すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

38話 バスラゲイト要塞

 バスラゲイト要塞は、帝国首都グラナダス北方の天険要害サーカルナア山脈を貫く街道を守護するものとして建立された、帝国最古の要塞だ。


 もともと、帝国はこのサーカルナア山脈を北限として勢力範囲を誇っていたが、南部及び東部への拡張が一段落した後に、北へのルートとしてこの街道を整備。ビレルワンディから北側、サータイン地方へ侵攻したという経緯が存在する。
 その際に、建立されたのがバスラゲイト要塞だった。


 侵攻当初、このバスラゲイト要塞は最前線基地であり、橋頭堡でもあった。
 侵攻ルートはこの一つのみであったため、かなり長い間、山脈の街道出口辺りで一進一退の攻防が繰り返されたらしい。
 こうした状況の中、もし万一にでも、先頭集団が敗退し、逆侵攻を受ける可能性も考え、バスラゲイト要塞は増築を繰り返し、ほぼ軍機能以外に無いにも関わらず相当な規模の要塞として成長した。


 結局の所、逆侵攻などは行われず、要塞の防衛機能が発揮されることは無かったが、その後帝国がサータイン地方を平定するに伴い、サーカルナアの街道を保全する基地としての存在に落ち着く。
 前にも言ったが、サーカルナア山脈は強力なモンスターが出現する場所としても有名で、それを守護する何かが必要なのも確かだったからだ。


 ちなみに現在帝国の北の国境線は、サータイン地方北限にあり、そこには要塞都市カクラワンガが、同じく三大列強の一つである連邦に対して睨みをきかせている。このためバスラゲイト要塞の軍事的な意味は、現在存在しないといっていい。


 「……という話ですね」


 背後から聞こえるレオンの話を要約すると、以上のようなものだ。
 実際、もっと話は長かったが、半分以上は頭の中に残っていない。確か、帝国の歴史的な話だったような気がする。


 「ふーん」


 対して俺の反応はそんなものだった。素直に言ってみれば、そこまで突っ込んだ知識はわりとどうでも良い。
 そんなことより、そんなバスラゲイト要塞が、実際に目の前に見えるようになってきたことの方が重要だ。


 やっと到着か。ホッとする。正直、馬車の旅にも飽き飽きだった。
 だからこそ、今こうして、レオンの馬に乗せて貰っているのだが。


 おおよそパルミラの我が儘により、ここまで来る間に馬に乗せて貰う事は、なんとなく定例化していた。アイラはそうでも無いのか、あまり馬には乗りたがらないが、パルミラと俺は、暇になると馬に乗せて貰う。ただ、俺にしてもパルミラにしても、乗馬の経験など無いので、誰かの馬に一緒に乗せて貰う事になる。


 最初は全員レオンの馬に乗せて貰っていたが、今ではパルミラはレパードが、レオンとは俺が乗ることが多くなった。
 横を見ると、武者然したレパードの騎馬の前にまたがるパルミラという、不思議で、ある意味微笑ましい姿を見ることが出来る。
 どう見ても違和感しか無い。これでレパードがフル装備でなければ、爺さんと孫みたいになるのだろうが。


 見えてきた要塞は、山間の谷を塞ぐダムのようにも見えた。
 高い城壁が完全に街道を含む全体を重々しく塞いでいる。古いだけあって、城壁も色合い的に地形と一体化しているように見え、ともすればそれは遺跡のようにも感じるが、城壁の上に立つ旗や、見える城門に、隊商が集まっているところを見ると、ちゃんとそれが機能していることがわかる。


 「要塞には、寄るのか?」


 斜め後ろを見上げながら、背後に密着するレオンに聞いた。
 正直言って、寄って欲しい。今現在の時刻はおおよそ昼過ぎなので、このまま帝都まで一気に行った方が早いのは分かっているが、それでもまだ二日ほどかかる。
 要塞は古い事と、現在隊商が溜まっているところからわかるように、それなりに施設が整っている。
 はっきり言って、馬車以外で寝たい。風呂にも入りたい。


 「一応、その予定です。ここまでは少し急ぎましたから、ちゃんとした場所で一端休養した方が良いでしょう。実際この街道を踏破するのは、普通以上には消耗度が大きいですから」


 確かに、あの夜以降、行軍スピードが上がったようで、半ば強行軍に近い形でここまで来ている。
 それに街道とは言え、かなりの隘路で、なおかつ崖を気にしつつ、モンスターの襲撃にも備えるという状況だったため、親衛隊といえど、緊張の程はいつも以上だっただろう。
 必要でない場合、兵に無理をさせるべきでは無い。
 指揮官のそれなど分からないが、良く言われるそんな常識に、従っているのかも知れない。
 そんな常識は、わりと守られたりしないが。


 「そっか、じゃあそろそろ馬車に戻っておくかな」


 「いえ、このまま行きましょう」


 「えぇ?」


 安心しているとこれだ。
 最近、兵士に姫様呼ばわりされるのは少し慣れてきたとはいえ、さすがに初めて行くような場所に、なんというか、こういう状態で行くのは……。


 それ以前に、姫様呼ばわりに慣れるのもどうなのよ、とも、今さらながら思う。
 テラベランで、ルーパートに聞いていたとはいえ、実際その辺りどういう認識なのかジーク君にそれっぽく聞いてみると、『レオンの行方不明だった幼なじみが見付かったので保護されている』という話だった。誰だその設定考えたの。
 ただ、『クリス』の話をなぞると、確かにそれは嘘では無い気がする。
 少し出来過ぎな気もするが。そうかというと真実はロクデモナイ事を考えると、遙かに信じられる設定とも言える。


 「だいたいですね、貴女は帝都では私の婚約者なのですから、慣れて貰わないと困りますよ」


 いけしゃあしゃあとそんなことを言うレオン。
 そういえば、そうだった。
 途中色んな事があったので頭から外れていたが、そもそも帝都に行く目的の半分はそういう話だった。
 あと半分は、奴隷の時の報酬を貰うという目的だったはずだが、それは結婚云々以上に頭から消えていた。


 慣れろ。とは言うが、素直にこれ以上慣れたくない。俺的にはもう、十分すぎるほど……いや、危険な水準を超えて慣れているようにしか思えない。


 「あー……もう、降ろせよー」


 言ってる事が正論なだけに、どうにも抗議にも力が入らない。
 大体、馬に一緒に乗っている以上、俺一人では降りることも出来ない。手綱は当たり前のようにレオンが握っているので、レオンの前に座っている俺は、ある意味拘束されているも同然だった。


 仕方ねーなー……


 門が近づく。諦めるしか無い。










 程なくして、俺たちは要塞の門を潜った。
 何だかんだで何度も通った場所ではあるはずなのだが、馬上で、注目されながら入ったのは初めてだ。ある意味、新鮮だ。


 軍である事がわかっているのか、それとも事前に通達していたのか、一応それでも帝都の北の玄関口としての当然のように行われる検問は、俺たちには無関係だった。同じように北からやってきたのだろう隊商の集団が検閲されているのを横目に、門を潜る。


 放って置いてもやたら目立つレオンだったが、それが女を一緒に乗せて馬上にある。
 当然なのだが、隊商を抜けるときも、門を通過する際も、中に入ってからも、当然のように注目の的だった。
 おそらくレオンはそうしたことに慣れているのだろう。そんな視線などお構いなしに、騎馬を進める。
 一方で、そんな数の好奇の視線など、これまでの人生で一度も受けた事の無い俺は、気が気でない。精々俯いて、レオンの前で小さくなっているしかなかった。
 というか、むしろ、視線はレオンではなく、俺に集中している気がする。


 「……ふざけんなよてめえ……」


 「まぁ、仕方ない事ですよ」


 死ぬほど恥ずかしい。一体なんの罰なんだこれは。飄々としているレオンに怒りが沸いてくる。
 一刻も早く、到着する場所に到着して、部屋に逃げ込みたい。そして出来れば今日この瞬間の記憶を忘れるのだ。今日は飲もう。飲んで忘れたい。


 「レオン様!」


 縮こまってそんなことを考えている間に、内部の誰かがやってきたようだ。かけられた声に、顔を向ける。
 そこには山賊かと思うような、壮年の偉丈夫が立っていた。
 傷だらけの顔に眼帯くれた、直感だけで『歴戦の』という二つ名が付きそうな大男。格好からするに、この要塞のエライ人なのだろう。
 横に付き人よろしく、若い兵士を連れている。


 「ああ、ゲイリー。わざわざ出迎えすまないな」


 「いやいや!作戦、ご苦労様でしたな。首尾は……聞くだけ野暮というものなのですかな?!」


 馬上から降りつつ、ゲイリーとかいうその男に、労いの言葉を掛けるレオン。対するゲイリーはそれに応えて闊達に笑いながら答える。
 というか、声がでかい。見た目に反さない豪傑っぷりだ。
 野暮と言いながら、俺の方を値踏みするように見る。かといってイヤらしい感じでは無い。無いが、居心地はすこぶる悪い。何でも良いから、早く馬上から降ろして欲しかった。


 「作戦は何も問題なかった。彼女は、故あって私が保護している者だ」


 レオンに正面から両脇を抱えられ、ひょいと馬上から降ろされる。
 遠くを見ると、わざわざ脚立らしきものを持って走ってくる兵士の姿が見えた。待ってやれよな。心底恥ずかしい。


 「そうでしたか!私は、ゲイリー・クロスフォード!当要塞の司令官などをやっております!こちらは副官のパーシバル・ベルガノア。どうぞお見知りおきを!美しいお嬢さん」


 促されゲイリーの前に立った俺は、ゲイリーから、声はでかいが思いの外礼儀正しい挨拶を受けた。
 ゲイリーは、そうだとは思ってはいたが司令官様だった。横に立ったゲイリーとは全く対照的な兵士も、紹介とあわせて軽く礼をしてくる。


 レオンを除けば、そんなエライ人から歓待を受けるのが初めての俺は、どうしたら良いのかわからない。
 戸惑いながら、レオンを見る。


 「彼女は、クリスティーン・ルエル・フェルミラン」


 視線を受けて、レオンは言った。
 その言葉に内心衝撃を受けつつも、レオンの目線に促され、二人に礼をする。
 こうした場合、は。


 「クリス、と、呼んで下さい」


 演技だと自分に言い聞かせながら、軽く膝を曲げ、ワンピースの裾を軽くつまみ頭を下げる。
 正解かどうかはサッパリ分からないが、それは俺の想像に思い浮かぶ上流階級の淑女的挨拶だった。
 それでもクリスと呼べなどと言ったのは、レオンに対する軽い意趣返しのつもりだ。
 多分、レオンのそれは、ここからは演技ですよと俺に伝える意味を込めたのだろうが、俺としては、いよいよ俺は『クリス』になるのかと、複雑な心境にならざるを得ない。


 「これは……丁寧にどうも。クリス。それにしても」


 正しかったのか、間違っているのか、ドキドキする俺の目の前でゲイリーが軽く息を飲んで、俺とレオンを交互に見る。
 一体なんだ。なんか俺やらかしたか……。


 「それにしても、レオン様と並び立って釣り合いが取れるほどの女性を、私は初めて見ましたなぁ」


 思いがけない言葉に、ピシリと固まる俺。
 いや、容姿から言えば、そうなのか。あまり考えないようにしているが、何しろ俺は絶世の―――言葉が出てこない。
 以前は、自分の体は一過性のものと完全に割り切っていたからこそ、客観的にそんな評価をしていたが、この体や、状況に慣れ始めている今は、自分が美人などという事を思いたくない。それは純粋に恥ずかしかった。


 「取りあえず長旅で彼女も疲れている。部屋と、出来れば風呂を準備してくれるだろうか」


 この何とも言えない空気に、心の奥底から居心地悪く感じていた俺は、レオンの言葉にホッと胸をなで下ろす。正直、何時ボロが出るか穏やかではなかった。


 「ゲイリー、保護した女性は3人居る。そのつもりで準備してくれ」


 「レパードか!……なんだ、貴様も隅に置けないな!」


 「ぬかせよ」


 気付いたら、いつの間に下馬したのかレパードが、アイラとパルミラを連れてやってきた。今の会話の感じからすると、どうやらレパードとゲイリーは旧知の間柄のようだ。
 確かに、二人とも方向性が似ている。


 「アイラです」


 「パルミラ」


 その隙に、アイラが俺以上にそれっぽく、パルミラは帯剣に軽く手を添えて、それぞれ礼をした。
 アイラはともかく、パルミラの出で立ちは彼らにとって一体どう映るのだろう。俺が気にする事じゃ無いかも知れないが、酷く気になった。


 「おお、これはまた、可愛らしいお嬢さん達ですな!部屋と風呂は既に準備しております。晩は、ささやかですが慰労の酒宴を予定しておりますので、宜しければどうぞ!」


 幸いにも全く気にされなかったようだ。
 それもどうかとは思うし、何となくパルミラも不満顔だが、それはどうでも良い。
 とにかく、風呂に入れる。
 その後に続く、慰労の酒宴とやらの事は、深く考えないようにしながら、先に立って歩き始めたレオンと、ゲイリーの後を追った。

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