すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

42話 裏切り

 迷いながらも、都合2階分、降りてきた。


 要塞主郭だからなのか、わざわざ一階一階構造が違う。階層防衛の為なのだろう。ただ、攻め入るどころか、脱出したい俺たちにとっては、その構造が心底恨めしい。


 誰かが居れば捕まえて聞くことも出来るが、上層だからなのか、今のところ人の気配は無い。要塞規模に比べて、純粋に人が少ないのだろう。
 不用心に過ぎるが、場所柄そんなに人も駐屯していないということなのか。
 それでも階段を降り、次はどっちだと当たりをつけている時、見知った顔を発見した。


 「クリス様!」


 それは、要塞副官のパーシバルだった。俺たちを見附ると、声を上げ駆け寄ってくる。
 一人だった。
 副官がなぜこんな状況下で司令官と同じくしていないのかは謎だが、とにもかくにも有り難い。これ以上の案内役はそう居ないだろう。


 「助かった……」


 「いや、こちらも探していました」


 目の前ではぁはぁと、息を切らせてから、居住まいを正すパーシバル。
 一緒に居た人物があまりに濃かったため気付かなかったが、結構背が高い。
 少し見上げるその顔に、やや引きつっているものの、それでも笑みを浮かべ、俺にそう告げる。


 「っと」


 その状況にホッとしているのも束の間、既に何度目になるのかわからない揺れが俺たちを襲った。
 ビリビリと建屋全体が震える。


 「こ、これ、今、どうなってるんですか?」


 ワケもわからずにここまで引っ張ってきてしまったアイラが、青い顔をしてパーシバルに迫る。
 そういえば、後で説明するといいながら放置してしまっていたな。ちょっとかわいそうな事をしてしまったかもしれない。


 「こちらでもまだはっきりとは確認できていませんが、飛竜が一体。当要塞に襲撃をかけてきているようです。今の揺れは、その飛竜が直接この司令塔に攻撃を」


 パーシバルが言い終わる前に、腹まで響く重低音のあと、再び通路―――司令塔が揺れた。


 「レオン……他のみんなは?」


 レオンは?と聞こうとして、言い直す。何となくだ。


 「ええ、今、全員地下の方に移動しているはずです。相手が相手だけに、助勢していただくのも問題ですし……とりあえず移動しましょう。追々話します」


 そう言って、パーシバルは俺たちを促した。
 確かに轟音と振動が続く今、悠長に話している場合じゃ無い。逃げるのが先だ。


 俺たちは、パーシバルを先頭に、廊下を走り始める。


 「竜……って、倒せるの?」


 それは、要塞として対抗できるかどうかの意味なのか、何時か自分で斬ってみるつもりで聞いたのか定かでは無いが、パルミラが結構根本的なところを質問する。
 後者であったら、凄まじい克己心だ。


 「一応、こういう場所ですから、要塞自体は対竜装備を準備はしています。ただ、今の今まで一度も要塞としては交戦したことはありませんので、どこまで通用するかは……今まさに試されている最中という所ですね」


 「要塞としては?」


 「ええ、竜の討伐は可能です。私はまだ経験はありませんが、街道を扼するはぐれ竜の討伐記録は、確かにあるのです。ですから、倒すことは可能です。ただ、今回の竜ははぐれというには、かなり大きい……倒せるかどうか」


 走りながら、苦慮の顔を滲ませるパーシバル。
 実際、彼の言うとおり、要塞は対竜の備えを今までやってきたのだろう。
 にもかかわらず、想定以上の竜が飛来したことにより、今まさにこの司令塔が揺らぐほどに苦戦を強いられ、そして今、退避するほか無い。それが不甲斐ないのだろう。


 階段を駆け下りる。これで幾つまで下に降りただろうか。
 下に降りるに従って、すれ違う兵士達の数が増えていく。みんな血相を変えていて、中には血を滲ませながら必死になって移動している者もあった。今のところ見た感じ、全員が城兵であって、親衛隊のメンツは含まれていない。パーシバルの言うとおり、地下へ退避し終わったのかも知れない。


 レオンはちゃんとそこに居るだろうか。ふと、そんな心配が胸によぎる。
 とはいうものの、レパードやルーパートが居るはずなので、あの二人が居る限り、レオンが危地に陥ることはないだろう。
 一瞬、アイリンやレグナム。そしてジーク君の事も頭によぎったが、今心配していても仕方ない。ともかく、今は一刻も早く、彼らと合流することだ。


 「下までまだなのか?」


 いよいよ司令塔を揺るがすそれが、内部にわかるほどに損傷を与え始めている。
 壁に、天井に、それと分かるほどのヒビが入り、そして既に一部の天井は、殆ど崩落しているような状況だった。ここまでくると、塔全体が崩壊するのも時間の問題であるように思えた。
 それにしても、なぜ、竜はこれ程までに執拗にこの塔に攻撃をしかけてきているのだろう。竜の生態など全く知らないが、そもそもあまり人の前に姿を現さないという竜が、この塔にこだわる理由はなんなのだろうか。


 竜を呼んだのは、あの影に違いないとは思う。その後の竜の行動も、あの影が操っているのだろうか。
 だとしたら、何が目的だのだろう。


 「もうすぐです、この先に」


 最早ここが何階かもわからない。天井から剥離したと思われる瓦礫が散らばる廊下を走る。後ろを確認すると、青い顔をして必死な顔のアイラが、少し遅れ気味だった。


 「アイラ!」


 「お、ねえさまっ!」


 速度を緩めて、その手を握る。
 パルミラは逆に、先行気味に俺の前を走っていた。まるで露払いのようだ。
 とにもかくにも、みな必死だった。こんな必死になるのは何時以来だろうか。


 正直。
 訪れた紛う方無きピンチに、俺はほんの少しだけ興奮していた。


 「ここです!」


 駆け込んだ廊下の先、大きな扉を開いて、パーシバルは叫んだ。そこに、パルミラが。続いて俺と、アイラが飛び込む。


 「っと!」


 そこは、真っ暗な空間だった。手に手を取ったアイラはともかく、先に入ったはずのパルミラの姿も、朧気にしか見えない。
 一体ここは?


 「パーシバル!みんなは何処に?!」


 背後を振り返り、名を呼んだ俺の目に映ったのは、無表情で入ってきた扉を閉めるパーシバルの姿だった。
 どういうことなんだ。
 疑問に思う間もなく、扉は完全に閉じ、そして辺りは完全な闇に閉ざされた。


 「パルミラ!パルミラ?!」


 「大丈夫、ここに居る」


 完全にその姿を失したパルミラを呼ぶと、思った以上に落ち着いたパルミラの声が、近くから響いた。取りあえずは、大丈夫のようだ。


 「お、お姉様ぁ~」


 「アイラ、大丈夫だ。手を離すなよ」


 「っ!は、はい!」


 姿は見えないが、アイラの握られた手に、少し強く力がこもる。
 わけがわからないが、とにかく3人とも無事。
 だから、今は、落ち着け。
 俺は油断無く腰を落とし、そしてゆっくりと深呼吸をした。


 どういうことなんだ。
 パーシバルは、みんなの所に連れていくと間違いなく言っていたはず。だが、ここは明らかに違う。
 そして扉を閉じる、あの表情。
 それらを合わせて考えると、当然の帰着が見えた。


 「……裏切り、か?」


 何の目的があって、そうしたのかは想像も付かない。
 だが、パーシバルの目的が、俺たちをこの場に連れてくることだったということは、わかる。そしてこれは、ともすればここに連れてくることによって、親衛隊との分断を図ったのではないだろうか。


 ならば、この場所に、何かがある……。
 目をこらす。
 目が慣れてきたのか、じわっと辺りが見え始めた。数歩先にパルミラの背中が見える。既に手に抜き身の剣を持って構えている。心強い。


 ここがどういう場所かは、見えないためわからない。
 だが、少なくとも俺たちの背後には、入ってきた扉があるはずだ。まずは、ここから出ることが先決だろうと、じりじりと俺は後ずさる。ただ、おそらくにパーシバルは俺たちをここに閉じ込めることが目的だったはずだ。多分、その扉は開かないだろう。
 わかってはいるが、他が見えないだけに、そうするほか無い。


 「パルミラ、離れるなよ……」


 パルミラの背中に声を掛ける。
 その時、あの感覚が再び俺を襲った。首筋に、ちりっとした違和感。最早、はっきりとわかる。それは、気配。


 「パルミラ!気をつけろ!何か……居る!」


 何なのかは言わない。だが、何かがこの空間に、居る。そして俺たちを見ている。
 気配を探ると同時に、パルミラにも声を掛ける。少なくとも、この場で戦闘力を有しているのはパルミラだけだ。頼るしか無い。


 「ほぉ、俺の気配を探るかよ……」


 「!!!」


 気配を探るも何も、先にそれが、答えた。
 その声に、その方向を向くが、何も見えない。ただ同時に、ずしゃっという、何か重い物が床に落ちる音が聞こえた。


 無意識にアイラを引き寄せる。


 声は、男の声だった。初めて聞く声。
 だが、それを発する存在に、俺は心当たりがあった。今もチクチクと疼く首筋。
 根拠は無い。だが、さっき見た影が、正体に違いない。


 ずしん!


 「きゃ!」


 その最中、また揺れが俺たちを襲った。それはかなり大きく、その揺れが収まってみると、所々ひび割れた壁から光が差し込み、うっすらとではあるが、部屋の全体が見えるようになった。


 倉庫なのだろうか。剣や鎧、袋に詰まった何かなどが、部屋の隅に積み重なっているのが見える。それなりに広い空間。
 その真ん中に、それは居た。


 「っ!」


 目の前のパルミラが、剣先をそれに向けて、構え直すのがわかる。


 俺は息を飲んで固まった。


 身長2メルを超す、大男。手には、片刃の大刀を持つ。髪を後ろにまとめ、傷だらけの顔に不敵な笑みを浮かべるその姿に、俺は見覚えがあった。


 影が、とか、そんな曖昧なものじゃない。
 それは、俺がまだ男で、冒険者だったときの記憶。
 恐怖と共に、刻まれたその姿。


 「……マドックス……!」


 絞り出すように、忘れることの出来ないその名前を告げる。
 悪夢そのものだった。体は動かない。そして同時に、こんな場所居るはずが無いと、心が現実逃避の悲鳴を上げる。
 まさか……まさか!


 「なんだ、俺を知っているのかよ」


 かなり小声だったはずの声を聞きとがめ、その男―――鏖殺の、と、二つ名のついた男は、はっきりとそれを肯定した。
 俺の体は動かない。最早、声も、出ない。

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