すわんぷ・ガール!
31話 仲違い
モヤモヤとした疑問を抱えたまま、ギルドを辞して、俺たちは帰路についた。
外に出ると、既に日はかなり傾いていて空は真っ赤に染まっている。
思った以上にギルドで時間を使ってしまったらしい。レオンはもう、俺たちが居ないことを知っているんじゃないだろうか。
「すっかり遅くなっちゃいましたね……」
トボトボ歩くアイラも不安そうに漏らす。
ギルドでは、不十分ではあってもある程度の成果を得られた。
一応聞きたいことは、聞けた。それは満足は出来ないが、脱走する価値はあったと思う。
ただ、それはある意味、言い訳だった。
実際、事が終わってみると、アイラと同様帰ったらどうなるかなあ程度には、不安になった。
レオン、怒ってるだろうか、と。
そうかと言えば、そんな不安とは別に、レオンに対しての不信がすこし、心の中にある。
さっき、アルクが言っていた、軍が、という話。
軍。
もちろん、それは色々あるのだろう。帝国軍という括りで考えると、少なくとも10万近くに達すると言われる常備軍がある。
単純に親衛隊と呼ぶその軍は、それから考えると、そのうちの1%にも満たない。だから、一概に軍といっても、それがレオンのそれと考えるほうがおかしいと言える。
ただ、それでもそこを切り離して考えられない。なぜなら、俺がアートル遺跡の話をしたのはレオンに他ならず、だからこそ、軍がそこに居ると考える方が自然だから。
それは俺の主観でしかない。もちろん、別の軍が別の目的で、そこに居る可能性もありうる。
だが軍が動くには、何か相応の理由が要る。
だからこそ、他の理由が考えられない今、どうしてもレオンのそれを関連づけずにはいられなかった。
「はぁー……」
ため息が漏れる。
別に、悪くないじゃないか。
例え、レオンがアートルの何かを探してても、別にそれは悪い事じゃない。
何をしていたって、俺がそれを止めたりするのはおかしい。
だから、それは大したことないだろう。
そう考えているうちに、駐屯地の門が見えてきた。
ああ、帰ってきてしまったな、などとふと思う。
夕暮れの迫る中、ひどく俺は懐かしい気分になった。
まだ俺が小さな頃、親の言いつけを破って遊びに行き、帰ってきたときのその感覚に、これは近い。
その時は、どうだっただろうか。
確か、母親が家の前で待っていて、俺は―――。
門に、誰かが立っていた。
いや、誰か、じゃない。
遠目でも分かる、あれはレオンだ。横に、レパードの姿も見える。
後ろで息を飲む気配を感じた。アイラだろう。
俺もかなりバツが悪くなったが、観念するように、ゆっくりと歩を進める。
いよいよレオンの姿が見えてくる。腕を組んで、俺たちを見ている。口元は、笑っていない。
怒っているのだろうか。怒っているのだろう。
何故ここまで不安になるのか、と思うぐらい、自分の動悸が速くなっていく。
ああ、行きたくないなと心の中で思うのだが、足は動いてどんどんとレオンが近くなっていく。今更、そのままどこかに逃げるわけもいかず、いくら何でも逃げるとかないだろう俺、という気持ちが勝手に俺の足を動かす。
そして、そのまま、俺はレオンの前に立った。
じっと俺を見る、レオンの表情が硬い。どう、言うべきか。気まずさから目をふと反らす。
「……あのな、レオン、実は」
何を言うべきかわからないまま、ボソボソと話し始めた俺の頬が一瞬熱くなって、そして視界がぶれた。
バシン、と、いう音が耳朶を打つ。
「……っ?」
あれ?
何が起こったのか、わからないまま、ジンジンと熱い自分の頬に手をあてる。
あれ?
恐る恐る、ゆっくりと目を正面に向ける。
―――あの日、母親の前に立った俺は―――
そこに居たのは、怒りと、そして悲しさの入り交じった顔で、今振り抜いたばかりだろう手を震わせる、レオンだった。
「……あなたはっ!」
呆然と見上げる俺の目の前で、レオンは声を張り上げた。ビクリ、と図らずも体を震わせる。
そんな顔のレオンを見たのは初めてだった。レオン、怒ったりするのか、などと部分的に冷静な自分が、そんな暢気な事を考える。
横に立つ、レパードを見ると、驚いた顔をして固まっている。
ああ、レパードもこういう顔をするんだな。それぐらい、レオンのそれが、珍しいのか……。
「一体何をしていたんですか?!街に出てはいけないと言ったはずでしょう?!そうでなくともあなたは―――!」
怒るレオンが、一瞬言いよどむ。
その様に、呆けていた意識が戻ってくる。
なんだよ。
一体、何なんだよ。
何で、俺は怒られなければならない?なぜ叩かれなければならないんだよ。
沸々とした怒りが、心を満たしていく。
目の前で、言い淀んだレオンが俺を睨んで、次の言葉をさがしているように見えた。
その様が如何にも何かを隠しているように、俺には感じられた。
それが先ほどまで考え、俺の中にあったレオンの不信感と結合し、火を付けた。
「わかっているのですか!?」
「―――っ!う、るっ、せえんだよ!」
続くレオンの声に、俺は感情のままに叫んだ。
後ろで、二つの息を飲む声が聞こえるが、無視する。
「何なんだよ!お前!お前は俺のなんだっていうんだよ!そりゃ、助けて貰った恩はあるさ!でもそうやって保護者気取りされる覚えまではねえんだよっ!ズカズカ近づいてくんな!俺は、俺だろうがよ!」
思ってもみない言葉が、俺の口からどんどん吐き出される。
レオンは、俺の言葉に顔を強ばらせ、俺を凝視してくる。
「どうせ俺を違う誰かに見立てて、自分を誤魔化してんだろ!俺は誰か代わりなんかじゃねえっ!ふざけんな!俺は、俺だっ!他の誰でもねえ!」
それはひょっとすると、俺の中に燻っていた何かだったのかもしれない。
俺は俺だ。
女か、男かなんてどうでもいい。
ここにある『俺』が俺の全てだ。クリストファ・カーゾンであって、クリスティーンなんかじゃない。
そんなことは、今まで一度も考えたりしなかった。そして実際そう思われていても、俺は気にしなかっただろう。どうでもいいはずの事だったはずだ。怒る意味が、自分にしてわからない。
ただ、コイツが何かを俺に隠していること。それを伝えないこと。
それによって、俺が思うこと。そうしなければならないこと。
それらの全てが、反転し負の感情となって怒りへ転化する。
結局こいつは、教えたり教えなかったりして、俺を良いように操って、自分にとっての都合の良い『何か』の代役をさせようとしているに過ぎないんだ。
馬鹿にしてやがる……!ふざけやがって!
「お姉様!」
「駄目!」
不意に後ろから、アイラに抱きつかれた。
右手にも何かが巻き付く感触。パルミラか。
だが、俺の目はレオンの目を凝視して離さない。
レオンは、強ばった顔のまま、俺を見つめている。その瞳が、色んな感情を写しているのがわかる。
そして、それはある一つに収束していき、それがはっきりする前に、レオンは俺から目を反らした。
「若……」
雰囲気が変わった事に気付いたのか、レパードが気遣うような顔で、レオンに声をかける。
レオンは目を、そして体ごと顔を反らし、少しだけ時間をおいた。
「レパード」
思わずどきりとするぐらい、平坦な声。呼ばれたレパードは、表情をも硬直させて直立の姿勢になる。
「彼女たちを、部屋に。それから、扉の外に兵を配しておくように」
前半はともかく、なぜそうするのか、などとは聞くまでもなかった。
監禁だ。
俺の奥歯が、ギリ、と、音を立てる。
「は……はッ!」
遅れて、意味を理解したのだろうレパードの固く、短い了承の声が響く。
そして、レオンは俺たちに顔を向けないまま、その場から離れていく。
レパードは迅速だった。感情を押し殺し切れていない複雑な顔で俺たちを見た後、軽く頷いて俺たちを促した。
ついてこい。そういう事だ。
レオンを見る。その背中からは、何を考えているのか、うかがい知れない。
「……俺は、クリスだ!『クリス』なんかじゃねえぞ!」
その背中に、俺は最後の声を投げかけた。
果たしてレオンは、ほんの一瞬だけ、こちらを振り向いた。
その顔に映っていたのは、怒りでは無かった。
哀しみでも、無かった。
そこにあったのは、恐れ、だった。
「あああー、やっちまったよ……」
レパードに連れて行かれた部屋で、早くも俺は後悔していた。
呻吟しつつ、ベッドの上をごろごろと転がる。
思い返せば、そこまで言う事もなかったような気がする。
実際、レオンが俺を、どのように見ていようが、関係ないことのはずだ。
例え、レオンから見て俺が『クリス』の代用のように見ていたとしても、別にそれはそれで気にする必要などないはずだ。そもそも、結婚云々の話で、すでに代役をすることは了承していたはずだし。
だいたい、あの夜、俺は言ったはずじゃなかったのか。自分から、代役だぞ、と。
それに、そもそもレオンが怒るのも、冷静になってみれば当然のことなんじゃないかとか思う。
約束はしなかったが、出るななどと言われてて、それを破ったのは俺たちなわけだし。
……でも、叩くほど怒るなよな、とも思う。
ただ、それも、心配してなどと思えばこそだとするならば、それもまた仕方ない気がしなくも無い。
考えれば考えるほど、自分が悪い気がする。
「……この生活も終わりですかねー……」
ベッドの端に腰掛けたアイラが、向こうを向いたままぼーっとした顔でそんなことを漏らす。
ぐっ……!
ぴたっと転がるのを止める俺。
「さっきのは、クリスが悪い」
アイラの横で、ギルドで借りた本を読みながら、パルミラが言う。
しかもその本から視線を上げる事すらしない。
ぐぐっ……!
「―――っ!わかったよ!俺が悪かったって!」
俺はたまらず、ベッドから跳ね起きて叫んだ。
その声に、二人が振り向く。
「それは、レオン様に言わなければ駄目」
「そうですよ。私達に言っても仕方ないじゃないですか」
確かに、そうなんだが。
「そうなんだが、なんて言えばいいのかわからないんだよ。それに、レオンにどうやって会えば良いんだよ」
部屋を抜け出して、会いに行くか?
いや、部屋の前には、かなり気の毒な兵士が今見張っているはずだ。すまん。兵士。
「うーん、そうですね。でもこういうのって早ければ早いほどいいんですけどね……明日になったら、出発ですよね。機会、無くなっちゃいそうですし」
「抜け出して、行ってくれば良い」
「それが出来たら苦労しないだろ……」
パルミラの率直な提言に、今同じ事を思っていたばかりの俺は、すぐに否定する。
とはいえ、実際それぐらいしか考えつかない。
アイラが言うように、明日になったらその機会が無くなりそうだし、俺もだんだんと顔を合わせづらくなってしまうだろう。ひょっとしたら、時間が解決するのかも知れないが、それを黙って待っているのは、嫌だった。
それに、レオンが最後に見せた顔が、気になる。
あれは、不安、或いは、恐れ。
レオンは何を思い、何を恐れていたのだろうか。
「あーあ、どうするかな」
ぱたっと、ベッドに倒れて、ふとそのまま壁際を見る。
―――あの屋敷の時、朝起きたらいつもレオンが居たな。
その何も無い壁に、レオンの輪郭を見る。
レオンは何時も笑っていた。子供っぽく俺をからかった。困った顔をしていた。苦笑していた。楽しそうだった。
……あんな顔は、していなかった。
「……行くか」
俺は脈絡も無くそう決断し、ベッドから飛び降りる。
レオンはあんな顔を、すべきじゃない。
それに、そうさせたのは間違いなく自分だ。だったらきっちり会って、話をしなきゃならないだろう。
それで、レオンが許してくれるかどうか、わからないけれど。
「どうするつもりなんです?」
訝しむ二人を余所に、そのまま窓際に寄って、窓を開けた。
既に外は夜。街の所々に、煌々と明かりが灯っている。まだまだ夜も更けたばかり。
そのまま、窓から身を乗り出し、周りをぐるっと見回す。
この部屋は、角部屋になっていて、最上階の三階。左隣を見ると、少し離れた場所に窓があって、明かりが漏れている。
そこまでは少し距離があるし、明かりが漏れている以上、誰かが居ると思って良いだろう。
下を見る。
2階の窓が見えた。明かりは消えている。
「よし」
「なにが、よし、なんですか……」
何をするつもりなのか気になったのだろう。寄ってきた二人に、俺は振り返って言った。
「ちょっと手伝ってくれないか」
にやりと笑う俺に、素直に頷くパルミラ。
一方、アイラは結構嫌そうな顔をした。
外に出ると、既に日はかなり傾いていて空は真っ赤に染まっている。
思った以上にギルドで時間を使ってしまったらしい。レオンはもう、俺たちが居ないことを知っているんじゃないだろうか。
「すっかり遅くなっちゃいましたね……」
トボトボ歩くアイラも不安そうに漏らす。
ギルドでは、不十分ではあってもある程度の成果を得られた。
一応聞きたいことは、聞けた。それは満足は出来ないが、脱走する価値はあったと思う。
ただ、それはある意味、言い訳だった。
実際、事が終わってみると、アイラと同様帰ったらどうなるかなあ程度には、不安になった。
レオン、怒ってるだろうか、と。
そうかと言えば、そんな不安とは別に、レオンに対しての不信がすこし、心の中にある。
さっき、アルクが言っていた、軍が、という話。
軍。
もちろん、それは色々あるのだろう。帝国軍という括りで考えると、少なくとも10万近くに達すると言われる常備軍がある。
単純に親衛隊と呼ぶその軍は、それから考えると、そのうちの1%にも満たない。だから、一概に軍といっても、それがレオンのそれと考えるほうがおかしいと言える。
ただ、それでもそこを切り離して考えられない。なぜなら、俺がアートル遺跡の話をしたのはレオンに他ならず、だからこそ、軍がそこに居ると考える方が自然だから。
それは俺の主観でしかない。もちろん、別の軍が別の目的で、そこに居る可能性もありうる。
だが軍が動くには、何か相応の理由が要る。
だからこそ、他の理由が考えられない今、どうしてもレオンのそれを関連づけずにはいられなかった。
「はぁー……」
ため息が漏れる。
別に、悪くないじゃないか。
例え、レオンがアートルの何かを探してても、別にそれは悪い事じゃない。
何をしていたって、俺がそれを止めたりするのはおかしい。
だから、それは大したことないだろう。
そう考えているうちに、駐屯地の門が見えてきた。
ああ、帰ってきてしまったな、などとふと思う。
夕暮れの迫る中、ひどく俺は懐かしい気分になった。
まだ俺が小さな頃、親の言いつけを破って遊びに行き、帰ってきたときのその感覚に、これは近い。
その時は、どうだっただろうか。
確か、母親が家の前で待っていて、俺は―――。
門に、誰かが立っていた。
いや、誰か、じゃない。
遠目でも分かる、あれはレオンだ。横に、レパードの姿も見える。
後ろで息を飲む気配を感じた。アイラだろう。
俺もかなりバツが悪くなったが、観念するように、ゆっくりと歩を進める。
いよいよレオンの姿が見えてくる。腕を組んで、俺たちを見ている。口元は、笑っていない。
怒っているのだろうか。怒っているのだろう。
何故ここまで不安になるのか、と思うぐらい、自分の動悸が速くなっていく。
ああ、行きたくないなと心の中で思うのだが、足は動いてどんどんとレオンが近くなっていく。今更、そのままどこかに逃げるわけもいかず、いくら何でも逃げるとかないだろう俺、という気持ちが勝手に俺の足を動かす。
そして、そのまま、俺はレオンの前に立った。
じっと俺を見る、レオンの表情が硬い。どう、言うべきか。気まずさから目をふと反らす。
「……あのな、レオン、実は」
何を言うべきかわからないまま、ボソボソと話し始めた俺の頬が一瞬熱くなって、そして視界がぶれた。
バシン、と、いう音が耳朶を打つ。
「……っ?」
あれ?
何が起こったのか、わからないまま、ジンジンと熱い自分の頬に手をあてる。
あれ?
恐る恐る、ゆっくりと目を正面に向ける。
―――あの日、母親の前に立った俺は―――
そこに居たのは、怒りと、そして悲しさの入り交じった顔で、今振り抜いたばかりだろう手を震わせる、レオンだった。
「……あなたはっ!」
呆然と見上げる俺の目の前で、レオンは声を張り上げた。ビクリ、と図らずも体を震わせる。
そんな顔のレオンを見たのは初めてだった。レオン、怒ったりするのか、などと部分的に冷静な自分が、そんな暢気な事を考える。
横に立つ、レパードを見ると、驚いた顔をして固まっている。
ああ、レパードもこういう顔をするんだな。それぐらい、レオンのそれが、珍しいのか……。
「一体何をしていたんですか?!街に出てはいけないと言ったはずでしょう?!そうでなくともあなたは―――!」
怒るレオンが、一瞬言いよどむ。
その様に、呆けていた意識が戻ってくる。
なんだよ。
一体、何なんだよ。
何で、俺は怒られなければならない?なぜ叩かれなければならないんだよ。
沸々とした怒りが、心を満たしていく。
目の前で、言い淀んだレオンが俺を睨んで、次の言葉をさがしているように見えた。
その様が如何にも何かを隠しているように、俺には感じられた。
それが先ほどまで考え、俺の中にあったレオンの不信感と結合し、火を付けた。
「わかっているのですか!?」
「―――っ!う、るっ、せえんだよ!」
続くレオンの声に、俺は感情のままに叫んだ。
後ろで、二つの息を飲む声が聞こえるが、無視する。
「何なんだよ!お前!お前は俺のなんだっていうんだよ!そりゃ、助けて貰った恩はあるさ!でもそうやって保護者気取りされる覚えまではねえんだよっ!ズカズカ近づいてくんな!俺は、俺だろうがよ!」
思ってもみない言葉が、俺の口からどんどん吐き出される。
レオンは、俺の言葉に顔を強ばらせ、俺を凝視してくる。
「どうせ俺を違う誰かに見立てて、自分を誤魔化してんだろ!俺は誰か代わりなんかじゃねえっ!ふざけんな!俺は、俺だっ!他の誰でもねえ!」
それはひょっとすると、俺の中に燻っていた何かだったのかもしれない。
俺は俺だ。
女か、男かなんてどうでもいい。
ここにある『俺』が俺の全てだ。クリストファ・カーゾンであって、クリスティーンなんかじゃない。
そんなことは、今まで一度も考えたりしなかった。そして実際そう思われていても、俺は気にしなかっただろう。どうでもいいはずの事だったはずだ。怒る意味が、自分にしてわからない。
ただ、コイツが何かを俺に隠していること。それを伝えないこと。
それによって、俺が思うこと。そうしなければならないこと。
それらの全てが、反転し負の感情となって怒りへ転化する。
結局こいつは、教えたり教えなかったりして、俺を良いように操って、自分にとっての都合の良い『何か』の代役をさせようとしているに過ぎないんだ。
馬鹿にしてやがる……!ふざけやがって!
「お姉様!」
「駄目!」
不意に後ろから、アイラに抱きつかれた。
右手にも何かが巻き付く感触。パルミラか。
だが、俺の目はレオンの目を凝視して離さない。
レオンは、強ばった顔のまま、俺を見つめている。その瞳が、色んな感情を写しているのがわかる。
そして、それはある一つに収束していき、それがはっきりする前に、レオンは俺から目を反らした。
「若……」
雰囲気が変わった事に気付いたのか、レパードが気遣うような顔で、レオンに声をかける。
レオンは目を、そして体ごと顔を反らし、少しだけ時間をおいた。
「レパード」
思わずどきりとするぐらい、平坦な声。呼ばれたレパードは、表情をも硬直させて直立の姿勢になる。
「彼女たちを、部屋に。それから、扉の外に兵を配しておくように」
前半はともかく、なぜそうするのか、などとは聞くまでもなかった。
監禁だ。
俺の奥歯が、ギリ、と、音を立てる。
「は……はッ!」
遅れて、意味を理解したのだろうレパードの固く、短い了承の声が響く。
そして、レオンは俺たちに顔を向けないまま、その場から離れていく。
レパードは迅速だった。感情を押し殺し切れていない複雑な顔で俺たちを見た後、軽く頷いて俺たちを促した。
ついてこい。そういう事だ。
レオンを見る。その背中からは、何を考えているのか、うかがい知れない。
「……俺は、クリスだ!『クリス』なんかじゃねえぞ!」
その背中に、俺は最後の声を投げかけた。
果たしてレオンは、ほんの一瞬だけ、こちらを振り向いた。
その顔に映っていたのは、怒りでは無かった。
哀しみでも、無かった。
そこにあったのは、恐れ、だった。
「あああー、やっちまったよ……」
レパードに連れて行かれた部屋で、早くも俺は後悔していた。
呻吟しつつ、ベッドの上をごろごろと転がる。
思い返せば、そこまで言う事もなかったような気がする。
実際、レオンが俺を、どのように見ていようが、関係ないことのはずだ。
例え、レオンから見て俺が『クリス』の代用のように見ていたとしても、別にそれはそれで気にする必要などないはずだ。そもそも、結婚云々の話で、すでに代役をすることは了承していたはずだし。
だいたい、あの夜、俺は言ったはずじゃなかったのか。自分から、代役だぞ、と。
それに、そもそもレオンが怒るのも、冷静になってみれば当然のことなんじゃないかとか思う。
約束はしなかったが、出るななどと言われてて、それを破ったのは俺たちなわけだし。
……でも、叩くほど怒るなよな、とも思う。
ただ、それも、心配してなどと思えばこそだとするならば、それもまた仕方ない気がしなくも無い。
考えれば考えるほど、自分が悪い気がする。
「……この生活も終わりですかねー……」
ベッドの端に腰掛けたアイラが、向こうを向いたままぼーっとした顔でそんなことを漏らす。
ぐっ……!
ぴたっと転がるのを止める俺。
「さっきのは、クリスが悪い」
アイラの横で、ギルドで借りた本を読みながら、パルミラが言う。
しかもその本から視線を上げる事すらしない。
ぐぐっ……!
「―――っ!わかったよ!俺が悪かったって!」
俺はたまらず、ベッドから跳ね起きて叫んだ。
その声に、二人が振り向く。
「それは、レオン様に言わなければ駄目」
「そうですよ。私達に言っても仕方ないじゃないですか」
確かに、そうなんだが。
「そうなんだが、なんて言えばいいのかわからないんだよ。それに、レオンにどうやって会えば良いんだよ」
部屋を抜け出して、会いに行くか?
いや、部屋の前には、かなり気の毒な兵士が今見張っているはずだ。すまん。兵士。
「うーん、そうですね。でもこういうのって早ければ早いほどいいんですけどね……明日になったら、出発ですよね。機会、無くなっちゃいそうですし」
「抜け出して、行ってくれば良い」
「それが出来たら苦労しないだろ……」
パルミラの率直な提言に、今同じ事を思っていたばかりの俺は、すぐに否定する。
とはいえ、実際それぐらいしか考えつかない。
アイラが言うように、明日になったらその機会が無くなりそうだし、俺もだんだんと顔を合わせづらくなってしまうだろう。ひょっとしたら、時間が解決するのかも知れないが、それを黙って待っているのは、嫌だった。
それに、レオンが最後に見せた顔が、気になる。
あれは、不安、或いは、恐れ。
レオンは何を思い、何を恐れていたのだろうか。
「あーあ、どうするかな」
ぱたっと、ベッドに倒れて、ふとそのまま壁際を見る。
―――あの屋敷の時、朝起きたらいつもレオンが居たな。
その何も無い壁に、レオンの輪郭を見る。
レオンは何時も笑っていた。子供っぽく俺をからかった。困った顔をしていた。苦笑していた。楽しそうだった。
……あんな顔は、していなかった。
「……行くか」
俺は脈絡も無くそう決断し、ベッドから飛び降りる。
レオンはあんな顔を、すべきじゃない。
それに、そうさせたのは間違いなく自分だ。だったらきっちり会って、話をしなきゃならないだろう。
それで、レオンが許してくれるかどうか、わからないけれど。
「どうするつもりなんです?」
訝しむ二人を余所に、そのまま窓際に寄って、窓を開けた。
既に外は夜。街の所々に、煌々と明かりが灯っている。まだまだ夜も更けたばかり。
そのまま、窓から身を乗り出し、周りをぐるっと見回す。
この部屋は、角部屋になっていて、最上階の三階。左隣を見ると、少し離れた場所に窓があって、明かりが漏れている。
そこまでは少し距離があるし、明かりが漏れている以上、誰かが居ると思って良いだろう。
下を見る。
2階の窓が見えた。明かりは消えている。
「よし」
「なにが、よし、なんですか……」
何をするつもりなのか気になったのだろう。寄ってきた二人に、俺は振り返って言った。
「ちょっと手伝ってくれないか」
にやりと笑う俺に、素直に頷くパルミラ。
一方、アイラは結構嫌そうな顔をした。
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