すわんぷ・ガール!
34話 楡の木の下で
10年?
いや、レオンを見る限り、それは特に疑問がある話ではない。
冷静に計算すると、レオンの年齢は現在28歳ということになるが、確かにそれはレオンの見た目的に年相応だからだ。
そうか、レオン28歳なんだな。結構、歳いってるんだな。10差かよ。
それはともかく、そうだとしたら、問題が一つある。今の俺の見た目だ。
幾ら魂が抜けようと、体が死んでいない限り、見た目には成長する。今の話を元にすると俺のこの体の年齢は、現在26ということになるが、少なくとも見た目はそんな歳じゃ無い。
……そこまで考えたが、ふとパルミラ20歳を思い出し、あり得ない話じゃ無いのかと思い直す。ただ、パルミラ級の実年齢と見た目のちぐはぐさは、かなりレアだと思う。そうそう居るものじゃない。
「10年……ええ、10年です。にもかかわらず、貴女の容姿は何も変わっていない。10年前、変わり果てた―――いや、何も変わってないように見えた、彼女と最後に出会った時の、姿の、まま」
真面目な顔でこちらを見るレオンにドキッとしたが、同じ事を考えていたのだろう。
ということは、10年前レオンは『クリス』を見てから、その後の事をよく知らないということなのだろうか。
「10年間で、『クリス』に何があったのか、知らないのか?」
「貴女は知っているのです?」
逆に聞かれた。
やはり知らないのだろう。もちろん俺も知らない。首を振って答える。
「……私が知っているのは、その後、彼女の身柄は、何者かによって……持ち去られた、ということだけです」
「持ち去られた?」
穏やかでない言葉に、反射的に聞き返す。
同時に、掠われた、ではなく、持ち去られた、と言うレオンに、何と無い冷たさを感じて軽いショックを受ける。
……いや、10年前の話だ。レオンなりの割り切りなのかも知れない。
実際に、レオンは彼女のその様を、見ているのだから。
「ええ、その身柄は魔導院に安置されていた筈なのですが、ある日魔導院からの報告で、『持ち去られた』と。これはこれで不思議な話でした。先ほど特殊な組織といいましたが、特殊だけに、そもそもそこから何かを奪うという事は、あり得ないに近い話なのです。ですが、当時、そうした事情はあえて不問にされました。何故なら、六応門の魔法士を失った関係で、その身柄そのものの扱いが難しいものになっていたからです。その結果、身柄が何処に行ったなどは等閑にされました」
「やっかいなものが無くなった事の方が重視されたってワケだ」
そういうことです。
我が事のように、レオンは少し項垂れて答えた。
「ですが、それでも私は私が出来る範囲で、彼女を探しました。言い訳にしかなりませんが、そうすることが私の贖罪だと思って。ですが、全くその行方は掴めませんでした。何を目的に、彼女の体を持ち去ったのか。その動機すらもわからないまま―――そうして10年が過ぎ、彼女の事が頭から抜けつつある頃、突如彼女は私の前に現れました。つまり―――貴女です」
レオンが俺に振り向く。その双眸が、強い意志で俺を貫いた。
突然、話が自分に向いた事に、軽く息を飲む。
「実際、驚きましたね。本当に、驚きました。何しろその姿は、10年前、私が見たあの姿のままなのですから。ですが一方で、あり得ないとも思いました。何しろ性格が全く違う。それに姿はともかく、格好が」
くっくっと笑うレオン。その時の事を思い出しているのだろう。
俺は何故か急に恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
「しょうがないだろ。笑うなよ」
「―――失礼。とにかく、最初は信じられませんでしたね。そうでしょう。容姿は同じでも、10年前。そしてそれ以外はことごとく違うのです。ただ生き写しなだけの別人だと、普通思います。ただ、それにしても似すぎている。特にその銀髪が」
これか。
言われて俺は、自分の前髪を引っ張って眼前にもってくる。
確かに顔だけならともかく、この髪色まで一致しているとなると、流石に割り切れなくなるだろう。そもそもこんな髪色は、あり得ないのだ。
「その髪さえなければ、完全に他人と割り切ったでしょうね。ただ、それでも最初のうちは割り切ろうと必死でしたよ?その為に結構危ない目にも会わせてしまいましたが」
「そういえば容赦なく奴隷にされたな」
まあ、別に無理矢理されたわけでもなく、仕事だとわりきってやったことだ。
別に恨む気持ちも何も無い。
「いや、それは申し訳ありませんでした。しかし……とにかく、あの日、貴女の告白を聞いて、考え方が変わりました。件の『女になった』という話です。私はその話を聞いて、殆ど確信に近い考えを持つに至ったのです。今や、貴女もそう思っているだろう―――つまり、『クリス』の体に『あなた』が憑依している、と」
俺の告白を聞いた、その時のレオンの動揺っぷりや、その次の日、『クリス』の肖像を見せたあの一連の遣り取りが思い出される。
レオンは俺の告白を聞いた時から憑依の可能性を考えていたのだろう。そのように考えると、そこから連なるレオンの行動が、全て説明がつく。
あの夜の河原でのことも……ある程度わからなくもない。
「ですが、今のところそこまでです。現在改めて調べ直しては居るのですが、どうも色んな事がまだ謎のままですね」
「調べる、というのは、アートルの事か」
昼に、ギルドで聞いた話が甦る。
軍がアートル遺跡を閉鎖して、何かをしていると。
やはり、それはレオンの指示なのだろうと、当たりを付ける。
「そうですね、そこも調べなければいけませんが現状の編成では難しいので、帝都で迷宮探査専門部隊を作ってからになりますか」
あれ?
そのもの言いだと、レオンは未だアートルに手を出していないように聞こえる。
肩すかしな結論に、俺は少し困惑して確認をする。
「じゃあ、今はまだアートルを調べていない?」
「まだ手を付けてはいませんね」
事も無げに言うレオン。嘘をついている様子は、ない。
だとすれば、今現在アートルを封鎖しているのは、どこの軍なのだろう。
……いや、本当にアートルは封鎖されているのだろうか。
あの時感じたアルクへの不信感。
それが再び頭の中に引っかかる。
「……実は、今日ギルドに行ってきたんだよ。アートルがどうなっているか―――いや、はっきり言えば、俺の元の体がどこにあるのかが気になってな……それはともかく、そこで聞いたんだよ。軍がアートルを閉鎖してる、とな」
俺がそう言うと、レオンは考えるような素振りになった。
それを見るに、やはりその情報はレオンは知らなかったと考える方が妥当だ。
そうすると、いよいよその情報が何を指しているかがわからない。
「それが、確かなのだとすると、アートルを後回しにしたのは失策だったかも知れませんね……どこの所属かわかりませんが、確認する必要がありそうです。私達と同じ目的なのか、或いは別の何かなのか、判別が付きにくい……レグナムを使います」
ああ、あの不景気な男か。
というか、一緒について来ていたのか。全く姿が見えなかったが。
「いろいろな可能性を考えて、全般的に調べるなら、彼が適任ですからね」
「あ、それなら」
俺は、ギルドでの顛末をレオンに話した。
その上で、俺が出てから冒険者が何人か12番迷宮に潜っている事を伝え、その行方と詳細をついでに調べることを提案した。
「確かに、その話も併行で調べる必要がありそうです。わかりました」
ホッとする。一応は、俺の情報も役に立ったということだ。
まあ、だからといっておんぶだっこな現状、申し訳ないのは変わらない。
「しかし、ギルドですか……」
それが何回目なのか、レオンが考える素振りをする。
「なんか、気になることでもあるのか?」
「いえ、現状では特に」
そう言って、頭を振った。
そうふられると、いよいよ気にはなったが、再び考える素振りになったレオンに何度も聞くのも野暮だと思い直し、気にしないことにする。
そのまま沈黙がその場を支配した。
レオンを見ると、ずっと何かを考えている様。
多分、俺も考えを整理しなきゃいけないんだろうと思いつつも、今日一日で色んな事が起こりすぎたこともあって、上手く考えがまとまらない。
ふと上を向くと、星空を背後に、茂る楡の枝が黒々としたシルエットとして映る。
そのシルエットを貫通して、ところどころから星の光が漏れていた。
―――この木の上なら、星空が綺麗なのかな。
夢の話を何度もした俺は、それに感化されたように、急に脈絡も無くそう考えた。
その場に、立ち上がる。
それに気付いたレオンが俺を見上げるのがわかったが、それを無視して、最も低い楡の枝に飛びついた。
「うっ……くっ」
そのまま何かを言われる前にと、結構必死になって枝の上に乗る。
よく考えたら『クリス』はともかく、俺は木登りとか初めてだななどと、今さらのように思った。
まだ宙が見えるまでは、もう少し昇らなければならない。俺はその場でレオンを見下ろす。
レオンは唖然とした顔で俺を見上げていた。その様に、にやりと笑う。
「来いよレオン!きっと星がぁっ!」
「!!!」
意気揚々とレオンに声を掛けた瞬間、足下の枝がバキッと折れて、俺はそのまま落下した。
宙に浮いたのは一瞬。その次には、俺の身体はレオンの両腕にすっぽりと収まった。
またこのパターンか。なんていうか、死ぬほど恥ずかしい。
調子に乗って、折角だからといい気になった結果がこれだ。心底バツが悪かった。
何も言えずに、レオンの腕の中で小さく縮こまる。
「まったく……驚きましたよ」
「あー……うるさい馬鹿……」
驚き顔から、優しく微笑むレオン。その顔にいよいよ俺は恥ずかしくなり、間違いなく赤くなっているであろう顔を両手で覆う。
レオンがクックッと笑う声が聞こえる。
笑うなよ。笑えるだろうけど。
「……きっと『クリス』は忘れていたのでしょうけど、実は一度、同じようなことがありました」
語りながらレオンは木を見上げた。その視線を指の間から追う。
「彼女が木の上から落ちましてね。その時、私は受け止めきれなくて、結果、彼女は怪我をしたんです。それ以来、私は下で待つようになったんですよ」
思いがけない告白に、俺の口からため息が漏れる。
なんだかわからない感覚が、胸の中に満ちるのがわかる。それに押し出されるように、俺はレオンに告げた。
「レオン」
「はい」
「……その……ありがとう、な」
顔を覆ったまま、俺はそう言った。
それはもしかすると俺の中にある『クリス』の記憶が、そう言わせたのかも知れない。
いや、レオンを見る限り、それは特に疑問がある話ではない。
冷静に計算すると、レオンの年齢は現在28歳ということになるが、確かにそれはレオンの見た目的に年相応だからだ。
そうか、レオン28歳なんだな。結構、歳いってるんだな。10差かよ。
それはともかく、そうだとしたら、問題が一つある。今の俺の見た目だ。
幾ら魂が抜けようと、体が死んでいない限り、見た目には成長する。今の話を元にすると俺のこの体の年齢は、現在26ということになるが、少なくとも見た目はそんな歳じゃ無い。
……そこまで考えたが、ふとパルミラ20歳を思い出し、あり得ない話じゃ無いのかと思い直す。ただ、パルミラ級の実年齢と見た目のちぐはぐさは、かなりレアだと思う。そうそう居るものじゃない。
「10年……ええ、10年です。にもかかわらず、貴女の容姿は何も変わっていない。10年前、変わり果てた―――いや、何も変わってないように見えた、彼女と最後に出会った時の、姿の、まま」
真面目な顔でこちらを見るレオンにドキッとしたが、同じ事を考えていたのだろう。
ということは、10年前レオンは『クリス』を見てから、その後の事をよく知らないということなのだろうか。
「10年間で、『クリス』に何があったのか、知らないのか?」
「貴女は知っているのです?」
逆に聞かれた。
やはり知らないのだろう。もちろん俺も知らない。首を振って答える。
「……私が知っているのは、その後、彼女の身柄は、何者かによって……持ち去られた、ということだけです」
「持ち去られた?」
穏やかでない言葉に、反射的に聞き返す。
同時に、掠われた、ではなく、持ち去られた、と言うレオンに、何と無い冷たさを感じて軽いショックを受ける。
……いや、10年前の話だ。レオンなりの割り切りなのかも知れない。
実際に、レオンは彼女のその様を、見ているのだから。
「ええ、その身柄は魔導院に安置されていた筈なのですが、ある日魔導院からの報告で、『持ち去られた』と。これはこれで不思議な話でした。先ほど特殊な組織といいましたが、特殊だけに、そもそもそこから何かを奪うという事は、あり得ないに近い話なのです。ですが、当時、そうした事情はあえて不問にされました。何故なら、六応門の魔法士を失った関係で、その身柄そのものの扱いが難しいものになっていたからです。その結果、身柄が何処に行ったなどは等閑にされました」
「やっかいなものが無くなった事の方が重視されたってワケだ」
そういうことです。
我が事のように、レオンは少し項垂れて答えた。
「ですが、それでも私は私が出来る範囲で、彼女を探しました。言い訳にしかなりませんが、そうすることが私の贖罪だと思って。ですが、全くその行方は掴めませんでした。何を目的に、彼女の体を持ち去ったのか。その動機すらもわからないまま―――そうして10年が過ぎ、彼女の事が頭から抜けつつある頃、突如彼女は私の前に現れました。つまり―――貴女です」
レオンが俺に振り向く。その双眸が、強い意志で俺を貫いた。
突然、話が自分に向いた事に、軽く息を飲む。
「実際、驚きましたね。本当に、驚きました。何しろその姿は、10年前、私が見たあの姿のままなのですから。ですが一方で、あり得ないとも思いました。何しろ性格が全く違う。それに姿はともかく、格好が」
くっくっと笑うレオン。その時の事を思い出しているのだろう。
俺は何故か急に恥ずかしくなり、そっぽを向いた。
「しょうがないだろ。笑うなよ」
「―――失礼。とにかく、最初は信じられませんでしたね。そうでしょう。容姿は同じでも、10年前。そしてそれ以外はことごとく違うのです。ただ生き写しなだけの別人だと、普通思います。ただ、それにしても似すぎている。特にその銀髪が」
これか。
言われて俺は、自分の前髪を引っ張って眼前にもってくる。
確かに顔だけならともかく、この髪色まで一致しているとなると、流石に割り切れなくなるだろう。そもそもこんな髪色は、あり得ないのだ。
「その髪さえなければ、完全に他人と割り切ったでしょうね。ただ、それでも最初のうちは割り切ろうと必死でしたよ?その為に結構危ない目にも会わせてしまいましたが」
「そういえば容赦なく奴隷にされたな」
まあ、別に無理矢理されたわけでもなく、仕事だとわりきってやったことだ。
別に恨む気持ちも何も無い。
「いや、それは申し訳ありませんでした。しかし……とにかく、あの日、貴女の告白を聞いて、考え方が変わりました。件の『女になった』という話です。私はその話を聞いて、殆ど確信に近い考えを持つに至ったのです。今や、貴女もそう思っているだろう―――つまり、『クリス』の体に『あなた』が憑依している、と」
俺の告白を聞いた、その時のレオンの動揺っぷりや、その次の日、『クリス』の肖像を見せたあの一連の遣り取りが思い出される。
レオンは俺の告白を聞いた時から憑依の可能性を考えていたのだろう。そのように考えると、そこから連なるレオンの行動が、全て説明がつく。
あの夜の河原でのことも……ある程度わからなくもない。
「ですが、今のところそこまでです。現在改めて調べ直しては居るのですが、どうも色んな事がまだ謎のままですね」
「調べる、というのは、アートルの事か」
昼に、ギルドで聞いた話が甦る。
軍がアートル遺跡を閉鎖して、何かをしていると。
やはり、それはレオンの指示なのだろうと、当たりを付ける。
「そうですね、そこも調べなければいけませんが現状の編成では難しいので、帝都で迷宮探査専門部隊を作ってからになりますか」
あれ?
そのもの言いだと、レオンは未だアートルに手を出していないように聞こえる。
肩すかしな結論に、俺は少し困惑して確認をする。
「じゃあ、今はまだアートルを調べていない?」
「まだ手を付けてはいませんね」
事も無げに言うレオン。嘘をついている様子は、ない。
だとすれば、今現在アートルを封鎖しているのは、どこの軍なのだろう。
……いや、本当にアートルは封鎖されているのだろうか。
あの時感じたアルクへの不信感。
それが再び頭の中に引っかかる。
「……実は、今日ギルドに行ってきたんだよ。アートルがどうなっているか―――いや、はっきり言えば、俺の元の体がどこにあるのかが気になってな……それはともかく、そこで聞いたんだよ。軍がアートルを閉鎖してる、とな」
俺がそう言うと、レオンは考えるような素振りになった。
それを見るに、やはりその情報はレオンは知らなかったと考える方が妥当だ。
そうすると、いよいよその情報が何を指しているかがわからない。
「それが、確かなのだとすると、アートルを後回しにしたのは失策だったかも知れませんね……どこの所属かわかりませんが、確認する必要がありそうです。私達と同じ目的なのか、或いは別の何かなのか、判別が付きにくい……レグナムを使います」
ああ、あの不景気な男か。
というか、一緒について来ていたのか。全く姿が見えなかったが。
「いろいろな可能性を考えて、全般的に調べるなら、彼が適任ですからね」
「あ、それなら」
俺は、ギルドでの顛末をレオンに話した。
その上で、俺が出てから冒険者が何人か12番迷宮に潜っている事を伝え、その行方と詳細をついでに調べることを提案した。
「確かに、その話も併行で調べる必要がありそうです。わかりました」
ホッとする。一応は、俺の情報も役に立ったということだ。
まあ、だからといっておんぶだっこな現状、申し訳ないのは変わらない。
「しかし、ギルドですか……」
それが何回目なのか、レオンが考える素振りをする。
「なんか、気になることでもあるのか?」
「いえ、現状では特に」
そう言って、頭を振った。
そうふられると、いよいよ気にはなったが、再び考える素振りになったレオンに何度も聞くのも野暮だと思い直し、気にしないことにする。
そのまま沈黙がその場を支配した。
レオンを見ると、ずっと何かを考えている様。
多分、俺も考えを整理しなきゃいけないんだろうと思いつつも、今日一日で色んな事が起こりすぎたこともあって、上手く考えがまとまらない。
ふと上を向くと、星空を背後に、茂る楡の枝が黒々としたシルエットとして映る。
そのシルエットを貫通して、ところどころから星の光が漏れていた。
―――この木の上なら、星空が綺麗なのかな。
夢の話を何度もした俺は、それに感化されたように、急に脈絡も無くそう考えた。
その場に、立ち上がる。
それに気付いたレオンが俺を見上げるのがわかったが、それを無視して、最も低い楡の枝に飛びついた。
「うっ……くっ」
そのまま何かを言われる前にと、結構必死になって枝の上に乗る。
よく考えたら『クリス』はともかく、俺は木登りとか初めてだななどと、今さらのように思った。
まだ宙が見えるまでは、もう少し昇らなければならない。俺はその場でレオンを見下ろす。
レオンは唖然とした顔で俺を見上げていた。その様に、にやりと笑う。
「来いよレオン!きっと星がぁっ!」
「!!!」
意気揚々とレオンに声を掛けた瞬間、足下の枝がバキッと折れて、俺はそのまま落下した。
宙に浮いたのは一瞬。その次には、俺の身体はレオンの両腕にすっぽりと収まった。
またこのパターンか。なんていうか、死ぬほど恥ずかしい。
調子に乗って、折角だからといい気になった結果がこれだ。心底バツが悪かった。
何も言えずに、レオンの腕の中で小さく縮こまる。
「まったく……驚きましたよ」
「あー……うるさい馬鹿……」
驚き顔から、優しく微笑むレオン。その顔にいよいよ俺は恥ずかしくなり、間違いなく赤くなっているであろう顔を両手で覆う。
レオンがクックッと笑う声が聞こえる。
笑うなよ。笑えるだろうけど。
「……きっと『クリス』は忘れていたのでしょうけど、実は一度、同じようなことがありました」
語りながらレオンは木を見上げた。その視線を指の間から追う。
「彼女が木の上から落ちましてね。その時、私は受け止めきれなくて、結果、彼女は怪我をしたんです。それ以来、私は下で待つようになったんですよ」
思いがけない告白に、俺の口からため息が漏れる。
なんだかわからない感覚が、胸の中に満ちるのがわかる。それに押し出されるように、俺はレオンに告げた。
「レオン」
「はい」
「……その……ありがとう、な」
顔を覆ったまま、俺はそう言った。
それはもしかすると俺の中にある『クリス』の記憶が、そう言わせたのかも知れない。
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