すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

64話 贖罪

 「ですが、悩む悪魔に、もう一人の悪魔が囁きます。その悪魔は言いました。命は奪っていないだろう。それに彼女も望んでいるじゃないか。だったら何を悩む必要がある。そして続けて言いました。君の研究も、成果を見たいだろう?と……確かに、そうだったのです。悪魔は、それが見たかった。命を奪う是非、相手が望んでいる是非。そんなものはどうでもよかったのです。それを見破られた私は、その言葉のまま、彼女を作り替えました。クリス。つまり、それが貴女です」


 「……つまり、お前はお前の欲望に従って、『クリス』を作り替えたっていうのか」


 「まあ、その通りです」


 アルクは拍子抜けするほど、あっさりと認めた。
 先ほどまでの、底冷えするような視線は鳴りを潜め、今はごく普通の顔をしている。
 言うことは言った。だから責めるなら責めろ。それは、そう言っているようにも見えた。


 「師匠!なんで、そんな……!」


 そしてそれに釣られ、アイリンが感情のままにアルクに食ってかかる。
 ただ、アイリンにしても、ある意味全面的に罪を認めている状態のアルクに、何を言って良いのかわかってないようだった。
 それでも、感情的には何かを言わなければ気が済まないのだろう。


 「正直、僕は何を言っても許されないと思ってる。でもあえて言えばね、その時の僕は、魅入られていたんだと思う。降魔石というもの、或いは魔法にね……つまり僕は、悪魔そのものだよ」


 「……」


 何とも言えない空気が漂う。
 もうこれ以上何も聞きたくない。そんな気分になってくる。


 だが、実のところ、アルクがそうしたというのがわかっただけで、それ以外の話は、既に知っていることでもあった。
 だから、俺が聞きたいのはそうではなく、そこにレオンと、ルシアン。そして、あのテトラの心臓がどう関わっているかだ。


 「……正直、アルクの贖罪なんかどうでもいい。それよりも、まだ言ってないことがあるだろ。そこを教えてくれないか。その後どうなったか、だ」


 そう冷たく言い放ち、自分が立ったままなのを思い出して、椅子に座り直した。
 アイラ、パルミラも、釈然としない顔で、同じように椅子に座る。当事者ともいえる俺が何も言わないので、わだかまりはあっても、同じように何も言えないのだろう。
 それを聞いて、アルクはむしろホッとした顔になり、自嘲気味な笑みを浮かべた。
 もしかすると案外、責められたくなかったのかもしれない。


 「実のところ、僕を唆したのは、ルシアン王子だったんだよね。だからといってルシアン王子が全部悪いなんて、言うつもりは無いけど。でも、ルシアン王子の目的は僕のとは少し違っていて、あのテトラの心臓。クリスをその受け皿にしようって話だった。まあ、そんなことを知ったのは、もう取り返しが付かなくなってからだったけど」


 「取り返しがつかない?」


 言いたいことを言ったからなのか、すっかり口調が元に戻ったアルクに俺は聞いた。


 「うん、多分知ってるとは思うけど、それから彼女は魔力暴走によって魂が飛んでしまったんだ。あれは、ルシアン王子が、彼女に何かを吹き込んだんだと思う。多分、レオン王子もそこで何かあったみたいなんだけど、実は詳しくはよくわからない。僕が気付いたときは、もう、彼女は壊れていたからね」


 「壊れていた……って。その元凶を作ったのは師匠なんでしょう?!」


 余りに淡々と語るアルクに、再びアイリンが激昂して立ち上がる。
 言いたい気持ちはわかる。俺だって、同じ気持ちだったからだ。ましてや『クリス』は確かにここに居る。あっさりと死んだと言われても、感情的に納得は出来なかった。


 「クリス!あんたも何か言ってやったらどうなの!あんたのことでしょ?!」


 「アイリン。怒ってくれるのは嬉しい。けど、今はアルクの話を聞かせてくれ」


 それでも俺は、アイリンをそう窘めた。
 怒りはある。だが、今はそれよりもはっきりさせたい。
 レオンは、一体『クリス』に何をしたんだろう。


 楡の木の下で、レオンは確かに『クリス』に会ったと言った。
 つまり『クリス』はレオンに会えている。レオンの言葉を信じるのであれば、レオンは結局そこで何が『クリス』にあったのか、わかってはいなかった。


 ただ、彼女は、裏切られた。或いは、裏切られたと思った。そう、感じた。それはなんだったのだろう。
 思い出してみる。


 『私と彼女の再会は、昔のようなそれではなく……儀礼的な中で』


 レオンはそう言った。
 記憶と、それを重ね合わせる。


 『会いたかった』
 『だから私は』
 『それなのに』


 ―――ふと、俺は『クリス』が何故、裏切られたと感じたのか、ほんの少しわかった気がする。
 もしかすると、レオンももうわかっているのかもしれない。


 何があっても信じてくれと、レオンは言う。


 ともすれば、それは自分勝手な言葉な気もする。だけど、それをわかっていたから、気付いたから、そう言ったんじゃないだろうか。
 10年前のその日、ほんの少しのすれ違いが、そこにあったんじゃないだろうか。
 そして、それが修正される前に、ルシアンが完全にそれを壊してしまった。


 『どうして』
 『兄様、どうして私を』
 『私はそのためだけに!』


 心の底から、少しずつ泡のように沸いてくる、記憶の断片。それは不完全で、淡く、微かでしかない。ただ、それが今、何かの形を取ろうとしている。


 それが切なく、哀しくて堪らない。


 会いたくて逢いたくて。ただそれだけのためにあらゆる全てを賭けてまで、レオンに会ったその時に、きっと『クリス』は―――


 レオンに会いたい。
 急に、そう思った。


 「……確かに、壊してしまった元凶は僕にある。だけど、その彼女の尊厳だけは守りたかった。だから、僕は彼女を隠した。アートルの遺跡にね。そして僕はルシアン王子の追跡から逃れながら魔導院を辞め、ビレルワンディでそれを見守る事にしたんだよ。アートルは便利でね。あそこにはまだ隠された迷宮が幾つもあるんだ。古代の技術によって彼女を保存するのは、打って付けだった。そうしながら、アートルを『枯れた』事にしながら、僕は守った。10年……10年だ。まあ……償うのには、足りないね」


 ここに来て漸く、今の俺と、『クリス』が交差した。


 やはり『クリス』はアートルにあって、そしてそこでバカな真似をした俺の魂が、彼女に憑依したというわけだ。
 ただ、そこは予想出来たが、その経緯がアルクによるものだったとは、想像もしていなかったが。


 「……ただまあ、そうして守っていたはずの彼女が、気付けば甦って、突然僕の前に現れた、わけだ……はは、あの時ほど驚いた事は無かったかな。そして……っと、いや、とにかく僕が言えるのはそんなところかな?」


 アルクは自嘲気味見に笑いながら、言うほど驚いた風でもなく、何かを言い淀んだ後、そのように締めくくった。


 その様に、俺は少しの違和感を覚えた。会ったときも、今も、印象としてはエキセントリックなアルクだけに、それは何となくに近い微かなものだったが、直感的には何かを偽っているようにも思えた。
 それ故の、その奇矯な振る舞いのように。
 それは自然と、ある結論に至ったが、俺はそれを口にしようとは思わなかった。
 直感であって、妄想に近いそれは、口に出すのはどうかと思ったからだ。


 「アルクさんは、クリスさんが好きだったんですねえ」


 そうすると、今まで全く喋らずじっと聞いているだけだったアイラが、あっさりと俺と同じ結論を口にした。


 「……なぜ、そう思ったかな?」


 突拍子の無い事に驚く俺や、アイリンを余所に、意外にもアルクは表情を変えず、笑みのままそう返す。


 「何となく、ですかねー。カンです。勘」


 怯まず返すアイラの言葉は、余りにもあやふやなものだった。
 流石にそれはアルクも面食らったようで、一瞬驚いた顔をした後、吹き出した。


 「あっはっはっはっ!いや、勘か。女の勘ってやつかな?ふふっ、成る程、それは十分な論拠だねえ。とはいえ、どうかな?10年前といえど、僕はまあ、30ちょっと手前。彼女は18。二回り近く、離れてる。それはちょっと犯罪っぽいかな。あははは」


 殆ど哄笑に近い感じで、アルクは心底楽しそうに、腹を押さえて笑いながらそう言った。


 確かに言うように、流石に年の差があるような気もする。
 アイラと言えば、そうやって笑われているにもかかわらず、じっと真面目そうな顔でアルクを見ていた。


 「あはははっ……はぁーあ……―――まあ、だからそれは好きとかそういうのではなかったよ―――ただ、まあ、大切には、思っていたかな……」


 一頻り笑った後、ふっと、アルクは我を取り戻したかのように遠くを見るような目線になって、そう、答えた。


 それは遠い追憶を追っているようにも見えた。
 それが今や、目の前にこうして居るのに、それを見ないのは、きっと、アルクの『クリス』を追っているからなのだろう。
 ほんの少し、申し訳ない気分になる。


 アルクの最後の言葉を考えると、アルクと、『クリス』の間で何があったのか想像するに、さっきとは違うモノが見えてくる。
 それこそ、俺の妄想かも知れない。それについては、『クリス』は何も、俺には教えてくれない。
 だからこそ俺は、それが何とも言えない寂しいもののように感じた。


 「そういう顔は、しなくていいんですよ。クリスと同じ君にそういう顔をされると、僕が哀しくなる。さあ!それよりもですよ。君は他に聞きたい事があるんじゃ無いですか?……例えばレオン王子の事とか」


 そうだ。
 確かにそれが一番知りたいことでもある。レオンは一体、何に関わっているのか。あの不気味な封印。テトラの心臓にどう関わっているのか。ルシアンと、何をしようとしていたのか。俺は、どうして必要だったのか。


 そうした全てが、気になって仕方ない。


 でも。


 「……知りたいけど、今はいい……」


 ボソボソと、自分でもどうかと思うぐらい、小声で俺は言った。


 知りたい。
 だけど、それは今、ここで聞いて良いことでは無いような気がする。レオンの居ない、ここでは。


 そして、できればレオンの口から聞きたい。
 そうでなければ、きっと後悔すると思うから。多分、何かのわだかまりが出来るような気がするから。
 何かの想いがすれ違ってしまうかも知れない。『クリス』のように、それが取り返しの付かない事になってしまうかも知れない。


 それだけは、嫌だった。


 「そうですか」


 それがわかってなのか、わかっていないながらなのか、あっさりとアルクは口を閉じた。
 何故?とか聞かれると思って構えていた俺は、その様子に拍子抜けしてしまう。


 「ところでレグナム。レオン王子はどちらに?」


 そしてアルクは、そのまま衝撃的な事を、レグナムに聞いた。
 ある意味、それは俺が聞きたい事でもあった。てっきりアルクが考えを持って、ここにレオンを呼んでないんだと思ってた俺は、意外な台詞に驚く。


 そういえば、アルクはともかく、レグナムはそもそもなぜここに居るんだろう。何か話すのかと思えば、最初にお菓子を出しただけで、後は一人悠々とお茶を楽しんでいるだけだった。殆ど空気だ。


 「……レオン様は間違いなく、現在監視を受けているでしょう。ですから、レオン様がこちらに来られるようでしたら、クリスの居場所がバレてしまうことになります。一方で、相手側にマドックスが付いていて塀の中に居る事が確定している今、下手に動いてレオン様に万一があってはいけません。バイドを付けていますが、それだけでは不安です。ルーパートが現在帝都に向かっていますので、それを待つのが得策です」


 話を振られて、いきなり長口上をはじめるレグナム。


 そういう、ことか。


 それでもレオンはこっちの事を考えて、ここに来ていないだけなんだ。
 その事実は、俺を少しホッとさせた。何らかの事情で……例えば、それが本当の意味で俺を裏切っている結果、ここに居ないわけではないという裏付けが欲しかった俺は表情に出さないよう苦労しつつ、内心胸をなで下ろす。


 信じてなかったわけじゃ無い。
 何があっても信じて欲しいと言ったレオンを、俺は信じると決めた。
 ただそれでも、わからない事は不安だった。
 俺は弱いな、と、自嘲する。


 「一応言っておきますが」


 そんなことを考えていると、レグナムが言葉を繋げた。


 「昨夜、クリスが居なくなったことに気付いたレオン様は、それはもう酷く狼狽しまして、宥めるのに苦労しました。アルクと私が接触を持ち、当面の危険はないことがわかるまで、レオン様の心中を思うに、相当だったと思います。これは、あなたの軽率な行動により引き起こされた事でもあります。そこは素直に反省すべきでしょう」


 容赦ないレグナムの指摘に、俺は言葉を無くした。


 わかってはいるが、言われるのも仕方ない。レグナムの言葉は、ある意味、レオンの内心でもあったと思う。


 『何やってんだお前は』


 そういう事だろう。
 そして、レオンの昨日を思えば、本当に辛かった。俺を守ると言った手前、レオンはきっと必死に俺を探したに違いない。
 唇を噛みしめて、俯く。


 「それから、パルミラ。あなたはクリスの従者なのですから、クリスのやることに唯々諾々と従うだけではいけませんよ。従者とは、危険が迫ったときそれを排除するのも当然なのですが、本来は、そもそも危険にあわせてはいけません」


 「いや、レグナム。それは俺が……」


 「いい、クリス。レグナムの言うとおりだから」


 レグナムの言葉はパルミラまでに及ぶ。俺はそれを庇おうとして、当のパルミラに止められた。
 見ると、消沈としながらも、気丈にも俯かずレグナムを見るパルミラがいた。


 「でも……」


 「私は、言われなければならない。私はクリスの騎士だから。だから言われるよりも、言われない方がずっと辛い……」


 パルミラはそう言って、ぺこりとレグナムに頭を下げた。
 酷い罪悪感に襲われて、いよいよ何も言えない。

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