すわんぷ・ガール!
40話 酔人
酒宴は、夕方からホールで行われた。
要塞なのにそんなものがあったのかと驚くが、実のところその場所柄と、長い歴史と、増築を繰り返したこの場所は、小規模の街とあまりかわらない。
内部には、宿屋や酒場などという、交易の中間点として最低限の施設から、雑貨屋やパン屋から床屋に至るまで、およそ中規模程度の街が備える商業施設の殆どを擁している。
無いのは、娼館ぐらいだ。さすがにそこは、軍事施設という、文字通り最後の砦を守ったのだろう。
そうした施設は外向きにあるが、軍事施設内でも、要塞とはいえどちらかといえば居城としての趣が強い。周囲に何も無い場所なだけに、住むという要素が重視されたのだろう。
風呂もそうだし、巨大なホールや大食堂、ラウンジなどもあるらしい。
定期的にモンスターとの交戦はあるものの、大規模な戦闘を経験していない要塞としては、軍事施設とは名ばかりの存在に進化していったようだった。
意を決して、ホールに入るや否や、全員の視線が俺たちを向き、どよめきが起こる。
既にそこには、大勢の者が詰めている。むしろ、どうやら俺たちが最後のようで、そんなタイミングを設定した誰かを恨みたくなる。
視線に堪えられなくて、無意識に顔を下げるが一瞬にも見た限り、居たのはみんなどこかで見たようなヤツらばかりだった。
詰まる話、ゲイリーが言ったとおり慰労の酒宴だった。
そこに居たのは親衛隊のメンツばかりだったが、おそらく要塞の人間も何人かは混じっているはずだ。少なくとも司令官であるゲイリーや、副官だと言っていた、パーシバルぐらいは当然居るだろう。
注目の中、努めてゆっくりと、俯いたままホールの奥へと歩を進める。
流石にこの雰囲気に圧倒されているのか、後ろからついて来てるはずのアイラとパルミラの声も聞こえない。
もう個人的には、ダッシュで奥まで逃げ込みたいところではあるが、短めとはいえドレスなわけだし、数メル程度で派手なヘッドスライディングを決めそうで怖い。
出来る限り気持ちを抑えつつ、大きなホールの奥まで進むと、更に見知った顔が並んでいた。レオン、レパード、ゲイリー、パーシバルの4人だった。そこが、貴賓の位置というわけなのだろう。
レオンにしても、レパードにしても、何時もの飾り気のない軍服などでは無く、おそらく礼服というやつなのだろうか、心持ち煌びやかな服を着ている。まあ、俺たちもドレスなどを着ているわけだし、そういうものなのかもしれない。
雰囲気的に、4人どころか、全員が俺たちを待っていたようだった。
待ってないで先に始めてろよと心の中で毒突くが、仕方なく、本当に仕方なく、レオンの前まで進んだ俺は、ゲイリーにそうしたようにドレスの裾を軽くつまんで、待たせた非礼を詫びた。
同様に、ゲイリーにもそうする。その順番で合っているかどうかは、サッパリ分からない。
「お待たせしました」
ここは、お待たせして申し訳ありません、なのか、お待たせした非礼を云々なのか、悩みながら、結局シンプルに済ます。
ふと顔を上げると、自分を見つめる4人の視線があった。全員が全員、呆気にとられた顔をしている。唯一、レオンだけがやや半笑い気味の顔になっていた。
なんだこの反応。おかしな事でもしただろうか。それともアレか。やっぱり似合わないことをしてる俺に対する呆れとか、嘲笑なのだろうか。
そう考えるとムカッとするが、我慢を重ねることにする。正直、ややムキになっている自分に気付くが、だからといって今さら止められない。
「……これは、なんとお美しい。先ほどもお会いした際、そう思いましたが、今に至っては感嘆の声もありませんなぁ……」
ほう、と息をついて、ゲイリーが言う。
ちょっとまって、おっさん、そんなキャラだっただろうか。もっとこう、ガハハハ笑うような豪快さんじゃなかったか。何ちょっと顔赤らめてんだよ。
横のパーシバルを見る。目が合った瞬間、横を向かれた。
レパードはなんか感心顔になっていて、最後にレオンを見ると、レオンは困り顔で苦笑いをしている。なんだか楽しそうだ。少しハラたつ。
「……それでは、全員ご苦労だった。皆も知っての通り、本日この酒宴は、当要塞司令クロスフォード将軍による好意によるものだ。未だ帰路の途上ではあるが、今宵はこの好意に甘え、明日への鋭気を養って欲しい!」
何でも良いから早く始めろよと思っているウチに、主に俺の空気を読んだかのように、レオンが全員に対し、そう宣う。
「本日は帝国の誇る第Ⅱ軍の精鋭諸君の凱旋を当要塞にて迎えることが出来、幸運に思う!僭越ではあるが、ささやかなる酒宴を用意させて頂いた。皆、遠慮無くやってほしい!以上!」
続けてゲイリーが豪快に開催を宣言した。こういう場に出るのは初めての経験だが、なるほど、こうした言葉が必要なのだななどと、人ごとのように感心する。同時に面倒くせえとも思ったが。
その宣言を受けて、目の前で見る間に兵士達により酒瓶が開けられ、そして皆思い思いにテーブルに並べられた結構豪華な料理に手を伸ばしている。ホール全体が一気に雑多な雰囲気となり、そして俺たちは何となく取り残された感じになってしまった。
あの場に入っていって、飲み食いしたらダメなんだろうか。ダメなんだろうなあと、チラッとレオンを見ると、給仕の者が持ってきたグラスを俺に差し出してきた。中に何が入っているのか、淡い黄金色の液体で満たされている。
受け取って、さりげなく臭いをかぐ。爽やかな果実の臭いがした。ワイン……だろうか。ワインっぽい気がするが、何かが違うような。
訝しみながら、軽く口をつける。
「ん、ん!」
口に入ってきた冷たい液体が、舌の上でシュワシュワとはじける。思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えて口を噤む。
「ん……」
何時までもそれを口に含んでいてもシュワシュワが収まらないので、仕方なくグッと嚥下する。シュワシュワしたものが喉を通過していくのがわかる。その何とも言えない感覚に、目を瞑って堪えた。
「はぁ……っ」
ため息をつく。
ただ、それは不快なものを堪えきったという安堵のそれではなく、驚きのそれだった。
確かにシュワシュワした感覚に驚いたものの、甘い果実の味が口いっぱいに広がって、得も言われぬ心地よさを感じる。
それをたった一言で言えば、美味しい。それに尽きた。
「な……んですか、これは?」
素で、なんだこれ、と聞きそうになって、慌てて言い直す。
グラスの中で半分になった液体をよく見ると、底の方から小さな泡がポツポツと立ち上るのがわかる。シュワシュワの正体はこれなのだろうが、こんな飲み物を初めて飲んだ俺は、正体はおろか、名前さえもわからない。わかるのは、ワインっぽい何か。酒らしい飲み物。その程度だ。
「ははは!気に入って頂けましたかな?!これは、スパークワインと呼ばれる、泡の出るワインですな!私の故郷、南部ベレナン地方で作られる酒ですが、幾つかが当要塞に保管されてましてなあ。この際ですので、持ってきた次第です」
味意外の、酒の善し悪しなど全然わからないが、ゲイリーが自慢する程度には、大した物らしい。いや、実際にこれは自慢するだけあると思う。
アイラとパルミラを振り返ると、二人とも今まさに、そのスパークワインを飲むところだった。というか、こいつらひょっとして俺が飲むのを待っていたんじゃないだろうか。毒味的な意味で。
「~~~~っ!」
「!!!」
飲んだ後、二人とも目を丸くして驚く。
ああ、これは、見てる方が楽しいかも知れない。なるほど、レオンやゲイリーはこういう目で俺を見ていたのだなと、自嘲的な笑みが漏れた。
まあ、何にせよこの不思議な酒が美味いのはかわらない。俺は、手にしたその酒の残りを一気に飲み干した。
多分に、この身体が酒に弱いのは、確かレオンの屋敷で知っていたはず。
それとも、あまり食べれずに、この変な酒を調子に乗って飲み過ぎたのが、悪かったのか。
或いは、或いは、その全てなのか。
既にどれくらい時間が経ったのか、わからない。
ただ、目の前の酒宴が続いている様子を見るに、まだ、大して時間はたってないのかもしれない。
とにかく俺はホントに凄く酔っていて、立ったままユラユラと揺れていた。
とてもとても、良い気分だった。
片手に、スパークワイン。少しだけ口に入れる。凄く、飲みやすくて、美味しい。
もう、これをどれだけ飲んだかわからない。結構飲んだ気もするし、同時に、大して飲んでないような気もする。
「うふふふふ」
目の前の、少し困り顔のレオンに笑う。理由など無くて、笑いたいから笑う。楽しい。
楽しいので、俺はレオンの手を取って、ホールに歩き出した。
「クリスさん?」
あんまり食べてないので、お腹もすいてた。兵士達は飲むばかりになっていて、料理がまだ残っていた。
とても美味しそう。もったいない。食べなきゃ。
振り返ると、レオンが苦笑しながら、俺についてくる。当然だ。手を引っ張っているのだから。
でも、そんな強引にしているつもりもない。レオンの付き合いがいいだけだ。良い奴だ、レオンは。
「お腹空いたぁ……あははは」
驚く兵士達をかき分けて、テーブルに乗っているミートローフに目をつける。見た目濃いそうで、もの凄く美味しそうに見えた。
「あれ食べたい。持ってて」
持ったグラスをレオンに押しつけて、ミートローフに近づく。肉。肉だよなぁ。やっぱり。濃ゆくて美味しそう。
俺は喉を鳴らして、フォークか何かが無いか探す。
無い。
けど、良い物を見つけた。それは小さなパンだった。瞬間、俺は凄い事を考えたと思い、ニィッと笑うと、それを手にとって二つに分ける。
そして分けたパンで、切り分けられたミートローフを挟んだ。そのまま、口に持って行く。
「んん、おいひい」
正解だった。咀嚼するごとに、濃ゆい肉の味とパンの旨みが広がる。なんていう幸せ。
嚥下したあと、もう一口食べようとして、呆気にとられた顔のレオンが目に映った。
うん、この凄い俺の発明を、レオンにも味あわせてやろう。
「レオン、これ美味しいから、食べてみて」
今まさに、口にしていたミートローフパン挟みを、レオンの口に持って行く。
レオンはそれを目の前にして、もの凄く困惑した顔になった。
なんだよ。俺にさっき変なもの飲ませておいて、俺の返しは食べられないわけ?
失礼な奴だな。
「ほらー、食べてみろよ。凄く美味しいから」
「で、では」
そんな表情のまま、レオンはパンに手を伸ばそうとする。
なんだ面倒な奴だな。そのまま食べれば良いじゃ無いか。
レオンの伸ばした手を掴んで、更に自分の持ったパンをレオンの口元に突き出す。
「ん!」
「……困った人だ」
眉を寄せながら、レオンは諦めたように笑うと、俺が突き出したパンをそのまま囓った。
周囲から、どよめきが起こる。気付かなかったが、いつの間にか俺たちは注目の的だった。なんなんだお前らと、それを一瞥して、レオンに視線を戻す。
「美味しいだろー」
「え、ええ。確かに、美味しい……驚きました。こんな食べ方など、初めてですね」
「あはははは」
真面目にそんな事を言うレオンが可笑しくて、俺はまた声を上げて笑った。半分残ったパンを食べる。美味しい。みんなもやってみれば良いのに。
更に気分が良くなった俺は、レオンの手からグラスを奪い、一気に飲み干す。
「はあぁあ~。なくなったぁ」
スパークワインが無くなったので、近くにあったワインボトルに手を伸ばす。
その手をやんわりと、背後から伸ばされたレオンの手で押さえられた。
「クリスさん、もう飲み過ぎですよ?」
首だけ回して、レオンを見る。その顔が、再び困った顔になっていた。
今日はやけに困るんだな。まあ、困らせているのは、俺なんだが。
「んふふふふ~」
頭の上にあるレオンの首に両手を回す。何となく、困るレオンを更に困らせたくなった。
両手首に、レオンの首筋の温度が伝わる。その心地よさに、少しだけ力を入れて、レオンの顔を引き寄せる。レオンの顔がとても困っている。
なんかゾクゾクしてきた。やってはいけないという意識が、俺の中で警鐘を鳴らす。
ただ、それがわかるだけに、してはいけないことをしているという思いが俺を昂ぶらせた。
「れーおーんんー」
ドキドキする。この感覚は、良くない。
頭の中が、グルグル回っている。まともにモノが考えられない。意識が千切れていくのがわかる。
どうにも目も霞んできて、レオンの顔もよく見えない。
ああ、これは、だめだ。意識が飛び飛びになっていく。
ただ、それでも。
手に伝わる感触。体温。そばに居るという安心。
それがわかった俺は、素直に意識を手放した。
要塞なのにそんなものがあったのかと驚くが、実のところその場所柄と、長い歴史と、増築を繰り返したこの場所は、小規模の街とあまりかわらない。
内部には、宿屋や酒場などという、交易の中間点として最低限の施設から、雑貨屋やパン屋から床屋に至るまで、およそ中規模程度の街が備える商業施設の殆どを擁している。
無いのは、娼館ぐらいだ。さすがにそこは、軍事施設という、文字通り最後の砦を守ったのだろう。
そうした施設は外向きにあるが、軍事施設内でも、要塞とはいえどちらかといえば居城としての趣が強い。周囲に何も無い場所なだけに、住むという要素が重視されたのだろう。
風呂もそうだし、巨大なホールや大食堂、ラウンジなどもあるらしい。
定期的にモンスターとの交戦はあるものの、大規模な戦闘を経験していない要塞としては、軍事施設とは名ばかりの存在に進化していったようだった。
意を決して、ホールに入るや否や、全員の視線が俺たちを向き、どよめきが起こる。
既にそこには、大勢の者が詰めている。むしろ、どうやら俺たちが最後のようで、そんなタイミングを設定した誰かを恨みたくなる。
視線に堪えられなくて、無意識に顔を下げるが一瞬にも見た限り、居たのはみんなどこかで見たようなヤツらばかりだった。
詰まる話、ゲイリーが言ったとおり慰労の酒宴だった。
そこに居たのは親衛隊のメンツばかりだったが、おそらく要塞の人間も何人かは混じっているはずだ。少なくとも司令官であるゲイリーや、副官だと言っていた、パーシバルぐらいは当然居るだろう。
注目の中、努めてゆっくりと、俯いたままホールの奥へと歩を進める。
流石にこの雰囲気に圧倒されているのか、後ろからついて来てるはずのアイラとパルミラの声も聞こえない。
もう個人的には、ダッシュで奥まで逃げ込みたいところではあるが、短めとはいえドレスなわけだし、数メル程度で派手なヘッドスライディングを決めそうで怖い。
出来る限り気持ちを抑えつつ、大きなホールの奥まで進むと、更に見知った顔が並んでいた。レオン、レパード、ゲイリー、パーシバルの4人だった。そこが、貴賓の位置というわけなのだろう。
レオンにしても、レパードにしても、何時もの飾り気のない軍服などでは無く、おそらく礼服というやつなのだろうか、心持ち煌びやかな服を着ている。まあ、俺たちもドレスなどを着ているわけだし、そういうものなのかもしれない。
雰囲気的に、4人どころか、全員が俺たちを待っていたようだった。
待ってないで先に始めてろよと心の中で毒突くが、仕方なく、本当に仕方なく、レオンの前まで進んだ俺は、ゲイリーにそうしたようにドレスの裾を軽くつまんで、待たせた非礼を詫びた。
同様に、ゲイリーにもそうする。その順番で合っているかどうかは、サッパリ分からない。
「お待たせしました」
ここは、お待たせして申し訳ありません、なのか、お待たせした非礼を云々なのか、悩みながら、結局シンプルに済ます。
ふと顔を上げると、自分を見つめる4人の視線があった。全員が全員、呆気にとられた顔をしている。唯一、レオンだけがやや半笑い気味の顔になっていた。
なんだこの反応。おかしな事でもしただろうか。それともアレか。やっぱり似合わないことをしてる俺に対する呆れとか、嘲笑なのだろうか。
そう考えるとムカッとするが、我慢を重ねることにする。正直、ややムキになっている自分に気付くが、だからといって今さら止められない。
「……これは、なんとお美しい。先ほどもお会いした際、そう思いましたが、今に至っては感嘆の声もありませんなぁ……」
ほう、と息をついて、ゲイリーが言う。
ちょっとまって、おっさん、そんなキャラだっただろうか。もっとこう、ガハハハ笑うような豪快さんじゃなかったか。何ちょっと顔赤らめてんだよ。
横のパーシバルを見る。目が合った瞬間、横を向かれた。
レパードはなんか感心顔になっていて、最後にレオンを見ると、レオンは困り顔で苦笑いをしている。なんだか楽しそうだ。少しハラたつ。
「……それでは、全員ご苦労だった。皆も知っての通り、本日この酒宴は、当要塞司令クロスフォード将軍による好意によるものだ。未だ帰路の途上ではあるが、今宵はこの好意に甘え、明日への鋭気を養って欲しい!」
何でも良いから早く始めろよと思っているウチに、主に俺の空気を読んだかのように、レオンが全員に対し、そう宣う。
「本日は帝国の誇る第Ⅱ軍の精鋭諸君の凱旋を当要塞にて迎えることが出来、幸運に思う!僭越ではあるが、ささやかなる酒宴を用意させて頂いた。皆、遠慮無くやってほしい!以上!」
続けてゲイリーが豪快に開催を宣言した。こういう場に出るのは初めての経験だが、なるほど、こうした言葉が必要なのだななどと、人ごとのように感心する。同時に面倒くせえとも思ったが。
その宣言を受けて、目の前で見る間に兵士達により酒瓶が開けられ、そして皆思い思いにテーブルに並べられた結構豪華な料理に手を伸ばしている。ホール全体が一気に雑多な雰囲気となり、そして俺たちは何となく取り残された感じになってしまった。
あの場に入っていって、飲み食いしたらダメなんだろうか。ダメなんだろうなあと、チラッとレオンを見ると、給仕の者が持ってきたグラスを俺に差し出してきた。中に何が入っているのか、淡い黄金色の液体で満たされている。
受け取って、さりげなく臭いをかぐ。爽やかな果実の臭いがした。ワイン……だろうか。ワインっぽい気がするが、何かが違うような。
訝しみながら、軽く口をつける。
「ん、ん!」
口に入ってきた冷たい液体が、舌の上でシュワシュワとはじける。思わず吹き出しそうになるが、ぐっと堪えて口を噤む。
「ん……」
何時までもそれを口に含んでいてもシュワシュワが収まらないので、仕方なくグッと嚥下する。シュワシュワしたものが喉を通過していくのがわかる。その何とも言えない感覚に、目を瞑って堪えた。
「はぁ……っ」
ため息をつく。
ただ、それは不快なものを堪えきったという安堵のそれではなく、驚きのそれだった。
確かにシュワシュワした感覚に驚いたものの、甘い果実の味が口いっぱいに広がって、得も言われぬ心地よさを感じる。
それをたった一言で言えば、美味しい。それに尽きた。
「な……んですか、これは?」
素で、なんだこれ、と聞きそうになって、慌てて言い直す。
グラスの中で半分になった液体をよく見ると、底の方から小さな泡がポツポツと立ち上るのがわかる。シュワシュワの正体はこれなのだろうが、こんな飲み物を初めて飲んだ俺は、正体はおろか、名前さえもわからない。わかるのは、ワインっぽい何か。酒らしい飲み物。その程度だ。
「ははは!気に入って頂けましたかな?!これは、スパークワインと呼ばれる、泡の出るワインですな!私の故郷、南部ベレナン地方で作られる酒ですが、幾つかが当要塞に保管されてましてなあ。この際ですので、持ってきた次第です」
味意外の、酒の善し悪しなど全然わからないが、ゲイリーが自慢する程度には、大した物らしい。いや、実際にこれは自慢するだけあると思う。
アイラとパルミラを振り返ると、二人とも今まさに、そのスパークワインを飲むところだった。というか、こいつらひょっとして俺が飲むのを待っていたんじゃないだろうか。毒味的な意味で。
「~~~~っ!」
「!!!」
飲んだ後、二人とも目を丸くして驚く。
ああ、これは、見てる方が楽しいかも知れない。なるほど、レオンやゲイリーはこういう目で俺を見ていたのだなと、自嘲的な笑みが漏れた。
まあ、何にせよこの不思議な酒が美味いのはかわらない。俺は、手にしたその酒の残りを一気に飲み干した。
多分に、この身体が酒に弱いのは、確かレオンの屋敷で知っていたはず。
それとも、あまり食べれずに、この変な酒を調子に乗って飲み過ぎたのが、悪かったのか。
或いは、或いは、その全てなのか。
既にどれくらい時間が経ったのか、わからない。
ただ、目の前の酒宴が続いている様子を見るに、まだ、大して時間はたってないのかもしれない。
とにかく俺はホントに凄く酔っていて、立ったままユラユラと揺れていた。
とてもとても、良い気分だった。
片手に、スパークワイン。少しだけ口に入れる。凄く、飲みやすくて、美味しい。
もう、これをどれだけ飲んだかわからない。結構飲んだ気もするし、同時に、大して飲んでないような気もする。
「うふふふふ」
目の前の、少し困り顔のレオンに笑う。理由など無くて、笑いたいから笑う。楽しい。
楽しいので、俺はレオンの手を取って、ホールに歩き出した。
「クリスさん?」
あんまり食べてないので、お腹もすいてた。兵士達は飲むばかりになっていて、料理がまだ残っていた。
とても美味しそう。もったいない。食べなきゃ。
振り返ると、レオンが苦笑しながら、俺についてくる。当然だ。手を引っ張っているのだから。
でも、そんな強引にしているつもりもない。レオンの付き合いがいいだけだ。良い奴だ、レオンは。
「お腹空いたぁ……あははは」
驚く兵士達をかき分けて、テーブルに乗っているミートローフに目をつける。見た目濃いそうで、もの凄く美味しそうに見えた。
「あれ食べたい。持ってて」
持ったグラスをレオンに押しつけて、ミートローフに近づく。肉。肉だよなぁ。やっぱり。濃ゆくて美味しそう。
俺は喉を鳴らして、フォークか何かが無いか探す。
無い。
けど、良い物を見つけた。それは小さなパンだった。瞬間、俺は凄い事を考えたと思い、ニィッと笑うと、それを手にとって二つに分ける。
そして分けたパンで、切り分けられたミートローフを挟んだ。そのまま、口に持って行く。
「んん、おいひい」
正解だった。咀嚼するごとに、濃ゆい肉の味とパンの旨みが広がる。なんていう幸せ。
嚥下したあと、もう一口食べようとして、呆気にとられた顔のレオンが目に映った。
うん、この凄い俺の発明を、レオンにも味あわせてやろう。
「レオン、これ美味しいから、食べてみて」
今まさに、口にしていたミートローフパン挟みを、レオンの口に持って行く。
レオンはそれを目の前にして、もの凄く困惑した顔になった。
なんだよ。俺にさっき変なもの飲ませておいて、俺の返しは食べられないわけ?
失礼な奴だな。
「ほらー、食べてみろよ。凄く美味しいから」
「で、では」
そんな表情のまま、レオンはパンに手を伸ばそうとする。
なんだ面倒な奴だな。そのまま食べれば良いじゃ無いか。
レオンの伸ばした手を掴んで、更に自分の持ったパンをレオンの口元に突き出す。
「ん!」
「……困った人だ」
眉を寄せながら、レオンは諦めたように笑うと、俺が突き出したパンをそのまま囓った。
周囲から、どよめきが起こる。気付かなかったが、いつの間にか俺たちは注目の的だった。なんなんだお前らと、それを一瞥して、レオンに視線を戻す。
「美味しいだろー」
「え、ええ。確かに、美味しい……驚きました。こんな食べ方など、初めてですね」
「あはははは」
真面目にそんな事を言うレオンが可笑しくて、俺はまた声を上げて笑った。半分残ったパンを食べる。美味しい。みんなもやってみれば良いのに。
更に気分が良くなった俺は、レオンの手からグラスを奪い、一気に飲み干す。
「はあぁあ~。なくなったぁ」
スパークワインが無くなったので、近くにあったワインボトルに手を伸ばす。
その手をやんわりと、背後から伸ばされたレオンの手で押さえられた。
「クリスさん、もう飲み過ぎですよ?」
首だけ回して、レオンを見る。その顔が、再び困った顔になっていた。
今日はやけに困るんだな。まあ、困らせているのは、俺なんだが。
「んふふふふ~」
頭の上にあるレオンの首に両手を回す。何となく、困るレオンを更に困らせたくなった。
両手首に、レオンの首筋の温度が伝わる。その心地よさに、少しだけ力を入れて、レオンの顔を引き寄せる。レオンの顔がとても困っている。
なんかゾクゾクしてきた。やってはいけないという意識が、俺の中で警鐘を鳴らす。
ただ、それがわかるだけに、してはいけないことをしているという思いが俺を昂ぶらせた。
「れーおーんんー」
ドキドキする。この感覚は、良くない。
頭の中が、グルグル回っている。まともにモノが考えられない。意識が千切れていくのがわかる。
どうにも目も霞んできて、レオンの顔もよく見えない。
ああ、これは、だめだ。意識が飛び飛びになっていく。
ただ、それでも。
手に伝わる感触。体温。そばに居るという安心。
それがわかった俺は、素直に意識を手放した。
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