すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

71話 死闘

 黄金の壁に飲まれ、刹那の目眩の後、周囲の様相は一変した。
 昼の戸外から、見知った城の地下へ。
 不思議な光源により十分明るいとはいえ、それは昼の陽光に比べれば、全然に暗い。


 「ぐ……っ」


 瞬間、まるで目が潰れたかのような感覚に陥るが、目をこらせば直ぐに視力は戻ってきた。
 以前、ここに来たときに見たテトラの心臓と呼ばれたあの赤い物体は、もう存在しない。代わりに砕けた破片が其処此処に転がるのみ。
 そして、その中央にその存在を認めた。


 「クリス!」


 叫んだ。


 最早その名が適当なのかどうかすらわからない。
 だが、俺にあるこの記憶の中にある少女は、間違いなくクリスだ。それが、どういう存在であっても関係はない。
 あの姿。
 そしてもし、あの声で俺の名をよぶならば、それが俺にとってのクリスだ。


 だが、目の前のクリスの姿をした存在は、明らかに俺のクリスではなかった。
 一度も見せた事も無いような、酷薄な視線で、順次到着する俺たちを睥睨するかのように見つめている。
 当然のように、俺の声にも応えることはない。


 ―――いや、一瞬その表情が僅かに動いた事を、俺は見逃さなかった。


 それは不快の表情だった。


 瞬間、燃え立つような怒りを覚える。
 確かに、今その中に居るのは、テトラなのだろう。
 だからこそ、その存在がクリスの顔で、そのような表情を見せていることが堪らなく不愉快だった。


 「―――テトラか」


 今にも飛びかかり、その中身を引き摺りだしてやりたい。
 それが何であれ、その姿で居られる事が許せなかった。辛うじて衝動を抑え、睨み付けるに止める。


 「そう、だ。その名で呼ばれるのも久しい気もするが」


 その存在は、クリスの声で、答えた。


 「お姉様!」


 「クリス!」


 その声に我慢できなくなったのか、アイラとパルミラがそれぞれ叫ぶ。
 二人とも、その声が発する台詞が、どのような状態を示すのかわかっているのか、声に悲痛なものが混じる。


 「下がっていろ」


 「……姫さん、冗談きついな」


 前に出ようとする二人を制し、バイドとルーパートが抜刀しつつ前に出る。
 俺を追い越し、左右を固めるように、油断無くテトラの様子を窺う。


 「未だ、転移門を使える魔法士が居ることに驚いた。先ほどに居た者は大した魔法を行使できなかったようだったから、ここまで衰退したのかと落胆していたところだ」


 「ルシアンはどうした……!」


 先ほど、というのが、ルシアンであることを理解した俺は、嗤うテトラに問う。
 テトラを解放したのは、間違いなくルシアンなのだろう。
 それが事故なのか故意なのかはわからない。だが、少なくともここにテトラが存在し、そしてルシアンの姿が認められない以上、ルシアンに何らかの問題が発生したのは明白のように思える。


 「ルシアン……?……ああ、私を解放してくれた者か。それなら、そこに」


 その名前すらもぞんざいに、テトラは俺の背後を指さした。指先を追い、そして息を飲む。


 「きゃあ?!」


 同様に指先を追ったアイラが悲鳴を上げた。
 その先にある壁にもたれるように、血まみれになったルシアンがぴくりとも動かず転がっていた。


 「!……あれは」


 「メイド長?!」


 それと同じくして、他に別のものを視界に捉える。一つは、床に転がる見知らぬ剣士。
 そしてもう一つはうつぶせに倒れた、アーリィだった。


 一体何が起こったのか。その経緯はわからないが、それらが全てテトラの仕業である事は間違いない。


 「アイラ、パルミラ。三人を看てやってくれ」


 気にはなるが、テトラから目を離すことが出来ない俺は、さしあたり戦力外の二人に指示を出す。
 ルシアンも気になるが、アーリィについては正直、直接に確認がしたい。だが、今は自重しなければならない。
 背後で、あわてて駆け出す音が聞こえる。


 「……貴様」


 テトラを睨み、呻くように怨嗟の声を絞り出す。
 一刻でも早く、あの存在をこの世から抹消してやりたい。アルクツールから預かったものを後ろ手に握りしめる。


 「クリスを、返せ……!」


 じり、と間合いを詰める。
 何をどうすればいいかはわかっているが、切っ掛けが掴めない。かといって無策で突っ込むのは無謀に過ぎる。少なくとも、剣士と魔法士を戦力外へ葬る程度の力はあると予想する。無論、そんなことは最低の戦力分析でしかない。
 相手はテトラ―――伝説にある、最強の魔法士。


 「……返せ、と言うか。私からあらゆるものを奪ったオマエらが、それを!」


 突如テトラは激昂し、青い炎を纏わせた片手で眼前を払った。
 ずばん!と扇状に地面が砕け、その衝撃がこちらに伝わる。


 「Zi」


 目の前に迫る見えざる力は、前に出て手を突き出したアルクツールの、赤い魔法障壁に阻まれた。
 見えはしないが、破壊の波動が拡散し、その周辺にまき散らされる。地面がえぐれ、盛大に土砂が舞った。


 「……ほう、これをも防ぐか。面白い。以前であっても、そこまでの使い手は居なかった。三応門か。大したものではないか」


 「伝説の大魔法士にお褒め預かり光栄ですな!」


 魔法を防がれて尚、不敵に笑うテトラ。対するアルクツールは、同じように笑みを浮かべつつも、余裕があまり感じられない。


 事実アルクツールも天才と呼ばれたほどのな魔法士。
 しかし伝説を目の前にしてはやはり分が悪い。むしろテトラが言うほどには、良く対抗している。
 だが、このままでは分が悪いのは目に見えている。


 「バイド、ルーパート。私の事はいい。前に出て攪乱しろ」


 「はっ!」


 「了解ィ!」


 左右を固める二人の戦士に指示を送る。
 弾かれるように左右に分かれ、挟み込むように進んでいく。テトラとの間合いは微妙なものだ。これ以上近ければ、あのほぼ無詠唱の魔法を防げないし、しかし当たり前だが近接戦の間合いでも無い。
 だとすれば、二人を遊撃させたほうが数の優位を生かせる。


 必然的にこちらの守りは薄くなるが、中距離では戦士の守りは意味が無い。アルクツールに任せるべきだ。
 とはいえ、自分も最終的には前に出なければ意味は無い。


 「……小賢しい。この程度で私を奪えると思うな……Ziiiiii」


 左右より接近するバイドとルーパートに向かい、両手を広げるテトラ。
 その先の床が、爆ぜる。
 だが、明らかにそれは二人の未だ手前だった。目測を誤ったのかと一瞬思ったが、それはそのような甘いものではなかった。
 爆ぜる土砂の中から、何かが動き出し、それぞれ戦士に対峙する。


 「土兵を召喚しましたか……」


 呻くように、横のアルクツールが言う。
 それは土というよりも、岩兵だった。床と同じコバルトグリーンの岩で構成された巨人が二人の行く手を阻む。その豪腕が引き絞られ、二人に向かって放たれた。


 刹那、二人ともその場から飛び退き、相手を失った拳が派手に床を抉り、轟音とともに破片をまき散らす。
 様子から見て、二人が危険というわけではないが、それでもテトラに迫る勢いを失ったのは確かだった。


 「アルクツール。前に出る」


 状況はあまりいいとは言いがたい。
 このまま手をこまねいても悪化するだけだと判断した俺は、アルクツールに声をかける。


 「わかりました。その方がまだマシでしょう」


 完全に肯定するわけでもなく、まだマシなどと正直に言うアルクツールに諧謔的なものを覚え、笑みを漏らす。
 そして表情を引き締め、テトラを睨んで、歩を進める。


 待っていろクリス。すぐに助けてやる。


 目の前の地面が弾け、そしてそこから姿を現す土兵に向かい、俺は自らの剣を引き抜いた。


 指揮官は直接戦闘を行わざるべし。だが、例外はある。


 今が、そうだ。










 それからの戦闘は、加速度的にその激しさを増していった。
 テトラは更に土兵を生み出し、最終的にそれは6体にもなった。そのうち1体は、アルクツールの衝撃魔法により、砕けて粉々になっている。


 それでも正面に残る1体の攻撃を危うくかいくぐりながら、戦況を窺う。バイド、ルーパートも良く戦ってはいるが、速さはともかく力と何よりも防御力のある土兵を攻めあぐねている様子だった。それも2体同時に相手をしている。
 見方を変えれば、二人で4体の土兵を抑えているとも取れる。であるならば、正面の一体。それから、テトラそのものを俺とアルクツールで相手をすれば良い。


 アルクツールは詠唱に集中しているので、今は俺が前衛に出るしかない。この中で最大の攻撃力をもつのは、間違いなくアルクツールだった。彼の魔法ならば、土兵をも粉砕できるのは、既に証明されている。


 それが発動するまでの時間を稼ぎ、そして、土兵を破砕。一気にテトラを突く。


 頭の中ではそのような予定行動が組み上がっているものの、素直に言ってみればあまり自信は無い。
 土兵を生み出したテトラは、それ以上何も行っておらず、こちらを見物するかのように見ているだけだった。かといって隙があるわけでは無い。
 それだけに、もし土兵を倒したからといって、テトラをも倒せるかといえば、それは余りに楽観に過ぎた。なんとか隙を生まなければならない。


 「アルクツール。テトラを撃て」


 迫る土兵から距離を取り、詠唱を行うアルクツールに耳打ちする。
 おそらく、それが如何に不意を突いても、テトラはそれを防御するだろうと俺は踏んだ。万一それがまともに命中しても、クリスには魔法は通じない。それを信じるしか無い。
 そして、土兵をすり抜け、その隙を突く。


 だがそれは、アルクツールを危険にさらす行為でもあった。
 俺が土兵をすり抜けるということは、アルクツールが土兵の矢面に立つことに他ならない。しかもそのアルクツールは詠唱終了後の無防備を狙われることになる。


 「わかりました。タイミングはこちらで」


 それがわからないわけが無い。それでもアルクツールは、疑念も無く了承した。


 心の中で詫びる。だが、口には出さない。俺は軽く頷くと、振り回される土兵の腕をかいくぐり、側面に回り込んだ。一瞬目標を見失ったであろう土兵がこちらを向く。
 俺はそれに合わせて、身体を捻り、テトラに一瞬背中を向けた後、更に回転して振り向きながら地面を蹴った。


 瞬間、アルクツールの衝撃魔法が発動し、土兵と俺を追い越し、テトラに向かう。
 それを追いながら走る。目の前で、衝撃が青い靄に阻まれ、大きな衝撃音と共に土砂を跳ね上げた。


 俺はそれに向かって飛び込んだ。


 「―――クリス!」


 手を伸ばす。
 土砂が晴れる。その手の向こうに姿が見えた。俺を見るその顔は。


 「Ziiiiiii」


 ―――悪意に満ちた、笑顔だった。


 ずばん!


 「ぐあっ!?」


 俺に向かって払う片手から、それは放たれた。
 咄嗟に剣を交差させてそれを防ぐも、衝撃を抑えきれず、宙へと吹き飛ばされる。


 「レオン様!」


 俺を呼ぶ声が交差して耳に届く。
 殆ど意識が飛びかけていた俺は、それによって覚醒する。だが、次の瞬間には、俺の身体は床に叩き付けられていた。


 「がはっ!」


 背中を強かに打ち、肺の中の空気が強制的に吐き出される。
 その痛みが胸へと貫通し、顔をしかめ身体を強張らせる。直ぐに立ち上がるべきなのだろうが、身体が動かない。


 「く……かはっ……」


 「レオン王子!ぐっ!」


 呻く俺の向こうで、アルクツールの声と、派手な破壊音が聞こえた。
 今の賭けに失敗したツケが、アルクツールを襲ったのだと悟る。未だに呼吸すらもまともに出来ず痛みに喘ぎながら、目を細めてそちらを見た。


 それでも何とか土兵の攻撃を躱しながら立ち回るアルクツールの姿が見えた。
 まだ、最悪の事態には至っていない。


 「ごほっ!ごほっ!」


 「……生きているか。あの距離では粉々になると思ったが」


 漸く呼吸が戻り、咳き込む俺の耳に、テトラのぞっとする台詞が聞こえてくる。
 実際、そうだったのだろう。俺がそうならなかったのは、奇蹟に近い。右手の剣は衝撃によってひん曲がっている。左手に握り込んだそれは―――問題ない。
 安堵しながら、身体を無理矢理に起こす。


 「まあいい。一人ずつ確実に始末するとしよう」


 「く……」


 テトラが再び、俺に向かって手を翳す。
 先ほどはそれでも何とかなったが、次は確実に粉々になりそうだった。必死に身体を動かすが、未だ力が戻ってこない。無様にのたうつように後ずさるだけだ。


 「レオン様!」


 声と共に、襟元を強く引っ張られた。見ると、いつの間にかアイラが動けない俺を見てか、襟を掴んで引っ張っている。
 本人は引き摺るつもりなのだろうが、必死さに反してあまり動いてない。


 「早く」


 そして俺を庇うように背を向けて、パルミラもテトラに向かって立ちふさがった。
 どうやら、アイラが俺を移動させる時間を稼ぐつもりのようだった。
 両手に剣を持ち、油断無く構えている。その格好は如何にも勇ましくはあるが、だが、この場では力不足に過ぎることは明白だった。


 それに既に、テトラは今の魔法をもう一度行使しようとしている。


 「に……げろっ!」


 「小賢しい……Ziiiii」


 このままだと二人を巻き込んでしまう。
 わかってはいるが、身体が動かない。当たり前のように二人は逃げる素振りも無く、俺を守ろうとしている。
 何か無いかと周りを見ても、アルクツールにしても、バイドやルーパートも、動ける状態では無い。


 「―――クリス!」


 身体は動かない。助けも期待できない。
 俺は、一縷を賭けて、叫んだ。


 「クリス!!応えてくれ!クリス!!」


 「お姉様ぁー!」


 「クリス!」


 恥も外聞も無く、俺は絶叫した。意図に気付いたのか、アイラ、パルミラも叫ぶ。


 応えろクリス!俺たちの声に。


 その様に、テトラは青い炎の宿る振り上げた手を止めた。
 ―――通じたのか?


 「クリス―――?」


 と思う間もなく。テトラはニヤッと嗤い、その手を振り抜いた。


 床を破砕しながら走る衝撃波。俺は絶望の目でそれを見る。
 まずはパルミラに、そして俺たちを吹き飛ばすだろう。
 悔しい。まだ―――


 「っとォ」


 その衝撃波の前に、いきなり横合いから土兵が飛んできた。
 余りの出来事に驚く俺の目の前で、衝撃波を受けた土兵が、爆音を上げて粉々に吹き飛ぶ。


 「きゃあ!」


 「くっ……!」


 それでも吹き飛ぶ衝撃に当てられて、転がってくるパルミラを俺は受け止めた。
 破片を受けて傷だらけだが、別段命には別状は無いようだ。


 それよりも、何が起こったのか―――視線を巡らせる。


 「よぅ、王子サマ。俺を雇わねえか?」


 床に尻餅をついているアルクツールの横。土兵とも見紛う巨躯の男が、にやりと笑って応えた。
 手には長刀。傷だらけの体躯。


 「―――マドックス。何のつもりだ」


 それは間違いなく、要塞で俺たちを襲った暗殺者の姿に間違いなかった。

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