すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

17話 告白

 席に着く。
 目の前に同じように席に着く、アイラ、パルミラ、レオンが並ぶ。
 約束したのは、レオンじゃなくてアイリンなのだが、それはまあ、別の機会に教えてやるとしよう。
 真実か真実で無いかは別としてだが。


 ただ、少なくともこの3人には、俺は話しておくべきかと思った。
 アイラ。
 パルミラ。
 今や、同じ死線を何度も潜った、かけがえのない仲間。
 そして、その過去を教えてくれた者達。だからこそ、今、俺は話しておくべきなのだろう。
 ギブアンドテイクなどという理屈なんかじゃ無く、ただ、教えたいから教える。
 彼女たちとは、そうしたものでありたい。


 レオン。
 こいつは不思議な存在だ。
 慇懃で、自分を未だすべて見せていない。そもそも未だに敬語で話す。
 なのに、不思議なくらい無遠慮で、だからこそ、何でも話してしまいそうになる。
 実際、逢って未だ数日しか経ってないはずなのに、つい、こいつを頼ってしまってる俺がいる。
 そもそも俺はあまり人を信用しない人間の筈だ。なのに何故、俺はこいつをこんなに信頼してしまっているのだろう。
 それは、考えれば考えるほどにわからない。
 わからないが、はっきり言える。
 多分、今、俺は自分の事を話してしまわないと、おそらく後悔するだろうと。


 「……とはいえ、どこから話せば良いかな……」


 微妙に緊張した面持ちのアイラと、パルミラを見ながら、自分を過去に遡らせる。


 俺が女になった日。
 更に遡る。
 冒険者になった日。
 負け犬のように、あの国を出た日。
 誰にも頼らないと、誓ったあの日。


 レオンを見る。何時もの微笑みではなく、真摯な顔で俺を見つめている。
 そうだな、全部、最初から。
 最初から、聞いて貰おうか。










 俺が生まれたのは、この帝国から海を隔てた向こうの大陸。小国家群と一括して呼ばれる地域の、その中でもとりわけ小さな国に生まれた。
 そうはいっても、別段、特別な系譜に連なる者だったわけじゃ無い。
 貧乏で無ければ、裕福でも無い。小さな商家の長男として育った。


 幼い頃の記憶はあまりない。
 ただ、両親は優しかったし、気付いたら一緒だった妹も可愛かった。
 特別、不幸も無く、かといって過分な幸せもなく、ただ普通に暮らしている、どこにでも居る子供の一人だったと思う。


 ある日、妹を連れて家に帰ると、両親が食堂でなにかを話し合っていた。それはずいぶん深刻な雰囲気で、俺と妹は少し怯えて、それを眺めていた。それがやけに記憶に残っている。
 今、思えば、隣国の不穏な話をしていたんだな。


 そして間もなくして、平和だったはずの俺の国は、戦火に見舞われた。


 ―――わかるだろうか。
 それまで、変わることが無いと信じていた世界が、いきなり赤く塗りつぶされるということを。日常と呼ばれる強固なはずの日々が、無くなっていく絶望を。
 無くなるはずの無いものが無くなり、あってはならないことが起こる。
 家は砕け、知った人たちが消え去る。


 気付くと戦争は終わっていたが、ただ、そこから更に悲惨な日々が始まった。


 住む場所もない。
 食べるものもない。
 そんな中で、俺はすべてを失ってしまった。
 両親も、妹も、俺が、俺が何もしないうちに、消えてしまった。


 無論、助けてくれと叫んださ。


 ただ、今思えばみんな必死だったんだろう。
 だが現実として俺たちが助けられることは無かった。みんな見て見ぬふりで、必死の叫びは無視された。
 そうしている間に、俺はすべてを失ってしまった。


 そこから、どうしたのかはよく覚えていない。
 気付いたら、海を渡る船に乗り込んでいたな。辛い事があったあの土地から、逃げ出したかったのかもしれない。俺は。
 確か、もう8年近く前の事だと思う。この地に降りて、そして冒険者を始めたのは。


 「はち……ねんまえ?」


 アイラがそれを聞いて目を丸くした。俺はそれに対して小さく頷いた。


 「ああ、海を渡ったとき、確か10歳だったと思う。それから冒険者に……まあ、当時は年齢制限というものもなかったが、それでもギルドで悶着したなぁ……」


 苦笑しながら当時の事を思い出す。
 さすがにギルドの係員もかなり戸惑っていたし、結局登録までに何度もギルドを訪れるハメになった。
 今思えば、かなり無茶だったが、こっちも必死だったしな。
 ……ひょっとすると年齢制限云々が出来たのは、俺のせい……とまではいかないが、一要因としてあったかもしれない。


 「じゃあ、結局お姉様は幾つなんですか?」


 「18だな。多分だが」


 正直、1歳ぐらいはブレているかもしれない。自分の年齢について、あまり頓着した事もないし。


 「そこはまあ、ともかくとして、俺は冒険者としていろいろな仕事をしながら、その日その日をこの地で生きてきた。いろいろといえば、本当に色々だな。よくあるモンスター退治とか、隊商の護衛とか、野盗討伐とか……傭兵として戦争に行ったこともあった」


 「そういえば、冒険者に戻るとか言ってた」


 「よく覚えてたな」


 「当然。私もなると言ったし」


 そういえばそうだったな、と苦笑する俺。そこから何の因果で、ここに居るのか。
 人生とは、わからないものだなと思う。


 「とはいえ、実際冒険者の本分っていえば、やはり遺跡探索だな。ある日、俺は……」


 そこから、本題に入った。


 アートル遺跡群で、新しい遺跡を見つけたこと。
 無謀にも、たった一人で探索を行ったこと。
 それでも最後のお宝まで到達したこと。
 罠を引き当て、毒を食らったこと。
 今思えば心底無茶だが、謎のクスリを一気飲みしたこと。
 そして……女になってしまったこと。


 それらを、なるべく脚色も無く、淡々と話した。


 「で、マヌケにも奴隷商人に捕まって、奴隷になったワケだ」


 さあ、話してやったぞ。


 今まで、話そうとして話せなかったそれを吐き出した事に、言いしれぬ開放感を感じ、何となく満足する。
 そして、最早冷たくなってしまった紅茶を、一気に飲んだ。
 後はどうにでもなれ。そんなヤケクソな気分も混ざっている。


 「……ってことは、お姉様は本当はお兄様?」


 一番最初に口を開いたのは、アイラだった。しかも、かなり素っ頓狂な事を言い出す。
 それは流石に、予定外の台詞だった。正直俺としては、ドン引きされても仕方ないと思っていたが……むしろ、俺が逆の立場だったら、ドン引きだったことは確かだ。
 大体、アイラのその言葉に、俺は一体どう返せば良いのだろうか。


 「わかった。クリスはクリス。私は気にしない」


 続いて口を開いたパルミラが、かなりあっさり、でも俺が多分最も言って欲しい台詞を口にした。


 軽く感動する。


 正直、怖くはあった。拒絶されてしまうのではないだろうかと。
 そんな不安をあっさりはねのけるように、パルミラは俺を受け入れた。その言葉が、今はなによりも嬉しい。それはため息を漏らすほど、安心する言葉だった。


 話は終わったとばかりに無反応になるパルミラの横で、でもお兄様は変かなぁ?などと相変わらずおかしな事を言い続けてるアイラ。
 考えてみると、それはそれで、俺を受け入れてくれているようにも思える……ような気がする。正直不安ではあるが、アイラらしいといえば、アイラらしい。


 取りあえず、アイラの事は放っといて、最後の……レオンに視線を移す。


 「……素直に言いますと、驚きました。何かあるだろうとは踏んでいましたが……」


 言葉を選ぶように語る、いつにない様子のレオン。


 あれ?


 ……という気分になった。
 いや、冷静に考えてみると、あれ?、はおかしい。
 なんだこれ?
 一方、レオンはなにやら思案する顔で、珍しく何かを迷っている様子だった。
 いや……普通はそうだろう。ああでも、今まで女として接していた相手が、実は男だったんです、などと言われたら通常は相当複雑な気持ちになるに違いない。


 ……これが普通なんだよなぁ……。


 普通なんだが、何となく、こう、期待外れというか、裏切られた感というか、そんな気分になる。
 これは、なんだろう。


 「……少しだけ、考えさせて頂けますか?」


 失礼。
 と短く言って、レオンは席を立ち、足早に去って行った。
 なにやら、酷く狼狽えた様子で。
 そんな姿は、初めて見る。というか、俺のイメージにあるレオンには無い様子でもあった。


 とはいえ。


 「ま、そうだよな……」


 椅子に思い切り仰け反って、空を見る。そのまま、大きくため息。


 なーんだ。
 なんか、レオンだけはそういう反応してほしくなかったんだけどなぁ。


 不思議な信頼。
 それは所詮俺が頭の中で感じていただけで、そうじゃなかったって事だろう。そう思うと、レオンを責める気にはならない。
 いや、そもそも筋違いだ。


 「お姉様、気にしないで……」


 アイラが今の場面に一番狼狽えた雰囲気で、俺にフォローを入れる。
 ありがたくはあるが、少し放って置いて欲しいと思う。今、俺はひどく複雑な気分だ……って。


 「っていうか、お姉様でいいのかよ」


 なんとなく意地悪く聞いた。体制はそのままに、首だけを動かし思いっきり嫌らしい笑みを向けて。


 「取りあえず、お姉様でいいかなって。実際今は、女の子ですし」


 にもかかわらず、わりとどうでもいいと言わんばかりに、アイラはあっさりと言い切った。
 俺はその答えに、なんだか急に可笑しくなり、ついには口に出して爆笑した。


 「あっはっはは、なんだよそれ」


 それでいいのかよ。お前ら。
 目の前に居るのは、女男だぞ。
 俺だったら、キモいぐらいは思うぜ?確実だよ。
 さっきのレオンみたいに、何言って良いかわからなくなるのが普通だって。


 「もう、何がおかしいんですか」


 「アイラ」


 素直に憤慨するアイラを、パルミラが袖を引いて首を振る。何かを察したように。


 いや、そんなに気を遣う必要なんてないんだぞ。馬鹿だな。


 目の前に居る女は、実は男で、奴隷で、戦災孤児だ。ただ、それだけの存在でしかない。
 そんな重い信頼なんか、俺なんぞに思わなくてもいいんだぞ。


 ……でも、まあ。
 お前らが、お前らで良かったよ。


 「はは……まあ、ありがとよ。改めてよろしくな、お前ら」


 再び軽く仰け反って、空を見ながらぽつっと言った。
 俺の顔を見られないように、顔は合わさない。
 でもきっと、二人は言うだろう。


 「「こちらこそ」」

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