すわんぷ・ガール!
13話 再び奴隷に
夢だ。
また。
家の裏庭には、一本の楡の木がなっている。
それなりに大きくて、立派な木だ。
私はその木が大好きで、……に怒られるんだけど、よく登ったりして遊んでいた。
怒られながらも、登るのは、そこから見える光景が好きだったから。
実は、それは家の2階からでも見えるけど、自分だけのその場所から見る眺めは、自分だけのもののように思えて、もっと素敵に見える。
風がふいて、木の葉が揺れる。ざぁっという、摺れる音。瞬く木漏れ日。
そうして遠く、向こうに見る、山々の連なり。それは青く、黄色く、白く、季節によって色合いを変えた。
空もいろんな色を見せる。蒼く高く、赤く遠く、藍く広く。
何時だって見飽きることもない感動が、そこにはあったから。
ある日、……が来た。
私は、最初……が苦手だった。向こうもそうだったかもしれない。初めて出会う、同じ年ぐらいの、男の子にどう接したらいいのかわからなかった。
不安で、でも興味があって、少し後ろから見る。そんな私を、……はどう思っていたのかわからない。……もそんな私をチラチラと見るんだけど、戸惑うようなそんな視線を向けるだけ。
最後は、私が少しずつ近くに寄って、……の手を取った。
「……」
と、言って。
……も、戸惑いながら、頷いた。
私は嬉しかった。多分きっと、私は、……も、仲良くなりたかったんだと、思う。
そうして私たちは友達になった。友達じゃない。きょうだいになった。
……が兄様。私は妹。歳が、私の方が下だったから。
でも、それでもよかった。私は、……が一緒だったら、それが、もし家族だというなら、その方が良かった。私は……が大好きだったし、何時でも……は私の手を引いてくれた。
でも、あの楡の木だけは別だった。
私は、その楡の木に、以前よりも登らなくなった。……と遊ぶほうが大切だったから。
それに、……は楡の木に登らなかった。何度言っても、そうしてくれないから、いつも仕方なく諦めたり、こっそり一人で登った。でも、それは何時も見つかって、危ないよって、木の下から私を見上げる。
一緒に登れば良いのに。一緒に私は見たいのに。この、私だけの光景を、二人で見れたらもっと素敵なのに。
それなのに、……は来てくれない。
でも何時かきっと、二人で見たい。
それはきっと、もっと素敵にちがいない。
「……」
ぼうっとした意識が集まり、俺という人格として覚醒する。
目を開けると、ベッドの天蓋が映った。
ああ、ここだ。
おかしな夢を見たせいか、昨日と同じ場所に居る自分にホッとする。
夢?
あれは本当に夢だったのだろうか。夢というのは、普通もっと抽象的で、突飛なものではないだろうか。
それに、いよいよ夢の内容が気になる。自分の記憶を掘り返しても、あんな場所、或いはあの子供たちの記憶は一切ない。
自分の経験上、全く知らない場所、知らない人の夢を見ることも、今まで無かったかというとそういうわけではない。だから、それを考えれば別に不思議では無い。
はずなのだが、妙に鮮明で不合理では無いこの夢に、何とも言えない違和感を感じる。それはあえて言えば、
不思議な夢。
……一言で言えばそうなる。
結論すると、急にそれが馬鹿馬鹿しいように感じて、俺はあまり気にしないことにした。
「はぁ」
「おや、おきられましたか?」
……またか。
俺は少しウンザリした顔になり、ベッドから上半身を起こすと、その声のした方に顔を向けた。
そこには昨日と同じく壁際に置かれた椅子に座ったレオンが居た。目が合うと、和やか顔で片手を上げる。
……ただ、昨日と違うといえば、うっすらと目の下に黒いモノが見えた。それは、僅かな陰りでしかなかったが、元々目鼻整う彫刻にも似た端正な顔つきのレオンだけに目立って見えた。
「なんだそのクマ」
なので、ストレートに聞いた。
正直、毎回、といっても二回目だが、勝手に部屋に入ってきているレオンに気を遣うのも馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。
「……昨日の事を、覚えてないので?」
すると、レオンはおやっ?という疑問顔になった。
昨日のこと……………………っ!
何で俺はそれを忘れていた?
慌てて、自分の右手の表裏を確認する。
果たしてそこには、なにも、なかった。
手のひらには当然、手の甲にも、何も。あの変な文様が浮かんでいるなどということは全くなく、痕跡すら無い。左手で右手を揉んで確かめるが、やはり何も違和感なかった。
「どういう……ことなんだ」
戸惑う。
無論、何もないほうが喜ばしい。
実際今、光る文様が浮かんだままだったら、それはそれで、より戸惑っただろう。だが、何も無いというのも不気味だった。昨日の事は、間違いの無い事実だったはずだから。
昨日の夜を思い出す。
降魔石だと思われた石が手のひらに吸い込まれた。
酷い目眩がして、手の甲に文様が出現し、それから繋がる線が腕を経由して背中に消えたと同時に、今度は視界に大きく文様が浮かんだ。
…………そういえば。
「なあ、レオン。昨日、俺どうなったんだ?」
最後にレオンが、血相変えたような顔で部屋に飛び込んできたのを思い出す。レオンもあんな顔するんだななどと、ほんの少し思ったのも思い出した。
「いえ、なにしろあんな時間に貴女の叫び声が聞こえたので、何かあったのだと焦ってしまいましてね。ノックぐらいはすべきだったのでしょうが、何しろ尋常では無い声でしたから」
「いや、うん、そういう話じゃなくて」
問題はその後だ。
というか、起きたらレオンとかいう状態が続くなかで、ノックがどうとかよく言える。
「私が入ったとき、顔を押さえて床に崩れ落ちる瞬間でしたよ?私こそ、なにがあったのか知りたいぐらいです」
「……文様は」
「文様?」
「……いや……」
不思議そうに聞き返すレオンに、俺は言葉を濁した。
見えてなかった?
俺の視界では、あれほどはっきりと、青く光る文様が見えていた。
ただそれは、もしかすると俺にしか見えていないものだったのかもしれない。
だとすると、ここでその話を始めた場合、最終的には俺の秘密まで喋らなければならなくなる。
まだ……心の準備が出来ていない。今はまだ、話したくない。
「……いや、どうもいろいろな事があって、寝ぼけてたみたいだ」
だから俺は、適当にごまかすことにした。
レオンはそれを聞いて少し考える仕草になったが、
「……そうでしたか」
と、納得したのかしていないのか、どちらとも取れるような顔で、とりあえずは言った。
どっちなんだろう。
まあ、どちらにしても、今日か、明日、話さなければならないだろうが。
「わかりました。しかし体調に問題が……いえ」
そこまで言って、レオンは珍しく一瞬戸惑った顔をして言葉を切った。
なんだ?
と思う間もなく、再び笑顔で続けた。
「作戦に入りたいと思います。既にもう、二人は準備して待機していますので、貴女だけになります。着替えられたら、昨日の会議室に参集願いますね」
そこまで言うと、言うことは言ったとばかりに、レオンは立ち上がり部屋を出て行った。
……別にエスコートを期待していたわけじゃないが、なんかこう、物足りないというか、拍子抜けしたというか、期待を裏切られたような気持ちになった。
いや、こんなものなのかもしれない。
何にしても、お客様なのはもう、終わりなのだ。
あとは、仕事の関係でしか無くなる。
だとしたら、それが普通なのだろうと、俺は思うことにした。
会議室に入ると、言う通り、パルミラとアイラが既に待っていた。しかも、例の薄汚れた貫頭衣に着替えて。
そういえばそうか、と思う。それにしても、再びこの服を着ることになるとは……。
奴隷になることは了承していたものの、それはかなり憂鬱な気分にさせるに十分だった。
「なんかこう、今までが夢だったんだって気にさせられますね、これ」
メイドにメイクを施されながら、半笑いで言うアイラ。メイクは、不健康そうな見た目に変える目的でしているらしく、その内心はともかく、メイド達が熱心に二人に施している。
「では、貴女もこれに着替えてください」
もう一人のメイドが、俺に服を渡してきた。そのメイドは、一昨日、俺を仕立ててくれたメイドだった。割り切っているのか、無表情を貫いている。
何となく寂しい気もするが、仕方ないのだろう。黙って貫頭衣を受け取った。
暗くて、おまけにジメジメした狭い地下通路を歩く。
前には、明かりを持った、バイド第一小隊長。
黙々と歩くその姿が、変にこの場に似合っている。その後ろに、貫頭衣に着替えた俺、アイラ、パルミラが続く。雰囲気が雰囲気だけに、誰も声を上げない。
その後ろに、アイリン。彼女の付与魔法は時間限定なので、ぎりぎりで付与するため同行しているらしい。彼女もさすがに何も言わずついてくる。
その後ろに10人ほどの兵士。
といっても、バイドもそうだが、前のお仕着せの鎧姿ではなく、どちらかというと冒険者に近いような、雑多な格好をしている。奴隷商人のつもりなのだろう。
あの後、レパードと、ここに居る兵士達がやってきて、そのまま、作戦の発動となった。
そのまま彼らの言う本館に移動して、ホールの裏手にあった暖炉をずらし、レパードに見送られながら、そこに出現した階段を降りた。
やはり貴族の館ともなると、こういう秘密の脱出路みたいなのがあるのが定番なのだろう。アイリンが少し驚いた顔になっていたので、秘中の秘であったに違いない。こうしたものは、そうでなければ非常の脱出路にはならない。
結局レオンは、最後まで顔を出さなかった。
見送りぐらいは、してもいいとは思っていたんだが……まあ、忙しいんだろうと思っておく事にする。
それにしても、この暗い地下道を黙々と歩いていると、なんだか、邪教徒に連れられ、今から生け贄に捧げられるみたいだな、とか思ってしまう。
そしてある意味、それは正解なのかも知れない。捧げられる、という意味で。
実際連れられる俺たちは、女なワケだし。昔っから生け贄っていうのは若い女に相場が決まっている。
いや、でも俺はどうなんだろう。流石に捧げられた邪教の神も、かなり複雑な気持ちになるに違いない。
そんな下らない事を考えているうちに、終点についたらしい。バイドが突如立ち止まった。
蹈鞴を踏んで、ぶつかりそうになるのを堪える。
終点は行き止まりで、そこには小振りの鉄扉が取り付けてあった。バイドは無言で鍵をどこからか取り出し、鍵穴に差し込んだ。
がちん、という音とともに、バイドが内側から扉を押すと、ギシギシと音を立てて扉が開いた。その隙間から、日の光が差し込んでくる。
そのまぶしさに目がくらんだが、目が慣れてくると、そこが森の中だということがわかった。
「こっちだ」
初めて聞くバイドの声に促され、おそるおそる外に出る。
そこはやはり森の中で、振り返ると、今抜けた扉は、ツタの絡まる歪な石碑のようなものに取り付けられていた。
なるほど、出口も隠されているわけだ。妙に納得する俺。
「もう少しだけ歩く。下生えや、枝に注意しろ」
バイドが渋い声で俺たちに注意を促してくる。最低限の言葉は喋る、といったところだろうか。
獣道もないような森を抜けると、街道に出た。
それと同時に、近くで待機していたらしき、馬車が二台ほど俺たちに寄ってくる。
凄まじく段取りが良い。
一台は、ごくごく普通の幌馬車だが、もう一台は、例の密封木箱型の馬車だった。
この馬車に俺たちは乗り込む事になるのだろう。それは貫頭衣を再び着たときと同じくらい憂鬱だった。
アイラとパルミラもかなり複雑な顔で、それを見つめている。
「それでは、中で施術をします」
アイリンが努めて感情を露わにしない顔でそう言って、先に馬車に乗り込んだ。
二人を再び見ると、目が合った。
その瞳に、戸惑いのようなものが浮かんでいるのを感じて、俺は覚悟を決めて先に馬車に乗り込む。そうすると、二人も後に続いて馬車に乗り込んだ。
「……じゃあ、順番にいくね」
入ってすぐに、施術は行われた。
薄暗い車内に、降魔石と呪文の光が灯る。それは昨日より幻想的ではあった。
まずは、アイラ。
昨日と同じように、口に指を突っ込まれる。続いてパルミラ。
「さあ、じゃあクリスで最後。口、開けといてね」
アイラは2度目だけにまだ落ち着いているものの、初めての経験であるパルミラは、昨日のアイラと同じように、両耳を押さえて蹲まっている。
それを見ながら、次は俺だと、アイリンは振り返る。
「……優しく頼むよ」
軽い恐怖を感じながら、それを誤魔化すように嘯く俺。
アイリンは小さく頷いて、三度中空に文字を書いた。それが終わると、同じように指を口に突っ込まれた。
ぱきん
頭の後ろのほうで、何かがはじけた音がした。指が引き抜かれる。
(あ、あれ?)
頭の中に、アイリンの声が響いた。見ると、アイリンが指先を見て戸惑う表情を見せていた。
何が、あれ?なんだよ。不安になるだろ。
(あ、ちゃんと施術は出来てるみたいね……、なんか何時も感じが違った気がしたから)
なんだ?今の考えたことが向こうに伝わったのか。
凄いけど、筒抜けって怖いな。
(慣れてくると、伝えられる事だけ、伝えられるようになるから)
(お姉様、大丈夫。私も出来てるし)
(……凄く不安)
アイリンの声に続いて、アイラとパルミラの声が聞こえた。
とにかく、大丈夫みたいだ。やっぱりまだ不思議な感覚に、戸惑いが抑えられないが、そのうち慣れるのだろう。
(それじゃ、みんな、頑張ってね。クリス、約束わすれてないから)
そう言って、アイリンは軽く親指を立てて、そして馬車から降りていった。
扉が閉まる。
いよいよ、奴隷に逆戻りしたことを強く感じて、流石に不安になる。
しばらくして、馬車が動き始めた感覚が伝わってきた。
「……ぐす」
アイラが涙ぐんで鼻をすする音がする。
(大丈夫だ)
俺は強くそれを念じるしか、出来なかった。
また。
家の裏庭には、一本の楡の木がなっている。
それなりに大きくて、立派な木だ。
私はその木が大好きで、……に怒られるんだけど、よく登ったりして遊んでいた。
怒られながらも、登るのは、そこから見える光景が好きだったから。
実は、それは家の2階からでも見えるけど、自分だけのその場所から見る眺めは、自分だけのもののように思えて、もっと素敵に見える。
風がふいて、木の葉が揺れる。ざぁっという、摺れる音。瞬く木漏れ日。
そうして遠く、向こうに見る、山々の連なり。それは青く、黄色く、白く、季節によって色合いを変えた。
空もいろんな色を見せる。蒼く高く、赤く遠く、藍く広く。
何時だって見飽きることもない感動が、そこにはあったから。
ある日、……が来た。
私は、最初……が苦手だった。向こうもそうだったかもしれない。初めて出会う、同じ年ぐらいの、男の子にどう接したらいいのかわからなかった。
不安で、でも興味があって、少し後ろから見る。そんな私を、……はどう思っていたのかわからない。……もそんな私をチラチラと見るんだけど、戸惑うようなそんな視線を向けるだけ。
最後は、私が少しずつ近くに寄って、……の手を取った。
「……」
と、言って。
……も、戸惑いながら、頷いた。
私は嬉しかった。多分きっと、私は、……も、仲良くなりたかったんだと、思う。
そうして私たちは友達になった。友達じゃない。きょうだいになった。
……が兄様。私は妹。歳が、私の方が下だったから。
でも、それでもよかった。私は、……が一緒だったら、それが、もし家族だというなら、その方が良かった。私は……が大好きだったし、何時でも……は私の手を引いてくれた。
でも、あの楡の木だけは別だった。
私は、その楡の木に、以前よりも登らなくなった。……と遊ぶほうが大切だったから。
それに、……は楡の木に登らなかった。何度言っても、そうしてくれないから、いつも仕方なく諦めたり、こっそり一人で登った。でも、それは何時も見つかって、危ないよって、木の下から私を見上げる。
一緒に登れば良いのに。一緒に私は見たいのに。この、私だけの光景を、二人で見れたらもっと素敵なのに。
それなのに、……は来てくれない。
でも何時かきっと、二人で見たい。
それはきっと、もっと素敵にちがいない。
「……」
ぼうっとした意識が集まり、俺という人格として覚醒する。
目を開けると、ベッドの天蓋が映った。
ああ、ここだ。
おかしな夢を見たせいか、昨日と同じ場所に居る自分にホッとする。
夢?
あれは本当に夢だったのだろうか。夢というのは、普通もっと抽象的で、突飛なものではないだろうか。
それに、いよいよ夢の内容が気になる。自分の記憶を掘り返しても、あんな場所、或いはあの子供たちの記憶は一切ない。
自分の経験上、全く知らない場所、知らない人の夢を見ることも、今まで無かったかというとそういうわけではない。だから、それを考えれば別に不思議では無い。
はずなのだが、妙に鮮明で不合理では無いこの夢に、何とも言えない違和感を感じる。それはあえて言えば、
不思議な夢。
……一言で言えばそうなる。
結論すると、急にそれが馬鹿馬鹿しいように感じて、俺はあまり気にしないことにした。
「はぁ」
「おや、おきられましたか?」
……またか。
俺は少しウンザリした顔になり、ベッドから上半身を起こすと、その声のした方に顔を向けた。
そこには昨日と同じく壁際に置かれた椅子に座ったレオンが居た。目が合うと、和やか顔で片手を上げる。
……ただ、昨日と違うといえば、うっすらと目の下に黒いモノが見えた。それは、僅かな陰りでしかなかったが、元々目鼻整う彫刻にも似た端正な顔つきのレオンだけに目立って見えた。
「なんだそのクマ」
なので、ストレートに聞いた。
正直、毎回、といっても二回目だが、勝手に部屋に入ってきているレオンに気を遣うのも馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。
「……昨日の事を、覚えてないので?」
すると、レオンはおやっ?という疑問顔になった。
昨日のこと……………………っ!
何で俺はそれを忘れていた?
慌てて、自分の右手の表裏を確認する。
果たしてそこには、なにも、なかった。
手のひらには当然、手の甲にも、何も。あの変な文様が浮かんでいるなどということは全くなく、痕跡すら無い。左手で右手を揉んで確かめるが、やはり何も違和感なかった。
「どういう……ことなんだ」
戸惑う。
無論、何もないほうが喜ばしい。
実際今、光る文様が浮かんだままだったら、それはそれで、より戸惑っただろう。だが、何も無いというのも不気味だった。昨日の事は、間違いの無い事実だったはずだから。
昨日の夜を思い出す。
降魔石だと思われた石が手のひらに吸い込まれた。
酷い目眩がして、手の甲に文様が出現し、それから繋がる線が腕を経由して背中に消えたと同時に、今度は視界に大きく文様が浮かんだ。
…………そういえば。
「なあ、レオン。昨日、俺どうなったんだ?」
最後にレオンが、血相変えたような顔で部屋に飛び込んできたのを思い出す。レオンもあんな顔するんだななどと、ほんの少し思ったのも思い出した。
「いえ、なにしろあんな時間に貴女の叫び声が聞こえたので、何かあったのだと焦ってしまいましてね。ノックぐらいはすべきだったのでしょうが、何しろ尋常では無い声でしたから」
「いや、うん、そういう話じゃなくて」
問題はその後だ。
というか、起きたらレオンとかいう状態が続くなかで、ノックがどうとかよく言える。
「私が入ったとき、顔を押さえて床に崩れ落ちる瞬間でしたよ?私こそ、なにがあったのか知りたいぐらいです」
「……文様は」
「文様?」
「……いや……」
不思議そうに聞き返すレオンに、俺は言葉を濁した。
見えてなかった?
俺の視界では、あれほどはっきりと、青く光る文様が見えていた。
ただそれは、もしかすると俺にしか見えていないものだったのかもしれない。
だとすると、ここでその話を始めた場合、最終的には俺の秘密まで喋らなければならなくなる。
まだ……心の準備が出来ていない。今はまだ、話したくない。
「……いや、どうもいろいろな事があって、寝ぼけてたみたいだ」
だから俺は、適当にごまかすことにした。
レオンはそれを聞いて少し考える仕草になったが、
「……そうでしたか」
と、納得したのかしていないのか、どちらとも取れるような顔で、とりあえずは言った。
どっちなんだろう。
まあ、どちらにしても、今日か、明日、話さなければならないだろうが。
「わかりました。しかし体調に問題が……いえ」
そこまで言って、レオンは珍しく一瞬戸惑った顔をして言葉を切った。
なんだ?
と思う間もなく、再び笑顔で続けた。
「作戦に入りたいと思います。既にもう、二人は準備して待機していますので、貴女だけになります。着替えられたら、昨日の会議室に参集願いますね」
そこまで言うと、言うことは言ったとばかりに、レオンは立ち上がり部屋を出て行った。
……別にエスコートを期待していたわけじゃないが、なんかこう、物足りないというか、拍子抜けしたというか、期待を裏切られたような気持ちになった。
いや、こんなものなのかもしれない。
何にしても、お客様なのはもう、終わりなのだ。
あとは、仕事の関係でしか無くなる。
だとしたら、それが普通なのだろうと、俺は思うことにした。
会議室に入ると、言う通り、パルミラとアイラが既に待っていた。しかも、例の薄汚れた貫頭衣に着替えて。
そういえばそうか、と思う。それにしても、再びこの服を着ることになるとは……。
奴隷になることは了承していたものの、それはかなり憂鬱な気分にさせるに十分だった。
「なんかこう、今までが夢だったんだって気にさせられますね、これ」
メイドにメイクを施されながら、半笑いで言うアイラ。メイクは、不健康そうな見た目に変える目的でしているらしく、その内心はともかく、メイド達が熱心に二人に施している。
「では、貴女もこれに着替えてください」
もう一人のメイドが、俺に服を渡してきた。そのメイドは、一昨日、俺を仕立ててくれたメイドだった。割り切っているのか、無表情を貫いている。
何となく寂しい気もするが、仕方ないのだろう。黙って貫頭衣を受け取った。
暗くて、おまけにジメジメした狭い地下通路を歩く。
前には、明かりを持った、バイド第一小隊長。
黙々と歩くその姿が、変にこの場に似合っている。その後ろに、貫頭衣に着替えた俺、アイラ、パルミラが続く。雰囲気が雰囲気だけに、誰も声を上げない。
その後ろに、アイリン。彼女の付与魔法は時間限定なので、ぎりぎりで付与するため同行しているらしい。彼女もさすがに何も言わずついてくる。
その後ろに10人ほどの兵士。
といっても、バイドもそうだが、前のお仕着せの鎧姿ではなく、どちらかというと冒険者に近いような、雑多な格好をしている。奴隷商人のつもりなのだろう。
あの後、レパードと、ここに居る兵士達がやってきて、そのまま、作戦の発動となった。
そのまま彼らの言う本館に移動して、ホールの裏手にあった暖炉をずらし、レパードに見送られながら、そこに出現した階段を降りた。
やはり貴族の館ともなると、こういう秘密の脱出路みたいなのがあるのが定番なのだろう。アイリンが少し驚いた顔になっていたので、秘中の秘であったに違いない。こうしたものは、そうでなければ非常の脱出路にはならない。
結局レオンは、最後まで顔を出さなかった。
見送りぐらいは、してもいいとは思っていたんだが……まあ、忙しいんだろうと思っておく事にする。
それにしても、この暗い地下道を黙々と歩いていると、なんだか、邪教徒に連れられ、今から生け贄に捧げられるみたいだな、とか思ってしまう。
そしてある意味、それは正解なのかも知れない。捧げられる、という意味で。
実際連れられる俺たちは、女なワケだし。昔っから生け贄っていうのは若い女に相場が決まっている。
いや、でも俺はどうなんだろう。流石に捧げられた邪教の神も、かなり複雑な気持ちになるに違いない。
そんな下らない事を考えているうちに、終点についたらしい。バイドが突如立ち止まった。
蹈鞴を踏んで、ぶつかりそうになるのを堪える。
終点は行き止まりで、そこには小振りの鉄扉が取り付けてあった。バイドは無言で鍵をどこからか取り出し、鍵穴に差し込んだ。
がちん、という音とともに、バイドが内側から扉を押すと、ギシギシと音を立てて扉が開いた。その隙間から、日の光が差し込んでくる。
そのまぶしさに目がくらんだが、目が慣れてくると、そこが森の中だということがわかった。
「こっちだ」
初めて聞くバイドの声に促され、おそるおそる外に出る。
そこはやはり森の中で、振り返ると、今抜けた扉は、ツタの絡まる歪な石碑のようなものに取り付けられていた。
なるほど、出口も隠されているわけだ。妙に納得する俺。
「もう少しだけ歩く。下生えや、枝に注意しろ」
バイドが渋い声で俺たちに注意を促してくる。最低限の言葉は喋る、といったところだろうか。
獣道もないような森を抜けると、街道に出た。
それと同時に、近くで待機していたらしき、馬車が二台ほど俺たちに寄ってくる。
凄まじく段取りが良い。
一台は、ごくごく普通の幌馬車だが、もう一台は、例の密封木箱型の馬車だった。
この馬車に俺たちは乗り込む事になるのだろう。それは貫頭衣を再び着たときと同じくらい憂鬱だった。
アイラとパルミラもかなり複雑な顔で、それを見つめている。
「それでは、中で施術をします」
アイリンが努めて感情を露わにしない顔でそう言って、先に馬車に乗り込んだ。
二人を再び見ると、目が合った。
その瞳に、戸惑いのようなものが浮かんでいるのを感じて、俺は覚悟を決めて先に馬車に乗り込む。そうすると、二人も後に続いて馬車に乗り込んだ。
「……じゃあ、順番にいくね」
入ってすぐに、施術は行われた。
薄暗い車内に、降魔石と呪文の光が灯る。それは昨日より幻想的ではあった。
まずは、アイラ。
昨日と同じように、口に指を突っ込まれる。続いてパルミラ。
「さあ、じゃあクリスで最後。口、開けといてね」
アイラは2度目だけにまだ落ち着いているものの、初めての経験であるパルミラは、昨日のアイラと同じように、両耳を押さえて蹲まっている。
それを見ながら、次は俺だと、アイリンは振り返る。
「……優しく頼むよ」
軽い恐怖を感じながら、それを誤魔化すように嘯く俺。
アイリンは小さく頷いて、三度中空に文字を書いた。それが終わると、同じように指を口に突っ込まれた。
ぱきん
頭の後ろのほうで、何かがはじけた音がした。指が引き抜かれる。
(あ、あれ?)
頭の中に、アイリンの声が響いた。見ると、アイリンが指先を見て戸惑う表情を見せていた。
何が、あれ?なんだよ。不安になるだろ。
(あ、ちゃんと施術は出来てるみたいね……、なんか何時も感じが違った気がしたから)
なんだ?今の考えたことが向こうに伝わったのか。
凄いけど、筒抜けって怖いな。
(慣れてくると、伝えられる事だけ、伝えられるようになるから)
(お姉様、大丈夫。私も出来てるし)
(……凄く不安)
アイリンの声に続いて、アイラとパルミラの声が聞こえた。
とにかく、大丈夫みたいだ。やっぱりまだ不思議な感覚に、戸惑いが抑えられないが、そのうち慣れるのだろう。
(それじゃ、みんな、頑張ってね。クリス、約束わすれてないから)
そう言って、アイリンは軽く親指を立てて、そして馬車から降りていった。
扉が閉まる。
いよいよ、奴隷に逆戻りしたことを強く感じて、流石に不安になる。
しばらくして、馬車が動き始めた感覚が伝わってきた。
「……ぐす」
アイラが涙ぐんで鼻をすする音がする。
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