あの中で一体何を行っているのだろう。 

まるで何かの研究施設のようだった。俺はいやな予感を振り払った。 

「仕方ない。裏を見て回ろう」 

俺達は表から潜入することをあきらめて、建物の裏手に回った。建物はぐるりと灰色の壁で囲まれて侵入できそうな入り口は見当たらない。 

建物の裏は、驚いたことに畑になっていた。見たこともない青々とした草のような作物が植わっている。 

見たこともない作物だ。たとえていうならば、濃い緑色をした巨大な葉の開いたキャベツだった。それが延々と列にそって植えられている。 

「なんだ、これ」 

俺はしゃがみ込んでその葉を観察した。手を伸ばして、一枚葉っぱを引き抜いてみる。 

触った瞬間怖気が走った。植物の感触があるのに、引き抜くのに肉を剣で断つ時のいやな感覚を思い出した。 

切り離した断面から白い草の汁がにじみ出て、指にこびりついた。まるで血だまりに手を入れたような気がして俺は慌ててその葉を払い落とすと、指をぬぐった。 

「あんた達、何をしてるんだ」 

俺達の後ろでマフィの村にもいそうな簡素な服を着た男が立っていた。 

「ああ、道に迷ってしまった」俺は冷や汗をかきながら、見え透いた言い訳をする。 

「ここは、一般の人は立ち入り禁止だぞ」男は俺達をせかすようにしてその場を立ち去らせる。 

「ここに入っているのが見つかったら、処罰されるぞ」 

「そうなのか? 珍しい植物が植えられているので気になってみていたんだけど」 

俺は純朴な農民に見えることを願いながら、愛想笑いを浮かべる。 

「あれは、あいつらの餌だ。人の食うもんじゃない」男は魔除けの印をきりながらそう答えた。 

「あいつらって?」 

「あいつらだよ、“なんばーず”の餌だ。いいから、早くここを立ち去るんだ。あんな、呪われた植物、側によるんじゃない」 

俺達は背を押されるようにして敷地から追い出された。 

「いいか、二度と来るんじゃないぞ」 

男は俺達に警告した。 

「あの畑は呪われている。精霊の加護を失いたくなかったら、二度とあそこに足を踏み入れるな」 

男は親切で忠告してくれていた。そのことが、俺の背筋を凍らせる。 

立ち去り際に俺はそっと畑のほうを振り返った。畑は黒々とした暗闇の中に沈み込んでいた。 

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