すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

23話 武器と後悔と覚悟

 冒険者ギルド。


 朝から多くの人で賑わうそこは、名前が示すとおり、世に言う冒険者達の寄り合い場だ。
 当然、賑わう人の大半は、街中には似合わない、むくつけき者達ばかりなのだが、一方で商人や普通の市民も混ざっている。


 これはギルドの目的を考えれば、当然のことではある。
 およそ冒険者ギルドの最大の目的は、冒険者と呼ばれる、いわゆる何でも屋に対する仕事の斡旋だ。仕事を受ける冒険者が集うのは当然として、当たり前なのだが仕事を依頼する存在もある。
 そしてそれはふつう冒険者ではない。
 なので、多種多様の職業、立場の人間も集うという構図なわけだ。


 それを抜きにしても、冒険者ギルドは付近情報の発信基地としての機能もある。
 街の中で、或いは外で、様々な仕事を請け負う冒険者達は、その都度いろんな情報を持ち帰ってくる。例えば、何処何処辺りに、こういうモンスターが出たから注意とか、何処街道の橋が先日の悪天候で半壊しているので通行の際は考慮すべき、とか。
 これらの情報は、冒険者のみならず、街々を渡る貿易商人などにもかなり重宝されている。もちろん、冒険者ギルドも得た情報をすべて開示したりはしていないだろうし、時折誤報もある。
 それでも、それら情報は貴重であり、人によっては万鈞に値するものだ。


 故に、更に人が集まる。


 そしてそれは、大抵の場合、朝に集中する。
 なぜなら、冒険者の一日とは、朝依頼を受け、昼こなし、夕方に戻る、を基本としているし、貿易商人も通常は朝出発のため、直近の情報を得るため、冒険者ギルドに立ち寄るせいだ。


 「すっごい人ですね……」


 ということを、俺はすっかり忘れていた。


 そういやそうだったな、と、その光景をみて思う俺の横で、アイラとパルミラが呆然とした顔で同じ光景を見ている。


 目の前にある冒険者ギルドは、すっごい人、という表現すら生やさしい程に、ごった返していた。
 テラベランクラスの冒険者ギルドともなると、その建屋もかなりの大きさなのだが、見る限り、中はいっぱい。外にまで人があふれかえっている。きっと中は地獄絵図のような状態なのだろう。
 いや、それでも俺の記憶にあるテラベランギルドは、確かに朝は混雑していたモノの、流石にここまででは無かったような気がする。
 何かあったんだろうか。


 「あっただろーよ。そもそも心当たりがありすぎることが」


 疑問に思ってなんとなくルーパートを見ると、わかんねーのかよ、という目で見られた。
 いよいよ俺に対して遠慮が無い。


 「なんでなの?」


 「ん、説明するとな。領主が変わっちゃったわけ。こういう節目じゃ、街も少し混乱気味になるし、だいたい今までの領主が領主だったからねぇ。ギルドも何かしら押さえられてたところもあったんだろうな。それに街道のゴブリンコロニーも排除されて、流通も動き出してるし、こんなもんじゃない?」


 素朴な疑問風味なパルミラには、きちんと説明するルーパート。
 どうやらルーパート内順位では俺が一番下位の模様。そのうち教育する必要がある。


 それはともかく、言われてみればそうだった。
 領主が変わるということは、街全体の仕組みが変わるということでもある。レオンも言っていたが、そうした中、混乱もあるのだろう。まさに変化の節目。


 だからこそ、何でも屋である冒険者は忙しくなる。
 今まで溜め込まれていたもの、新しい枠組みに向かって動き出すもの。
 そうしたものが集中する。
 俺が冒険者だったら、稼ぎ時だ、と間違いなく思うタイミングだ。
 俺が思うぐらいだから、みんなそう思ったに違いない。
 その結果が、こうだ。


 「どーする?待つか?」


 「いや、多分、昼までこの有様だろ。昼過ぎたらまた来よう」


 「他は?」


 「いや、俺の方はここだけだ」


 俺とルーパートの会話は実に淡泊だ。俺はともかく、ルーパートはその辺の割り切りがいいのだろう。まあ、その方が疲れなくて良い。


 そんなことを言っている間に、ギルドの方でざわざわと騒がしくなり、次の瞬間、一人の男がギルドの中から、跳ね扉をぶち破って外へ飛び出してきた。体をくの字にさせて。
 その男はそれでも、吠えながら立ち上がり、再びギルド内へ飛び込んでいった。


 「ケンカだぞ。行けよ」


 その様子に驚くアイラを尻目に、俺はルーパートを促した。
 これだけの混雑だ。ケンカの一つや二つ、珍しいことじゃない。


 「冗談。俺、今日は非番だし。余程だったらバイドのとこの誰かが来んだろ」


 「休みだったんですか?」


 「まぁね。でも、休みだったからこそ、こうして綺麗どころとデート出来るんだからラッキーさぁ。マジちょっとした俺ハーレム」


 申し訳なさそうになったアイラに、心底嬉しそうに言うルーパート。
 半ば天下取ったかのようなその口ぶりに、俺は呆れるばかりだ。


 「んじゃ、クリスの用事は後回し。アイラちゃんと、パルミラちゃんはどっか行きたいとこある?」


 「武器屋に行きたい」


 そんな色気の無いことを言ったのは、案の定パルミラだった。さすがのルーパートも一瞬引いてた。


 「オーケィ。武器屋ね。アイラちゃんは?」


 が、すぐに持ち直す。
 だがこの瞬間、ルーパート内順位で、アイラ→パルミラ→俺になったことだろう。どうでもいいことだが。


 「私は特に……」


 言いながらも、アイラはどちらかといとケンカが気になるようで、ちらちらとギルドの方を見ている。


 「大丈夫だって。んじゃ、武器屋にいってみよーか」


 「今、二人とも叩き出された。問題ない」


 「ええーっ?!」


 確かに今、二人ぐらいボールみたいに外に飛んでったな。
 まあ、冒険者ギルド。ああいうのも日常茶飯事。ちゃんと自力で対応できるようになっているものだ。










 武器屋!


 このフレーズに、心をときめかさない男子はおよそ存在しないだろう。
 武器。強さの象徴そのものだ。
 刃物というくくりでいけば、例えば包丁とかがかなり身近になる。そりゃ、包丁だって武器にはなる。大抵はご家庭のご婦人によって。旦那の浮気を咎める場面とか。
 武器にはなるが、普通包丁の使用用途はもっと平和的なものだ。その刃は、野菜とか肉とか魚に向けられる。
 つまり、包丁は刃物であってもただの道具だ。


 しかし、同じ刃物でも剣となれば違う。
 それはまさに、外敵に行使するためだけに作られたものだ。己が持つ暴力の最終点として使用されることを目的とし、そしてそれ以外の目的は存在しない。
 故に、力を追う、或いは憧れる男子一般にとって、それは特別な存在だ。ロマンだと言い換えて良い。
 そして武器屋はそれを並べ備えている。まさにロマンでいっぱい。余程の玉無しヤロウで無ければこうグッとくるものを押さえられないはずだ。


 そんな武器屋だが、余程どころか今現状完全玉無しヤロウである俺は特に感慨深い気持ちにはならなかった。
 いや、女になったからそうってわけじゃない。
 あっさり吐露すると、見慣れているだけだ。一応言っておくが、そりゃ最初に見たときはかなりグッときた。
 ただ、冒険者稼業というのは、ギルドと同じぐらい武器屋にはお世話になる。その理由は置いといて、とにかく既に何百回、或いは何千回も訪れたことがある武器屋に、毎回グッときてたらとんだ絶倫ヤロウだとしか言いようが無い。


 ここに来たいと主張したパルミラが現状グッときてるかどうかはわからない。
 というか、何故武器屋なのかがわからない。
 もちろん、パルミラが『港から海が見たいの』とか、『甘いものが食べたーい』とか、そういうキャラじゃないことはわかる。
 それはどっちかというとアイラのキャラだ。いや、もっとしっくりくるのはアイリンか。


 それはともかく、武器屋っていうのは、普通、何か目的があって来るものであって、ちょっと見物というには結構おっかない。
 なので、殆どの武器屋は、冷やかし禁止の不文律があったりする。
 そんな武器屋だ。パルミラの目的は何なのだろう。


 「パルミラちゃんはなんで武器屋来たかったのかい?」


 「武器が欲しかったから」


 同じ事を思ったかどうか知らないが、そんな武器屋を目の前に、ルーパートが聞き、そしてあっさりとパルミラは答えた。


 武器が欲しかったから、武器屋にきた。


 うん、何も問題は無い。というかこれ以上無いぐらい正しい。
 だが。


 「なんで急に武器なんか欲しがるんだ?」


 俺が聞くと、それを無視して、武器屋に入っていくパルミラ。そこは秘密なのか。


 あわてて追いかけると、凄い気のない店主の『いらっしゃい』の声。言ってから俺たちを見てギョッとした顔になった。
 そりゃそうだろう。およそ武器とは関係なさそうな、女子供+1がそこに居たのだから。
 他に客もちらほら居るが、そいつらも気付けば一様に俺たちを見ていた。そりゃ、気になるだろとしか言えない。
 その異様な雰囲気に、おのぼりさんのアイラも無言だ。ついでにルーパートも何とも言えない顔で立っている。これは、アレだ。ちょっとモテる色男が綺麗どころを連れて、いきがったまま武器屋に来た、という感じだ。店主とかは間違いなくそういう目をルーパートに向けている。うん、仕方ないね。護衛だし。


 そんな雰囲気を全く無視して、立てかけてある小剣を物色するパルミラ20歳見た目12歳。そのうち、子供が見るもんじゃねえと言われるだろう。
 実際、俺が初めてここに入ったときも言われたしな。
 まあ、とりあえず放っておこう。


 テラベラン、武器屋タルワール。
 それがこの武器屋の名前だ。
 わざわざ名前まで出すのはワケがある。つまり、俺はこの武器屋に、何度もお世話になったことがあるからだ。


 最初はこの大陸に渡ってきた、10歳の頃。
 当時は年齢制限とか無かったが、それでも渋るギルドの係の人にかなり無理矢理言って冒険者となり、そうして訪れたのが、このタルワールだった。
 金も殆ど持ってない。しかも10歳のガキ。当然追い返されたワケだが、色々あって暫くして小さな短剣を買うことができた。


 それから、テラベランには3年ほど、居たような気がする。
 ここタルワールと、ギルド。それから宿屋。それらは何度も訪れた場所だ。
 実際、店主も替わっていない。そりゃ歳は取ったが、あの気むずかしい感じは当時のままだ。
 最後の方は、わりと色々軽口を叩ける程度の仲にはなったが、まぁ、覚えていないだろうし、覚えていても今の俺ではわかるわけもないだろう。


 特に俺は買うつもりもないが、懐かしさついでに武器を見て回る。店主がちらちらこっちを見ているが、今のところ何も言わないので、気にしないことにする。


 タルワールは、かなり大きめの都市であるテラベランに居を構えるだけに、かなり品揃えが良い。大抵の手持ちの武器は揃う。
 一番多いのは、剣。そして槍、棍棒の類い。弓や、戦斧もある。
 やはり一番多いのは、剣だろうか。大小様々な剣が並んでいる。ナイフに始まり、短剣、長剣、両手剣と。質が良いのか、よく研がれた鋼の輝きが見て取れる。


 ただし、切れ味は実際のところ大したことない。切れるというなら、包丁の方がはるかによく切れる。剣は、あまり切れ味を重視した作りになっていないからだ。
 これは別に不思議な話ではない。剣の仕様は戦闘に特化している。このとき重要なのは、第一に頑丈である事だ。切れ味ではない。


 戦闘などという不確定要素満載の現場では、剣といえどまともに使用されない。あらゆる用途に使われる。これがどういうことなのかというと、つまる話、剣はあっという間に斬るという点に置いては使い物にならなくなる。
 包丁でもそうだが、定期的に研がなければ切れなくなる。では例えば戦場ではどうだろう。いつ終わるかわからない連戦。その中でいちいち研いだり手入れする時間など無い。
 敵を三体も斬れば、剣は血脂を巻いて斬れなくなる。そのうち歪みもでる。程なくして剣で斬るというよりも剣で殴り殺すようになる。


 このため、剣は第一に頑丈。第二に切れ味が常識だ。使い方も、斬り殺すではなく、叩き斬ることを目的に使用される。
 なので、殺傷能力、或いは破壊力の点では、斧やハンマーの方が遙かに高い。
 ただし使用が難しい。まともに命中すれば一撃必殺のハンマーも、その先端部分が命中しなければ意味が無い。
 それに比べて剣は汎用性が高く、使いやすい。だからこそ、今でもこうして剣がもっとも武器としてはポピュラーなのだ。


 「ん、これにする」


 そろそろ店主が何か言ってくるだろうかというタイミングで、パルミラが一本の鞘に入った剣を持ってきた。それは刃渡り50セル程度の細身の小剣だった。
 普通あまりメインウェポンとしては選択されないが、小さいパルミラなら丁度いいのかもしれない。耐久度はわからないが、重さもそこまで重くはない。


 「いいんじゃないか?」


 一応、それをルーパートにも見せる。俺はこんなだし、勘が鈍っている可能性もある。
 そうすると、剣を受け取ったルーパートは、鞘から半分抜き、その刀身を色んな角度から眺めて俺に戻してきた。


 「まあ、拵えはわりと上等だし、悪くないんじゃねーかな。ただ、何に使うかに依るけどな」


 そう言われればそうだ。使用目的がわからない。
 剣をパルミラに返しつつ、それを聞いてみる。


 「……クリスを守るため」


 ボソッと、短くパルミラは言った。
 俺を?守る?
 意外な言葉に、ぽかんとする俺に、パルミラは重ねていった。


 「私は、あの領主に捕まった部屋で、何も出来なかった。戦おうとするクリスに対して、私は無力に地面に転がされ、そこから退出させられただけだった……だから、戦う力が欲しいと思う」


 剣を捧げ持つようにし、パルミラは真摯な視線を俺に向けた。


 ……そうか。


 俺はその言葉に、言いしれぬ感動を覚えた。そこにあったのは、後悔と、覚悟。
 あの日、俺は何も考えずグイブナーグに突っ掛かった。結果、無残に捕らえられたわけだが、その時パルミラはそれを助けようとした。
 それは文字通り、一蹴されるだけの結果になったが、おそらくパルミラはそれをずっと悔いていたのだろう。
 もちろんその時、剣があったらどうにかなったのか、といえばわからない。
 ただ、それでも、もっと力があればと考えたのだろう。


 だから、この剣は、彼女の覚悟の表れなのだと、俺は思った。


 「わかった。頼むぜ」


 俺はそう、短くしか言わなかった。
 以前であれば、俺に任せろ、お前は良いんだぐらい言ったかも知れない。
 ただ、それでは駄目だ。頼ってくれと言われ、頼ると俺は返した。


 俺たちは、一緒であるべきなのだろう。


 「ありがとう」


 パルミラは、一瞬はにかむ笑顔を見せた後、俺にその捧げ持つように持った剣を、渡してきた。


 ……。
 渡されて、その意図に迷う。


 ……どうしろというのだろう。
 いや、これはアレか。ひょっとして刀身を首に当てて、『ナイトの称号云々』をしろって事なのだろうか。
 戸惑う俺に、パルミラは短く言った。


 「お金がないから買って」


 ……そういえば、貰ったお金を渡すのを忘れていた。
 その剣は、鉄貨4枚もした。

「すわんぷ・ガール!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く