すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

49話 壁の向こう

 帝都、グラナダス。


 帝国が、通常その正式名称である『グレアストロイデル帝国』と呼ばれず、ただ帝国の一言で済まされてしまうように、帝都グラナダスもまた、通常では帝都と、それのみで呼ばれる。


 もちろん、帝国と呼ばれる国は、この世界にはそれなりに多い。その国を統治する者が、皇帝と呼ばれるならば、それが大きかろうと小さかろうと、間違いなく帝国と呼べるからだ。
 ただしそれでも、帝国と、それのみで呼ばれた場合、殆どの場合、このグレアストロイデル帝国の事を指した。
 何故なら、その強大さ、そして歴史の深さが、他の帝国呼ばれる国々の追随を許さないほどに圧倒的だからだ。世に三大列強と呼ばれ、その中でも最強を自負するに足る程の国力を持つことは、今現在にして、疑いようのない事実だった。


 故に、帝都も、同じくそのような認識になる。
 少なくとも、帝国領民であれば誇りを持って『帝都』と短く呼んだ。それ以外の帝都を認めないと言わんばかりの傲慢さをもって。
 ただ、国がそうであるように、その首都もまた、それを肯定するかのような威容を誇った。


 人口56万。あらゆる富と文化を極めたと呼ばれる巨大都市が、今、俺たちの目の前にあった。


 「す、ごーい!」


 馬車から身を乗り出すアイラが、そう声を上げた。


 無理も無い。俺はそれでも何度か訪れているだけに、それ程には感嘆することはないが、何度見てもその威容に気圧されてしまう。
 圧倒的なほどに高い城壁が、未だ遠いこの場所からでも冗談のように見える程、そびえ立っているのがわかる。それは、見えなくなるほどに遠くまで連なり、超巨大都市としての外郭部を構成している。


 そして外から見えるのは、それだけでは無い。
 都市はなだらかな丘の頂点を中心に作られたと聞いている。
 その為、その丘陵の裾野を外郭として、内部は中心に向かって高度を上げていく。それだけに、内部の城郭群は、この距離だと城壁の上に見え、そしてそれは中央に近づくにつれ、高さを増していく。
 うっすら霞んで真ん中に見えるのは、皇帝のおわす世界一の城と呼ばれるストロイデル城。それが霞んで見えるとはいえ、ひときわ高く聳えるのが見える。もはや、どれほどに高いのかすらもわからない。
 少なくとも、初めてその都を見る万人が、等しく何らかの感銘を受ける。
 帝国の強大さの象徴。それが、帝都だった。


 「あんまり身を乗り出していたら、危ないですよ?」


 珍しく馬車までその乗騎を寄せたレオンが、興奮冷めやらぬアイラに注意を促す。といっても、やはりその様子が微笑ましく見えるのだろう。その顔には笑みが浮かぶ。
 実際、この光景に驚かない者は居ない。そして、人の驚く様というのは見てて案外楽しいものだ。


 「パルミラは帝都は初めてじゃ無かったな」


 アイラが乗り出す窓の隙間から、外を見ながら俺は馬車の中でまんじりとして動かないパルミラに声をかけた。
 椅子に腰掛けたまま、剣を膝抱きにするパルミラは、心持ち俯いて心ここにあらずという体をしている。


 「そう」


 そしてそのままぽつりと漏らした。


 以前、パルミラはあまり帝都には来たくないと言った。
 とはいえ、ここまで盛り下がるほどとは思わなかった。レオンに注意され、なおはしゃぐアイラとはあまりにも対比的だった。


 まあ、人それぞれだろうよ。
 そう思い、パルミラをそっとしておくことに決める。


 帝都の外郭まではまだ距離はあるが、段々と民家の数が増えていく。密度的には殆ど街といっても差し支えない。
 本来の帝都と呼ばれる部分は当然、外郭の中なのだが、その巨大さと利便性の高さから普通に壁の外にも街が広がっている。


 既に馬車はその通りを抜けていく。
 通常、庶民的に外からこの帝都に来れば、触れられる範囲はこの下町とも言える外郭周辺街になる。
 俺の記憶にある帝都も、そもそもがこの周辺街であって、壁の中にまで行ったことは一度も無い。恐らくパルミラも同じだろう。


 そうかといえば、別段それで不便であるなどということもない。
 周辺街といえど巨大な帝都のこと。十分過ぎるほどに栄えていて、下手な街よりも余程利便性が高い。前も言ったが、冒険者ギルドなども周辺街にあって、冒険者としては普通に内部に入る必要性が無い。
 そうかといって必要があれば内部に入る事が出来るのかといえば、そんなことはない。
 外郭の門は常時何十人もの衛士によって守られていて、余程の理由が無い限り、そこを通過することは出来ない。ひょっとすると、周辺街に住居を構える住民ですら、一度も内部を見たことが無い者がいるのではないかと思う。


 話によれば、内部は所謂一部の特権階級や、裕福である者、余程の一芸を持つ者以外は住むことはおろか、入る事すら許されていないと言われていた。
 とはいえ、実際別段入りたいと思わなかった俺は、酒場でその話を聞いたときも、ふーん程度で聞き流していたが。


 ……当然、中に入ってしまうんだろうなあ……


 思いがけないところで、初帝都内部を体験しそうな俺は、不思議な感慨深さにため息をついた。


 帝都内部。
 それは、外縁に住む殆どの住人にとって、或いは帝国の臣民にとっての、憧れの場所だ。
 いつかは行ってみたいなどという言葉は、ここでは当たり前のように耳にする。外縁部住民にとっては、何しろ直ぐ側にそそり立つ壁があり、そして少なくともその内部に何があるか、少しだけはわかっているのだ。


 この少しはわかるというのが、如何にも罪作りだった。
 俺たちが今見ているように、はっきりとはわからないが、凄い事だけは嫌でもわかる状態で、でも近くにありながら決して直接目にすることはない。
 だからこそ、壁の外の住民達はその中を見ることを憧れ、そして殆どはそれを目にすることもなく一生を終える。
 そうであるならば、いよいよにその壁の中を見たいと望むのは、最早人の性というものだろう。
 一生に一度、その中を見たい。入ってみたい。いつかは、あの中に住みたい。
 そう望むのは、当然のことなのだ。


 とはいえ。
 そういうことを、冒険者であった俺は、特に思わなかった。
 なので、今何気なくその壁の向こうに行こうとする俺は、酷く運命というものの皮肉を感じる。心から渇望している者が居る一方で、俺のように何事も無かったようにそれを達する者も居る。
 これを皮肉と言わず、なんと言おう。


 馬車は下町を抜け、その壁に近づいていく。
 近くで見ればいよいよ城壁がのし掛かるように俺たちの眼前に迫ってくる。その高さは既に見上げるほどであって、俺は酷く重苦しい気分になった。
 確かに凄くはあるが、凄すぎてどことなく怖い。そんな感じだ。
 周辺街は殆ど無秩序に家々が立ち並ぶが、この城壁正門に通じる道だけは、完全に整備されていることもあり、密集する家々を広く貫いている。
 それは一種異様な光景でもあった。街が割れているようにも見える。


 その立派すぎる道の真ん中を、親衛隊は行進し進む。
 他に往来が無いわけではない。
 ただそれでも、周囲から取り残されたような、不思議な寂しさを俺は感じた。レオンとかは普通に、この道を行き来しているのだろうが、慣れてしまえばどうも思わなくなってしまうのだろうか。


 「なんだか、怖いですね」


 近づくにつれ、アイラも同じ事を思ったのだろう。窓から体を離し、馬車の中に戻ってきた。
 ボンヤリするパルミラの横で神妙な顔つきで座る。
 代わりに、俺は窓から顔を出して、外を見た。


 確かに、怖いのだ。
 あまりに大きすぎること、そして、その向こう側に行くということ。
 何と無い不安が、俺を苛む。あの壁を越えたら、もう外に出ることが出来なくなるのではないか、などという妄想がなぜか俺の頭をよぎった。


 「どうしました?」


 並列して馬を歩ませるレオンが、話しかけてきた。
 レオンの何時もの出で立ちに、素直にホッとしてしまう。取りあえず、大丈夫。そんな気持ちが俺を満たした。


 「いや、何でも無い……ただ、もうすぐ城門だなって思ってさ」


 何時もなら、ぶっきらぼうに済ましたかも知れない。ただ、何と無い不安もあって、俺はレオンにそう返す。


 「不安、ですか?」


 そうすると、直ぐに内心を見抜かれた。ドキッとするが、それでも悪い気持ちにはならない。むしろ、それが嬉しいような気分になって、俺は薄く笑みを浮かべた。


 「……まあね。不安じゃ無いって言ったら、嘘になるかな」


 「ふふっ、あの中では私が守りますので、安心してくれて構いませんよ」


 ―――それはレオンらしくないほどの、断言だった。それを、すました顔で言う。
 俺は少しだけ息を飲んで、下唇を軽く噛んだ。ともすればにやけそうになってしまう口元を抑えるために。


 「あ……たりまえだろ。しっかり守れよな……」


 そんな嘯く声が、尻すぼみになる。恥ずかしくて、俺は顔を逸らした。
 何を言っているんだ俺は。そんな気持ちで一杯になる。


 「勿論ですよ」


 しれっと無責任な事言ってんじゃねえよ。
 そう心の中で毒突いてみても、その強い言葉を心強く思うのは誤魔化せない。目をそらした先で、同列を行進する親衛隊の兵士達がニヨッた顔で俺たちの遣り取りを見ていた。


 俺は慌てて馬車の中に、身を隠すように急いで戻る。
 そのままそっと外を窺うと、レオンは俺に笑みを返した後、真面目な顔を作って正面を向き、馬を歩かせた。その姿、横顔から目を離せなくなる。


 ―――本当にこいつ、絵になるな。


 ほうっと、ため息をついてから、苦労して視線を引きはがし、いよいよ迫る城壁に俺は大人しく馬車の中に戻った。


 「お姉様耳まで真っ赤ですよ?」


 「魅せられたの?」


 「うっさいなお前らは!ほっといてくれ!」


 中は、外以上に容赦が無かった。
 というか、冷静になればわかっていたことだけに、つい歯を軋らせる。大体、パルミラにしてもさっきまで沈んだ顔をしていたくせに、なんなんだ。


 「もう門を超えますから、少しだけ大人しく願いますね」


 俺の叫声が余程外に漏れたのか、馬車に乗騎を寄せたレオンが声をかけてきた。
 流石のレオンも、ここでは体裁があるということなのかもしれない。


 「お、おぅ……すまん」


 「ほんと、お姉様はレオン様に弱いですよね」


 「少し自分を知るべき」


 「……」


 覚えてろよお前ら。
 俺は努めて無言を貫きながら、二人を軽く睨むしか出来なかった。


 馬車は間もなく壁を越える。
 最早後戻りは、出来ない。

「すわんぷ・ガール!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く