すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

56話 変わらない日々

 あの騒乱の日から、数日がたった。
 あの日のことは、俺たちの中で殆ど無かったことのように扱われ、話題に上ることは無い。
 結果、そこからは大きな問題も無く、それぞれがそれぞれのことを頑張っている。


 俺は引き続き、上流階級の立ち振る舞いを修行中だ。
 内容は同じく、礼儀作法一般、言葉の遣り取り、歩き方、食事の取り方、etc。
 加えて一般教養と称し、机の上での授業も行われる。


 そもそも授業と称するものを、これまで一度も受けたことがなかった俺は、これが一番堪えた。文字は大体読める。だが、書く方はからっきしだった。実は帝国語で書けるのは自分の名前とあと幾つかだけで、まともに文章など作れない。アイラの事など、とても笑えるものではない。
 そうした読み書きから始まって、帝国の歴史一般や、社会情勢、上流階級的常識など、あらゆる事をたたき込まれる。


 そうした修行は、大抵はアーリィによって行われるが、場合によってはその他のメイドによる場合もある。殆ど完璧超人であるアーリィだが、そうかというと流石に俺ばかりにかまけているわけにもいかず、本人曰くには、かなり仕方なく分業するという事だった。


 例えばある日の授業は、メイドの一人、トワによって行われた。内容は、社会情勢について。


 「言うまでも無く我が帝国は三大列強の一角にして、近傍七カ国を衛星国家に持つ、世界最大国家である。世界史上、これ程の強大な領土を有した単一国家は現在まで存在しない。この辺りは、恐らく歴史にて習ったものと思う」


 ここまではいいか?と言わんばかりに、そこで言葉を切るトワ。背が高く、そしてアーリィ以上に怜悧な印象を受けるトワの、その敬語すら無い端的な口調が、教師的立ち振る舞いに恐ろしく合っている。あと眼鏡。


 そんな授業は、主にレオンの事務室で行われた。館には特に授業を専門に行うような場所が無かったのと、レオンは日中、登城していて居ないこと。それから、何しろ生徒が俺とアイラと、場合によってはパルミラの最大でも三人だったのでそれで問題ないとされた。唯一手を入れたといえば、大きな黒板が壁に設置されたぐらいだろうか。


 最初は食道で行われていたが、昼や晩になってくると、厨房が近いため臭いにより集中力が途切れるという理由で変更になった。如何にも俺達らしい理由だった。
 ちなみに今、講義されているのは俺だけだ。社会情勢ともなると、一介のメイドに過ぎないアイラにはその知識は必要ないということなのだろう。アイラはアイラで他にも十分することがあるのだ。
 とはいえ、だとしたらトワは何なのかということになるが。


 「さて現在の世界情勢だが、ここ数十年の間、幸いにも世界は大きな戦いも無くおおよそ平和な時期が続いている。あえて言えば、安定期だ。これは別に、我が帝国が平和を望んでいるからという腑抜けた理由では無い。表向きは、そのようなことになっているがな」


 ニヤッと笑って眼鏡の縁を押し上げるトワ。なんというか、内容が結構スレスレな気がしなくも無い。しかもここは、そんな帝国の第三王子の館だというのに。


 「では、それは何故か?!クリス、答えてみるがいい」


 ビッと、どこから取り出したのかわからない指揮棒のようなものを俺に向ける。なんというか、一々芝居がかっていて見ていて楽しくはある。


 「ええ、と、他二強国との条約によって?」


 何かそんなことを聞いたことがあるような気がしなくも無い事も無い。
 要するにあやふやだ。


 「ふむ……それは良いところを突いているが、半分正解といったところだ。確かに他二強、連邦及び王国との大条約が結ばれたのは、知っての通りだと思う。だが、この条約は戦闘における協定、即ち、戦闘行為そのものに対するルール決めが主な内容であり、別に戦争行為そのものを禁じているわけではない。例えば内容としては、こうだ―――戦闘力を喪失し、また恭順の意思を示す相手を俘虜として扱う。俘虜を殺害若しくは虐待してはならない―――成る程、近代的なものだな」


 フッと鼻で笑う。
 そうした態度が様にはなっている。惜しむらくはメイド服姿だと言うことだろうか。
 この人、軍服とかのほうが似合うんじゃ無かろうか。


 「では、本当の理由とは何か。これは、今現状、戦争を行っても利が無いからだ。平たく言えば儲からない。損をするだけだ。現在、三大列強が鼎立している状況で、例えば我が帝国が不倶戴天の敵である連邦に全面戦争を仕掛けた場合、どうなると思う?」


 「まあ……王国から攻められるかな。多分」


 「その通りだ!それは火を見るより明らかだ。三大強国の中でも最強を誇る我が帝国でも、その他二国に攻められては苦戦は必定。二正面作戦という不利を背負わざるを得ないだろう。結果は言うまでも無い。これは他の二国でも同じだ。故に、三大強国による直接的な戦争は、現状は起こりようがないというわけだ」


 「じゃあ、この先、三大国家がある限り、大きな戦争は無いと言うことか」


 「いや、そうでもない」


 トワはそう言いながら、両腕を組む。そうすると彼女の結構でっかいバストが押し上げられて目立つ。案外エロい体つきだよなと、不謹慎なことを何となく俺は思った。
 いや、それはいいんだ。それは。
 何故今の話で否定されるのだろう。そういう話の流れだったと思うが。


 「攻めたいが、攻められない。ならば、自ら弱体化するように仕向ければ良い。つまり内乱の類いだ。要するに私が言いたいのは、この時期であるからこそ、そうした内乱の目を未然に防ぐために基盤を固めなければならない、という事だ。その為には、やはり帝の血筋をしっかりと残すことだな!つまり!」


 盛り上がるトワに、なんか嫌な予感がする。


 「クリスティーン・ルエル・フェルミラン!あなたがレオン様に嫁ぐことによって、より帝国は強化されるということなのだ!自らの重要性がわかっただろうか?」


 ここで、それに繋がるのか……。
 というか、貴様とか言われるのかと思ったら流石にそこは自重したか。
 いやしかし、嫁ぐとか言われてもなあ。どうやら、そのフリという話はメイド連中にも伝わっていないらしい。
 それはともかく。


 「……血筋が重要なのはわかったが、変に血筋が残っても、それはそれで内乱の種になるんじゃないのか?」


 例えば、跡継ぎ的な問題で。
 ありがちすぎる話だけに、気になる部分ではある。少なくとも第二王子に対して第三王子はあまり良い感じとは言えそうになかったと思ったが。


 「……まあ、その向きもある。だが、内乱を恐れて子をなさないというのも、それはそれで問題だしな。万が一にも血筋が絶える方がより大事に至るだろう。故に―――」


 とにかく、トワの話を総合すると、最終的に子を作りなさいよという話に落ち着いた。
 いや、飛びすぎだし……そもそも結婚しないしな。
 その辺り、習う必要があったのだろうか。かなり疲れる。
 それよりも、この盛り上がりようを思うと、レオンはどうやって最後に無かったことに持って行くつもりなんだろうと、そればかりが気になった。
 不安だ。










 トワの講義が終わり、疲れたまま、中庭前の廊下を歩く。確か次は、礼儀作法だったはずだ。あれもしんどい。自然と足が重くなる。
 そんな俺の耳に、木と木がぶつかる乾いた音が聞こえてきた。目を向けると、中庭でパルミラと、メイドのラクロウが模擬戦をしている最中だった。
 パルミラはあの日の翌日、レオンに剣を返して貰い、そして同じように振る舞う事を許された。もちろん、初めは流石のパルミラも、ぎこちなくも大人しくしていたが、メイド達の気遣いもあってだんだんと元の調子に戻っていった。
 それにパルミラ的に何か吹っ切れたこともあったのか、偶に笑顔を見せるようになったのもいい傾向ではある。
 最近では、今のようにラクロウと模擬戦をしているところをよく見かける。


 「行くよ!パルミラ!」


 「……わかった」


 ラクロウが突っ掛ける。両手にナイフを模した木の棒を握って。
 流石にパルミラほどでは無いが、ラクロウもメイド連中の中ではかなり小柄な方で、その戦闘スタイルもパルミラとよく似ている。
 そうかと言えば、性格は真反対な感じで、ラクロウは見た目相応な快活さで口数も多い。逆にだからこそ、二人は馬が合うのかもしれない。ラクロウが引っ張る感じだ。


 「とおおおお!」


 騒がしく叫声を上げながら突進するラクロウを、迎え撃つパルミラ。小剣とナイフの木剣でそれを止める。


 良い勝負だ。


 そもそもメイドが戦闘などと、と、当初は思っていたが、どうやらアーリィは、いざとなったとき主を守るのも役目とばかりに、戦える者は戦うという方針をとっているようだった。
 とはいえ、わかる限りには、戦えるのはアーリィとラクロウだけらしい。如何にも軍人めいたトワが戦えないという事実は置いといて、ラクロウはしょっちゅうパルミラと戦っているのでそれはわかるが、他のメイドが言うには、アーリィもそれなりに強いということらしい。さすがはアーリィ。最早なんでもありだ。
 確かにあの夜、ナイフを構えていたし、明らかにその雰囲気は、素人のそれじゃ無かったが。


 「いだっ!」


 思ってる間に、パルミラ対ラクロウの勝負がついた。今回は、パルミラがラクロウの一瞬をついて体当たり。ラクロウを地面に転がしたところで決着だった。


 「いててー、体当たりかぁ。予想出来なかったわ」


 腰をさすって身を起こすラクロウに、自然に手をさしのべるパルミラ。
 当たり前のようにラクロウはその手を取って、起き上がった。


 「もう一回だよ!次は負けないし!」


 「望むところ」


 フッとパルミラが笑みを見せる。
 良い傾向だ。










 中庭前の廊下を抜け、応接室の扉を開ける。
 すると、そこにはメイドのカレンが一人ぽつっと座っていた。


 「あれ?カレン?アーリィは?」


 何時もは礼儀作法となった時、その教鞭を執るのはアーリィだった。そのアーリィの姿は無く、カレンが居るということは、今日の講師はカレンなのだろう。


 「メイド長は、先ほど城の方にお使いに行かれましたわ。ですから、今日は私がクリス様の指導を任されておりますの」


 「そうかー……とと、よろしくお願いします」


 「はい、よろしくお願いします」


 先ほどとは違って、口調を改めカレンに軽く会釈をする。少なくとも礼儀作法の講習では、口調もきちんとすべきという教育方針だった。扉を開けて応接室に入ったら、そのルールが適応されるので、アーリィだったら既に2回ほど俺は怒られているだろう。


 そんなアーリィは、城へお使いということだった。メイド長なのにと思うが、事、目的が城関係の場合は、アーリィが直接行かなければならないらしく、その場合こうして講師の交代が発生する。そうすると、代打は大抵カレンだった。


 カレンを一言で言えば、上品な女性だった。
 どこかおっとりしていて、話し言葉も常に丁寧。歳もそれを裏付けるように、45歳で最年長。聞けば、メイドの中で唯一の既婚者で―――そして未亡人でもある。子供は居ない。
 そんな最年長の彼女を差し置いて、アーリィが何故メイド長なのかといえば、そこは純粋に性格の問題だった。基本的には控えめであって、決して表にでようとはしない。とはいえ、そもそもメイドというものはそういうものの筈なのだが、その辺はレオンがそうしているのだろうし、きっと様々な理由があってアーリィをメイド長として選んだのだろう。


 それでも流石は年の功があり、アーリィですら、カレンに一目置いている節がある。カレンには、そうさせるだけの静かな凄みがあった。何時も柔らかな笑みを浮かべながらも、隙が無い。


 「ではクリス様、今日も歩き方の復習からはじめましょう」


 「えぇ……またですか……」


 つい、俺は不満の声を漏らした。


 歩く練習。
 それは、もう毎日のようにやっている事だった。やることはただ一つ。
 真っ直ぐ歩く。それに尽きる。
 アーリィと、カレンで、そのやり方が少しだけ違うが、それはただ、スパルタなのか、そうでないかの違いだけであって、基本は何も変わらない。


 歩く。ただひたすら歩く。
 だが、これが意外に辛い。歩くと言っても、俺が知ってる行軍とかそういうのとは全く違う。歩く姿勢を、矯正するのだ。
 およそ歩く行為などというものは、それこそ物心付く前から万人が経験している。それだけに、歩く姿勢などといっても、何十年という染み付きがある。
 それを矯正しようというのだから、それはかなりの大事だった。勿論、最初は本当に甘く見ていたが、やってみて初めてわかる。心底つらい。終わった頃にはへとへとになる。


 そもそも俺は根っこは男だけに、いよいよな話だった。やり始めるまで、自分が結構がに股気味だったことに全く気付かなかった。言われるまで女と男の歩き方の違いなど、意識したことも無かったから当然とも言える。


 「歩くことは基本なのですから、何度も繰り返して身体に覚えさせるのが大切なのですわ。ようやく身についてきた事ですから、このまま元通りにならないよう、しっかりと繰り返しておきましょうね」


 ……いや、元通りにならなかったら困るんだがな……


 悪意無く恐ろしいことを言われた俺は軽く戦慄しながらも、言うとおり床に引かれた線の端に立つ。
 右足のつま先を真っ直ぐ前に線を踏む。手は力を入れず、お腹の前で交差させて組む。背筋を伸ばして、顎を軽く引く。目線は真っ直ぐ前を。
 そのまま左足を前に線を踏む。気持ちつま先から先に接地。身体を揺らさないように、注意……。そのまま。いち、に、いち、に。


 「素晴らしいですわ。今の歩き方を忘れないようにしましょう。では、そこで反転してもう一度」


 褒められて、嬉しくない奴など居ない。
 内心ではかなりフクザツではあるが、どうにも上達しているのは確かなようだった。
 良いことなのか、悪い事なのか、段々よくわからなくなってきてる気もする。
 取りあえず、今は何も考えないようにしよう。
 そう決めて、俺は素直に反転し、もう一度つま先を線の上に載せた。










 昼前頃、やっとカレンに解放された俺は、へとへとになりながら食堂に向かう。実際、腹は減った。勿論ちゃんと朝は食べているが減るものは減る。それだけ大変だってことだろう。
 食堂を覗くと、まだ配膳されていなかった。そうかといえば、厨房から良いにおいがするので、間もなくなんだろう。
 とはいえ実際お腹は減ってるので、本能的に食堂に入り、そしてそのまま突っ切って、厨房を覗いた。
 今日のお昼は何だろ。肉焼いてる臭いするなあ―――そんな気持ちだ。


 「アイラ、お皿おねがいっ!」


 「はーい!」


 そこでは三角ずきんと、エプロンのメイドが二人、慌ただしく右往左往していた。
 というか、一人はアイラだった。もう一人は、ミーシェ。浅黒い肌をした南方出身の女の子だ。白いエプロンが映える。


 見た目、ラクロウと同じぐらい活発な印象を受けるが、意外なほど繊細で、こだわりが強い。それだけに、殆どの場合厨房を一手に取り仕切っていて、俺たちが来る前は誰も厨房に入れないほどだったらしい。
 アイラが来てからというもの、何だかんだあって渋々アイラを受け入れたそうだが、俺にとっては心底意外ではあるが、ミーシェ曰くアイラはスジが良いらしく、今では二人で食事を賄っている。
 アイラの事だから、天然ドジを連発して皿を割りまくるんじゃないだろうかなどと俺は思っていたのだが。
 本人に言ったら、わりと本気で怒ったので、それ以来考えを改めることにしている。


 厨房では、ミーシェの言葉通り、アイラがお皿を並べて、そこへミーシェが焼いた肉をフライ返しで丁寧に一つ一つ盛りつけていく。その後、小さな鍋を持ってきて、ソースっぽいものをサッサッと皿の上にかけ回した。素晴らしい手際だった。


 「いいよっ!アイラ、パセリ散らしたらそのまま持ってって!」


 「はいっ」


 アイラがボウルを持ってきて、その中から多分刻んだパセリを一つまみ、皿の上に散らす。アイラらしからぬ真剣な目つきだった。
 頑張ってるなあと、思わず感心する。
 ああでも、最初の頃はしょっちゅう厨房から怒られる声が響いてきたものだが、パセリとはいえ、こういうの任されるようになったんだな。偉い!頑張れ。
 そう無責任に、影ながら応援する。


 「持って行きまーす!って、お姉様?!」


 そんなことをしてたら、あっさり見付かった。当然だった。


 「あー、ごめん。邪魔するつもりはないんだ」


 「姫様。もう少しで準備できるから、食堂で待ってて欲しいかなー」


 ミーシェが迷惑と言わんばかりに……ではなく、少し恥ずかしそうにはにかみながら俺に言った。
 理由はわからないが、ミーシェは自分が料理している様を見られるのを純粋に嫌う。曰く、恥ずかしいらしい。何故恥ずかしいのかはわからないが、アイラが言うには、ボソッと『南部人の私が料理なんてねー』などと言ってる事があったらしく、本人的に何か葛藤があるのかも知れない。コンプレックス的なものとか。


 実際、ミーシェが誰も厨房に入れない理由は実にそこが本音らしく、こだわりとかそういうのは二の次のようだった。


 「ん、ごめん。わかった」


 顔を真っ赤にするミーシェに心底悪い事をしたような気になって、手をヒラヒラさせながら食堂に戻った。椅子に座ると、追いかけるように後ろからアイラが来て、器用に4つ持った皿の一つを俺の前に置いた。


 「もう、お姉様。厨房は覗かないでって言ったのに」


 「うん、ごめん。腹減ってたからな」


 そう理由になってないような事を言いながら、更に目を落とす。
 白い大きな皿の真ん中に、焼いた肉が一つ。その周りを色鮮やかな緑のソースが取り囲む。肉の上には、さっきアイラが散らしたパセリが、彩りとしてアクセントを加えてあった。素直に、綺麗なもんだなと感心する。


 「まだ食べちゃ駄目ですよ?―――みんなー!ご飯ですよー!」


 そう釘を刺してから、アイラは厨房に戻りがてら、およそ館に相応しくないやり方で、お昼を告げる。
 ひょっとしたらこの為にアイラはここに居るのかと、俺は一瞬思った。あの様子だと、ミーシェがこの役をするのは想像出来なかった。
 そうすると、何となくぞろぞろとメイド達とパルミラが食堂に集まって、席に着き始めた。アーリィはまだ戻ってきてないようだ。席が空いている。


 その間にも配膳は進み、全員が席に着く頃、丁度全ての料理が揃う。
 そのままエプロンとずきんを取ったアイラとミーシェが最後に席に座り、俺の号令で昼食が始まった。号令は、何時ものアレだった。最近は、あまり抵抗はない。


 フォークとナイフを手に、メインの肉から食べる。実際は、スープからの筈なのだが、アーリィも居ないし、気にしないことにした。何しろお腹が減っているのだ。
 口に入れる。美味い。流石ミーシャだと思う。


 「クリス様も、食事の仕方が様になってきましたわね」


 「ん?」


 肉を咀嚼しながら、カレンを見る。今今、アーリィ居ないからいいやと思ってた俺は、思いがけない事を言われたことに、不思議な気分になった。


 「そう?」


 飲み込んでから、いつも通りにこにこしているカレンに声をかけた。
 すると、トワが深く頷きながら後を繋ぐ。


 「そうだな。最初の頃は、見るに堪えなかったぞ。どこの野蛮人かと思ったものだ」


 フフとニヒルに笑うトワ。
 ……そんなに酷かったのだろうか。軽くショックだ。要塞の晩餐とか、記憶には無いが実際どんな目で見られていたのだろう。


 「今は姫様って感じがかなりするよね!」


 「それは結構思うかな。上品だもの」


 ラクロウと、ミーシェにそれぞれ褒められる俺。
 何とも言えない気分になって、アイラとパルミラに視線をやるが、さっと目をそらされた。肩が震えているのを見るに、笑っているようだ。真実を知っているだけに堪らないのだろう。覚えてろよ。










 それにしても。
 食事が終わって、ナプキンで軽く口元を拭きながら思う。
 平和だった。
 思えば今までずっと、何かしらの緊張感をもって生きてきたような気がする。
 こんなに何も考えず平穏な日々を過ごすことは、一度も無かった。
 この街に初めて来たとき、それが俺には相容れなくて、イライラした気持ちにもなったはずなのに、今ではそれに順応している。
 忙しく疲れはするけれど、別にそれは命がけとかではない。


 こんなんで良いのだろうか。
 フッと不安に思うが、同時に、こういうのも悪くは無いと思っている自分も居る。
 それでも少しの不安が、頭に残った。
 それは、何かを忘れているような、そんな引っかかるようなものだった。


 それがなんなのか、俺は割とすぐに思い知らされることになった。

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