鮮血のレクイエム

あじたま

序章1話 記憶無き人形使い

誓い血にまみれ紅く染まった世界を、私は何もできずに眺めていた。魔力は底をつき、体は傷だらけで立ち上がることさえできない。辺りでは得体のしれないバケモノ達が人妖を襲い、食い殺しながら徘徊している。

「うぐっ……あぁ…。」

今までに感じたこともない痛みが体全体を駆け巡る。これほどの痛みは私がまだ人間だった時以来だ。

「……れい…む。…まり…さ!」

まだ二人は戦っているかもしれないのに、自分は土の上で倒れることしかできない。それが悔しくて悔しくて仕方がなかった。

「…シャンハ―イ。」

「ホウラーイ…。」

「…ごめんなさいね…貴方達。…こんな、頼りない主人で……。」

少しずつ体の感覚が無くなっていく。それと同時に今までの何気ない日常が鮮明に蘇ってきた。人は死ぬ間際に走馬燈を見ると本で読んだことがあるが、どうやらそれは正しかったようだ。少しづつ開いていた瞼が閉じていく。その間際に一つの黒い影が見えた。きっと近くにいたバケモノが私の存在に気が付いてやってきたのだろう。

「……さようなら。」

私はそのまま、訪れるであろう死を待ち続けていた。



「………。」

静寂に満ちた路地裏を俺は歩く。辺りはすでに日が暮れて、僅かにある街灯だけが道を照らしている。そんな中、俺の周りに複数の人間の足音が響いた。少しして、暗闇から黒いコートをまとった男と、数人の連れの連中が現れる。

「……アレン・クリフォードで間違いないか?」

「…何の用だ。要件があるなら手短に言え。」

「例の依頼の進捗はどうなっている。」

「あぁ、それなら今日で終わらせたさ。後はお前らの上の連中に報告に行くだけだ。」

「…お前は本当に仕事が早いな。」

「この程度の依頼なら今までに星の数ほどこなしてる。いまさらどうってことねぇよ。」

「依頼の報酬は報告を受けてから改めて向こうで渡す。時間をとらせて悪かったな。」

「………あぁ。」

それだけ言うと、男は他の連中を引き連れて再び闇の中へと消えていった。それと同時に、ぽつぽつと雨が降り始める。

「……今日は面倒なことばかりだな。」

俺は足早に家へ向かって走った。



「ふぅ…やっと着いたか……。」

家の近くに着いた頃には、雨の勢いが強くなっていた。俺の家は人目に付きにくい路地裏の奥にある。職業柄、この様な場所が最適だからだ。

「……ん…?」

家に入ろうとした瞬間、自分の家の近くで倒れている金髪でショートヘアの女を見つける。無視しようとも思ったが、自分の家の近くで見知らぬ女が倒れられても迷惑なので近づいてみることにした。

「おいお前、大丈夫か?」

見たところ意識はなく、酷いけがをしており、辺りに切り傷や擦り傷、痣などができている。呼吸はしているので、生きてはいるのだろう。

「……ったく、なんでこんな路地裏に、しかも俺の家の前に倒れてんだよ。」

外に放置しても目立つだけなので、俺は渋々女を家に担ぎ入れた。



「……はぁ…。」

取り敢えずあらかたの応急処置は終わった。こういうのは医者であるコレットの仕事だが、夜でしかも雨の中呼ぶわけにもいかなかったので、今回は全部自分でした。低体温症を防ぐために着ていた服はすべて脱がしたが、血まみれで使い物にならなそうだった。今は適当に余っていたシャツを着させて、安静にさせるためにソファーに寝かせている。

「なんで俺が他人にここまでしなくちゃならねぇんだ。」

終わった後に気づくのもなんだが、ここまでする必要は無かったのかもしれない。だが、昔の癖で手が勝手に動いてしまった。あいつと関わっていたことがこんなところで影響してくるとは思わなかった。

「…そういえばあの人形は何なんだ。」

危険物を持っていないか調べた時に出てきた3つの人形。血が付着しないように今はそこら辺のテーブルに置いてある。

「人形を持ち歩くのが趣味なのか…って、そんなことはどうでもいいか。」

今日はいろいろなことがあって疲れているのかもしれない。さっさと寝てしまおう。俺はそのまま無意識に体を動かし、そのままベッドに倒れこむのだった。



「…ん……。」

目覚めた時にはもう朝になっていた。俺はベッドから体を起こし、ソファーの方を見たが、女はまだ目を覚ましていないようだ。

「とりあえず着替えるか…。」

俺はそのままクローゼットの所まで行き、適当に服を選んで着ていく。

着替え終わり、先ほどの部屋に戻ってくる。それと同時に、意識を失っていた女が目を覚ました。

「…あれ……ここは…?」

「やっと目を覚ましたか…。」

「えっと……貴方は…。」

何か聞いたことある言葉だと思ったが、こいつ日本語をしゃべるんだな。

「…夜の雨の中、お前が俺の家の前に傷だらけで倒れていたから、勝手に保護させてもらった。お前、名前は。」

「アリス・マーガトロイド…だと思う。」

「…だと思うってなんだ、記憶喪失なのか?」

「……はい。」

「そうか…。ところでお前、さっきから目のやり場に困るんだが…。」

「……え?」

そういうとアリスは自分の体を見渡す。その後、アリスの顔はみるみると赤くなっていく。

「えーーーーー!!ど、どういう状況なの!なんで私シャツ一枚しか着ていないの!しかもなんか体のあちこちに包帯が巻かれてるし!」

…ああそういえば手当てをするために、服を脱がせたんだっけか。すっかり忘れていた。俺はクローゼットからいくつか使っていない服やジーンズを取り出し、それをアリスに差し出す。

「まぁ、これでも着とけ。」

「ちょっと!じろじろと見ないでよ!」

「いや、そんなにじろじろと見てないんだが…。」

「うるさい馬鹿!あっち向きなさいよ!」

そう言いながらアリスは俺が差し出したものを強引に奪い取り、そっぽを向いた。

「はぁ…女ってやつはどいつもこいつも面倒なやつばっかりだな…。」



「…着替え終わったわよ。」

どうやら着替え終わったようなので、俺は再びアリスのほうへ向き直る。

「…私が気を失っている間に変なことしてないでしょうね?」

「好きでもない奴にそんなことするわけないだろ。」

「どうだか。」

「…はぁ、お前なあ。服がびしょ濡れで、本人が意識を失ってたんだから仕方ないだろ。なんだ、お前は風邪がひきたかったのか?」

「それは…。」

「それに、傷口を塞ぐにはどうしたって服が邪魔になるんだ。腹の傷なんて、服を脱がさずにどうやって手当しろってんだ。」

「あぁもう!分かったわよ!」

「…で、お前傷の方は大丈夫なのか?」

「痛みはないけど…何で私こんなにも怪我してるんだろう。」

「お前ってどこまで覚えているんだ。」

「実は目を覚ました時からの記憶しかないの。」

先ほどからアリスの様子を見ていたが、どうやら嘘はついていないようだ。新手のスパイか何かだと思ったりもしたが、どうやら違うらしい。

「で、痛みはもうないんだったな。だったら悪いが、さっさと家から出て行ってくれ。」

「……え?」

そう言うと、俺はアリスの腕を強引に引っ張り、玄関まで向かう。

「ああそうだ、この人形お前のだろうから返しておくぞ。あとお前が着ていた服も血まみれだが、家に置かれても面倒だから自分で処分してくれ。」

「ま、待って!急にそんなこと言われたって。ここがどこなのかも分からないのに!」

「悪いがここは保護施設じゃないんだ。それに俺は一々人の面倒を見るほどやさしい人間じゃない。そういうのは他の人をあたってくれ。」

俺はそう言い放ち、アリスに人形と血まみれの服を渡して、強引にドアを閉めた。しばらくの間ドアを叩く音が家に響いたが、向こうもあきらめたのか音は聞こえなくなった。

「…ほんと、最近面倒なことばかりだな。」

その時、急にベッドの上に置いてあったスマホが鳴り出した。渋々俺はスマホを手に取り、電話に出る。

「……俺だ。」

「ようアレン、今起きたところか?」

「…ルイスか。何の用だ。」

「お前って本当に朝機嫌悪いのな。低血圧なのか?」

「余計なお世話だ。」

「まあまあ、そう不機嫌になるなって。もしかして何かあったのか?」

「……まぁな。」

俺は掻い摘んで昨日と先ほどの出来事をルイスに伝える。

「お前が他人に手当てなんざ、珍しいこともあるもんだな。」

「何をしようと俺の勝手だろ。お前には関係ない。」

「…その、アリスだったか。そんなに邪険に追い返さなくてもよかったんじゃないのか?」

「喧嘩でも売ってるのか?俺がなるべく他人と関わろうとしないようにしている事くらい、お前だって知ってるだろ。」

「……いい加減、新しい関りを作ったらどうだ。いつまでも過去を引っ張っていたって何も変われないぞ。」

「そんなことは俺が決めることだ。って、俺のことはどうでもいいだろ。電話した要件はなんだ。」

「…少しお前に頼みたいことがあってな。今夜、時間はあるか?」

「特に問題はないが…今話せないのか?」

「少し長い話になりそうだからな。いつものバーに来てくれ。」

「…ああ、分かった。」

それだけ言うと、向こうの方から電話が切れた。

「頼みって…一体何なんだ…。」



サイドチェンジ アリス



あれから何度もドアを叩いてみたものの、一向にドアが開く様子は無かった。記憶のない私に残されたのは3体の人形と、私が倒れていた時に着ていたという服だけだ。

「はぁ…。これからどうしようかしら。」

とりあえず家の前に突っ立っていても何も始まらないので、私は適当に歩いてみることにした。服に関しては必要が無いので、道の端に捨てておいた。

しばらく幅の狭い道を歩いていると、大きな通りに出た。そこには見たことも無いような風景が広がっていた。道を高速で移動する箱(車及びバス)、色とりどりの連なった建物、道を埋めるような人の数。何もかもが道の光景だった。

「それにしても…本当にここは何処なのかしら…。」

結局歩いてきたはいいもの、こんな辺境の地で一体今後どうすれば良いのだろう。取り敢えず、少しでもこの地について知るため誰かに声をかけてみることにする。

「あの~すいません。」

「ん、何の用かしら?(英語です)」

「………。」

な、なにを言ってるのか全然分からない!え、え、どうしよう!まさか言葉が分からないなんて思わなかった。さっきの男の人の言葉は理解できたのに!

「…ちょっとあんた、大丈夫?(英語です!)」

「え、えっと…その……あの。」

「……もしかして、日本人?(日本語です!)」

「あ、はい!日本が何かは知りませんが、多分そうです。」

よかった。自分の知っている言語だ。

「ぷっ、あはははは、あんた面白いね。」

「あ、あの~。」

「あはははは、ごめんごめん。あんたの慌てっぷりが面白くって。で、何の用?」

「……。」

いくら私が慌てていたからって、少し笑いすぎなんじゃないだろうか。

「実は私…。」

そう言って、私は女の人に自分の状況を簡単に伝える。

「…ふーーん、記憶喪失ね~。そんな人、生まれて初めて見たよ。」

「そういうわけで、ここの地域について全然知らなくって。出来れば色々と教えて欲しいんです。」

「まぁ私もこれから暇だし、別に構わないよ。取り敢えず立ち話もなんだし、私の家に案内するよ。」

「ありがとうございます!」

そう言って私は女の人に大きくお辞儀をする。

「ちょちょ、顔をあげてよ!本当に大したこと言ってないし。あっ、そういえばあんた名前は?」

「アリス・マーガトロイドです。」

「そっか。私はコレット・アンソニー。気軽にコレットって呼んで。」

「はい。よろしくお願いします。」

「そ、そんなに畏まらなくてもいいよ。私堅苦しいのは嫌いだからさ。」

「わ、分かったわ。」

「そそ、そんな感じ。それじゃ、行こうか!」

…なんか初対面の人にため口って恥ずかしいわね。あっ、でもあの男の人とは普通に喋れてたけど……何でだろう。そんなことを考えながら、私はコレットに連れられるのだった。



サイドチェンジ アレン



ルイスと電話した後、俺は墓地まで足を運んでいた。別に前から行こうと考えていたわけではない。ただ、アリスを手当てした時にふと、思い出してしまったのだ。

「……久しぶりだな…凪紗。」

俺は墓に向かって言葉をこぼす。ずっと手入れをしていなかったからか、かなり汚れている。

「…悪かったな、中々会いに来れなくて。心の整理というかなんというか…時間がかかっちまったんだ。」

我ながら本当に情けない。ルイスにも電話で言われたが、未だに俺は10年前の出来事を引きずっている。そんなこと、自分が一番よく知っている。今朝アリスを家から追い出したのだって、それが理由だった。あまりにも…似すぎていた。凪紗と初めて出会った、あの頃と。

「…本当に弱いよな、人間って言う生き物は。俺も…お前も……。」

思い出したくなかったから。忘れてしまいたかったから。…でも、きっかけはどうあれ、思い出してしまった。だから…またこの場所に来てしまったのだろう。…10年前から何一つ、変われていないのだから。

「……あら、私以外にも墓参りに来ていた方がいらっしゃっていたのですね。」

突然、自分の背後から声をかけられたので、俺は振り返る。

「…誰だあんた。」

「そんなに警戒なさらないでください。本当に気になって話しかけただけですから。」

「……あんたも墓参りか。」

「そんなところです。まぁ、私は今から帰ろうと思っていたのですが。」

そう言いながら、女はこちらに向かって歩み寄ってくる。

「つかぬことをお聞きしますが、そちらの墓はご親族の方ですか?特に墓石に名前は書かれていないようですが。」

「いや…違う……。」

「では、一体誰の……。」

「…俺にとって大切な…かけがえのない存在だった奴の墓だ。」

「…そうですか。」

ふと気になって女の顔を見ると、どこか遠い目で青い空を眺めていた。

「私にも以前、大切な人がいたんです。何年も仕えていた…大切な方が。」

「お前、元は使用人だったのか。」

「ええ。まあでも、今となっては過去の話ですけどね。もう1年も前の話です。」

「…辛くないのか?」

「辛くないわけないですよ。前より落ち着きは取り戻しましたが、今でも辛いものは辛いです。」

「…悪かったな。当たり前の様な事を聞いて。」

「いえいえ、気にしないでください。」

女はこちらに少し微笑み返した後、立ち上がる。

「……十六夜…咲夜。」

「……え。」

「私の名前です。貴方は?」

「……アレン・クリフォードだ。」

「分かりました。それではアレンさん、私はこれから少し用事があるので失礼しますね。」

「…ああ。じゃあな。」

俺の返事を聞くと、女はそのまま墓地の出口へと歩き出した。

「……辛くないわけない…か。」

あいつが誰を失い、傷ついたのかは分からない。だが、少なくとも俺よりかは前へ向かって歩いているように見えた。俺は…変われるのだろうか。あいつの死を受け入れて、歩くことができるのだろうか。

「…俺も戻るか。」

俺は重い腰を上げて立ち上がり、再び目の前の墓地を見据える。

「それじゃあな。次来るときには…変われているようにするさ。」

墓地に背を向けて、歩き出す。それは何かのにも見えた。死を受け入れて、歩き出して見せるという…誓いに。

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