すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

35話 慣れと警告

 レオンの案内で、部屋に戻ってみると、もう寝ているかと思っていた二人は小さなテーブルで、ご飯を食べている最中だった。
 ついでに言うと、シーツとかも新しくなっている。


 聞いてみると、どうやらあの後レパードが女中に話して、シーツとかを取り替えさせたらしい。もちろんロープも回収された。
 その時、お腹が減っていた二人は、ついでにそれを訴えると、程なくして準備されたので、遅い晩餐を食べていた、と言うことらしい。


 そう言われれば、色々あった加減ですっかり忘れていたが、確かに晩飯を食べていなかった。気が利いている事に二人は、『そのうち戻ってくるから』と女中に言ってちゃんと三人分準備させていた。
 見る限り、待つことはしなかったようだが、それでも有り難い。
 そんな二人を見て、俺も思い出したように腹が減っているのに気付き、有り難く相伴に与った。


 「……と、そういう感じでさ」


 俺はパンを頬張りながら、アイラとパルミラの前で、窓から降りた後何があったかを掻い摘まんで話してやった。
 実際迷惑をかけた事でもある。
 ちゃんと何があったか教えるのがスジだろう。


 「……」


 「……」


 ……にもかかわらず、二人は、ぽかんとした顔で、話し終わった俺を見つめて何も言わない。
 訝しんでいると、申し合わせたように二人で見つめ合い、二人揃って首肯した。


 一体、なんなんだ。意思疎通の魔法なのか。
 冷めたスープを飲みながら、その二人の謎の行動の意味を考える。
 わかるわけもない。


 「あの……お姉様?」


 「なんだ?」


 「お姉様は、ええと……お兄様なんですよね?」


 はぁ?
 質問の意味がわからない。
 何時に増してワケのわからないことを言うアイラに眉をひそめつつ、スープをずるずるとすする。
 理解不能な顔をしていると、今度はパルミラが俺の顔をじっと見つめながら、言った。


 「クリスは、脳みそまで女の子になってきている」


 ぶっ。
 単刀直入なパルミラの言葉に、俺は飲んでいたスープを吹き出しそうになった。
 吹き出すのは堪えたが、変なところに入ってしまい、盛大にむせる。


 「ご、ごっほっ、ごほっ」


 「お、お姉様、大丈夫ですか?」


 「い、いや、ごほ、ん、それより、ごほっ、どういう、ことだ」


 慌てて手を出すアイラをやんわりと振り解き、衝撃的すぎるパルミラの台詞を問い正しにかかる。


 「自分で気付いてないほうが、おかしい」


 わりと真剣そうな顔のパルミラ。
 というか、ワケがわからない感じのアイラと、結論と要点しかないパルミラ。理解するのに疲れる。
 とりあえず、アイラを促す。
 こういう場合、交互に説明させるのが正しいのは、既に学習済みだ。


 「だって、ええと、レオン様に抱き付いて慰めた上に、お姫様ダッコされて嬉しかったんでしょう?」


 その結果、アイラは俺を絶句させるほどの爆弾を落とした。
 前後中間の部分が良い感じにすっぽり抜けているが、しかし言ってる事自体は全く嘘でも何でも無い。
 それでも何とか否定しようと言い訳を考えるが、有用そうなものが頭から出てこなかった。


 「……い、いや。だいたいお姫様ダッコって、木から落ちたから、そうなったんであって……」


 なので、押っつけ頭に浮かんだだけの言い訳を、しどろもどろになりながら訴える。


 「それを話している時、結構嬉しそうだった」


 そんな言い訳は、速攻パルミラに潰された。
 ビシッとか音が聞こえてきそうな程、小気味よい論破だった。受けたのが自分で無ければ、感嘆に声を上げただろう。


 「それに、レオン様に抱き付いて慰めた、という辺りがもうそれだけで駄目です」


 「駄目、なのか」


 「駄目と思えない方がおかしい」


 パルミラが容赦ない。
 素ともなんとも言えないような、真剣な顔で言われると、反論する気も萎えてくる。


 「私は別に、それもありかなー、とか思ったりしますが、例えば!例えばですよ。もしお姉様が、元の姿だったとして、自分の行動を振り返った場合、どうですか?」


 アイラらしからぬ例え話を含めたその言葉は、妙な説得力があった。とりあえず台詞の冒頭は無視するにしても。
 少しだけ、想像してみる。


 「……無いな」


 素直に気分が悪くなった。自分の顔が歪むのが分かる。


 「でしょう?ですから、私が思うに、お姉様はだんだんお姉様である事に慣れ始めてる気がするんです」


 それはアイラがお姉様お姉様と連呼するからじゃないのかとも思うが……


 それは抜きにしても、アイラが言う『慣れ始めている』という言葉は、結構堪えた。
 確かになった当初に比べて、葛藤しなくなってきている。


 「このままだと、男に戻れないかもしれない」


 畳み掛けるようなパルミラの台詞に打ちのめされた俺は、がくっと頭を垂れた。
 それは、結構ごっそりと俺の心を抉った。
 今まで、男に戻るにはという方法ばかりを追って、その上で戻れる戻れないを考えていたわけだが、二人の話は、全く方向性が違う問題を俺に突きつけてきた。


 慣れ。慣れ……か。


 でも、それは慣れるだろとしかいいようが無い。
 何時までもそうである事をクヨクヨ悩んでいても仕方ない。なってしまった事自体を嘆いてもどうにもならない。細かな部分は割り切らなければ、正直やってられないのだ。
 そうやって、この身体に慣れたとしても、何時か元の体に戻ろうとさえ思っていれば、今現在の少々の不都合なんて目を瞑っていてもいいはずだ。
 だから別に慣れるのは悪くない。だが―――


 ―――本当に、慣れだけだろうか。


 確かに、葛藤することは少なくなった。
 それはきっと、慣れなのだろう。だが、慣れで、アイラとパルミラが言うように、レオンに抱き付いてみたりするだろうか。そしてそれに対して、疑問を持たないでいられるだろうか。


 素直に、そこはわからない。
 おそらく誰も経験が無いだろうこの状況は、誰にも正解がわからないのだと思う。


 ただ、あの裏庭でふと感じたように、俺の行動そのものが、俺の中にある『クリス』から来ているものだとしたら。


 ともすれば、俺の意思すらも変容しようとしているんじゃないだろうか。


 「でもですよ。私としては、別にお姉様がずっとお姉様でも別に気にしません」


 呻吟する俺の前で、例によってアイラがかなり斜め上を突く言葉を吐いて、席を立った。
 どういう意味なのか図りかねている間に、今度はパルミラが席を立つ。


 「私達は、クリスが元に戻りたいというから、そう言った。私個人としては、別に戻らなくても気にしない。クリスはクリスだから」


 アイラの言葉を補足するように、パルミラが珍しい長口上でそう言い、そのままアイラと一緒にベッドの方へ向かうと、二人仲良くベッドにぱたりと倒れ込んだ。


 ……こいつら。


 いや、二人は気を遣ってくれているのだろう。


 もし、戻らなくとも。戻れなくても。
 考えないようにしていたが、その可能性は十分すぎるほどあり得る。
 何しろはっきりと戻る方法が、未だにわかっていない。
 それに、今や間違いなく言えるのは、元の俺の身体が既に存在していないとなった場合、この時は、本当に戻れなくなってしまうのだ。


 本当に、俺は元の姿に戻れるのだろうか。










 翌朝、どうにも眠れずに日の出を迎えてしまった俺は、ぐらぐらする頭を押さえつけて、ずるりとベッドから降りる。
 アイラとパルミラが俺の顔を見て心配そうにするが、こればかりは仕方ない。問題ないと言って手をひらひらさせる。
 自分で言うのもなんだが、問題ないわけ無い。


 「うあぁ……クマがひどいな」


 鏡を見て俺は呻いた。
 そんなこと言ってると、パルミラが水桶を持ってきてくれたので、礼を言って、頑張って目の下をこする。
 それにしても、体力バカな体だとか思っていたのに、睡眠不足は普通に堪えるらしい。この辺りの基準がよくわからない。
 念入りにこすると、少し薄まった気がする。これはこれで、少し恥ずかしい。


 「どうだ、変じゃないか?」


 などと言って、アイラに確認を取る。
 変じゃないが、少し気になる、などという微妙な返事を受け取る。どっちつかずの返答に、より気になるが、諦めることにする。


 仕方なく、用意されていた服に着替えようと、服を脱ぐ。良く考えたら、昨日は風呂に入れていない。
 というか、結構長い間入れてない。川沿いを動いていたときは、偶に川で水浴びしたりしていたが、兵士達にわりと見られていたので、そのうち止めてしまった。


 自分の体を少し臭ってみる。よく分からないが、折角水桶もあるので、タオルで体を拭いておくことにした。ついでに、寝てもないのについている寝癖が気になり、櫛を借りて丁寧に梳いておく。


 その後、支給されていた新しい下着に着替え、新しい服に袖を通す。旅の間は仕方ないとしても、出来れば下着ぐらいは頻繁に変えたい。
 今日は、ひざ丈のチュニックか。萌葱色で少し派手目な感じだが、黙って腰布を巻いて調整する。ズボンは無し。最近、夕方は結構冷えるのにな……。


 それにしても眠い。
 まあ、今日は出発の日だし、馬車の中で寝よう……。手を口に当てて、あくびをかみ殺した。
 お腹空いたな。朝ご飯は、部屋に持ってきてくれるのだろうか。
 そんな事を考えていると、パルミラがやってきて、俺をじっと見つめた後、言った。


 「クリス、もうかなり女の子」


 ……一体、どういうことなんだよ。










 結局、街を出たのは昼過ぎになった。


 寝不足に加えて、朝からパルミラに打ちのめされた俺は、ふらふらになりながら、馬車で横になる。その間、十分すぎるほどレオンに心配されたが、大丈夫を連発して割と冷たく突き放した。


 レオンが凄く戸惑った顔になっていたが、眠い事を理由に、深く考えないことにする。
 正直、昨日の延長で来られると、自分がオカシくなってしまうので、あえて距離をとった格好だ。
 アレだ。近づけば遠ざかり、遠ざかれば近づく、みたいな。
 いや、それだと遠ざかると近づかなければならないのか。


 「悪女ですね」


 「この女狐」


 昨日からなんか二人が容赦ない。素直に、自分を元気づけるためにあえて言っていると思いたいところではある。


 ふと、離れていくビレルワンディの街を馬車の窓から見る。
 結局1日しか滞在していないが、わりと色んな事があったような気がする。正直、こんな慌ただしく離れるには、惜しい気持ちもあった。


 そしてそれよりも遠く見える、アートルの遺跡。そこで封鎖を行っているはずの軍の姿は見えない。単純に遠いからわからないのか、本当に居ないのか。


 今、あの遺跡を、迷宮を前に、離れても良いのだろうかと、不安になる。本当は、振り切ってでも、それが如何に危険であっても、自分で潜って確かめるべきなのではないだろうかという疑念が払えない。


 それでも、今は、調べるというレオンの言を信じるしかなかった。
 冷たくしても、結局は俺の為にしてくれているレオンに対し、悪い感情を抱くことが出来ない。それに多分、もう隠し事もしていない、はず。


 過ぎたことは過ぎたことと割り切って、視線を進行方向に向ける。
 進む兵士の隊列の向こうに、切り立った山嶺が見える。サーカルナア山脈。帝国を南北に分断する、巨大な山系の一部。
 見える道は、暫く緩やかな登りを経て、その山嶺の合間を抜けていく。北から帝都へ行くにはこの道が最も近いが、一方で最も険しい。
 道こそ整備されているものの、勾配が厳しく、また山稜に住むモンスターの襲撃も警戒する必要がある。
 ビレルワンディから帝都への道のりは、おおよそ6日。通常危険であるため、帝都、ビレルワンディ間の隊商は、出発点でコンボイを組み、強行突破するかのように踏破するのが通常だ。


 もちろん純粋な戦闘集団である親衛隊は、その必要は無い。現在進むのも、単独での踏破行だ。飛竜などの強力なモンスターに出会わない限りは問題ないだろう。
 それに道中の中間点には、バスラゲイト要塞が帝国によって建立されており、関所としても機能しているそれは、同時に道中の安全を守るものとして街道を扼している。


 何も問題ない。
 きっとビレルワンディまでの道中同様、暇な旅になるだろう。
 俺は、寝不足を補うため、窓から離れ、クッションの上に横になった。

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