すわんぷ・ガール!
21話 頼るべき仲間
朝飯を食べて、その後、アイラとパルミラをバルコニーに呼び出した。
客の身分で傲慢な話ではあるが、このバルコニーは結構俺のお気に入りだ。
風が気持ちいいし、何より眺めも良い。
空の蒼と海の藍が、目に優しい。
見下ろすと、人の営みを感じる港町が見える。なんていう贅沢。それもあと数日でお別れではあるが。
簡単にアイラとパルミラにこれからのことを説明する。
結婚云々は、とりあえず伏せた。
断ったわけだし、それを話すにはちょっと複雑すぎる。
「帝都!ですかぁ。私帝都って初めてなんですよね」
素直に喜ぶアイラ。すくなくともこうした場面では裏表のない彼女のことだ。本気で嬉しがっているのだろう。
パルミラを見る。
パルミラは、少し複雑そうな顔をしていた。
「どうした?」
「……帝都ではあまりいい思い出は無い」
聞くと、パルミラが捕虜から解放されたのは、帝都だったらしい。ただ、帝都の中というわけにはいかなかったようだ。
帝都は三大列強の一つの首都だけあって、ここテラベランとも比べられないほどに大きい。当然のように、壁に囲まれているが、それだけでは収容しきれず、その周りに更に街がある。そこから外縁に行くに従い、だんだん街は貧しくなっていく。その最外縁に、パルミラは一時期住んでいたそうだ。
本人が言うには、住んでいたというより、居た、というのに近い。
「生き方がわからない。でも死にたくはない。だから」
奪ったり奪われたりしながら過ごしたのだという。最終的に自分自身が奪われたわけだが……。
「でも、クリスが行くというなら、私も行く。特にそこまで気にしていない」
まあ、パルミラならそういうとは思った。
帝都。
俺の中にある知識は、実際大したことは無い。確か、隊商護衛か何かの任務で訪れたことがあるだけだ。
その時は、壁の中まではいかなかったので、実際あの威圧するような外観の街の中に入ったことは無い。精々壁のそばの街までだ。
それでも、街としては十分すぎるほど大きかった。外縁の内側は、別に治安も悪くなく、施設も整っていた。
冒険者ギルドもそこにあったし、何かを買おうと思っても、特に不便も無い。流石に大きな街だな、というのが帝都に対する俺の感想だった。
午前一杯、バルコニーで過ごす。
ここは居心地はいいが、案外やることがない。帝都出発は明後日のようで、結局それまでは待機するしかない。
精々海や街を眺めて、気晴らしするぐらいだ。アイラとパルミラも同じようで、ただ、俺よりも手持ち無沙汰な感じではなく、それぞれバルコニーで寛いでいるように見える。
時折何か二人で会話しているようだったが、何となく俺はそれから離れて、手すりに寄っかかり、そこから見える景色ばかりを見ていた。
やることが無いと、色々考えてしまう。
レオンの結婚云々は、今や別にどうでもいい。それよりも、気になってしまうのは、あの絵画の中に居た少女の事だ。
あえて言えば、もう一人のクリス。
……あれは、夢の中の『私』じゃないのか。
俺は、抵抗を諦めて、それを繋いだ。
ふう、とため息をつく。夢では、自分の容姿を確認したことは無い。ただ、それが夢であるだけに客観視している部分もあって、何故か自分の容姿がなんとなくわかる。
それは漠然としたものではあったが、それでもさっきあそこまではっきりしたモノを見せられてしまうと、どうしてもそれが夢の『私』だと直感せざるを得なかった。
その時は、逃げた。そこから導き出される結論に。本能的な恐怖しか感じなかったためだ。
ただ、今や、考えないようにするなどとは、無理なことだった。俺はそこまで、器用では無い。あまりにもはっきりした目の前の問題から目を背け続けるほど、自分を誤魔化すことが出来ない。
観念して、結論する。
あのとき、俺は女になったのではない。
レオンは死んだと言ったこの『クリス』に、おそらく魂だけ憑依したのだ。
もちろん、あのアートル遺跡群になぜ『クリス』が居たのかはわからない。だが、多分なにかの理由でそこに居たと考える。根拠は無いが、さしあたり前提をそうしなければ、話が繋がらない。
そして俺はクスリを飲んで昏倒する。そして何らかの作用で、彼女に憑依した。今や、はっきりそちらの推測のほうがシックリくる。
そのように考えると、謎だった部分が説明できてしまう。
後天的に魔法が使えるという事実。
俺の中にある謎の記憶。夢。
それに、思い出してみると、あの遺跡群から戻る際、俺は素っ裸だった。
適当に体格が変わったからすっぽ抜けたなどと思っていたが、それでも素っ裸はおかしい。何かしら残っていてもおかしくはないし、むしろ全く何も身につけていない方が変だ。
あの日のことを更に深く記憶を探る。
俺は変異の影響で意識は朦朧としていた。アートルの地下に居たのは間違いない。
ただ、それは、薬を飲んだあの場所が起点だっただろうか。
はっきりしないが、そうじゃなかったと考えた方が、自然だ。
ここまで来ると、明らかにこちらの推測のほうが正しいということがはっきりしてくる。
しかし、だとするならば、最後に一つ重大な疑問が残る。
それは。
「何を悩んでるのですか?お姉様」
そこまで思考を進めたところで、背後から声をかけられた。
深く思考していた俺は、外からのその声にハッと我に返り、振り返る。
……振り返るまでも無い。そこに居たのはアイラだった。パルミラも居る。さっきまで向こうのテーブルに居たと思っていたが、いつの間にか移動していたようだ。
「あ、ああ……いや、何でもな」
「一人で悩むのは、よくない」
つい誤魔化そうとする俺に対して、パルミラがじっと俺を見つめながらはっきりと言った。
俺の瞳を捕らえるその視線に、力が籠もっているのがわかる。それは目つきが悪いからとか、そうした話では無く、何かを訴える視線だった。
たまらず視線を移してアイラを見る。だが、アイラも同じ視線を俺に向けていた。それは憤りに近い、俺を責めるそれだった。
「お姉様は強いと思います。でも、だからこそ、一人で何もかも背負っているように見えるんです……私たちも今までお姉様に任せっきりだったけど、でも、お姉様はもっと私たちを頼ってもいいと思うんです」
意を決したように、いつにない真面目な顔でアイラは俺に告げた。
「もちろん……もちろん、私では役不足かもしれません。でも、でも、言って欲しいんです。頼って欲しいです。話を聞くだけとかなら、何時でも出来ます。だから……一人で悩まないで……」
「私達にあなたが居るように、クリスには私達が居る。それをわかって欲しい」
アイラと、パルミラの言うそれは、懇願だった。振り絞るように告げられた言葉は、切願だった。
二人のその強い視線を受けて、俺はたじろいだ。こんな目を、こんな言葉を、俺は受けたことが無い。
助けてくれと叫んだことはあっても、頼ってくれなどと、言われたことは無い。
全部、ぜんぶ自分が。
自分がやらなければと、そう思い、そうしてきた。
誰も助けてくれないのならば、誰にも頼らない。
その方が、後悔しない。
だが、今、二人は俺に頼れという。頼って欲しいと、請われた。
だから、どうしたらいいのかわからない。
レオンなら、どう言うだろうか。そういえば、俺はあいつに似たようなことを聞いたことがある。その時は。
『そうでしょう?そういうことですよ』
……そういうことか。
「……そうだな」
苦笑して、両手を柔らかく二人の頭に乗せる。
仲間、なんだ。
信頼し、信用する。
だから俺は、頼るべきだ。
頼っても、いいんだ。
自分のなかからスルリと何かが抜けていく。それは呪いのようなもの。
遠い昔に俺の中に生まれた、呪いだった。
もちろんそれが、すべて解かれたとは思っていない。
ただ、少しだけ。
少しだけ、それは薄れた気がした。
「そう、だな……うん、すまん。じゃあ、少しだけ俺の話に付き合ってもらおうか」
少しつっかえながら、二人に言う。
二人は、嬉しそうに頷いた。
「という、わけだ」
最初から、頼る自分に慣れたりはしない。
昨日はそれでも、約束という大義名分があったが、今日は違う。上手く伝えれたかどうか、少し自信が無い。
だが、とりあえず、今話せることは、全部話した。
ついでなので、ほとんど毎朝レオンが部屋に居ることも喋った。そうしないと、どうにも説明が難しかったからだ。
「凄くストレートに言いますけど、それってレオン様、わりと本気でお姉様の事気にしてません?」
いきなりアイラが衝撃的な発言をした。
つい信じられないという顔でアイラを見る。マジ顔だった。
「だって、そもそも私達の部屋には来ませんし、なんていうかそれを抜きにしても、結構最初からレオン様、お姉様だけ特別扱いな感じでしたよ?」
パルミラに視線を向けると、彼女も無言で頷いた。
えっ?そうなの?
……といいながら、何となく心当たりを探る。確かに、会った時も、アイラが喋っているのにチラチラとこっちを見てた気もする。
それに、確かにレオンは殆どの場合、ニコニコしたような顔しか見せないが、俺と相対したときは、かなり様々な表情を見せる傾向があるような気もする。
「それに、お姉様が昨日、男だって言ったとき、かなり狼狽えてたじゃないですか。わりと決定的ですよね、それ」
「いやでも、今日の朝も普通に部屋にいたぞ?」
「それって、結局レオン様の中で、元男でも問題ないって折り合いが付いちゃったんじゃないですか?」
そんな恐ろしいことを言うアイラ。しかも、それに対してはっきり反論できない俺だった。
絶句する。
ひょっとすると、もうレオンとまともに顔が合わせられないかも知れない。
というか、気付いてみるとアイラ情報は正直、別に俺の悩みを解決してない。むしろ別の悩みを作っただけのような気がする。
いや、どうなんだろう。
これはこれで、ある種の警告と受け取った方が良いんだろうか。
およそ貞操的な意味で。
「レオン様は、何かを知ってると思う」
発覚した新たな悩みに衝撃を受けていると、それまで黙っていたパルミラが今度は口を開いた。
次は一体何なんだと、つい構えてしまう俺。
「はっきりは言えない。でも、何かを知っていたから昨日、あれほど狼狽したし、そして今日、何かを確認するために、クリスに変な話をした……のだと思う」
パルミラにしては珍しく曖昧に、言葉を選ぶようにして言う。
そして何かを一生懸命考えている様子だった。俺は黙って続く言葉を待つことにする。
さっきまで好き放題言っていたアイラも黙った。
「……例えば今日、クリスの夢のその人と、レオン様の見せたその女の人が一致するというのは、あまりにも出来すぎだと思う」
「……つまり?」
「レオン様は、クリスとその女の人が何か関係がある事に気付いていて、それで確認しようとした……のだと思う……意図はわからないけど」
それは曖昧で、そしていまいちパルミラにしても自信なさそうな意見ではあったが、確かにそう言われてみると、一理ある話に感じる。
今日の朝、結婚のそれに始まって、依頼という話の流れの中、そうした部分は全く気付くことが無かった。
ただ、パルミラの意見を頭に入れてみると、結婚云々や、依頼どうこうなどの部分はむしろ布石で、ただ俺にあの絵画を見せる為だけが狙いだったと考えることも出来る。
だからこそ、あれを俺に見せた後、依頼の話は直ぐに引っ込めたのかもしれない。
それは確かに不自然だった。
ただ、そうだとしても、レオンの意図がさっぱりわからない。
「意図……狙い、ねえ……」
「あとは……、例えばお姉様、じゃなくって、その身代わりのクリスさんに何か事情があって、それが必要、とか」
「実際、見合いで必要とされてるだろ?」
不思議な事を言い始めたアイラに引っかかりを覚え問い返す。
「お見合いじゃなくって、何か他の、別の事でです」
「別のって……何だ?」
「そ、それはわかりませんけど……」
アイラが何を考えてそう言っているのかいまいち理解しにくいが、ここまでの情報で直感的に何かを考えたらしい事は推測出来る。
他の事、か。
頭の中で、アイラの言葉を反芻してみる。
結果として、俺たちは帝都に向かう事になった。その目下の目的は、報酬を貰うということ。
だが、冷静になってみると、何かおかしい。
150万は確かに大金だ。しかし、それは俺たちにとってであって、先だってグイブナーグがあっさりと言ったとおり、貴族レベルでは、そこまでの金額じゃ無いんじゃないだろうかと思う。
規模は少ないとは言え、一軍を操る貴族であるレオン。その程度の金額の持ち合わせも無いということがあり得るだろうか。
結論を言えば、レオンは何とかして俺たちを―――いや、俺を、何らかの理由で帝都に連れて行きたい。
その目的は、見合いの為?
そうなんだろうか。
全面的にレオンを信用するなら、結論はそうなる。
だが、本当にそうなんだろうか。
上手く言えないが、確かに、何かがひっかかる。
……警戒、すべきなのかもしれない。
「とにかく、参考になった」
気がする。
「お役に立てましたか?」
実のところお役に立ったかと言われれば、何とも言えない。
だが、確かに俺だと考えつく事が出来なかったかも知れない意見が聞けたのは、かなり収穫だった。
それに……少し気が楽になった。
頼るべきは、頼る。
それはそれで、いいことなのかもしれない。
「ああ、ありがとう」
素直に礼を言う。
二人は、嬉しそうに笑った。
客の身分で傲慢な話ではあるが、このバルコニーは結構俺のお気に入りだ。
風が気持ちいいし、何より眺めも良い。
空の蒼と海の藍が、目に優しい。
見下ろすと、人の営みを感じる港町が見える。なんていう贅沢。それもあと数日でお別れではあるが。
簡単にアイラとパルミラにこれからのことを説明する。
結婚云々は、とりあえず伏せた。
断ったわけだし、それを話すにはちょっと複雑すぎる。
「帝都!ですかぁ。私帝都って初めてなんですよね」
素直に喜ぶアイラ。すくなくともこうした場面では裏表のない彼女のことだ。本気で嬉しがっているのだろう。
パルミラを見る。
パルミラは、少し複雑そうな顔をしていた。
「どうした?」
「……帝都ではあまりいい思い出は無い」
聞くと、パルミラが捕虜から解放されたのは、帝都だったらしい。ただ、帝都の中というわけにはいかなかったようだ。
帝都は三大列強の一つの首都だけあって、ここテラベランとも比べられないほどに大きい。当然のように、壁に囲まれているが、それだけでは収容しきれず、その周りに更に街がある。そこから外縁に行くに従い、だんだん街は貧しくなっていく。その最外縁に、パルミラは一時期住んでいたそうだ。
本人が言うには、住んでいたというより、居た、というのに近い。
「生き方がわからない。でも死にたくはない。だから」
奪ったり奪われたりしながら過ごしたのだという。最終的に自分自身が奪われたわけだが……。
「でも、クリスが行くというなら、私も行く。特にそこまで気にしていない」
まあ、パルミラならそういうとは思った。
帝都。
俺の中にある知識は、実際大したことは無い。確か、隊商護衛か何かの任務で訪れたことがあるだけだ。
その時は、壁の中まではいかなかったので、実際あの威圧するような外観の街の中に入ったことは無い。精々壁のそばの街までだ。
それでも、街としては十分すぎるほど大きかった。外縁の内側は、別に治安も悪くなく、施設も整っていた。
冒険者ギルドもそこにあったし、何かを買おうと思っても、特に不便も無い。流石に大きな街だな、というのが帝都に対する俺の感想だった。
午前一杯、バルコニーで過ごす。
ここは居心地はいいが、案外やることがない。帝都出発は明後日のようで、結局それまでは待機するしかない。
精々海や街を眺めて、気晴らしするぐらいだ。アイラとパルミラも同じようで、ただ、俺よりも手持ち無沙汰な感じではなく、それぞれバルコニーで寛いでいるように見える。
時折何か二人で会話しているようだったが、何となく俺はそれから離れて、手すりに寄っかかり、そこから見える景色ばかりを見ていた。
やることが無いと、色々考えてしまう。
レオンの結婚云々は、今や別にどうでもいい。それよりも、気になってしまうのは、あの絵画の中に居た少女の事だ。
あえて言えば、もう一人のクリス。
……あれは、夢の中の『私』じゃないのか。
俺は、抵抗を諦めて、それを繋いだ。
ふう、とため息をつく。夢では、自分の容姿を確認したことは無い。ただ、それが夢であるだけに客観視している部分もあって、何故か自分の容姿がなんとなくわかる。
それは漠然としたものではあったが、それでもさっきあそこまではっきりしたモノを見せられてしまうと、どうしてもそれが夢の『私』だと直感せざるを得なかった。
その時は、逃げた。そこから導き出される結論に。本能的な恐怖しか感じなかったためだ。
ただ、今や、考えないようにするなどとは、無理なことだった。俺はそこまで、器用では無い。あまりにもはっきりした目の前の問題から目を背け続けるほど、自分を誤魔化すことが出来ない。
観念して、結論する。
あのとき、俺は女になったのではない。
レオンは死んだと言ったこの『クリス』に、おそらく魂だけ憑依したのだ。
もちろん、あのアートル遺跡群になぜ『クリス』が居たのかはわからない。だが、多分なにかの理由でそこに居たと考える。根拠は無いが、さしあたり前提をそうしなければ、話が繋がらない。
そして俺はクスリを飲んで昏倒する。そして何らかの作用で、彼女に憑依した。今や、はっきりそちらの推測のほうがシックリくる。
そのように考えると、謎だった部分が説明できてしまう。
後天的に魔法が使えるという事実。
俺の中にある謎の記憶。夢。
それに、思い出してみると、あの遺跡群から戻る際、俺は素っ裸だった。
適当に体格が変わったからすっぽ抜けたなどと思っていたが、それでも素っ裸はおかしい。何かしら残っていてもおかしくはないし、むしろ全く何も身につけていない方が変だ。
あの日のことを更に深く記憶を探る。
俺は変異の影響で意識は朦朧としていた。アートルの地下に居たのは間違いない。
ただ、それは、薬を飲んだあの場所が起点だっただろうか。
はっきりしないが、そうじゃなかったと考えた方が、自然だ。
ここまで来ると、明らかにこちらの推測のほうが正しいということがはっきりしてくる。
しかし、だとするならば、最後に一つ重大な疑問が残る。
それは。
「何を悩んでるのですか?お姉様」
そこまで思考を進めたところで、背後から声をかけられた。
深く思考していた俺は、外からのその声にハッと我に返り、振り返る。
……振り返るまでも無い。そこに居たのはアイラだった。パルミラも居る。さっきまで向こうのテーブルに居たと思っていたが、いつの間にか移動していたようだ。
「あ、ああ……いや、何でもな」
「一人で悩むのは、よくない」
つい誤魔化そうとする俺に対して、パルミラがじっと俺を見つめながらはっきりと言った。
俺の瞳を捕らえるその視線に、力が籠もっているのがわかる。それは目つきが悪いからとか、そうした話では無く、何かを訴える視線だった。
たまらず視線を移してアイラを見る。だが、アイラも同じ視線を俺に向けていた。それは憤りに近い、俺を責めるそれだった。
「お姉様は強いと思います。でも、だからこそ、一人で何もかも背負っているように見えるんです……私たちも今までお姉様に任せっきりだったけど、でも、お姉様はもっと私たちを頼ってもいいと思うんです」
意を決したように、いつにない真面目な顔でアイラは俺に告げた。
「もちろん……もちろん、私では役不足かもしれません。でも、でも、言って欲しいんです。頼って欲しいです。話を聞くだけとかなら、何時でも出来ます。だから……一人で悩まないで……」
「私達にあなたが居るように、クリスには私達が居る。それをわかって欲しい」
アイラと、パルミラの言うそれは、懇願だった。振り絞るように告げられた言葉は、切願だった。
二人のその強い視線を受けて、俺はたじろいだ。こんな目を、こんな言葉を、俺は受けたことが無い。
助けてくれと叫んだことはあっても、頼ってくれなどと、言われたことは無い。
全部、ぜんぶ自分が。
自分がやらなければと、そう思い、そうしてきた。
誰も助けてくれないのならば、誰にも頼らない。
その方が、後悔しない。
だが、今、二人は俺に頼れという。頼って欲しいと、請われた。
だから、どうしたらいいのかわからない。
レオンなら、どう言うだろうか。そういえば、俺はあいつに似たようなことを聞いたことがある。その時は。
『そうでしょう?そういうことですよ』
……そういうことか。
「……そうだな」
苦笑して、両手を柔らかく二人の頭に乗せる。
仲間、なんだ。
信頼し、信用する。
だから俺は、頼るべきだ。
頼っても、いいんだ。
自分のなかからスルリと何かが抜けていく。それは呪いのようなもの。
遠い昔に俺の中に生まれた、呪いだった。
もちろんそれが、すべて解かれたとは思っていない。
ただ、少しだけ。
少しだけ、それは薄れた気がした。
「そう、だな……うん、すまん。じゃあ、少しだけ俺の話に付き合ってもらおうか」
少しつっかえながら、二人に言う。
二人は、嬉しそうに頷いた。
「という、わけだ」
最初から、頼る自分に慣れたりはしない。
昨日はそれでも、約束という大義名分があったが、今日は違う。上手く伝えれたかどうか、少し自信が無い。
だが、とりあえず、今話せることは、全部話した。
ついでなので、ほとんど毎朝レオンが部屋に居ることも喋った。そうしないと、どうにも説明が難しかったからだ。
「凄くストレートに言いますけど、それってレオン様、わりと本気でお姉様の事気にしてません?」
いきなりアイラが衝撃的な発言をした。
つい信じられないという顔でアイラを見る。マジ顔だった。
「だって、そもそも私達の部屋には来ませんし、なんていうかそれを抜きにしても、結構最初からレオン様、お姉様だけ特別扱いな感じでしたよ?」
パルミラに視線を向けると、彼女も無言で頷いた。
えっ?そうなの?
……といいながら、何となく心当たりを探る。確かに、会った時も、アイラが喋っているのにチラチラとこっちを見てた気もする。
それに、確かにレオンは殆どの場合、ニコニコしたような顔しか見せないが、俺と相対したときは、かなり様々な表情を見せる傾向があるような気もする。
「それに、お姉様が昨日、男だって言ったとき、かなり狼狽えてたじゃないですか。わりと決定的ですよね、それ」
「いやでも、今日の朝も普通に部屋にいたぞ?」
「それって、結局レオン様の中で、元男でも問題ないって折り合いが付いちゃったんじゃないですか?」
そんな恐ろしいことを言うアイラ。しかも、それに対してはっきり反論できない俺だった。
絶句する。
ひょっとすると、もうレオンとまともに顔が合わせられないかも知れない。
というか、気付いてみるとアイラ情報は正直、別に俺の悩みを解決してない。むしろ別の悩みを作っただけのような気がする。
いや、どうなんだろう。
これはこれで、ある種の警告と受け取った方が良いんだろうか。
およそ貞操的な意味で。
「レオン様は、何かを知ってると思う」
発覚した新たな悩みに衝撃を受けていると、それまで黙っていたパルミラが今度は口を開いた。
次は一体何なんだと、つい構えてしまう俺。
「はっきりは言えない。でも、何かを知っていたから昨日、あれほど狼狽したし、そして今日、何かを確認するために、クリスに変な話をした……のだと思う」
パルミラにしては珍しく曖昧に、言葉を選ぶようにして言う。
そして何かを一生懸命考えている様子だった。俺は黙って続く言葉を待つことにする。
さっきまで好き放題言っていたアイラも黙った。
「……例えば今日、クリスの夢のその人と、レオン様の見せたその女の人が一致するというのは、あまりにも出来すぎだと思う」
「……つまり?」
「レオン様は、クリスとその女の人が何か関係がある事に気付いていて、それで確認しようとした……のだと思う……意図はわからないけど」
それは曖昧で、そしていまいちパルミラにしても自信なさそうな意見ではあったが、確かにそう言われてみると、一理ある話に感じる。
今日の朝、結婚のそれに始まって、依頼という話の流れの中、そうした部分は全く気付くことが無かった。
ただ、パルミラの意見を頭に入れてみると、結婚云々や、依頼どうこうなどの部分はむしろ布石で、ただ俺にあの絵画を見せる為だけが狙いだったと考えることも出来る。
だからこそ、あれを俺に見せた後、依頼の話は直ぐに引っ込めたのかもしれない。
それは確かに不自然だった。
ただ、そうだとしても、レオンの意図がさっぱりわからない。
「意図……狙い、ねえ……」
「あとは……、例えばお姉様、じゃなくって、その身代わりのクリスさんに何か事情があって、それが必要、とか」
「実際、見合いで必要とされてるだろ?」
不思議な事を言い始めたアイラに引っかかりを覚え問い返す。
「お見合いじゃなくって、何か他の、別の事でです」
「別のって……何だ?」
「そ、それはわかりませんけど……」
アイラが何を考えてそう言っているのかいまいち理解しにくいが、ここまでの情報で直感的に何かを考えたらしい事は推測出来る。
他の事、か。
頭の中で、アイラの言葉を反芻してみる。
結果として、俺たちは帝都に向かう事になった。その目下の目的は、報酬を貰うということ。
だが、冷静になってみると、何かおかしい。
150万は確かに大金だ。しかし、それは俺たちにとってであって、先だってグイブナーグがあっさりと言ったとおり、貴族レベルでは、そこまでの金額じゃ無いんじゃないだろうかと思う。
規模は少ないとは言え、一軍を操る貴族であるレオン。その程度の金額の持ち合わせも無いということがあり得るだろうか。
結論を言えば、レオンは何とかして俺たちを―――いや、俺を、何らかの理由で帝都に連れて行きたい。
その目的は、見合いの為?
そうなんだろうか。
全面的にレオンを信用するなら、結論はそうなる。
だが、本当にそうなんだろうか。
上手く言えないが、確かに、何かがひっかかる。
……警戒、すべきなのかもしれない。
「とにかく、参考になった」
気がする。
「お役に立てましたか?」
実のところお役に立ったかと言われれば、何とも言えない。
だが、確かに俺だと考えつく事が出来なかったかも知れない意見が聞けたのは、かなり収穫だった。
それに……少し気が楽になった。
頼るべきは、頼る。
それはそれで、いいことなのかもしれない。
「ああ、ありがとう」
素直に礼を言う。
二人は、嬉しそうに笑った。
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