リストカッターいちご
5話
「ただいま」
 レモンは重たい扉をゆっくりと開けて中に入る。玄関にしてはだいぶ分厚い扉で、細い彼女の腕ではかなり開けるのにてこずっている。そして重たい扉を開けきるとふらふらと部屋のベッドへ引っ張られているように歩く。
 ボフン。
 レモンはうつ伏せにベッドへ倒れこんだ、辺り一面に金糸の髪とラベンダーティーの香りが散った。
 レモンの部屋は暖かいオレンジ色の照明で照らされていて、チェストやテーブル、ベッドがアンティーク調ので飾られていた。アンティークの家具一つ一つは、落ち着いた雰囲気の光を放っているようだ。
 哀愁の漂う懐かしさと儚さを感じさせるその場所はまさに心の拠り所という敬称に正しく合致していた。その空間が普段から少し荒れているレモンの心を癒し続けてきたに違いない。
 レモンは寝転びながらマガジンラックに手を伸ばして雑誌を一冊手に取った。
「私がいちごと仲良くなってもう、一週間も立つのね。そろそろ何かイベントを起こして、いちごともっと距離を縮めたいたいわ…。別にし、下心なんかないわ。あるわけない。」
 レモンは雑誌の恋愛テクニックコーナーのページをパラパラとめくって飛ばした。
「そうよ!私はただいちごと親睦を深めたいだけなんだから!」
 レモンは乱暴に雑誌をマガジンラックへ戻した、しかし、うまく入らなかったのでバタリと大きな音をたてて床へ落ちていった。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 翌日
 終業のチャイムがなる。これからメンヘーラたち個人個人が思い思いの放課後を過ごすの自由時間が始まる。
「ね、ねぇ、いちご」
 いちごは机に座りレモンの顔を見ながら話を聞いている。上目遣いになったときの前髪から覗く瞳が何だか小動物のように思えて可愛らしい。
「なあに?レモンちゃん」
「もし、その、これから暇だったら、私と…。」
 レモンはうつ向いていていちごには表情がよく見えない。
「私と?」
 いちごはゴクリと生唾を飲んだ、レモンの口から何か重大な事が今から発表されるのではないかと緊張が走った。
「……お買い物に付き合ってくれない…?」
 約一秒。いちごは安堵し、返答を忘れていた。しかし、すぐさまいつものペースに戻る。
「いいよ、全然オッケーだよ」
 どこまでも澄みきった青空のように、この世の闇、全てを浄化してしまいそうなほどの優しい微笑みだ。
「あ、その、えっと……」
 レモンは緊張で次の言葉を忘れてしまったようだ。
「どうしたの?レモンちゃん」
 いちごはレモンの前にしゃがみ心配そうに顔を覗いた。
「大丈夫だから。その、ちょっとお手洗いに…」
レモンは逃げるようにその場から立ち去っていった。
「ハァ、ハァ。緊張で、言葉詰まってしまうし、勢いで体育館トイレまで逃げてしまったわ。」
 レモンは壁にもたれ掛かって息を整える。まだ顔が熱い。
「でも、とうとう誘っちゃった。どうしよう、今からもう、ドキドキする。」
 他人に聞こえそうなほどに脈打って止まらない心臓に手を当てる。
 女子トイレの鏡を見ながら独り言を呟くレモン。
 自分の服装に乱れがないか入念にチェックしたり、髪を何度も整えたり。終始落ち着かない様子だ。
「何でトイレでダンスしてるの?」
「ヒャイッ!」
 みかんがトイレに入ってきた。みかんがあまりの大きな声に驚いて耳を塞いだ。
「な、なんだ。みかんか」
「何してたの?楽しいこと?」
 みかんはまだ周りのメンヘーラ達と比べて幼く好奇心も旺盛で秘密や隠し事には目がないのである。そんな彼女のキラキラした興味深々の期待するような両の目は真っ直ぐにレモンをじっと見ている。
「何もしてないわよ……」
 レモンはそんなみかんを疎ましく思い、適当に流した。
「踊ったり、叫んだり、なんだか今日のレモンちゃん変なのー」
 そういってレモンに隠し事をされたので、少し不貞腐れたような表情でみかんは個室便所に入っていった。
「はぁ、私ったらなにやってんだろ。たかがお買い物に行くただけなのに………。戻らなきゃ……」
 どれくらい時間を食っただろうか。レモンが申し訳なさそうな顔で教室に入っていく。
「レモンちゃーん、ねぇ、ねぇ、今日は何処に行くの?」
 いちごの暖かい両手がレモンの右手をぎゅっと包み込んだ。
「あー、レモンちゃん手冷たい、暖めてあげる」
「えっ!はうぅ……」
「ふふふ、あの孤高のレモン様がたじたじじゃないか」
 りんごがニヤニヤしながら、いちごの肩の後ろからぬるっと顔をだした。
「チッ、何であんたがここにいるのよ!部外者はとっとと、お部屋に帰りなさい! 」
 レモンはものすごい形相でりんごを睨み付けた。
「ごめんなさい。レモンちゃん、私が呼んだの……」
「ど、どうして?」
「私、りんごちゃんとも仲良くしたいなぁって思って…」
 いちごは物思いに浸るように空を仰いだ。いちごもギリギリ色々考えていたのであろう。
 しかし、不仲は良くない、改善しなければならない、いちごはそう思ったのだ。
「いちごが優しいからこいつを誘ったのはわかるよ。でも、こいつはダメよ!」
「レモンちゃん……今日だけでいいから………ダメかな?」
 いちごはレモンにピッタリと寄り添って手を優しく握った。にもかかわらず、レモンはまだ顔に青筋を浮かべている。レモンの頭に帰りたいの一言が浮かんだ。
「どうしたの?お腹痛いの?生理?体調悪いなら帰ればぁ?」
(こいつ、私にしか見えないようにそんな優越的な顔を……。くっそ、なんなのよ、こいつぅ! )
「大丈夫?レモンちゃん」
「私は平気よいちご。さぁいきましょう。シッピングモールへ」
(絶対こいつを地獄に落としてやる)
 レモンは何もなかったかのように目的地を指差した。
「ところでレモンちゃん。いったいどこのショッピングモールに行くの?基地の外に出られるの?」
「残念だけど基地の外には出られないわ。……周り汚染地域だし。」
「じゃあどこに?」
「学校出てすぐにあるわよ」
「?」
 説明しよう。
 ここ、浦安支部の指令本部を中心として、少し南側へ目を移すとそこにはなぜかショッピングモールと明記された施設がある。これは浦安支部が大昔にショッピングモールであったことの名残で、今でも施設内の一部、無人店舗のみショッピング目的で使用する事は可能である。(リストカッター浦安支部の歩き方より)
 
「じゃあ、通学でいつも通ってるあの建物はショッピングモールだったの!?」
 「そうよ、大昔は非効率だけど長時間楽しめるという点で、あのような大きな建物を物品販売目的で建てる事が多かったの。」
「へー。そうなんだー」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 レモンは大きなブレイカーのレバーに手をかけた。そして力いっぱいにレバーをおろした。するとショッピングモールの照明が手前から順に明かりが灯っていく。昔、ファンタジー映画で見た廊下に魔法で明かりが灯っていくそんな描写と重ねてしまう。それくらいの興奮を感じる瞬間だった。
 その様子にいちごは感動して口を手でおさえた。
「わあー。本当にこの施設まだ使えたんだー!」
「そうよ、まぁ、電気が通る一部だけなんだけど……」
 いちごはそんなレモンの一言を気にせず、無邪気に走り回っている。
「すーごーい、ここ。貸し切りみたーい!! ここでスケボーとかしたらさ、楽しそうだよねー」
「うん、そうだね……」
 そんないちごを横目に沸々と静かに燃え上がる二つの炎があった。そう、レモンとリンゴだこの二人を取り巻いている険悪なムード。さしずめ二人は龍と虎。今にも飛びかかり襲いかかりそうだ……。
「あっ見て見てレモンちゃん、こっちだよー!」
 いちごは大きく手をふって、花が咲くような笑顔でレモンを呼んでいる。まるで炎上する戦地に舞い降りた天使のようだ。
 レモンはいちごに流されるがままにお店へ入っていく。
「うふふ。このお店の服私好きなんだ。」
 いちごは両手でつかんでいる薄ピンク色の花柄のワンピースをふわりとなびかせてポーズをとった。これが世に言うあざとかわいいという奴なのか……。
「どう?なあうかな?」
「うん、かわいいわ、とっても似合ってるわよ」
 レモンは手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「ほんと?嬉しいな~、あれ?」
 なにやら更衣室のカーテンの裏でなにやらごそごそと必死に動く音がした。
「どうしたの?いちご?」
「背中のチャックが開かないの」
試着室の中、背中のチャックが開かないと嘆くいちご。
「あっあたし…」
「僕が開けてあげようか?」
 レモンの声に被せるようにりんごが言った。
「本当?ありがとう!」
 りんごは素早く更衣室に入っていった。
「ひゃっ、りんごちゃん、いきなり触ったらビックリするじゃん…。きゃっ!もー、またー?」
「ひやあぁぁぁ!」
 レモンは顔を真っ赤にしてその場から逃げ出した。
「もー、りんごちゃんったら、手が冷たい!」
「ごめんごめん」
「あれ?レモンちゃんは?」
 レモンは外でいちごが出てくるのを待っていたようだ。
「あー、こんな所にいた。いきなり離れたらビックリしちゃうよー」
「ごめんね……。ねぇ、いちご他のところも見に行かない? 例えば…ほら、アイスクリームとか食べたくない?」
「うん!」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 レモンはコーンの付いたアイスを握りしめ、りんごにことごとく邪魔をされ過ぎて思わず、ため息をついてしまった。
「レモンちゃん何か悩み事?」
 レモンは悩みの種であるいちご張本人からそんな事を聞かれても返事に困ってしまう。
「言えないこと?なら、無理して言わなくてもいいよ。でも、何か相談したい事があるならいつでも私は相談に乗るよ」
 いちごに余計な心配掛けさせてしまった、その事にレモンは心の中で反省する。
「ありがとう。いちご、ちょっと疲れちゃっただけだから心配しないで…」
 
「ねえねえ。いいなぁ、それ、僕も食べたい…」
 りんごはレモンのアイスを指差して物欲しそうに見つめている。
「はぁ?あんたなにいってんのよ、図々しいわね…」
「りんごちゃん、私の食べる?」
 いちごは自分の食べていたアイスクリームをスッとりんごに差し出した。
「いいの?やったー」
「ダメよいちごそんな安請け合いしたら」
「でも、みんなでシェアした方が美味しいよ」
「わかったわ、ほら、卑しん坊。いちごの代わりに私のを食べなさい」
「いただきまーす」
 りんごは大きく口を開けてアイスクリームの2/3ほどの面積を口のなかに入れた。
「あんた遠慮って言葉、知ってる?」
 レモンは怒りで声を震わせた。
「知ってるし出来るけど、貴女に使うほどの仁愛の心は、生憎持ちあわせておりません」
「クッソー…」
 そう言ってレモンは悔しそうにうつむいた瞬間、りんごいちごの頬についたアイスクリームをなめて取る。
「ぎゃぁぁぁぁー!」
 レモンは甲高い叫び声を上げた。そして、秒速0.1キロメートルでハンカチをバックから取り出し、慌てていちごの頬っぺたをごしごし拭った。
「レモンちゃん、痛いよぉ。もう大丈夫だから。」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
「プリクラ撮りたいなあー」
「へー、プリクラかー。僕初めて撮るなぁ」
「何よ、別に嫌なら撮らなくてもいいのよ?」
 レモンはさっさとプリクラ機の中へ入って行った。
[画面の上のカメラを見てね、撮るよ、3・2・1]
[パシャ]
 りんご、フラッシュの直前の絶妙なタイミングでレモンを足でおもいっきり蹴り、プリクラ機の外へ押し出した。
 レモンは負けじと次の写真を撮る瞬間りんごの腰の横から蹴りを入れた。
 その後も二人は延々と激しい蹴りあいを続けた。
 当のいちごはカメラから目を離せないので気がつかない。
 二人の喧嘩はプリクラ機の場外までに及んでいた。
「二人ともプリクラ出来上がったよ。」
 殴りあいに及びそうになる寸前いちごがプリクラ写真を持ってきた。
「ありがとう、いちご」
「どう?カワイイでしょ?でもなんか、最後の写真私しか写って無いんだけど、どうしたの?」
 かろうじて二人の蹴りあう写真は一枚も撮られて居なかったが場外戦闘のせいで最後の写真にはもはやいちごしか写っていない。
「あー。早く動き過ぎてぶれてしまったのからしら」
「そーなの?」
「いちごちゃん、そろそろ門限だけど。」
 りんごが適当に話題を反らした。
「うん、やることできたしもう満足かな」
「そうね、帰りましょう」
「あ、そうだ。所でりんごちゃんとレモンちゃんってとっても仲良しさんなんだねー。」
「な、何言ってるのいちご!こいつと私の何処が仲良しなの!? 」
「ぜひ、僕にも聞かせて欲しいな。僕も、こんなポンコツ似非お嬢様キャラなんて好きでも何でもないんだけどな」
「何よこの胡散臭いギザ風ドスケベ」
「まあまあ落ち着いて、ほら喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
 りんごが明らかに微妙そうな、なんか違うなとでも言わんばかりの顔をしている。
「うーん。ありゃりゃ、何でだろ上手くいかないな」
 りんごはどこからともなく占い雑誌を取り出して、ペラペラとページをめくった。
 レモンは見覚えがあるのか、雑誌の表紙を凝視する。すると小さくあっと声を出した。
「………それ、去年の雑誌よね?」
「………占いは当てにならないね。まぁ邪魔はできた見たいだし。……これって僕の勝ち?」
「いや、共倒れよ。失敗、失敗。それも大失敗よ。他人の恋路を邪魔するからこんなことになるのよ因果応報ね。私はとばっちりだけど」
「いや、そもそも、瀬戸内が僕の安い挑発に乗るからこんなことになるんだよ。神経質過ぎるんじゃないのもはやヒステリック気味だったよ、大体そんなんだから友達が出来ないんだよ」
「はあ?」
「なに?」
 いちごは喧嘩する二人を微笑ましく遠くから眺めていた。
「二人の邪魔したら悪いから私もう帰るね」
 二人はその言葉に気付かず口喧嘩を続ける。
「あー。楽しかった」
 いちごは一人嬉しそうにニコニコしながら自室へ帰って行くのであった。
「良かったレモンちゃん私、以外に仲の良い子がいて。それにりんごちゃん始めはよくわからない人だったけど話してみると案外いい人かも………」
 レモンは重たい扉をゆっくりと開けて中に入る。玄関にしてはだいぶ分厚い扉で、細い彼女の腕ではかなり開けるのにてこずっている。そして重たい扉を開けきるとふらふらと部屋のベッドへ引っ張られているように歩く。
 ボフン。
 レモンはうつ伏せにベッドへ倒れこんだ、辺り一面に金糸の髪とラベンダーティーの香りが散った。
 レモンの部屋は暖かいオレンジ色の照明で照らされていて、チェストやテーブル、ベッドがアンティーク調ので飾られていた。アンティークの家具一つ一つは、落ち着いた雰囲気の光を放っているようだ。
 哀愁の漂う懐かしさと儚さを感じさせるその場所はまさに心の拠り所という敬称に正しく合致していた。その空間が普段から少し荒れているレモンの心を癒し続けてきたに違いない。
 レモンは寝転びながらマガジンラックに手を伸ばして雑誌を一冊手に取った。
「私がいちごと仲良くなってもう、一週間も立つのね。そろそろ何かイベントを起こして、いちごともっと距離を縮めたいたいわ…。別にし、下心なんかないわ。あるわけない。」
 レモンは雑誌の恋愛テクニックコーナーのページをパラパラとめくって飛ばした。
「そうよ!私はただいちごと親睦を深めたいだけなんだから!」
 レモンは乱暴に雑誌をマガジンラックへ戻した、しかし、うまく入らなかったのでバタリと大きな音をたてて床へ落ちていった。
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 翌日
 終業のチャイムがなる。これからメンヘーラたち個人個人が思い思いの放課後を過ごすの自由時間が始まる。
「ね、ねぇ、いちご」
 いちごは机に座りレモンの顔を見ながら話を聞いている。上目遣いになったときの前髪から覗く瞳が何だか小動物のように思えて可愛らしい。
「なあに?レモンちゃん」
「もし、その、これから暇だったら、私と…。」
 レモンはうつ向いていていちごには表情がよく見えない。
「私と?」
 いちごはゴクリと生唾を飲んだ、レモンの口から何か重大な事が今から発表されるのではないかと緊張が走った。
「……お買い物に付き合ってくれない…?」
 約一秒。いちごは安堵し、返答を忘れていた。しかし、すぐさまいつものペースに戻る。
「いいよ、全然オッケーだよ」
 どこまでも澄みきった青空のように、この世の闇、全てを浄化してしまいそうなほどの優しい微笑みだ。
「あ、その、えっと……」
 レモンは緊張で次の言葉を忘れてしまったようだ。
「どうしたの?レモンちゃん」
 いちごはレモンの前にしゃがみ心配そうに顔を覗いた。
「大丈夫だから。その、ちょっとお手洗いに…」
レモンは逃げるようにその場から立ち去っていった。
「ハァ、ハァ。緊張で、言葉詰まってしまうし、勢いで体育館トイレまで逃げてしまったわ。」
 レモンは壁にもたれ掛かって息を整える。まだ顔が熱い。
「でも、とうとう誘っちゃった。どうしよう、今からもう、ドキドキする。」
 他人に聞こえそうなほどに脈打って止まらない心臓に手を当てる。
 女子トイレの鏡を見ながら独り言を呟くレモン。
 自分の服装に乱れがないか入念にチェックしたり、髪を何度も整えたり。終始落ち着かない様子だ。
「何でトイレでダンスしてるの?」
「ヒャイッ!」
 みかんがトイレに入ってきた。みかんがあまりの大きな声に驚いて耳を塞いだ。
「な、なんだ。みかんか」
「何してたの?楽しいこと?」
 みかんはまだ周りのメンヘーラ達と比べて幼く好奇心も旺盛で秘密や隠し事には目がないのである。そんな彼女のキラキラした興味深々の期待するような両の目は真っ直ぐにレモンをじっと見ている。
「何もしてないわよ……」
 レモンはそんなみかんを疎ましく思い、適当に流した。
「踊ったり、叫んだり、なんだか今日のレモンちゃん変なのー」
 そういってレモンに隠し事をされたので、少し不貞腐れたような表情でみかんは個室便所に入っていった。
「はぁ、私ったらなにやってんだろ。たかがお買い物に行くただけなのに………。戻らなきゃ……」
 どれくらい時間を食っただろうか。レモンが申し訳なさそうな顔で教室に入っていく。
「レモンちゃーん、ねぇ、ねぇ、今日は何処に行くの?」
 いちごの暖かい両手がレモンの右手をぎゅっと包み込んだ。
「あー、レモンちゃん手冷たい、暖めてあげる」
「えっ!はうぅ……」
「ふふふ、あの孤高のレモン様がたじたじじゃないか」
 りんごがニヤニヤしながら、いちごの肩の後ろからぬるっと顔をだした。
「チッ、何であんたがここにいるのよ!部外者はとっとと、お部屋に帰りなさい! 」
 レモンはものすごい形相でりんごを睨み付けた。
「ごめんなさい。レモンちゃん、私が呼んだの……」
「ど、どうして?」
「私、りんごちゃんとも仲良くしたいなぁって思って…」
 いちごは物思いに浸るように空を仰いだ。いちごもギリギリ色々考えていたのであろう。
 しかし、不仲は良くない、改善しなければならない、いちごはそう思ったのだ。
「いちごが優しいからこいつを誘ったのはわかるよ。でも、こいつはダメよ!」
「レモンちゃん……今日だけでいいから………ダメかな?」
 いちごはレモンにピッタリと寄り添って手を優しく握った。にもかかわらず、レモンはまだ顔に青筋を浮かべている。レモンの頭に帰りたいの一言が浮かんだ。
「どうしたの?お腹痛いの?生理?体調悪いなら帰ればぁ?」
(こいつ、私にしか見えないようにそんな優越的な顔を……。くっそ、なんなのよ、こいつぅ! )
「大丈夫?レモンちゃん」
「私は平気よいちご。さぁいきましょう。シッピングモールへ」
(絶対こいつを地獄に落としてやる)
 レモンは何もなかったかのように目的地を指差した。
「ところでレモンちゃん。いったいどこのショッピングモールに行くの?基地の外に出られるの?」
「残念だけど基地の外には出られないわ。……周り汚染地域だし。」
「じゃあどこに?」
「学校出てすぐにあるわよ」
「?」
 説明しよう。
 ここ、浦安支部の指令本部を中心として、少し南側へ目を移すとそこにはなぜかショッピングモールと明記された施設がある。これは浦安支部が大昔にショッピングモールであったことの名残で、今でも施設内の一部、無人店舗のみショッピング目的で使用する事は可能である。(リストカッター浦安支部の歩き方より)
 
「じゃあ、通学でいつも通ってるあの建物はショッピングモールだったの!?」
 「そうよ、大昔は非効率だけど長時間楽しめるという点で、あのような大きな建物を物品販売目的で建てる事が多かったの。」
「へー。そうなんだー」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 レモンは大きなブレイカーのレバーに手をかけた。そして力いっぱいにレバーをおろした。するとショッピングモールの照明が手前から順に明かりが灯っていく。昔、ファンタジー映画で見た廊下に魔法で明かりが灯っていくそんな描写と重ねてしまう。それくらいの興奮を感じる瞬間だった。
 その様子にいちごは感動して口を手でおさえた。
「わあー。本当にこの施設まだ使えたんだー!」
「そうよ、まぁ、電気が通る一部だけなんだけど……」
 いちごはそんなレモンの一言を気にせず、無邪気に走り回っている。
「すーごーい、ここ。貸し切りみたーい!! ここでスケボーとかしたらさ、楽しそうだよねー」
「うん、そうだね……」
 そんないちごを横目に沸々と静かに燃え上がる二つの炎があった。そう、レモンとリンゴだこの二人を取り巻いている険悪なムード。さしずめ二人は龍と虎。今にも飛びかかり襲いかかりそうだ……。
「あっ見て見てレモンちゃん、こっちだよー!」
 いちごは大きく手をふって、花が咲くような笑顔でレモンを呼んでいる。まるで炎上する戦地に舞い降りた天使のようだ。
 レモンはいちごに流されるがままにお店へ入っていく。
「うふふ。このお店の服私好きなんだ。」
 いちごは両手でつかんでいる薄ピンク色の花柄のワンピースをふわりとなびかせてポーズをとった。これが世に言うあざとかわいいという奴なのか……。
「どう?なあうかな?」
「うん、かわいいわ、とっても似合ってるわよ」
 レモンは手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「ほんと?嬉しいな~、あれ?」
 なにやら更衣室のカーテンの裏でなにやらごそごそと必死に動く音がした。
「どうしたの?いちご?」
「背中のチャックが開かないの」
試着室の中、背中のチャックが開かないと嘆くいちご。
「あっあたし…」
「僕が開けてあげようか?」
 レモンの声に被せるようにりんごが言った。
「本当?ありがとう!」
 りんごは素早く更衣室に入っていった。
「ひゃっ、りんごちゃん、いきなり触ったらビックリするじゃん…。きゃっ!もー、またー?」
「ひやあぁぁぁ!」
 レモンは顔を真っ赤にしてその場から逃げ出した。
「もー、りんごちゃんったら、手が冷たい!」
「ごめんごめん」
「あれ?レモンちゃんは?」
 レモンは外でいちごが出てくるのを待っていたようだ。
「あー、こんな所にいた。いきなり離れたらビックリしちゃうよー」
「ごめんね……。ねぇ、いちご他のところも見に行かない? 例えば…ほら、アイスクリームとか食べたくない?」
「うん!」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
 レモンはコーンの付いたアイスを握りしめ、りんごにことごとく邪魔をされ過ぎて思わず、ため息をついてしまった。
「レモンちゃん何か悩み事?」
 レモンは悩みの種であるいちご張本人からそんな事を聞かれても返事に困ってしまう。
「言えないこと?なら、無理して言わなくてもいいよ。でも、何か相談したい事があるならいつでも私は相談に乗るよ」
 いちごに余計な心配掛けさせてしまった、その事にレモンは心の中で反省する。
「ありがとう。いちご、ちょっと疲れちゃっただけだから心配しないで…」
 
「ねえねえ。いいなぁ、それ、僕も食べたい…」
 りんごはレモンのアイスを指差して物欲しそうに見つめている。
「はぁ?あんたなにいってんのよ、図々しいわね…」
「りんごちゃん、私の食べる?」
 いちごは自分の食べていたアイスクリームをスッとりんごに差し出した。
「いいの?やったー」
「ダメよいちごそんな安請け合いしたら」
「でも、みんなでシェアした方が美味しいよ」
「わかったわ、ほら、卑しん坊。いちごの代わりに私のを食べなさい」
「いただきまーす」
 りんごは大きく口を開けてアイスクリームの2/3ほどの面積を口のなかに入れた。
「あんた遠慮って言葉、知ってる?」
 レモンは怒りで声を震わせた。
「知ってるし出来るけど、貴女に使うほどの仁愛の心は、生憎持ちあわせておりません」
「クッソー…」
 そう言ってレモンは悔しそうにうつむいた瞬間、りんごいちごの頬についたアイスクリームをなめて取る。
「ぎゃぁぁぁぁー!」
 レモンは甲高い叫び声を上げた。そして、秒速0.1キロメートルでハンカチをバックから取り出し、慌てていちごの頬っぺたをごしごし拭った。
「レモンちゃん、痛いよぉ。もう大丈夫だから。」
ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー*
「プリクラ撮りたいなあー」
「へー、プリクラかー。僕初めて撮るなぁ」
「何よ、別に嫌なら撮らなくてもいいのよ?」
 レモンはさっさとプリクラ機の中へ入って行った。
[画面の上のカメラを見てね、撮るよ、3・2・1]
[パシャ]
 りんご、フラッシュの直前の絶妙なタイミングでレモンを足でおもいっきり蹴り、プリクラ機の外へ押し出した。
 レモンは負けじと次の写真を撮る瞬間りんごの腰の横から蹴りを入れた。
 その後も二人は延々と激しい蹴りあいを続けた。
 当のいちごはカメラから目を離せないので気がつかない。
 二人の喧嘩はプリクラ機の場外までに及んでいた。
「二人ともプリクラ出来上がったよ。」
 殴りあいに及びそうになる寸前いちごがプリクラ写真を持ってきた。
「ありがとう、いちご」
「どう?カワイイでしょ?でもなんか、最後の写真私しか写って無いんだけど、どうしたの?」
 かろうじて二人の蹴りあう写真は一枚も撮られて居なかったが場外戦闘のせいで最後の写真にはもはやいちごしか写っていない。
「あー。早く動き過ぎてぶれてしまったのからしら」
「そーなの?」
「いちごちゃん、そろそろ門限だけど。」
 りんごが適当に話題を反らした。
「うん、やることできたしもう満足かな」
「そうね、帰りましょう」
「あ、そうだ。所でりんごちゃんとレモンちゃんってとっても仲良しさんなんだねー。」
「な、何言ってるのいちご!こいつと私の何処が仲良しなの!? 」
「ぜひ、僕にも聞かせて欲しいな。僕も、こんなポンコツ似非お嬢様キャラなんて好きでも何でもないんだけどな」
「何よこの胡散臭いギザ風ドスケベ」
「まあまあ落ち着いて、ほら喧嘩するほど仲が良いって言うじゃない」
 りんごが明らかに微妙そうな、なんか違うなとでも言わんばかりの顔をしている。
「うーん。ありゃりゃ、何でだろ上手くいかないな」
 りんごはどこからともなく占い雑誌を取り出して、ペラペラとページをめくった。
 レモンは見覚えがあるのか、雑誌の表紙を凝視する。すると小さくあっと声を出した。
「………それ、去年の雑誌よね?」
「………占いは当てにならないね。まぁ邪魔はできた見たいだし。……これって僕の勝ち?」
「いや、共倒れよ。失敗、失敗。それも大失敗よ。他人の恋路を邪魔するからこんなことになるのよ因果応報ね。私はとばっちりだけど」
「いや、そもそも、瀬戸内が僕の安い挑発に乗るからこんなことになるんだよ。神経質過ぎるんじゃないのもはやヒステリック気味だったよ、大体そんなんだから友達が出来ないんだよ」
「はあ?」
「なに?」
 いちごは喧嘩する二人を微笑ましく遠くから眺めていた。
「二人の邪魔したら悪いから私もう帰るね」
 二人はその言葉に気付かず口喧嘩を続ける。
「あー。楽しかった」
 いちごは一人嬉しそうにニコニコしながら自室へ帰って行くのであった。
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