すわんぷ・ガール!
10話 作戦会議、その2
 「ハイ」
場の雰囲気にそぐわない気軽な感じで手を上げたのは、あの軽薄男だった。さすが軽薄男。空気が読めないというかなんというか。
「なんだ、ルーパート」
そう言うレパードの顔は明らかに、またお前か的な表情が浮かんでいる。
しょっちゅうなのだろう。想像できるが。
「いや、そんな顔しないで欲しいですね。やっぱ知っとくことは知っといたほうがいいでしょ?重要な任務なワケだし、しっかり頭のな」
「わかったから、何だ」
話し口調まで軽薄なルーパート。軽薄に主張しているところを、かなりウンザリ顔のレパードに止められた。かといって、質問を却下するわけではないようだ。
ルーパートの主張は軽薄ではあったが、一応スジは通っている。
ウンザリなのは、多分口調だけなのだろう。レパードとルーパート。名前は似てるが、性格は真反対っぽいし、決定的にソリが合わないのかもしれない。
わかっちゃいるがムカツク、みたいな。
憮然とするレパードに対し、話を遮られたルーパートは特に気にしたふうも無く、だらけきったようにもたれる椅子をギシギシ言わせながら続けた。
「オレ思うんですけど、そこまでわかってんだったら、船をヤっちゃえばいいんじゃないですか?最終的に船に積まれるのははっきりしてるワケだし」
口調と態度はともかく、それは割と常識的な意見だった。
確かにその通りなのだ。そこは俺も引っかかった。屋敷が駄目だったら、船を探れば良いだけの話だ。
ただ、それは俺やルーパートが思いつく程度のものなので、この不景気男がそれをしないでいるわけがない。
していないなら、詰まる話、何かワケがあるのだろう。
「それについては、補足をします」
やはり、というか、レパードが何かを言う前にレグナムが言葉を継いだ。
「このテラベランでは、かなりの数の貿易船が出入港していますが、殆どは国内向けです。これらについての調査はすべて完了していまして、結果を言うと、シロです。つまりクロなのは外航船です」
そこで一端言葉を切って、レグナムは懐から取り出した紙を黒板に貼り付けた。
それは6列ほどのリストになっており、そこには、『日付』、『名前』、横には、『木材』とか、『魚』とか書かれ、さらにその横には……国の名前が書かれている。
そのうち、一番上と、一番下の名前は、同じだった。
「これは、ここ5ヶ月ほどの、外航船の出入港記録となります。見ての通り、6隻の船が出入港しております。下の2隻については、現在停泊中ですが―――つまり、これらのどれか、という事になります。私どもの分析によると、この」
レグナムは懐からペンを取り出し、一番上と、一番下の名前に丸をつけた。
「ベルガース。船籍は、ルガルディ皇国。この船がクロであると断定しました」
「いや、そこまでわかってるんだったら」
再び、ルーパートが口を挟む。それを黙って聞いてろ、と押さえ込むレパード。
しかし確かにルーパートの質問に対して、今までの話は答えにはなっていない。
実際、アイラ達は全く理解できないという顔をしている。どこからどこまでなのかはわからないが。
だが、俺は大体の答えが見えた。
ルガルディ皇国。皇国。
ギリ、と人知れず奥歯を鳴らす。それは俺にとって、二度と関わりたくない名前でもあった。
「じゃあ、そこは私から説明しようか」
それまで椅子に深く腰掛けて、じっと黙って聞いていたレオンが言葉を繋いだ。
ゆっくりと椅子から身を起こし、両肘をテーブルに突いて、全員に視線を送りながら指を組む。
「つまりここで問題なのは、この船の行き先と国籍が皇国だということだね。この辺は、なぜ屋敷を強制捜査しないのかというのと同じ理由だけれど、こっちは別の国の、それも国営船だけによりタチがわるい」
そこで一端言葉を切り、当のルーパート、そして俺たちの順に視線を巡らせる。
どうやらわかってないのは、俺たちだけということのようだ。
「強制捜査の末、万一なにも出なかった場合、最悪皇国との戦争の可能性もある。無論、その場合は是非もないけど、帝国としてはそういう形の戦争は出来れば避けたい」
是非も無い、と事も無げに言うレオンに軽く戦慄する。
だが、それは双方の国力差を考えれば、当然の言葉なのかもしれない。三大列強の一つである帝国と、所詮辺境の小国であるルガルディ皇国とでは、国力も、戦力も、桁が違いすぎる。
「もちろん、当たりでも戦争になるかもしれない。ただ、その場合は主導権がこちらにある。この差は大きいね。簡単に言えば、我々が好きなように選択出来る。そう」
レオンが、ニヤッと笑う。
それは今まで彼が見せていた柔和なそれとは違い、慄然するほど獰猛な笑みだった。
「ヤるのも、ヤらないのもね」
続けて放った俗っぽい言い方に、その場の空気が一瞬凍り付いたように感じた。
実際、かなり至近距離で見てたはずのアイラは完全に固まっていた。パルミラも、少し青ざめているように見える。
やはりこの男は油断ならない。油断ならないが、俺は逆にホッとしていた。
今までは、何かこう、表面に出てきているのが優しさだけだっただけに、僅かではあるが、いい知れない不信感が俺にはあった。
それだけに、今レオンが新たな一面を見せた事が、俺を安心させた。
これから奴隷に戻るという過酷すぎる任務の中、大前提になるのは、相手を信用し、信頼する事だ。
それがすべてかどうかはわからないにしても、それでも、新たな面を俺たちに晒したレオンを俺は信頼に値すると感じた。
「他に、質問は?」
特にそれ以上の質問が無かったので、そこからは実質的な作戦の説明となった。
というか、あの雰囲気で次の質問が出たら、それはそれで凄い。
ともかく作戦については、主にレパードから説明された。
おおよそ出番が終わったと考えたのか、レグナムも椅子に座った。
そう、ここからが俺たちにとっての本番となる。
「では説明する」
レパードの説明を掻い摘まんでいうと、こうなる。
まず、第一小隊の一部と俺たちが、屋敷から通ずる秘密の通路を通って、一端外へ出る。
第一小隊は奴隷商に偽装し、今一度門を抜けるが、その際俺たちを領主へ引き渡す。
そこから俺たちは他の奴隷達を見つけ、その場所を確認する。
確認でき次第、突入。目標を救出。対象を捕縛する。
……という流れだった。わりとシンプルな作戦だった。
「いや、ちょっとまて。聞いて良いか?」
シンプルだけに、何か幾つか抜け落ちている。説明が終わった雰囲気に、俺はたまらず椅子から立ち上がり質問した。
言った後、自分の言動が素になっていることに気付いたが、今更だと思い、気にしないことにする。
「な、なんだ」
そうするとレパードのおっさんのみならず、ルーパートやその横の影の薄い小隊長、ローブの女にまで引かれた……気にしない。
「そりゃ、奴隷として領主に引き渡されたら、そのうち他の奴隷と同じところに連れて行かれるんだろうけどよ、その場所に着いた俺たちをどうやってそっちは追跡するんだよ。あと、どうやって俺たちはそれを知らせれば良いんだよ」
実は他にも、奴隷商に偽装というが、証文とかそういうのはどうするのか、とか、それ以前に、次の隊商を捕まえれば良いだけじゃ無いのか、とか、疑問もあったが、それは直接に自分達に関係ないことなのであえて言わず、ずいぶん荒っぽい説明だった『捕まった後どうする』という部分にツッコんだ。
「ああ、確かにそこはまだ説明していませんでしたね。アイリン」
「はい」
それに答えたのはレオンだったが、レオンは更に、今まで所帯なさげにちょこんと座っているだけだった、ローブの女を呼んだ。
今、呼ばれるとは思っていなかったのだろう。急に名前を呼ばれ、アイリンとかいう女は椅子から飛び上がらんばかりに驚いていた。
「紹介しておきましょう。アイリン・バーネスト。付与魔法士です」
紹介されたアイリンは、ぺこっと俺たちに頭を下げる。
一方、俺たちは呆気にとられてその姿を見ているだけだった。
……魔法士。平たく言うと、魔法使い。
それは実際、かなり珍しい存在だ。
俺もあまり詳しくは無いが、まず魔法使いになるには、素養というものが重要らしい。
素養。
才能と言い換えても言い。
それは天賦のものであって、後天的に習得することは出来ず、この段階で魔法使いになれる人間が相当限定される。噂によると、1万人に1人とも言われ、この段階で既に、その存在がいかに少ないかがわかると思う。
さらに、魔法使いの素養を持っているか持っていないか確認するのが難しい。
この方法はあまり知られていないが、人為的に確認するには、相当複雑な行程でもってしか確認できないらしく、そうで無い場合、何かの切っ掛けで自ら発現するのを確認するしか無いそうだ。
この、何かの切っ掛け、というのは本当に何からしく、人によって様々なため、結局持っていながら気付かないケースもかなりあるという。
実際、発現したのが60歳を超えてからという者もいるぐらいなのだ。
一方、人為的に確認する方は、誰でも確認することが出来る。
ただし、金があれば。
それなりの規模の街に出向き冒険者ギルドへ行けば、希にそうした事をやっている場合がある。冒険者ギルドでなくとも、国が何らかの機関でもって行っている場合もある。
そのようにして間口は開いているものの、先ほど言ったとおり、確認にはかなり複雑な工程が必要とされるため、その経費をという形で金がかかるという寸法だ。
そしてこの金がけっこう高い。
よって、自分が1万人に1人だという殆どの場合脈絡も無い確信がある者か、それとも金が余って仕方ない商人や貴族ぐらいでないと、まず受けない。
なのでいよいよもって魔法使いが少ない、という状況である。
そんな数少ない筈の魔法使い、いや、魔法士サマが実は、そこで所帯なさげに座っていた小娘だとは誰が予想しただろう。
実際、俺も冒険者人生で会った魔法士などたった一人だけだ。そんな魔法使いは50を過ぎたおっさんだった。
だが経緯を思えば、別にそれはそれで珍しくないのかもしれない。
素養さえ確認できれば、別に10歳未満でも、60を超えていても、魔法使いになれるチャンスがあるのだから。
「場所の確認の方法、連絡の取り方、そうしたことは彼女に任せてあります。後で、確認してください。あ、と、それから、そういえばまだ他のメンバーも紹介してませんでしたね」
……今更か。とは思ったが、ここは素直に聞いておくことにする。
まず、レパード。フルネームは、レパード・ガレス。
この隊全体の隊長らしい。じゃあ、レオンはなんなんだと思うが……まあ、若なんだろう。
次は、レグナム。レグナム・ブランシェリア。
帝国情報部の士官だそうな。予想通り。順当なところだと言える。
バイド・ルシュ。
……こいつは、この会議中一度も発言しなかった影の薄いヤツだ。第一小隊隊長らしい。
つまり一緒に外に出て、また捕まるまでは、こいつと一緒ということになる。寡黙なのだろう。結局紹介されたときも、一礼しただけで、最後まで声を聞くことは無かった。
あとは軽薄男のルーパート・ベルグラフ。
第二小隊隊長。第二小隊は、こんなのが上で大丈夫なのだろうか。最終的な制圧を担当するらしい。本当に、大丈夫なのだろうか。
「では、一端解散。三人はこの後、アイリンにしっかりと話を聞くように」
レパードが締めくくる。作戦開始は、明日とのことだ。
場の雰囲気にそぐわない気軽な感じで手を上げたのは、あの軽薄男だった。さすが軽薄男。空気が読めないというかなんというか。
「なんだ、ルーパート」
そう言うレパードの顔は明らかに、またお前か的な表情が浮かんでいる。
しょっちゅうなのだろう。想像できるが。
「いや、そんな顔しないで欲しいですね。やっぱ知っとくことは知っといたほうがいいでしょ?重要な任務なワケだし、しっかり頭のな」
「わかったから、何だ」
話し口調まで軽薄なルーパート。軽薄に主張しているところを、かなりウンザリ顔のレパードに止められた。かといって、質問を却下するわけではないようだ。
ルーパートの主張は軽薄ではあったが、一応スジは通っている。
ウンザリなのは、多分口調だけなのだろう。レパードとルーパート。名前は似てるが、性格は真反対っぽいし、決定的にソリが合わないのかもしれない。
わかっちゃいるがムカツク、みたいな。
憮然とするレパードに対し、話を遮られたルーパートは特に気にしたふうも無く、だらけきったようにもたれる椅子をギシギシ言わせながら続けた。
「オレ思うんですけど、そこまでわかってんだったら、船をヤっちゃえばいいんじゃないですか?最終的に船に積まれるのははっきりしてるワケだし」
口調と態度はともかく、それは割と常識的な意見だった。
確かにその通りなのだ。そこは俺も引っかかった。屋敷が駄目だったら、船を探れば良いだけの話だ。
ただ、それは俺やルーパートが思いつく程度のものなので、この不景気男がそれをしないでいるわけがない。
していないなら、詰まる話、何かワケがあるのだろう。
「それについては、補足をします」
やはり、というか、レパードが何かを言う前にレグナムが言葉を継いだ。
「このテラベランでは、かなりの数の貿易船が出入港していますが、殆どは国内向けです。これらについての調査はすべて完了していまして、結果を言うと、シロです。つまりクロなのは外航船です」
そこで一端言葉を切って、レグナムは懐から取り出した紙を黒板に貼り付けた。
それは6列ほどのリストになっており、そこには、『日付』、『名前』、横には、『木材』とか、『魚』とか書かれ、さらにその横には……国の名前が書かれている。
そのうち、一番上と、一番下の名前は、同じだった。
「これは、ここ5ヶ月ほどの、外航船の出入港記録となります。見ての通り、6隻の船が出入港しております。下の2隻については、現在停泊中ですが―――つまり、これらのどれか、という事になります。私どもの分析によると、この」
レグナムは懐からペンを取り出し、一番上と、一番下の名前に丸をつけた。
「ベルガース。船籍は、ルガルディ皇国。この船がクロであると断定しました」
「いや、そこまでわかってるんだったら」
再び、ルーパートが口を挟む。それを黙って聞いてろ、と押さえ込むレパード。
しかし確かにルーパートの質問に対して、今までの話は答えにはなっていない。
実際、アイラ達は全く理解できないという顔をしている。どこからどこまでなのかはわからないが。
だが、俺は大体の答えが見えた。
ルガルディ皇国。皇国。
ギリ、と人知れず奥歯を鳴らす。それは俺にとって、二度と関わりたくない名前でもあった。
「じゃあ、そこは私から説明しようか」
それまで椅子に深く腰掛けて、じっと黙って聞いていたレオンが言葉を繋いだ。
ゆっくりと椅子から身を起こし、両肘をテーブルに突いて、全員に視線を送りながら指を組む。
「つまりここで問題なのは、この船の行き先と国籍が皇国だということだね。この辺は、なぜ屋敷を強制捜査しないのかというのと同じ理由だけれど、こっちは別の国の、それも国営船だけによりタチがわるい」
そこで一端言葉を切り、当のルーパート、そして俺たちの順に視線を巡らせる。
どうやらわかってないのは、俺たちだけということのようだ。
「強制捜査の末、万一なにも出なかった場合、最悪皇国との戦争の可能性もある。無論、その場合は是非もないけど、帝国としてはそういう形の戦争は出来れば避けたい」
是非も無い、と事も無げに言うレオンに軽く戦慄する。
だが、それは双方の国力差を考えれば、当然の言葉なのかもしれない。三大列強の一つである帝国と、所詮辺境の小国であるルガルディ皇国とでは、国力も、戦力も、桁が違いすぎる。
「もちろん、当たりでも戦争になるかもしれない。ただ、その場合は主導権がこちらにある。この差は大きいね。簡単に言えば、我々が好きなように選択出来る。そう」
レオンが、ニヤッと笑う。
それは今まで彼が見せていた柔和なそれとは違い、慄然するほど獰猛な笑みだった。
「ヤるのも、ヤらないのもね」
続けて放った俗っぽい言い方に、その場の空気が一瞬凍り付いたように感じた。
実際、かなり至近距離で見てたはずのアイラは完全に固まっていた。パルミラも、少し青ざめているように見える。
やはりこの男は油断ならない。油断ならないが、俺は逆にホッとしていた。
今までは、何かこう、表面に出てきているのが優しさだけだっただけに、僅かではあるが、いい知れない不信感が俺にはあった。
それだけに、今レオンが新たな一面を見せた事が、俺を安心させた。
これから奴隷に戻るという過酷すぎる任務の中、大前提になるのは、相手を信用し、信頼する事だ。
それがすべてかどうかはわからないにしても、それでも、新たな面を俺たちに晒したレオンを俺は信頼に値すると感じた。
「他に、質問は?」
特にそれ以上の質問が無かったので、そこからは実質的な作戦の説明となった。
というか、あの雰囲気で次の質問が出たら、それはそれで凄い。
ともかく作戦については、主にレパードから説明された。
おおよそ出番が終わったと考えたのか、レグナムも椅子に座った。
そう、ここからが俺たちにとっての本番となる。
「では説明する」
レパードの説明を掻い摘まんでいうと、こうなる。
まず、第一小隊の一部と俺たちが、屋敷から通ずる秘密の通路を通って、一端外へ出る。
第一小隊は奴隷商に偽装し、今一度門を抜けるが、その際俺たちを領主へ引き渡す。
そこから俺たちは他の奴隷達を見つけ、その場所を確認する。
確認でき次第、突入。目標を救出。対象を捕縛する。
……という流れだった。わりとシンプルな作戦だった。
「いや、ちょっとまて。聞いて良いか?」
シンプルだけに、何か幾つか抜け落ちている。説明が終わった雰囲気に、俺はたまらず椅子から立ち上がり質問した。
言った後、自分の言動が素になっていることに気付いたが、今更だと思い、気にしないことにする。
「な、なんだ」
そうするとレパードのおっさんのみならず、ルーパートやその横の影の薄い小隊長、ローブの女にまで引かれた……気にしない。
「そりゃ、奴隷として領主に引き渡されたら、そのうち他の奴隷と同じところに連れて行かれるんだろうけどよ、その場所に着いた俺たちをどうやってそっちは追跡するんだよ。あと、どうやって俺たちはそれを知らせれば良いんだよ」
実は他にも、奴隷商に偽装というが、証文とかそういうのはどうするのか、とか、それ以前に、次の隊商を捕まえれば良いだけじゃ無いのか、とか、疑問もあったが、それは直接に自分達に関係ないことなのであえて言わず、ずいぶん荒っぽい説明だった『捕まった後どうする』という部分にツッコんだ。
「ああ、確かにそこはまだ説明していませんでしたね。アイリン」
「はい」
それに答えたのはレオンだったが、レオンは更に、今まで所帯なさげにちょこんと座っているだけだった、ローブの女を呼んだ。
今、呼ばれるとは思っていなかったのだろう。急に名前を呼ばれ、アイリンとかいう女は椅子から飛び上がらんばかりに驚いていた。
「紹介しておきましょう。アイリン・バーネスト。付与魔法士です」
紹介されたアイリンは、ぺこっと俺たちに頭を下げる。
一方、俺たちは呆気にとられてその姿を見ているだけだった。
……魔法士。平たく言うと、魔法使い。
それは実際、かなり珍しい存在だ。
俺もあまり詳しくは無いが、まず魔法使いになるには、素養というものが重要らしい。
素養。
才能と言い換えても言い。
それは天賦のものであって、後天的に習得することは出来ず、この段階で魔法使いになれる人間が相当限定される。噂によると、1万人に1人とも言われ、この段階で既に、その存在がいかに少ないかがわかると思う。
さらに、魔法使いの素養を持っているか持っていないか確認するのが難しい。
この方法はあまり知られていないが、人為的に確認するには、相当複雑な行程でもってしか確認できないらしく、そうで無い場合、何かの切っ掛けで自ら発現するのを確認するしか無いそうだ。
この、何かの切っ掛け、というのは本当に何からしく、人によって様々なため、結局持っていながら気付かないケースもかなりあるという。
実際、発現したのが60歳を超えてからという者もいるぐらいなのだ。
一方、人為的に確認する方は、誰でも確認することが出来る。
ただし、金があれば。
それなりの規模の街に出向き冒険者ギルドへ行けば、希にそうした事をやっている場合がある。冒険者ギルドでなくとも、国が何らかの機関でもって行っている場合もある。
そのようにして間口は開いているものの、先ほど言ったとおり、確認にはかなり複雑な工程が必要とされるため、その経費をという形で金がかかるという寸法だ。
そしてこの金がけっこう高い。
よって、自分が1万人に1人だという殆どの場合脈絡も無い確信がある者か、それとも金が余って仕方ない商人や貴族ぐらいでないと、まず受けない。
なのでいよいよもって魔法使いが少ない、という状況である。
そんな数少ない筈の魔法使い、いや、魔法士サマが実は、そこで所帯なさげに座っていた小娘だとは誰が予想しただろう。
実際、俺も冒険者人生で会った魔法士などたった一人だけだ。そんな魔法使いは50を過ぎたおっさんだった。
だが経緯を思えば、別にそれはそれで珍しくないのかもしれない。
素養さえ確認できれば、別に10歳未満でも、60を超えていても、魔法使いになれるチャンスがあるのだから。
「場所の確認の方法、連絡の取り方、そうしたことは彼女に任せてあります。後で、確認してください。あ、と、それから、そういえばまだ他のメンバーも紹介してませんでしたね」
……今更か。とは思ったが、ここは素直に聞いておくことにする。
まず、レパード。フルネームは、レパード・ガレス。
この隊全体の隊長らしい。じゃあ、レオンはなんなんだと思うが……まあ、若なんだろう。
次は、レグナム。レグナム・ブランシェリア。
帝国情報部の士官だそうな。予想通り。順当なところだと言える。
バイド・ルシュ。
……こいつは、この会議中一度も発言しなかった影の薄いヤツだ。第一小隊隊長らしい。
つまり一緒に外に出て、また捕まるまでは、こいつと一緒ということになる。寡黙なのだろう。結局紹介されたときも、一礼しただけで、最後まで声を聞くことは無かった。
あとは軽薄男のルーパート・ベルグラフ。
第二小隊隊長。第二小隊は、こんなのが上で大丈夫なのだろうか。最終的な制圧を担当するらしい。本当に、大丈夫なのだろうか。
「では、一端解散。三人はこの後、アイリンにしっかりと話を聞くように」
レパードが締めくくる。作戦開始は、明日とのことだ。
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