すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

11話 ガールズトークと重い話

 「はー、緊張しましたあー」


 会議室から出て、ようやく普通を取り戻したアイラが、心底ホッとした顔で胸をなで下ろす。
 パルミラはというと、何か思案顔で、その後を着いてくる。
 どちらかというと、パルミラの方が普通なのだと思う。なにしろ未だ何も始まってはいないからだ。アイラは話の内容をちゃんと聞いてただろうか。
 後でしっかり確認してやろう。


 会議が終わった後、俺たち3人はアイリンに付き添い、未だ兵舎の中に居た。会議室から逆戻り。
 廊下を抜けて、ホールで再び兵士にガン見されながら、玄関をスルーして逆側の通路へ。


 「さあ、こっちです」


 やはり廊下の突き当たりにある部屋に通された。
 三者三様、そんな体で部屋に入る。


 部屋の中は、先ほどの会議室と大きさは変わらないが、中央に鎮座していた大きなテーブルが無く代わりに本が積み重なって置いてある小さな丸テーブルと、椅子が3つあった。
 両側の壁には大小様々な本が並んだ大きな本棚。奥は窓だが、その手前にも机があって、そこにもやはり山ほどの本が積み重なっている。
 その手前の床にチェスト。何かが溢れていて、ふたが半開き。
 手前の壁は当然入り口だが、その横には小さな黒板が書けてあって、なにやら難しい図式が書き込まれていた。


 「……うわあ」


 思わず呻く。
 口には出さなかったが、アイラもパルミラも同じような渋い顔をして、部屋を見ていた。


 「あーっと、ちょーっとまってくださいね」


 そんな俺の呻きに気付いたのか、気付かなかったのか、開け放たれたドアの前で立ち尽くす俺たちを押しのけて、アイリンがささっと中に入る。
 そして丸テーブルの上から、本束を一気に持ち上げると、本棚ではなく奥の机の上にどさっとそれを載せた。


 いや、片付けなさいよ。


 と、ツッコみたいが、ひょっとしたらこれが魔法士というものなのかもしれないと思い、口に出すのをやめる。


 「はい、じゃあ、三人ともそんなとこに突っ立ってないで、どうぞ!」


 「あ、ああ」


 促されるままに、ぞろぞろと部屋に足を踏み入れる。
 後ろでアイラがボソボソと『あれ、片付けたら駄目かなあ』みたいな事を言う。アイラの意外な一面を見た気がしなくも無いが、小声でやめておけと釘を刺した。


 「はい、じゃあ、座って座って」


 三つしか無い椅子に俺たちを誘い、かなり強引に座らせるアイリン。
 なんかさっきとテンションが全然違う。会議室ではそれなりに真面目キャラのように見えていたが、どうもそうじゃないようだ。
 少なくとも今はかなりのハイテンションであり、同時に何か凄く嬉しそうでもある。
 よくわからないが、こっちが素なのだろう。


 「ん、ん、おっけー。じゃあ、少し待っててくださいね。すぐ戻りますから」


 そしてそのままの勢いで、部屋を出て行った。というか俺たちの返事とか、そういうの全然聞くつもりが無いその姿に、いっそ清々しいものを覚える。


 「……うざい」


 それまで黙っていたパルミラが、渋顔でボソッと辛辣なことを言った。
 同意、できなくもない。










 「おまたせっ!」


 3分ぐらい経って戻ってきたアイリンは、その手に盆を持ち、その上にポットと人数分のカップをもって現れた。それからもう片手に、何か山盛りケーキの乗ったケーキスタンド。
 両手がふさがっているので足で扉を器用に閉めて、ニコニコ顔でそれらをテーブルに並べ始めた。


 作戦会議の続きじゃ無かったのかと、不安になる。


 そんな不安をよそに、高そうなカップをテーブルに並べて茶を注いで回るアイリン。フワッと紅茶の良いにおいが広がる。いい葉っぱを使ってそうだ。
 その後、皿が回され、その上にトングでケーキが載せられる。


 あっという間に出来上がるティータイム風景。


 最後に机の奥から、小さな椅子を取り出して空いた場所に置き、自分もそこに座ったところで漸く落ち着いたのか、ふうっと小さく吐息を漏らした。


 「じゃあ、食べよっか」


 「いやちょっとまて」


 すぐにもかかわらず、既にカップを持ち上げているアイリンにオレは言った。
 心底不思議そうな顔をして俺をみるアイリン。それを見ると、ひょっとしてオカシイのは俺なのかもしれないという疑念すら浮かぶ。
 振り払って続ける。


 「……魔法は?」


 当然のように聞いた。当然なんだ、コレは、と、ついでに自分に言い聞かせる。


 「あー、うん。だって、さっきの会議、疲れたでしょ?みんな。だからね、先に休憩してそれからにしようかなって。で、本館の調理場から取ってきたんだ。これおいしいんだよ?食べて食べて?」


 実は本人なりの気遣いだったことに驚く俺。
 というか、既に敬語でも無い、やたらなれなれしい彼女の口調に、なんかやっぱりオカシイのは俺なんじゃ無いだろうかと考え始める。


 「……わ、おいしい」


 とか思ってる間に既にアイラが紅茶に口を付け、感想まで口にした。
 おいしい、じゃねーよと思ったが、その横でパルミラも何の遠慮も無くパクパクとケーキを食べていた。割と一心不乱な感じで。


 「ありがと!どう?ケーキも?」


 「……貴女はいい人」


 その様子に声をかけたアイリンに、ケーキを既に半分も食ったパルミラが言う。
 ……お前さっきうざいとか言ってなかったか。
 俺の視線に気付いたパルミラがさっと横を向いた。お前……。


 「ほら、ええと、貴女も。んー、良かった。ほらここ、男ばっかりじゃない。メイドさんはいるけど、流石にこういうの誘いにくくってさぁ。ちょっとこういうの憧れてたんだよね!」


 満面の笑みで言うアイリン。


 ああ。あれだ。女の子だ。


 この何とも言えない疎外感というか、自分だけが、ズレた感じ。冒険者時代も、酒場とかで女冒険者だけが集まったら始まる謎空間。
 つまり、少なくとも今間違っているのは俺だと、なんとなく悟った。
 そして俺も深く考えるのを止めた。きっと、そんなことをしても疲れるだけだろう。
 それでも葛藤しながらノロノロとティーカップに手を伸ばし、それに口を付けた。


 確かに、うまい。
 軽く驚いた俺を見逃さず、にへーと笑うアイリン。ムッとする。
 ムッとしたが、心のどこかで、こういうのも悪くないじゃないだろうかという気分がする。


 「うまいな」


 「でしょ!ところでさー、みんななんで奴隷になったの?」


 俺はその言葉に今飲んだ紅茶を吹き出しそうになった。すんでの所で堪える。
 というか、何のためらいも無くその流れで聞くかコイツと、アイリンを信じられないものを見るような目つきで見る。


 「いや、お前そんなヘビーな話をよくここで聞くな」


 「だって気になるじゃない」


 キョトンとした顔で即答するアイリン。
 ……いや、でも、だって。ほら。


 「そいえば、私あなたたちの名前も知らないや」


 「アイラです。名字ないです」


 「私は、パルミラ・ウィルバック」


 葛藤している間に、何故か話が進み自己紹介になった。それに対して、何事も無かったように各々紅茶だったりケーキだったりしながら答えるアイラ&パルミラ。もちろんパルミラの名字なんて、俺も今初めて知った。案外立派な名字だった。


 「あなたは?」


 ……確かにそういえば、さっきは向こうの紹介だけに終わってたな。
 レオンの不手際か。今度会ったら言っておこう。


 「クリスだ。名字はない」


 促されるままに、名前を言う。
 流石に、本名を言うのは避けた。男の名前を言っても、話が複雑になるだけだし、絶対根掘り葉掘り聞かれて面倒くさくなる。


 「そっかー、アイラちゃんに、パルミラちゃんに、クリスちゃんね!よろしく!私は」


 クリスちゃんはやめろ。


 「知ってる。アイリン・バーネスト」


 「そっか!パルミラちゃんは偉いねー」


 仕方ないとは言え、しっかり子供扱いされるパルミラ。


 「子供扱いしないで。私は20歳」


 「えーっ、ホントに?私より年上なの?」


 しっかり反論し、それによって盛り上がるアイリン。
 なんというか、だんだんそれがパルミラのトークネタなんじゃないかとすら思えてくる。
 ちなみにアイリンは19だそうだ。かなりどうでもいい。


 「あ、私も19です」


 受けて、アイラ。同い年なんだ!と更に盛り上がるアイリン。
 かなり、どうでもいい。
 俺も聞かれたので、適当に18だと答えておいた。


 「そんでさ、みんな奴隷になったのは、なんで?」


 脈絡無く、話がまた振り出しに戻った。
 その話は終わったんだと油断したところにコレだ。


 「私は、もともと農村の拾い子でしたからねー、……結構元から奴隷みたいでしたよ?そしたら、去年不作になっちゃって、たまたま今年奴隷商人が来たらしくて、その時売られちゃいましたね……」


 わりと事も無げに、ヘビーすぎる過去を開陳するアイラ。お前、馬車の中であんなに沈み込んでたのに……。
 よくある話と言えばよくあるが、自分がそうだとすると、結構重い。


 「そっかー……、大変だったんだね」


 「ううん、今はもうお姉様も居るし、気にしてない、かな?」


 どことなく吹っ切れた顔のアイラ。過去は過去ってことか。
 強いな。と思う。本人が良ければそれはそれでいいか。


 ……でもお前明日また奴隷ってこと忘れてないか。


 「うわなに、そのお姉様って。超気になる」


 「実はね私が」


 「まて、それはやめろマジで」


 慌てて止める。やっぱり言っていい話とそうでない話があると思う。うん。


 「私は」


 えーなんでよ教えてよケチとかアイリスがブーブー文句を言い、それを俺が反論してるあいだに、ケーキを食べ終わったパルミラがぽつりと言った。


 「ん?」


 「もともと、カイドルシュの兵士」


 黙って耳を傾けると、イキナリ驚くような告白を始めた。


 カイドルシュ。今はない小王国だ。
 帝国の北東に位置し、俺もよく知らない理由によって帝国と戦争になり、確か3年ぐらい前普通に滅んだ。
 帝国ではカイドルシュ戦役として知られ、結構長い間争っていたはずだ。
 山岳国家であったガイドルシュは、自国領内の山岳地帯で防衛戦を展開し、国力差で10倍以上開きがある帝国軍を数年にわたって防いだが、最終的に圧倒され、首都を落とされ滅亡。
 俺は結局そちらには参加しなかったが、滅亡、つまり帝国の戦勝の日、たまたま帝都に居たため、盛大な祭りが催されたことだけは覚えている。


 「戦争に負けた私たち生き残りは、殆どが捕虜になったけど、拘束されてたのはほんの1年ぐらい。あとは放免。好きなように生きろって言われた」


 一昔前だと、すべての捕虜は奴隷として売られるのが常だった。
 今は、三大列強による協定により、奴隷制が廃止されて、そのような状態にある。
 これは、戦争の拡大を抑止するため、勝っても負けても損をするという状況を作り出すための一環である。といわれている。


 無論、実際は、どうかわらない。
 事実今日もどこかで戦争は行われているわけだし。


 「ただ、私には好きに生きる、ということがわからなかった。何をして良いのか。どうやって生きれば良いのか。手段も、目的も、わからなかった」


 メリメリと音を立ててめり込むような重い話が展開される。
 酒場ならともかく、日の光もまぶしいお茶会の話としては、いくら何でもちょっとヘビーすぎる。
 パルミラの話し口調はいつものような淡々としたものだが、それでも元々目つきの悪いパルミラの視線がどこかその辺に結ばれていて、それがすごく痛々しく感じた。


 「ま、まあ、パルミラ。無理に話さなくても」


 それに耐えきれず、俺はつい、パルミラを遮った。
 すると、つと視線が俺に向き、そして手を俺の腕に置いた。


 「ううん、むしろあなたには聞いて欲しい」


 少し悲しそうな目で、懇願するようにパルミラは言った。それは普段のパルミラからすると精一杯の感情表現な気がして、俺は息をのむ。


 「わかった。聞いてやるから全部言っとけ」


 ひょっとすると、パルミラは俺に聞いて欲しかったのかもしれない。
 むしろそうしたものからアレコレ理由を付けて逃げていたのは俺で。
 ただ、今はもう間違いなく、一蓮托生な仲間だった。いつまでこうして一緒に居るのかわからないが、今、話すならば、きっと俺は聞いておく義務があるのだろう。


 「だから、奴隷になった」


 ……短いなオイ。
 だいぶ端折られた気がする。


 「えー、それって自分から奴隷になったって事?」


 「ちがう。奴隷になったのは偶然。ただ、なったらなったでそれで良いかと思っていた」


 一応、話はアイリンによって補足された。


 ……想像になるが、かなり子供の頃から兵士として戦争に関わっていたパルミラは、それしか知らない人生を送っていたのかもしれない。軍隊のそれは、およそ命令によって為される。
 命令されて、それに従う。そうした人生。個性などは圧殺され、命令に忠実であることこそが尊ばれる、歪な世界。
 彼女の世界とは、戦争だったのだ。良い悪いは別として、それは唐突に消え去ってしまった。
 そうした中にあり、急に戦争が終わって後は自由に、などとは生きられなかったのだろう。


 「今は違うって事?」


 「私は生き方を教えて貰った。自分で生きるということ。考えるということ」


 そして、パルミラは俺を見て言った。


 「自分から助かろうとしない者は、助かったりなんか、しない」


 ……飛躍しすぎだろ、馬鹿。


 生き方とか、そんな大それた事まで俺は言ったつもりは無い。
 ただ、自分でどうするか考え、自分でどう行動するかが大切だと、俺は言いたかっただけだ。それは、たいした話じゃ、ない。
 なかったはずだ。


 ただ、それでも。
 それでも、俺の言葉から、何かを感じて、それで結論したのだとしたら。
 これ以上、光栄なことは無い、と思った。


 なんとなく、パルミラの頭に手をのせて、撫でる。


 「……子供扱いしないで、私は20歳」


 パルミラは少しムッとした顔をしたが、手をはねのけたりは、されなかった。

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