リストカッターいちご
2話
「あの、篠崎先生、メロンちゃんとみかんちゃんは大丈夫なんですか?」
 いちごは言葉の節々で詰まり緊張しながらそう尋ねた。
「大丈夫よ。命に別状はないわ。」
 いちごは安堵のため息をつくとリストカッターカッターから降りた。
 そして、負傷した足を引きずりながら、痛々しく頭に包帯が巻かれているレモンの所に駆け寄った。
「レモンちゃん!私ね、」
 ―パチーン!―
 いちごの耳元で大きな音が響く、それから遅れていちごの頬にヒリヒリと痛みがやってくる。
「あなたのせいよ。出来るならさっさと動きなさいよ木偶の坊。」
「レモンちゃん...。」
 いちごは頬に手を当てて何が起きたのかわからないとでも言うような目でレモンを見つめた。いちごが何かを言う間もなくレモンははや足でその場を離れて行った。
 いちごはレモンが怖くて苦手になりそうになったでも、いちごはそれを認めたくなかった。何故ならいちごは人を嫌いになれば自分にバチがあたるのではないかとそんな迷信めいた事を真に受けているからだ。
 いちごはまだ痛い頬に手を当てて自分がレモンにしてあげられることを考える。
一
「ありがとうございました。」
 いちごが傷の手当てを終えて医務室から出ていく。
 いちごはこれから特にすることもないので、傷の具合を確認するために先輩メンヘーラ達のお見舞いにいくことしにした。
 いちごは先輩メンヘーラ達のお見舞いの為にもってきた花をもってメンヘーラ専用の医務室の前にやって来た。
 ドアを開けるとそこは大部屋の病室担っていて8床ほどのベッドが並んでいた。ベッドとベッドの間にはしきれるようにカーテンがかかっている。いたって普通の病室だ。
「あっ、いちごちゃん。お見舞いに来てくれだ嬉しいな。」
 メロンはベッドから上半身を起こしていちごを歓迎する。
「メロンちゃん、もう起きても大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫、大丈夫。」
 メロンは「ほら見てこの通り。」と腕をふって見せた。
 いちごは慌ててそれを止める、止めた後もまだ不安そうにいちごはメロンを見ている。
 メロンはそんないちごをなだめながら自分のベッドの方に呼んで座らせた。
「いちごちゃん、あの後大丈夫だった?何処か痛いところある?」
 メロンはいちごを抱きしめて背中を擦りながら傷がないか調べる。
 いちごはとっても甘い香りと暖かい胸のなかに包まれた。いちごはなんとも言えない安心感とほっこりと心が暖ままるのを感じた、と同時に何だか恥ずかしくてそわそわする。
「ごめんね。いちごちゃんに本当はこんな怖い思いさせるつもりじゃなかったんだけど...。」
 メロンはうつ向いて暗い顔をする。
「元はと言えば私が弱かったからこんなことになったから...。私こそ本当にごめんなさい。」
「気にしないで。いちごちゃんがあの時覚醒してくれなかったら私たち二人とも死んでたから...。」
「みかんちゃん。まだ意識が戻ってないの?」
「違う、違う。今、お昼寝中。最近睡眠不足なのよね。」
 メロンは笑いながらそう話した。
 いちごは不眠症とかだったら結構深刻だなと思い、これ以上うるさくしてはいけないので病室から出ていくことにした。
「あのお邪魔しちゃってごめんなさい。私もう行くね。」
「あのさ、いちごちゃん。レモンと何かあった?」
 メロンは眉に少しシワ寄せて、心配そうに聞いてきた。
「いや、何もなかったよ...。」
 いちごはメロンに背を向けて顔が見えないようにする。
 ちょうどそのタイミングで布擦れの音がする。
「メロ姉?何処ぉ?」
 カーテンでしきられた向こう側のベッドからみかんの声が聞こえた。
「あっみかん、ちょっと待っててね。」
 メロンはみかんをなだめた。
「それじゃあ、また来るね。」
 いちごはメロンに仲間同士の人間関係で余計な負担を掛けたくなかったのでここぞと言うタイミングで逃げるように急いで病室から出ていった。
「あっ待っていちごちゃん!」
 メロンのいちごを掴もうとした手は空を掴んだ。
「メロ姉?」
 みかんがカーテンの隙間からすっぽりと眠そうなほぼ目を閉じたような顔を出している。
「はぁ、人間関係って難しいね。」
 メロンは頭を抱えた。
「ぅん?」
 みかんは訳がわからず首をかしげる。
「気にしないで、こっちのはなし。」
 いちごは病室を出た後少し悩んだ。
 やっぱりメロンに報告すべきだっただろうか。でも、自分のせいでレモンの評価を下げたくないし、メロンにも負担をかけたくない。
 しばらく歩いていると向こうからレモンが歩いて来る、レモンとすれ違う。
「あっレモンちゃん。」
 いちごは声をかけてみた。
「ふん。」
 レモンはあからさまにいちごを無視して通り過ぎていった。
 そう簡単に嫌われている人間と話なんてできないに決まっているか、といちごはそう。
二
  メンヘーラ達の乗るリストカッターに乗るには実技演習などの他にも全てシミュレーションなどで済ませることが出来るはずなのに学科研修という時代遅れなカリキュラムも含まれている。
 だが、メンヘーラは何の疑いも持たずにまるで学校で授業でも受けるかのように真面目に取り組んでいる。
 そんなリストカッターの研修授業を終えたいちごは教科書やノートをまとめて帰りの支度を始めた。
 教科書とノートを抱えたメロンがいちごのそばによってくる。
「ねぇ、いちごやっぱりレモンと何かあったんじゃないの?」
 メロンはいちごの方を肘でちょんちょんと突きながら絡んで来る。
「......。」
 いちごは突然絡まれた驚きと、何か話した方がいいのか、それとも黙っていようか、との間で揺れていた。
「何も話す気はないと...。ふむふむ。」
 メロンは押し黙っているいちごを見つめて顎をつまみ考えるポーズをしている。
「う~んとそうだねぇ...。レモンはさ、リベロなんだ。」
「リベロ?」
 黙秘していたいちごがやっと口を開いた。
「うん、リベロってのは、一つの支部に所属しないでずっと日本中の色んな支部を転々としてるメンヘーラのことだね。そう言うことが出来る子は誰とも仲良くしないし、極度に誰かを好きにならない。それが彼女にとっての個性であり強みなんだ。」
 リストカッターは日本中あらる場所に出る怪獣たちに対抗するために日本中のさまざまな場所にリストカッターの支部を置いている。
「でも...。」
「ああやってずツンツンして他のメンヘーラと打ち解けないことがレモンの仕事なんだよ、だからあれがレモンちゃんの素じゃないと思う。レモンは決して悪い奴ではないんだ。嫌いにならないで上げて、それからできたらそっとしといてあげて。」
「...それじゃあレモンちゃんが可哀想だよ。いい子なんでしょ、何で仲良くしちゃいけないの?」
「別に仲良くしなくても仕事は出来るでしょ?」
 メロンはいちごを真っ向から否定ような発言をする。
 いちごは予想以上のレモンに対する冷たい言葉に驚いた。
「...何でそんなひどいこと言うの?」
「アタシはあの子にとって交友は毒になると思ってる。これは、レモンのためでもあるんだよ。」
「そんな理由で仲間外れなんて酷い。レモンちゃんにとって善くないかどうかなんて、そんな一度話し合ってみないとわからないじゃない。」
 いちごは走り出した。どうやらレモンを探しに行くようだ。
「やっぱり、人間関係って難しいね。」
 取り残されたメロンはみかんに語りかける。
「うん、うん。」
 みかんは首を上下に可愛く振りながらわかってるんだか、わかってないんだか、わからないような適当な相づちをうった。
 メロンはため息をつきながらみかんを後ろから抱きしめてみかんのふわふわの頭を撫でた。
三
 いちご達の所属しているリストカッターの浦安支部は実に不思議な構造になっている。ショッピングモールやらコンビニやら商業施設が中に丸々入っているのだから。
 いちごはショッピングモールならではの吹き抜けの幅の広い通路を走り抜けた。それにしてもこのショッピングモールは違和感があるそれは怖いほどに空虚だということだ。
 その原因、それは、此処には誰も居ないということだ。店員もいなければ客も居ない。そんな寂しいショッピングモールを抜けないとメンヘーラの寮にはたどり着けないという、なんとも本部はめんどくさい間取りになっている。
 ショッピングモールを抜けた先、まるで舞台袖のように暗い道を抜けるとコンビニの明かりがぼんやりと見えてくる。
 そして、コンビニの中には特徴的な長くてサラサラな金髪の髪の毛の女の子がいた。
 いちごは駆け足のままコンビニの中に入る。
《タッチしてください。タッチしてください。》
 何度も無人レジから繰り返される、マイクロカードを催促される音声。
 どうやらレモンはいちごがコンビニに入ってきたことに気付いていないようだ、それどころか、さっきからなにやらぶつぶつと呟きながらスクールバッグのなかをかき混ぜている。
「ない、ない、ない、ない。」
 その時いちごは大体の事を理解した。ここは2146年、マイクロチップを体内に埋め込むことが当たり前となった世界。
 しかし、中にはアレルギーや宗教上の理由などから体内にマイクロチップを入れることのできない人間も居ることをいちごは知っていた。
 いちごはさっとレジのスキャナーに手をかざした。
《~♪。またのご利用をお待ちしております。》
「あなた...。」
 レモンは驚いた表情でいちごを見た。
「はい。どうぞ。」
 いちごはまるで花が咲いたかのような微笑みをレモンに向けた。その姿はさながら暗闇の中で月のスポットライトに照らされた月花美人のようだ。
「...ありがとう。」
 レモンは小声でいちごにお礼をいうと買ってもらった紙パックのレモンティーをいちごから受け取って早足に立ち去ろうとする。 
「待って。」
 いちごはレモンの手首を掴んだ。
「この前はごめんね。」
「...はあ?」
「この前の言葉は無神経過ぎたよね。ごめんね。」
 その言葉にレモンは驚愕した。
 それは、そうだ自分の言葉であんなにも傷つけたであろう人間にまさか謝られるとはレモンは思ってもみなかったようだ。
 レモンは少し固まって色々考える。いちごと自分が仲良くなれるかどうかを。
 レモンは真剣に思考を巡らせ様とする。
 しかし、まあ女という生き物は直感には逆らえないもので、このチャンスを逃したら一生誰とも仲良くできない気がする、そう、この一瞬を逃したらもう二度とチャンスが巡って来ることはない。何度も何度も
頭の中で同じ思考がリピートされる。
「少し...。」
「...少し貴女と話してみたくなった。」
 レモンはいちごの手を引いてコンビニの外へでた。相変わら外は暗い。レモンはすたすたと路地裏の方へ入っていく。
 何の為に作られたかよく分からない6階立てぐらいのビルに左右を囲まれている。パイプと油まみれの室外機が乱雑に取り付けられている道を抜けると、どこから垂れ下がってるかわからない裸電球と不自然に置かれたベンチが見えた。
「座りましょうか?」
 レモンはいちごをベンチに座るように促した。
 いちごは促されるままにベンチに座ると、そのすぐ横にレモンも腰かけた。
「...。」
「はぁー。」
 レモンは長い深呼吸をした。
「聞いてくれる?私の話。」
「私さ、生まれつき、体が弱くて、いつも、家の中に籠ってたんだ。」
 レモンは語り出す慎重に考えながら一言一言をまるで水の中に沈んだ糸を掬い上げるように繊細に。
「だから、友達もあんまりいなくて。」
「私はリストカッターになったときやっと自分と親しくしてくれる友達が出来ると思って少しワクワクしてたわ。」
「でも、皆、私の理想と全然違った。始めの頃は皆と仲良くできてるつもりだった。でも、気付いちゃったの。私以外のみんなが見えない心の殻に包まれているって、私が入る隙もないくらいギチギチで頑丈な。」
「すでに築かれた硬い殻を破ろう私は必死だった。でも、私は輪には入れなかった。あまり深入りしようとするとさらにまた一線を引かれてそれでおしまい。」
「私はきずいたら独りぼっちになってた。みんな私のことを避けるようになったの。」
「生きているのが何も楽しくなかった。嫌いになった他のメンヘーラも何もかも全部...。だから自分独りで何でも出来るようにすることにしたの。」
「そんなふうにしてたら、私はリベロって呼ばれるようになってた...。」
 レモンは一通り話し終わると背中を丸めて膝の上の手を握りしめた。まるで懺悔する罪人のように自分の人生を悔いているようだ。
「今まで辛かったね。ごめんね、レモンちゃん私、貴女の素性も知らないで勝手に貴女のこと決めつけようとしてた。」
「いいえ。本当に謝らなきゃいけないのは私の方だったの。ごめんなさい。」
 レモンはまたさらに背中を丸めてうつ向いた。
「ほら顔を上げて。」
 いちごはレモンの前に立つと、レモンの両頬を両の手で包みこんだ。暖かくて、柔らかくていい匂いがした。
 そしてレモンの瞳はじわじわと潤んでいった。
「もう、仲間外れは嫌だよぉ。」
 レモンは自分の内側をいちごにさらけ出すように泣き出した。
「もう大丈夫だよ。私がレモンちゃんの友達になるからね。」
 いちごはレモンをそっと抱き締めてあやすように背中をポンポンと優しく叩いた。
「いいの?私なんかで、きつい性格だし生意気なのに?」
「レモンちゃん本当は言いたくてそんな事言ってるわけじゃないんでしょ?」
「だから、いいんだよ。誰でも本当は吐きたくてキツい言葉なんて吐いてるわけじゃないんだから。」
「何で会ったばかりの貴女にこんなこと話してるかわからないけど。いちごって優しいのね。」
 いちごは言葉の節々で詰まり緊張しながらそう尋ねた。
「大丈夫よ。命に別状はないわ。」
 いちごは安堵のため息をつくとリストカッターカッターから降りた。
 そして、負傷した足を引きずりながら、痛々しく頭に包帯が巻かれているレモンの所に駆け寄った。
「レモンちゃん!私ね、」
 ―パチーン!―
 いちごの耳元で大きな音が響く、それから遅れていちごの頬にヒリヒリと痛みがやってくる。
「あなたのせいよ。出来るならさっさと動きなさいよ木偶の坊。」
「レモンちゃん...。」
 いちごは頬に手を当てて何が起きたのかわからないとでも言うような目でレモンを見つめた。いちごが何かを言う間もなくレモンははや足でその場を離れて行った。
 いちごはレモンが怖くて苦手になりそうになったでも、いちごはそれを認めたくなかった。何故ならいちごは人を嫌いになれば自分にバチがあたるのではないかとそんな迷信めいた事を真に受けているからだ。
 いちごはまだ痛い頬に手を当てて自分がレモンにしてあげられることを考える。
一
「ありがとうございました。」
 いちごが傷の手当てを終えて医務室から出ていく。
 いちごはこれから特にすることもないので、傷の具合を確認するために先輩メンヘーラ達のお見舞いにいくことしにした。
 いちごは先輩メンヘーラ達のお見舞いの為にもってきた花をもってメンヘーラ専用の医務室の前にやって来た。
 ドアを開けるとそこは大部屋の病室担っていて8床ほどのベッドが並んでいた。ベッドとベッドの間にはしきれるようにカーテンがかかっている。いたって普通の病室だ。
「あっ、いちごちゃん。お見舞いに来てくれだ嬉しいな。」
 メロンはベッドから上半身を起こしていちごを歓迎する。
「メロンちゃん、もう起きても大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫、大丈夫。」
 メロンは「ほら見てこの通り。」と腕をふって見せた。
 いちごは慌ててそれを止める、止めた後もまだ不安そうにいちごはメロンを見ている。
 メロンはそんないちごをなだめながら自分のベッドの方に呼んで座らせた。
「いちごちゃん、あの後大丈夫だった?何処か痛いところある?」
 メロンはいちごを抱きしめて背中を擦りながら傷がないか調べる。
 いちごはとっても甘い香りと暖かい胸のなかに包まれた。いちごはなんとも言えない安心感とほっこりと心が暖ままるのを感じた、と同時に何だか恥ずかしくてそわそわする。
「ごめんね。いちごちゃんに本当はこんな怖い思いさせるつもりじゃなかったんだけど...。」
 メロンはうつ向いて暗い顔をする。
「元はと言えば私が弱かったからこんなことになったから...。私こそ本当にごめんなさい。」
「気にしないで。いちごちゃんがあの時覚醒してくれなかったら私たち二人とも死んでたから...。」
「みかんちゃん。まだ意識が戻ってないの?」
「違う、違う。今、お昼寝中。最近睡眠不足なのよね。」
 メロンは笑いながらそう話した。
 いちごは不眠症とかだったら結構深刻だなと思い、これ以上うるさくしてはいけないので病室から出ていくことにした。
「あのお邪魔しちゃってごめんなさい。私もう行くね。」
「あのさ、いちごちゃん。レモンと何かあった?」
 メロンは眉に少しシワ寄せて、心配そうに聞いてきた。
「いや、何もなかったよ...。」
 いちごはメロンに背を向けて顔が見えないようにする。
 ちょうどそのタイミングで布擦れの音がする。
「メロ姉?何処ぉ?」
 カーテンでしきられた向こう側のベッドからみかんの声が聞こえた。
「あっみかん、ちょっと待っててね。」
 メロンはみかんをなだめた。
「それじゃあ、また来るね。」
 いちごはメロンに仲間同士の人間関係で余計な負担を掛けたくなかったのでここぞと言うタイミングで逃げるように急いで病室から出ていった。
「あっ待っていちごちゃん!」
 メロンのいちごを掴もうとした手は空を掴んだ。
「メロ姉?」
 みかんがカーテンの隙間からすっぽりと眠そうなほぼ目を閉じたような顔を出している。
「はぁ、人間関係って難しいね。」
 メロンは頭を抱えた。
「ぅん?」
 みかんは訳がわからず首をかしげる。
「気にしないで、こっちのはなし。」
 いちごは病室を出た後少し悩んだ。
 やっぱりメロンに報告すべきだっただろうか。でも、自分のせいでレモンの評価を下げたくないし、メロンにも負担をかけたくない。
 しばらく歩いていると向こうからレモンが歩いて来る、レモンとすれ違う。
「あっレモンちゃん。」
 いちごは声をかけてみた。
「ふん。」
 レモンはあからさまにいちごを無視して通り過ぎていった。
 そう簡単に嫌われている人間と話なんてできないに決まっているか、といちごはそう。
二
  メンヘーラ達の乗るリストカッターに乗るには実技演習などの他にも全てシミュレーションなどで済ませることが出来るはずなのに学科研修という時代遅れなカリキュラムも含まれている。
 だが、メンヘーラは何の疑いも持たずにまるで学校で授業でも受けるかのように真面目に取り組んでいる。
 そんなリストカッターの研修授業を終えたいちごは教科書やノートをまとめて帰りの支度を始めた。
 教科書とノートを抱えたメロンがいちごのそばによってくる。
「ねぇ、いちごやっぱりレモンと何かあったんじゃないの?」
 メロンはいちごの方を肘でちょんちょんと突きながら絡んで来る。
「......。」
 いちごは突然絡まれた驚きと、何か話した方がいいのか、それとも黙っていようか、との間で揺れていた。
「何も話す気はないと...。ふむふむ。」
 メロンは押し黙っているいちごを見つめて顎をつまみ考えるポーズをしている。
「う~んとそうだねぇ...。レモンはさ、リベロなんだ。」
「リベロ?」
 黙秘していたいちごがやっと口を開いた。
「うん、リベロってのは、一つの支部に所属しないでずっと日本中の色んな支部を転々としてるメンヘーラのことだね。そう言うことが出来る子は誰とも仲良くしないし、極度に誰かを好きにならない。それが彼女にとっての個性であり強みなんだ。」
 リストカッターは日本中あらる場所に出る怪獣たちに対抗するために日本中のさまざまな場所にリストカッターの支部を置いている。
「でも...。」
「ああやってずツンツンして他のメンヘーラと打ち解けないことがレモンの仕事なんだよ、だからあれがレモンちゃんの素じゃないと思う。レモンは決して悪い奴ではないんだ。嫌いにならないで上げて、それからできたらそっとしといてあげて。」
「...それじゃあレモンちゃんが可哀想だよ。いい子なんでしょ、何で仲良くしちゃいけないの?」
「別に仲良くしなくても仕事は出来るでしょ?」
 メロンはいちごを真っ向から否定ような発言をする。
 いちごは予想以上のレモンに対する冷たい言葉に驚いた。
「...何でそんなひどいこと言うの?」
「アタシはあの子にとって交友は毒になると思ってる。これは、レモンのためでもあるんだよ。」
「そんな理由で仲間外れなんて酷い。レモンちゃんにとって善くないかどうかなんて、そんな一度話し合ってみないとわからないじゃない。」
 いちごは走り出した。どうやらレモンを探しに行くようだ。
「やっぱり、人間関係って難しいね。」
 取り残されたメロンはみかんに語りかける。
「うん、うん。」
 みかんは首を上下に可愛く振りながらわかってるんだか、わかってないんだか、わからないような適当な相づちをうった。
 メロンはため息をつきながらみかんを後ろから抱きしめてみかんのふわふわの頭を撫でた。
三
 いちご達の所属しているリストカッターの浦安支部は実に不思議な構造になっている。ショッピングモールやらコンビニやら商業施設が中に丸々入っているのだから。
 いちごはショッピングモールならではの吹き抜けの幅の広い通路を走り抜けた。それにしてもこのショッピングモールは違和感があるそれは怖いほどに空虚だということだ。
 その原因、それは、此処には誰も居ないということだ。店員もいなければ客も居ない。そんな寂しいショッピングモールを抜けないとメンヘーラの寮にはたどり着けないという、なんとも本部はめんどくさい間取りになっている。
 ショッピングモールを抜けた先、まるで舞台袖のように暗い道を抜けるとコンビニの明かりがぼんやりと見えてくる。
 そして、コンビニの中には特徴的な長くてサラサラな金髪の髪の毛の女の子がいた。
 いちごは駆け足のままコンビニの中に入る。
《タッチしてください。タッチしてください。》
 何度も無人レジから繰り返される、マイクロカードを催促される音声。
 どうやらレモンはいちごがコンビニに入ってきたことに気付いていないようだ、それどころか、さっきからなにやらぶつぶつと呟きながらスクールバッグのなかをかき混ぜている。
「ない、ない、ない、ない。」
 その時いちごは大体の事を理解した。ここは2146年、マイクロチップを体内に埋め込むことが当たり前となった世界。
 しかし、中にはアレルギーや宗教上の理由などから体内にマイクロチップを入れることのできない人間も居ることをいちごは知っていた。
 いちごはさっとレジのスキャナーに手をかざした。
《~♪。またのご利用をお待ちしております。》
「あなた...。」
 レモンは驚いた表情でいちごを見た。
「はい。どうぞ。」
 いちごはまるで花が咲いたかのような微笑みをレモンに向けた。その姿はさながら暗闇の中で月のスポットライトに照らされた月花美人のようだ。
「...ありがとう。」
 レモンは小声でいちごにお礼をいうと買ってもらった紙パックのレモンティーをいちごから受け取って早足に立ち去ろうとする。 
「待って。」
 いちごはレモンの手首を掴んだ。
「この前はごめんね。」
「...はあ?」
「この前の言葉は無神経過ぎたよね。ごめんね。」
 その言葉にレモンは驚愕した。
 それは、そうだ自分の言葉であんなにも傷つけたであろう人間にまさか謝られるとはレモンは思ってもみなかったようだ。
 レモンは少し固まって色々考える。いちごと自分が仲良くなれるかどうかを。
 レモンは真剣に思考を巡らせ様とする。
 しかし、まあ女という生き物は直感には逆らえないもので、このチャンスを逃したら一生誰とも仲良くできない気がする、そう、この一瞬を逃したらもう二度とチャンスが巡って来ることはない。何度も何度も
頭の中で同じ思考がリピートされる。
「少し...。」
「...少し貴女と話してみたくなった。」
 レモンはいちごの手を引いてコンビニの外へでた。相変わら外は暗い。レモンはすたすたと路地裏の方へ入っていく。
 何の為に作られたかよく分からない6階立てぐらいのビルに左右を囲まれている。パイプと油まみれの室外機が乱雑に取り付けられている道を抜けると、どこから垂れ下がってるかわからない裸電球と不自然に置かれたベンチが見えた。
「座りましょうか?」
 レモンはいちごをベンチに座るように促した。
 いちごは促されるままにベンチに座ると、そのすぐ横にレモンも腰かけた。
「...。」
「はぁー。」
 レモンは長い深呼吸をした。
「聞いてくれる?私の話。」
「私さ、生まれつき、体が弱くて、いつも、家の中に籠ってたんだ。」
 レモンは語り出す慎重に考えながら一言一言をまるで水の中に沈んだ糸を掬い上げるように繊細に。
「だから、友達もあんまりいなくて。」
「私はリストカッターになったときやっと自分と親しくしてくれる友達が出来ると思って少しワクワクしてたわ。」
「でも、皆、私の理想と全然違った。始めの頃は皆と仲良くできてるつもりだった。でも、気付いちゃったの。私以外のみんなが見えない心の殻に包まれているって、私が入る隙もないくらいギチギチで頑丈な。」
「すでに築かれた硬い殻を破ろう私は必死だった。でも、私は輪には入れなかった。あまり深入りしようとするとさらにまた一線を引かれてそれでおしまい。」
「私はきずいたら独りぼっちになってた。みんな私のことを避けるようになったの。」
「生きているのが何も楽しくなかった。嫌いになった他のメンヘーラも何もかも全部...。だから自分独りで何でも出来るようにすることにしたの。」
「そんなふうにしてたら、私はリベロって呼ばれるようになってた...。」
 レモンは一通り話し終わると背中を丸めて膝の上の手を握りしめた。まるで懺悔する罪人のように自分の人生を悔いているようだ。
「今まで辛かったね。ごめんね、レモンちゃん私、貴女の素性も知らないで勝手に貴女のこと決めつけようとしてた。」
「いいえ。本当に謝らなきゃいけないのは私の方だったの。ごめんなさい。」
 レモンはまたさらに背中を丸めてうつ向いた。
「ほら顔を上げて。」
 いちごはレモンの前に立つと、レモンの両頬を両の手で包みこんだ。暖かくて、柔らかくていい匂いがした。
 そしてレモンの瞳はじわじわと潤んでいった。
「もう、仲間外れは嫌だよぉ。」
 レモンは自分の内側をいちごにさらけ出すように泣き出した。
「もう大丈夫だよ。私がレモンちゃんの友達になるからね。」
 いちごはレモンをそっと抱き締めてあやすように背中をポンポンと優しく叩いた。
「いいの?私なんかで、きつい性格だし生意気なのに?」
「レモンちゃん本当は言いたくてそんな事言ってるわけじゃないんでしょ?」
「だから、いいんだよ。誰でも本当は吐きたくてキツい言葉なんて吐いてるわけじゃないんだから。」
「何で会ったばかりの貴女にこんなこと話してるかわからないけど。いちごって優しいのね。」
コメント