すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

47話 引き継ぎ

 一応警戒していた、マドックスの再来襲も無く、俺たちはダラダラした生活を要塞内で過ごした。


 とはいえ、ダラダラしていたのは主に俺たちだけで、それ以外の親衛隊の面々はそれなりに忙しくしていたようだった。
 兵は忙しくさせておく、なんて良く言うが、少なくとも指揮するレパードは、きちんとその原則を守っている様子だった。
 あのアイリンですら何かしらすることがあるようで、ここ数日は遠目でしか見ていない。というか、あの時自分から言ったものの、彼女は一体何の仕事をしているのだろう。


 他の面々といえば、レオンは相変わらずで、でも、改めて三人部屋となった俺たちの部屋には勝手に入ってきたりしない。


 今さらな話なんだが、朝、起きたら居るなどという事は、俺が一人の時限定とレオンの中で決められているらしい。問題は、それが、レオン本位で決められてるルールであって、俺の断りなんか全然求められた例しがないということだろうか。


 レオンは、思えば、俺以外には、何かはっきりと線を引いている感じで、どんなに柔らかく接していても、ある一定以上の範囲に他人を入れたりしない。なぜそうなのかはわからないが、或いは貴族っていうのは、そういう世界なのかもしれないとも思う。
 なのに、何故か俺に対してだけは、思い出してみても、初対面の頃からほぼ全く遠慮が無い。


 それは、俺が『クリス』だからなのだろうか。


 そこははっきりしないし、でも、聞いてはっきりさせるつもりも無い。答えがどうであっても、多分困るだろうことはわかりきってるからだ。
 よく考えれば、ビレルワンディでケンカした内容はそうだった。まあ、あの時は、考えより先に口が出たし、結局結論も出てないのでノーカウントということでいいだろう。


 時間があるうちにと、竜も見に行った。
 竜は、司令塔の最下層に突っ込む形で死んでいた。死んで3~4日経っている事もあり、既にかなり解体されて、一部は骨だけになっていた。ただ、それでも、その竜がかなりの大きさだったことがわかる。少なくとも、10メル以上はかたい。これ以上大型のモンスターは、そうは居ないだろう。


 全体的に青緑がかった体表には、幾本もの巨大な矢が刺さっている。レオンが言っていた、大型弩弓によるものだろう。ただ、それが対竜装備とは銘打っていたとしても、それが効果あるものかどうかは別問題だ。この場合、威力はともかく、空中目標には通常矢というものは当たりにくいものなのだ。いかに竜ほどの大型目標であっても。
 それでも目の前の竜は、軽く数えても10本近い矢を受けている。詰まる話、要塞の総合的な技量は、間違いなくかなりのものだということがわかる。


 そんなことを考えていると、パルミラが、その竜に剣を突き刺していた。
 何をやっているのかと聞くと、『そのうち竜と戦うこともあるかも知れないから堅さを調べた』と答える。その向上心と覇気は立派だが、俺としては出来れば一生涯そのような機会は訪れて欲しくないと素直に思った。


 「おや、お嬢さん方ではないですか」


 パルミラがそんなことをしているので、仕方なく遠巻きにアイラと二人、竜と、司令塔周辺の補修の様子を見ていると、横合いから声をかけられた。


 「司令官様、ご機嫌よう」


 すかさずアイラが余所行きの挨拶を返す。
 要塞がこんなになって、ゴキゲンもなにも無いだろうとは思ったが、意に反して案外ゲイリー司令官サマは、機嫌が良さそうだった。


 「いや、丁度良いところで会いましたな!……実は、お三方には謝っておかなければならないと思っていましたので」


 謝る?何を?
 一転して神妙な顔つきになる、この山賊頭のような男の態度に、俺は思わず仰け反る。


 「ウチのパーシバルがお嬢さん方に迷惑をかけましたな……申し訳ないことをしました」


 そう言って、頭を下げた。その姿に俺は驚き、飛び上がりそうになった。
 何しろ相手がやってることとは言え、要塞司令官様である。そんな立場の人間に、こんな場所で頭を下げられるなど、色んな意味でまずい。


 「い、いや、いえ、そんな、ゲイリー、様、お願いだから、頭を上げて、くれ、ませんか?わかりましたから。わかりましたから!」


 自分でもわかるぐらいに、しどろもどろになる俺。敬語ももう無茶苦茶だった。
 よく考えたら、アイラに任せておけば良かった。こういう時こそ、アイラの出番なのに。


 「……では許して頂けると」


 「もちろん、ですよ!」


 「そうですか!そう言って頂けると恐縮ではありますが、嬉しい限りですな!」


 凶悪な面を歪めにこっと笑うゲイリーに、はぁと深いため息を付く俺。心臓に宜しくない。正直、勘弁して貰いたい。
 もちろん、パーシバルに対する怒りが全くないわけではない。ただ、裏切られたと思う程には、あまりにも交流した期間が短かったので、特に引きずったりはしていない。
 逆に言えばゲイリーこそ、自分の副官の裏切りに、衝撃を受けているのではないかと思った。素直にその心中を察する。
 とはいえ、どうフォローして良いのかもわからないが。


 「それにしても、パーシバル様は……どうしてなんでしょうね」


 そんな微妙な話だと思ったので、この場は話題にせずに切り抜けようと思ってた矢先に、アイラがストレートにゲイリーに聞いた。何時もながら突然大胆になるアイラに、俺は内心冷や汗をかいた。


 「実は、情けない話ですが私にもわかりませんな……お嬢さん方含め、ましてやレオン様までを扼するとは、大逆にも程がある。奴は、私が登用した者ですが、なにしろ真面目な性格で、まさかこんな事をしでかすとは、夢にも思っておりませんでした」


 そう吐露して悔しそうな顔を見せる。
 実のところ、俺は、パーシバルの裏切りが、要塞全体の仕業である可能性も予想していた。それは様々な要因から、可能性としては無いに近いが、有り得ないことでは無いと考え、一応は警戒していたのだ。


 ただ、もしそうである場合、少なくともあの夜から三日は経っている今、未だに何のアプローチもしてきていないのは、流石に不自然だった。
 そんなあやふやな思いから、少しは警戒するぐらいに考えていたのだが、今、ゲイリーのその台詞を聞いて、全面的にその疑惑を放棄することを決めた俺だった。
 それはあくまで『なんとなく』ではあるが、ゲイリーの如何にも裏表なさそうなその所為に、ふと疑うことの馬鹿馬鹿しさを感じて考えるのを止めた、というのが正解だ。
 よくよく考えてみれば、俺ごときがそれを予想出来る話なのだから、レオンや―――今も居るかどうかわからないが―――レグナムがそれを考えない訳が無い。


 その上で、俺たちを今のように自由行動させていることを思えば、詰まる話、レオンの中ではそれは無いと断定しているということなのだろう。だとするならば、もう俺が警戒しても仕方ないことなのだと思った。


 「実際、レオン様には私ども全員を疑っても詮無きところ、こうして滞在をして頂いた上に、助力まで……全く有り難いことですな」


 結局、そんな事を考えていたのは、俺たちだけでは無く、当のゲイリーもそうだったようで、安堵した笑みを漏らす。
 大雑把そうに見えても、それだけでは司令官は務まらない。ある程度の思慮深さも、当然だが必要だと言うことなのだろう。










 バイド率いる第一小隊が要塞に到着したのは、俺が病室で目覚めてから三日後の事だった。おおよそレオンが予告したとおりの到着だった。
 レオンに言われたときは、そんなものかとしか思わなかったが、実際恐るべき神速的行動だ。小隊とはいえ50人を擁する軍を、計算上殆どタイムラグ無くして動かしている。これは常識的に有り得ない。親衛隊は余程即応力が高いのだろう。今まで感じていた、練度が高い程度では、収まらない。


 それはともかく、そんなバイド第一小隊長を、俺たちはルーパートの病室で迎えることになった。
 敗北したとはいえ、体を張って俺たちを守ったことにはかわりないルーパートを、俺、アイラ、パルミラの三人は、毎日見舞っていた。包帯だらけのルーパートは表向き微妙に迷惑そうだったが、俺たちとしても最早知らぬ仲でも無く、少なくとも俺はちょっとした意趣返し的気持ちもあって、無理矢理毎日詰めかけていた。ストレートに言えば暇だったし、少なくともルーパートに対しては素で居られるので気が楽だったのもある。


 特に、殆ど毎日個人的に剣を習っていたパルミラなどは、積極的に病室に行きたがった。
 その上で、そんなルーパートを気遣うわけでもなく、淡々と剣術的な指導項を聞くパルミラにルーパートは辟易しながらも、案外付き合い良く返していた。むしろ気遣っていたのはアイラで、病室を訪れるたび、どこからくすねてくるのか、何かしらの果実を見舞い品として持ってきていた。ルーパート的に、こっちは素直に嬉しかったらしい。


 「案外、元気そうだな」


 「おう、バイド。ご苦労さん」


 病室に入ってくるなりルーパートの状況を見て、挨拶も無く憮然とした顔でバイドは短くそう言った。言われたルーパートは片手を上げて軽く答える。
 何時も渋面っぽいバイドだが、そうなるのは少しわかる。
 包帯グルグル巻きになってベッドに転がるルーパートではあったが、パルミラが枕元に詰めるようにしていたし、アイラがその横で、剥いたリンゴを手ずからルーパートに食べさせていたりしている状態だった。俺はその後ろで椅子に座っているだけだったが、そもそも狭い病室に、ルーパートと女三人だ。バイドの目には、ちょっとしたハーレムのように見えても仕方ない事なのかも知れない。
 とはいえ、ルーパートの怪我は実のところ、重傷といっても差し支えない状態である事は間違いなかった。少なくともわかる骨折は5カ所。打撲、擦過に関しては数知れずという状況だったのだ。命に関わるような、或いは四肢を失うような状態になってないだけマシとも言えるが、それでも絶対安静なのは変わらない。包帯でグルグル巻きなだけはある。


 「こんにちわ、バイドさん」


 「……こんにちわ」


 「久しぶりだな」


 三々五々、俺たちも一応挨拶を返す。グイブナーグの一件で、知己を得ているとはいえ、殆ど喋ったことが無い俺たちだ。
 それは多分にバイドの性格的な事もあるのだろうが、結果として、俺の中では何を考えているのかわからない男という評価にある。


 「本日からその情けないのに変わって俺が着任する。短い間になるだろうが、よろしく頼む」


 事務的ながら、辛辣なことをバイドは言った。慇懃無礼とは、こういうことを言うのだろう。言われた言葉を上手く理解出来なくて、その場が固まる。


 「な、なんですかそれ!ルーパートさんは私達を庇って……!」


 「待った待った、アイラちゃん」


 再起動して、最も早く反応したのはアイラだった。手にリンゴを持ったまま、バイドに詰め寄ろうとして、ルーパートに服を掴んで止められる。
 パルミラも詰め寄りこそしなかったものの、かなりムッとした顔で、バイドを睨んでいた。何時も以上に眼光が鋭い。
 結構、美人に怒りのまま詰め寄られると迫力があるものなのだが、バイドは相変わらず無表情でそれを真っ正面から受けている。


 「だって!今、ルーパートさんがこんななってるのは、私達のせいで!」


 それが、すましているように見えるのだろう。ルーパートの抑えも振り切りそうな勢いでアイラは激昂したままだ。


 「任務だ」


 表情一つ変えずに、戸口に立ったまま、バイドはぼそりとそう口にした。


 「……え」


 「護衛は任務だ。今の状態になっているのは、その結果でしか無い。そんなものは、気にする必要など無い。だが俺が言えるのは、その男がその場で戦闘を優先したのでは無いかということだ。総合的に考えて、交戦するのではなく、離脱を優先すべきだったのでは無いか。それは、この男が結果敗北し、最終的に状況になんら寄与しなかったことを考えれば、明らかなことだ」


 さしあたりここに来るまでに、レオンかレパードに、あの夜のことを聞いてきたのだろう。そういう口ぶりだった。
 そして、その言葉はあまりにも苛辣に過ぎたが、しかし確かにその通りではあった。


 「聞いたような口ぶりだけどよ、じゃあお前はマドックスに勝てるっていうのかよ」


 だが、俺から言わせて貰えば、それでもルーパートはあの場にあって、最善を選択した。確かに、ルーパートは敗北はしたが、だからといって全ての責をルーパートのものとするのは間違っている。
 むしろあの場で最善を選択出来なかったのは俺たちだった。


 今思えば、ルーパートが時間を稼いでいたのだから、俺たちは逃げることに最大努力を傾けるべきだったのだ。
 俺にしても、魔法を扉に行使して退路を確保すればよかった。今思えば、わざわざリスクの高い、マドックスに使う必要は無い。


 「俺は勝てん。だが、全員を逃がすことは出来る」


 「だろうな」


 きっぱりと勝てないと断言するバイドに、ルーパートが言葉を重ねた。
 侮蔑されてる当事者の割に、最初からルーパートはこの場に居る誰よりも冷静だった。


 「まあ、みんな落ち着いてくれ。コイツは何時もこんななんだよ。それに、俺がマドックスに負けたのは確かだし、最後に奴をどうにかしたのも、クリスなんだろ?だとしたらそれが全てなんだよ。まあ、何にしてもバイド」


 怒るわけでもなく、むしろ笑みさえ浮かべてルーパートは言った。


 「後は任せた」


 「承った」


 結局、二人の会話はそれだけだった。
 マドックスに気をつけろとか、どういう状況になったとか、そういう言葉も何も無かった。


 詰まる話、ルーパートはバイドをそれ程には信用しているということなのだろう。それを受けて、バイドもそれ以上を言うことも無く、短く引き継ぎを了解した。何だかんだ言いながらも、バイドもルーパートを認めているということだ。そこにあるのはただ単に、性格が違うということだけのように。


 その遣り取りの簡潔さに、怒り心頭だったアイラもパルミラも、呆然とした顔で佇むしかなかった。
 何しろ本人達が、どうでもいいような感じなだけに、第三者である俺たちが、それ以上怒っても野暮なだけだった。


 「あーあ、それにしても俺ハーレム終了か……寂しくなるねぇ」


 それをフォローするように、ルーパートはそう言ちてベッドに深く倒れ込む。
 その言葉はフォローと言うにはちょっと感情が乗りすぎている気もしたが。


 「……ルーパート」


 珍しくパルミラが、二の句を告げないような言葉を口にする。
 心なしか表情もすこし不安そうになっていて、どことなくオロオロしているようにも見えた。滅多に見れないそんなパルミラは、見た目相応の可愛らしい女の子にしか見えない。


 「そんな顔しなさんな……ああ、そうだ、バイド」


 「なんだ」


 「この子の稽古をつけてやって欲しいんだよ。今まで俺がやってたんだが、良い機会だし、お前の正剣を教えてやって欲しいんだよね」


 頭の上に手をのっけられたパルミラが、その言葉に驚く。
 そのままキョロキョロとバイドとルーパートの顔を交互に見て静かに混乱しているようだった。


 「……いいのか?」


 それを受けてバイドの口からでた言葉は、意外な一言だった。
 それが、誰に向けて発せられたのかはわからないが、たったそれだけの言葉に、俺はバイドの評価を少しだけ上方修正した。
 案外、人を気遣う方なのかも知れない。


 「ああ、頼むよ」


 「わかった」


 結局それは、パルミラの断りなしに成立した。それは、ルーパートが気にしてないのか、それともバイドが割り切ったのかはわからない。
 ただ、ルーパートは責任を果たし、そしてバイドは慮ったということなのだろう。
 パルミラは、釈然としないながらも、ルーパートを見てから、バイドに頭を下げた。


 「よろしく、お願いします」


 「よし、じゃあ、この時間だったら出発は明日なんだろ。バイドは出て行け。俺ハーレムは今日いっぱいあるからな!アイラちゃん、リンゴ!」


 「は、はい!」


 「リンゴ!じゃねーよ」


 殊勝だったのは本当に一瞬だけで、急に王侯貴族になったようなルーパートの振る舞いに、ついツッコミを入れる俺。勢いに流されてアイラも答えてんじゃねーよと言いたい。
 アイラが差しだそうとしたリンゴを俺は横から浚い、自分の口に入れる。


 「あっ、クリス、お前なにしてんだよ。っていうか、お前も邪魔だよ!ボスの所に行ってろよな!」


 「アホか、残して行ったら二人が危ねえよ!」


 「んなことできるか!お前、俺がどんな状態なのか見てわかんねえのかよ!」


 とはいえ、バイドはああ言ったものの、何だかんだでコイツが俺たちを守ってくれたのは事実だ。
 きっと暫くは会えなくなるのだろう。
 だとしたら、今日いっぱいぐらいは優遇してやっても良いのかも知れない。

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