リストカッターいちご

禊 めん

1話

 今は西暦2146年。今から少し未来の話。人類はこの世にあるすべての鬱から人解放された。
 人間関係、治安、政治、将来、全てのストレスがなくなり。未来には約束された幸せな日々しかないと誰もが思っていた。
 しかし。
 世界は滅亡の危機に瀕していた。
 黒い煙に覆われた空。鳴り響くサイレン。
 全身が影のように真っ暗で狼の顔に人間の体を移植したような怪獣がこの大都会東京で大暴れをし、破壊行為を繰り返している。
 狼の顔は左右の目が違う方向をみていて、口からはだらしなく舌が垂れている。人間の体の方は全身が縫い目だらけだ。まるでどこかのアメコミに出てくるマッドサイエンティストの作った人造人間のように不気味な容姿をしている。
 怪獣はビルをなぎ倒し車を蹴飛ばしアスファルトをえぐりながら前へ前へと進み続ける、大きな地響きをたてながら。
 巨体な体からは動く度に黒いドロドロした液体がでで来る、その気色悪い体液が一度こぼれ落ちたかと思えばすぐに怪獣の体に引き寄せられ足元の縫い目から体の中に戻っていく。足元は黒い液体が水溜まりのように広がってずりずりと音をたてながら地面を這っていた。
 まさしくこれは世界の終わり、誰もが目を塞ぎたくなるような現実...。
 世界は終わってしまうのか...?。
 人類が生き残ることを諦めようとしたその時。
 颯爽と現れる手足の生えた卵のような可愛らしい形のカラフルなロボット達。
 素早く散って、色んな方向から怪獣を押さえつける。
 このロボットこそがリストカッター、この絶望的な世界に残された唯一の希望。
そんなリストカッターのパイロットとなり、怪獣と戦うのがメンヘーラである、うら若き乙女の救世主たちだ。


 3台のリストカッターが凄まじい戦いを繰り広げているなかで離れた場所で全く動こうとしないリストカッターが1台。
「篠崎先生!私には無理ですこんなこと...。」
 花園はなぞのいちごは叫んだ目には涙を浮かべうつ向きながら。叫び声は狭いコクピットの中にこだました。
 花園いちごはまだ15歳の普通の女子高生である。
いちごの髪はスイートピンクの髪を2つに束ねてツインテールにしている、触れば絹糸のように軽くてふわふわしていそうだ。
 まだあどけなさが残る丸くて大きなクリムゾンレッドの瞳は、ハイライトが多く純粋さを感じさせる。町を歩けば10人中10人が振り替える、いや、近寄って来るであろう、すこぶるいい容姿を持ったのだけの普通の女子高生である。
 ...いや、訂正しよう正しくは“あった”だ。
 いちごはひょんなことから巨大ロボットもといリストカッターのパイロットに選ばれてしまったのだ。
 とにかくいちごは今、巨大ロボットのコクピットの中にいる。複数のモニターで外部の様子が確認できるようになっている。
しかし、しかし、だがしかし、コックピットの中はキッチンのようになっていた。
なぜそう見えるのか。
それは、いちごがたくさんの調理、電子レンジにオーブントースター、炊飯器、コンロ、ミキサー等に囲まれていたからだ。
それにまあ、お世辞にも綺麗とは言えない中身だ、調理器具は整理整頓されていないし床はコードだらけ、まるで車のなかで暮らすホームレスのようだ。これでは戦場に全くといっていいほどふさわしくない。
「戦いなさい、これは貴女に課せられた義務なの。貴女が戦わないと、この街の人や貴女の家族もみんな死んでしまうわ。」
 指令本部でいちごと言い争っているのはいちごの担任である篠崎だ。篠崎は淡々とあらかじめ準備されていたような台詞を吐くだけだった。なんだか言い方も演技くさい。
「出来ません。」
 うつむいて何もしようとしない花園いちごを横目に遠くから建物が崩れたような大きな音がする。
いちごのモニターに怪獣によって吹き飛ばされたメンヘーラの仲間が写し出される。機体はビルにのめり込み轢かれたカエルのような姿勢になっていた。
「レモンちゃん!」
 勢いよく飛ばされた機体はいちごから見れば半壊状態で中身まで崩れていそうだった。
瀬戸内せとうちレモン、機体の状況を説明しなさい。」
 いちごの目のモニターには同じメンヘーラの瀬戸内レモンが写し出された、レモンちゃんの綺麗でハチミツみたいに艶々な髪が汗で頬に張り付き、頭からストロベリーソースのようにドロッとした真っ赤な血がドクドクと流れていた。
「はい。背中上部と右腕を破損しました。」
「そう、それでまだ戦えるの?」
「はい。」
 レモンは苦しそうに唇を噛む。
 そうするとマシュマロのように柔らかく淡いピンク色の唇は真っ白な歯で喰い破られ、血が滴る。
「うそだよ。レモンちゃん、レモンちゃんは怪我してる。」
「大したことないわ。」
 レモンはいちごを鬱陶しそうに、あしらうようにそう言い放った。
「ダメだよ。もう、下がった方がいいよぉ。」
 いちごはレモンが辛そうな傷を負っていてだったから止めようとした。
「私のこと本当に心配してるなら貴女が変わりに戦ってよ。この能無しの役立たず。」
 プツンと通信が途切れてしまった。
「うぅ。嫌われちゃったかな。」
 いちごは何も写らなくなった通信用の画面を見つめて手を口にあてた。
「貴女がここで戦えば、彼女も許してくれるかも知れないわね。」
 篠崎はすっと前を見据えながらいちごに話しかけた。
「それは、本当ですか?」
 いちごは不安げに潤んだ目で見上げるように尋ねた。
「ええ。」
 篠崎は微笑んだ。腹の奥にどす黒い物を感じる、まるで白雪姫に毒りんごを渡す魔女のように...。
「私もやるだけ。やってみます。」
「そう、なら、作戦で教えた通りの位置について。」
 篠崎はいちごに興味がなくなったとでも言うようなほどに態度を変える。無機質で素っ気ない。
 いちごは頷いた。


 2台のメンヘーラが怪獣を牽制しているようだ。
 しかし、怪獣は思い通りの方向に進んでいるとは思えない。怪獣はずるずるとドロドロの黒い液体を引き連れながら進路を変えるつもりもなく前に進み続ける。
 そこへいちごのピンク色のリストカッターが駆け寄っていく。
「いちごちゃん、来てくれたんだね。」
 いちごのモニターにメンヘーラの夕張ゆうはりメロンの顔が映し出される。
 メロンは姉御肌の頼りになる先輩メンヘーラである。見た目は緑色の長い綺麗な髪をまとめてポニーテールにしている、ちょっと不良見たいな見た目のお姉さんだ。
いちごに笑いかけてなごませようとしてくれている。
「ごめんなさい。なかなか踏み出せなくて。」
いちごは申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。最初は誰でもそんなもんさ。」
「うん、うん。」
 頷きながら相づちを打つのはもう一人の同じメンヘーラ有田ありたみかんである。
 みかんはオレンジ色の短い髪をサイドアップにした笑うと八重歯がかわいい。女の子である。
「さ、いちごちゃんはここについて、私たちで陽動している間にみかんが背後に回って仕留めるから。」
「はい。」
 いちごはメロンから出た指示通りの位置についた。
「ちょっと緊張し過ぎじゃない?肩の力を抜いて。案外すぐ終わるもんだからさ。」
「うんうん。あたしがすぐ終わらせちゃうからね。」
「こーら、みかんはもっと集中して。」
「はーい。」
 メロンは「まったく。」と呟いて。両肩を上げたてため息をついた。
「敵、なかなか攻撃してきませんね。」
 怪獣は進み続けてはいるもののいちごたちに対して致命傷となる攻撃をしてくることはなかった。
「そうだね、あいつは、力を一度溜めてから攻撃してくるタイプなのかも。溜めた攻撃はかなり破壊力が高いみたいね。直撃したらたとえ私たちでもただじゃすまないよ...。だから気を付けてね。」
 メロンがあからさまな作り笑いをする。
 その言葉にいちごも身構える。額から冷や汗がにじみ出す。
 いちごは本当はレモンの為とはいえ戦いたくはなかった。死ぬかもしれない事やもう二度と生きたままコックピットから出られないのではないかと考えるほど体が震えて、レバーを握る力が弱くなっていく。
 メロンが一息ついて話を始める。
「そろそろエネルギーのチャージが終わる頃ね。いちごちゃんヤツが口を開けたら私の後ろにすぐ隠れて。」
「はい!」
 怪獣は急に踏みとどまった。
 不気味なドロドロの黒い液体を垂れ流しながら。静かになった。
「な、なに!」
「いちごちゃん!速く私の後ろへ!」
 怪獣は背中を丸める、ぐっと意気込んだその時、倒木のように激しく尖った灰色で半透明の針が飛び出した。針は複雑に灰色の絡みあい、蕀の城塞が完成する。
「あー、これはヤバイねあいつここで自爆するつもりだ。」
 いつもはヘラヘラしていたメロンが焦りの表情を見せた。
「え、そんな。」
「取り敢えず針を退けよう。」
 刹那、針がメロンとみかんのリストカッターを貫く。
「ガハッ。」
 血と唾液の混ざったドロっした液体を吐き出してぐったりするメロン。
 みかんは針が肩に突き刺さり気を失っている。
「みかんちゃん!メロンちゃん!」
 突如一人になってしまったいちご。絶望感から怯え涙を流す。それと同時にいちごの偽善の精神による責任の波が頂点に達する。
「私が戦わないとみんながみんながぁ!」

―うああああああああああああああああ!―

 いちごがまるで針が迷宮のように連なった城塞の中に一人で走っていく。針の中に両腕を突っ込むいちご。しかしなかなか本体までたどり着く事ができない。
「ううっ。」
 針がいちごの足に刺さる。赤く染まるいちごの足、しかしいちごは気にも止めない。いちごがたとえ捨て身であの怪獣に挑もうとただの犬死にであることは誰もがわかりきっていた。
 いちごを本部に帰還させようと篠崎がマイクを手に取ったその時だった。
 いちごの真上に小さな光が現れる。でもその存在にいちごはきずかない。光はいちごの周りを一週飛び終わるといちごの手の甲にふんわりと雪のように溶けていった。
 いちごのリストカッターの目が輝いた。
「動かない、何で。」
 いちごのリストカッターは制御を無視して勝手に動き出す。
「どうなってるの。」
 いちごは周りにあるボタンやレバー、つまみ等を手当たり次第にさわっていく。
 しかし、いちごのリストカッターは勝手に動き続け、蕀の城塞から離れていく。
 ある程度離れると、右手を正面に突き出し、何もない空間を握りしめる。
 すると光が握りしめられた何もない空間に集まり始めた。そして光の剣がいちごの目の前に現れる。纏っていた光は弾けて剣が本当の姿を表した。まるで雪の結晶をイメージしたようなデザインで、青白くまるでプラチナのように光り輝いていた。
「あれがいちごの固有能力なのね...。そっくりだわ...。」
 篠崎がポツリと呟いた。
[デキルヨ ワタシタチ ナラ]
 いちごのモニターに謎の文章が添付される。
「なんだか、よく解らないけど、貴女となら出来そうな気がする」
 いちごは剣に向かってそう答えた。そして光の剣を強く握りしめて構えた。
「あればアスタリスクソードね、彼女を愛した故人達の力がそのまま彼女の力になる。」
 篠崎は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「はあああああああああああああああ!」
 いちごは力を込めて剣を蕀の城塞に向かって振り下ろす。するとまるで砂にでもなったようにサラサラと針が崩れ落ちて跡形もなく吹き飛んでいく。
 そして膝をつき手をだらんと垂らして、まるで祈るかのようにに空を見上げている怪獣の本体が現れる。
 いちごが剣を降りかっぶった。
「私は絶対に貴方にもうこれ以上誰かを傷付けさせたりなんかはしない!」
―シュッ―
 いちごは大きく剣をスイングさせて怪獣の頭を跳ねた。
 怪獣の首からは灰色の綿がまるで噴水の如く溢れだした。
 その後からごろんと怪獣の首が転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
 アスタリスクソードは光になって消えた。
 いちごはコックピットのなかでぐったりする。貧血で暗く感じる視界のなかでぼっーとモニターに表示された謎の文章を見つめた。
「あなた、誰なの?」

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く