勇者にとって冒険の書は呪いのアイテムです

ハイイロチョッキリ

⑦ぜったいぜつめい(3)

人喰い熊の噂は酒場で聞いていた。

夜に活動する魔物で、ひとつめの怪物ほどの大物ではないが、それでも遭遇した旅人はほぼ100%死ぬ絶対に逃げなければならない存在。

鉄の剣と皮の盾を装備した状態で、セツリと2人がかりならば今のレベルなら問題なく倒せるだろうが、

問題は素手でセツリをかばいながら1人で戦えるかということだ。

状況的にはひとつめの怪物にレベル1で挑むのと同じくらい無謀だ。

「グルルォラァァァァア!!!」

人喰い熊が両手を大きく広げて威嚇する。

人喰い熊の攻撃!

人喰い熊は大きな爪でユージーンの抱えているセツリを引き裂こうとした。

ユージーンは背を向けてセツリと人喰い熊の間に割り込んだ。

人喰い熊の大きな爪がユージーンの背中を引き裂く。

「ぐっ!」

ユージーンは背中から大量の血を飛び散らせて吹き飛ぶ。しかし、セツリを抱き抱えたまま、倒れることなく、なんとか着地する。

背中は大きく抉れ、ユージーンを激しい痛みが襲う。

レベルの恩恵で激痛はあるものの、意識はなんとか保てており、大ダメージは負ったがかろうじて生きてはいる。

「いっっってぇ…」

ユージーンはポーチから素早く薬草を取り出して口に含む。

背中の痛みが和らぎ、傷口が回復していくのがわかる。

しかし、こちらの回復を待つわけはなく、人喰い熊は地面に爪をめり込ませて突進する。

ユージーンの頭の中に死がちらつき、脳が全力で生き残る方法を検討する。

セツリを地面に置いて短期決戦で倒すことを真っ先に思いつくが、戦闘中に他の魔物が現れたら守れない。

しかし、今のままでは共倒れになる。

このままの状態で戦うには…。

ユージーンは覚悟を決め、大きく一回目を閉じた。

そして目をゆっくりと開く。

その瞳は紅く染まり、同時に髪や髭も含めて全身がうっすらと朱に染まる。

赤化せきか」…ユージーンがひとつめの怪物との戦いで手に入れた新たな力だ。

実はスキルを獲得してからこれまでに何度か発動を試している。

赤化せきか」は短時間だけ全ステータスを上昇させる効果がある。

発動条件は怪物の腕輪を装備していること、ダメージを負っていること。

使用回数の制限はないが、短時間全ステータスを上昇させる代償として使用者の体力を大幅に消耗させる。

持続時間は使用者の体力に依存するが、体力が底を尽きたタイミングで強制解除となる。

これを用いて戦闘の離脱を試みる方法もあるが、万が一逃げ切れなかった場合、完全に状況を打開できる手段がなくなる。

それならば少しでもダメージを与えて、あわよくば向こうが逃げてくれるのを期待した方が良い。もちろん、倒すのがベストだが…。

「出し惜しみしてる場合じゃないが、これでなんとかならなきゃ打つ手はねぇな」

「グルォォォオオオオ!」

人喰い熊が口を大きく開き、ユージーンに嚙みつこうとする。

「…よぉ、化け物。覚悟しやがれ」

ユージーンはセツリを抱き抱えたまま右足で人喰い熊の顎を蹴り上げた。

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