すわんぷ・ガール!
05話 流転の三人
「おなか、へりましたよー?」
思い返せばずいぶんいろんな事があった昨日から一晩経ち、俺たちは、特にそれ以外の選択肢がなかったこともあって、テラベランに向かって移動していた。
川の上を。
朝起きてから、俺はパルミラが後生大事に持っていた斧でもって筏を作った。
ロープも無いのでツタを使用したが、こうした事は流石に素人だったにもかかわらず、思った以上にちゃんとしたものが完成した。
ただし、時間だけはやたらかかり、明け方からはじめて、完成したのは昼過ぎ。
その間腹に入れたのはパルミラが集めてきた、食べられるらしい野草だけだった。
確かに食べられた。
というか、多分、大抵の草は頑張れば食べられるんじゃ無いだろうかと思うような味だったが……。
とにかく、そのまま筏に乗って川下りを洒落込んでいる俺たちだった。
もちろん歩いて行く事も考えたが、結局装備も靴すらもない俺たちが、5日間も歩き続けることができなさそうだと判断しあっさりと断念した。
歩けなくなったら、そこでお終いだ。
体がぼろぼろになってからでは遅い。
一方、川であれば黙っていても下流へ流れていく。今や、ゴブリンに襲われた場所と違って、かなり川幅が広がったこともあり、流れも緩やかで好都合だった。
それに間違いなく歩くより速い。
徒歩であれば休憩を挟まなければならないが、これならばそれもない。夜は流石に岸に寄せなければならないだろうが、それを含めても3日……4日。馬車とそう変わらないスピードで着くことが出来るだろう。
それに、悩ましいが、これはリスク……というべきなのか、それを回避できる。
通行人の存在だ。
街道というぐらいなので、当然のように俺たち以外の『誰か』も通過する。
普通考えれば、それは喜ばしい事なのかもしれない。例えば、隊商だったら便乗できるかもしれないし、保護してもらえるかもしれない。
だが、それは常に善意の者とは限らない。そもそも俺はそうして奴隷商人に捕まったのだ。
そこは素直に賭でしか無い。
もし歩く以外の手段が本当に無いのであれば、それに賭けるのも良いのだろう。結局歩いてたどり着けるかどうかもギャンブルなのだ。
ただ今はそれ以外の手段が取れている。ならば無用のリスクは回避すべきだと俺は思った。
街道上を何かが通過するようだったら、まず観察してそれから考えれば良い。
もちろん、何も無い川の水面上のことなので、相手にも見つかる可能性はある。
ただその場合、よほど危険と判断した場合は、向こう岸に逃げればいいだけだ。拙い物だが一つだけオールも作ってある。
「あっ、何食べてるんですか?」
「木の皮」
作ると言えばだ。
俺は自分の両方の手のひらを見つめる。
白くほっそりした指。明らかに以前の自分の手では無い。女の手だ。やたらすべすべしていて、シミ一つない。
……だが、それはおかしい。
言ったとおり朝からぶっ通しで斧を振るっていたのだ。ああいう作業は、慣れていなければあっという間に両手はマメだらけになってもおかしくない。では慣れていたのかと言えば、無論そんなことは無い。
つまり、この体は何かおかしい。やたら頑丈だ。
足の裏も流石に汚れているが、こちらもやはり傷一つ無い。丘を裸足で駆け下りたというのに。
念のため、二人の足も見させて貰ったが、大きなものは無かったものの、小さな傷は無数に負っていた。ちなみに、アイラの方が多かった。
それに、体力も異常だった。
筏を作るのに、当然木を伐採していったのだが、斧を振るって木を倒すという作業は本来凄まじい重労働なのだ。
二人に手伝って貰ったとは言え、実際二人は早々にへばってしまった。普通、その程度には重労働だ。なので後半は殆ど一人で作業をしていた。それでも殆ど息は乱れていない。
それは最早、体力がある、という常識的な範疇を超えていた。
疲れない。
たった一言で言うと、そうなる。
流石に、俺はこの体が不気味なものに思えてきた。
傷付かず、疲れない。
仕方ないとは言え、女になってしまったことばかり気にしていたが、この体にはそれ以外にも何か秘密があるような気がしてならない。
「クリス」
「あん?」
パルミラに軽く服を引っ張られ、我に返る。
どうもかなり長い時間考え込んでいたようだ。
「もう、日が落ちる。そろそろ岸に上がった方が良い」
そう言われて辺りを見回す。
既に空はあかね色に染まっていた。日が沈んでしまうのも時間の問題だろう。
乗ってるだけで流れる筏としては別に夜でも動けるのだが、日が暮れた後の闇夜の中の水の上だと、転覆や落水、それに筏そのものの分解とかが怖いので、流れるのは日中だけにして夜は岸に上がることにしている。
「わかった、岸に寄せるか……」
「私はおなかがすきました」
俺は殆ど木の板といっても差し支えないようなオールを手に持ち、ジャバジャバと筏を岸に寄せ始めた。
筏はそんなに大きいものでは無いが、航行性能という点では全く考慮されていないため、岸までたいした距離でもないのにそれなりに時間がかかる。
「お姉様がんばれっ」
アイラの、やる気が失せる応援らしきものを聞きながら、岸に寄せきった。
後は3人で筏を半分程度ではあるが、陸に引き上げる。係留するものが何も無いので、それは必要だった。朝起きたら筏がありませんでした、とか洒落にもならない。
昨日と同様、枯れ木を集めて火をつける。筏に乗っていたとはいえ、何だかんだで濡れまくってる俺たちだし、やはり夜は明かりがある方が落ち着く。
それにゴブリンの脅威こそ無いのだろうが、野犬その他がうろついている可能性もある。そうしたモンスターを警戒する意味でも有効だった。
そうこうしているうちに、パルミラがどこかから食べれるらしいキノコを採ってきた。
案外大量に採れたようで、表情が乏しいながらもパルミラの顔はどことなく誇らしげだっった。
……というか、パルミラがちょっと凄い気がしてきた。少なくとも、サバイバル的な知識は俺よりかなり上にある。
いったいどんな過去を経由して奴隷になっていたのか、気にはなったが、そこは出来る限り聞かないこととした。
冒険者の時もそうだが、他人の過去を聞く、というのは一種のタブーでもあった。酒場で酷く酔っ払った仲間あたりが偶に零すが、およそ碌でもない悲惨なストーリーが展開されるのが常だった。
冒険者っていうのは聞こえは良くても、結局はただの何でも屋なのであって、他に何にもなれなかった極道どもが最後に流れ着く底辺職でしかない。一歩間違えればただのチンピラや愚連隊に近く、周りの認識もおよそそのようなものでしか無かった。
定収もない、殆どの場合住居も持たない。
それがまともな職業だと、誰が言えるのだろう。
ただ、それでも、よくある物語の主人公は冒険者であり、伝説でしか無いが凄い昔に魔王とやらが現れたとき、それを討ち果たしたのも冒険者であったとされてる。
つまり誰もが知っている職ではあるが、地位は限りなく低く、実際は碌でもない。なので、およそ冒険者というと、半分はさっきも言った食い詰め者で、後の半分は夢見る農家の三男坊あたりだったりする。
一応、相互扶助組織としての、冒険者ギルドも存在する。これはあまりにも低い冒険者の地位をある程度保証するものとして存在していて、依頼を出す市井のミナサマと、冒険者の仲介などを担当している。
これは、それなりに大きな都市には必ず1つは存在し、これから行くテラベランにもある。
今のところ俺は、テラベランに着いたあと、この冒険者ギルドを訪ねて登録し、身分を保障して貰おうと考えている。
実際俺も登録はしていたはずなのだが、今のこのナリで俺が俺であるという証明ができるとは思えなかった。登録すれば冒険者手帳と呼ばれる登録書がもらえるわけだが、身分の証明にもなるという心底重要なそれを、俺は無くしてしまっていた。無論、女になったあの遺跡で、だ。
いつかあの遺跡に入った誰かに、その主を失った手帳が発見されて、ギルドに届けられるのかもしれない。そうしたら、その時クリストファ・カーゾンは、社会的に死ぬ事になる。そういうシステムだから仕方ないが、その前に元に戻り手帳を回収したいところではある。
まあ、それは先の話として。
話がかなりずれたが、とにかく冒険者ですら過去はそのようなものなのだ。
より悲惨、というか底辺の底辺といえる奴隷の過去など、どれほど碌でもないか想像に難くない。
そんな話は、聞きたくなかった。
「おいしいい!」
日も落ちたところで、たき火を囲んで、パルミラが採ってきたキノコをその辺にあった木の枝に刺し焼いて食べる。
よほどお腹がすいていたのか、涙を浮かべてキノコを貪るアイラ。この中で一番役になってないが、これが普通だと思って許すことにする。
キノコは、毒々しい色合いのものもあったが、確かに旨かった。
「すごいな、お前」
パルミラに素直にそう感想を言うと、自身もキノコを頬張りながら無言で軽くガッツポーズを返してきた。
変なヤツではあるが、実際たいしたものだ。
「……と、いうわけだ」
食事も終わり、久しぶりにほぼ満腹になったところで、俺は今後の話を二人にした。先の先はどうなるかさっぱりわからないが、テラベランに着いた直後の事あたりは話しておいた方が良いだろう。
つまり俺は冒険者になるということ。
その上で二人に聞いた。
「お前らに帰るところがある、というのなら、そうすればいい。ま、その場合もテラベランに知り合いが居るというのでなければ、当然そこまでの路銀を稼ぐために何かをしなきゃなんないけどな」
例えば、娼婦とか。
とは言わなかった。
多分、貧相で小さすぎるパルミラはともかく、アイラだったら、即日そうなれるだろう。とりあえず、役に立たない残念なヤツではあるが、顔とスタイルだけはいい。
ただ、娼婦っていうのもかなり過酷な職業だ。冒険者と同じで、それ以外なれなかった女たちの最終行き先みたいなところがある。もちろん奴隷と違って合法的な存在ではあるし、職業に貴賎はないが、別に望まないのであればわざわざそうなる必要は無いだろう。
「アイラは、とりあえず酒場の給仕とかを探してやる」
その辺が、落としどころだろうか。
言われたアイラは、『うーん』とか悩む表情をしている。まあ、まだ時間もあるし、悩めば良いだろう。
「パルミラは……」
「私も冒険者になる」
即答だった。
正直、パルミラをどうするか悩んではいた。
目つきが悪く貧相ではあるが、一応美少女と言えなくもない彼女は、同じように給仕を、とか考えてはいたが、二人分はなかなか難しいかとも思う。
「いや、しかし、冒険者っていうのはな……」
どう言ったものか、と言い倦ねる俺に、パルミラは俺に向かって手を伸ばした。
「ナイフを」
「あ、ああ」
訳がわからなかったが、その視線に押され素直にナイフを渡す。彼女はそのナイフを何度か握ったり、重さを調べるように手のひらにのせたりしたあと、足下のさきほどまでキノコを焼いていた木の枝を拾い、立ち上がって数歩、たき火から離れた。
右手に木の棒、左手にナイフ。ナイフは逆手に持つ。
「はっ!」
そして、突然その場で、木の棒とナイフを振り回し始めた。
最初はゆっくりと、だんだん速度が上がり、木の棒が、ナイフが、その虚空に繰り出される斬撃が鋭さを増していく。
あっけにとられる俺とアイラの前で、最後は大きく振りかぶって、巻き込むようにナイフと木の枝を振り抜いた後、空中で一回転して蹴りを放った。
そのまま着地。木の棒が、俺の眼前に突き出される。
「どうですか?」
ふう、と、息をつけて、無表情でそう言った。
俺は軽く混乱していた。それは想像だにしていなかった光景だったからだ。
彼女のそれは、何か経験に裏打ちされた間違いない戦闘技術そのものだった。今だったら、おそらく俺よりも強いと思う。
おそらくあの場でも、ゴブリンの一匹や二匹程度であれば、得物さえあれば撃退してのけただろう。
変なヤツだとは思っていたが、ここまでだったとは。
よほど過去が気になったが、すんでの事で、それを止めた。
彼女がじっと俺を見つめてくる。
「……わかった、じゃあパルミラは冒険者だな……まぁ、よろしく」
「よろしく。私はクリスについて行くと決めた。だから一緒にやる」
持っていた木の枝をたき火にくべて、彼女はそう言って再びしゃがみ込んだ。
「わ、わ、私も冒険者に……」
そこでアイラが急にそんなことを言い出した。間違いなく、今の事実に俺以上に混乱している。俺はため息をついて、一応聞いた。
「アイラ、お前も……例えば実は魔法使いとかだったりするのか?」
「え?え、えー………………いいえ……」
その一言だけで、混乱はおさまり、シュンとうなだれるアイラ。
まあ、そうだよな、と思う。
「でも、そんな小さなパルミラだって、冒険者できるんだったら……私だって」
ぼそぼそと小声で粘るアイラ。
大きい小さいは、あまり関係ないが、確かにそれは一理ある。実際、流石の冒険者もここまで幼い子供はそう居ない。それにギルドで登録を受け付けてくれるかどうかあやしい。
確か、今は年齢制限があったはずだ。
「一応、言っておく」
それに答えるように、パルミラ。
それに続く言葉に、俺は、或いはアイラも驚愕した。
「私は20歳」
固まる俺たち。
もう一度、パルミラを見る。
どこからどう見ても、やはり13、4歳ぐらいにしか見えない。顔立ちも、目つきが悪く無表情なのを除けば、どう見ても幼いそれだ。
体つきもどう見ても20歳には見えない。
町に行って適当に100人捕まえ、100人に聞いても全員同じ事を言うだろう。
そんな視線に気付いたのか、パルミラは少しだけムッとした表情になった。
「お……」
横で、アワアワしながら固まっているアイラが、絞り出すように呻いた。
「……おねえさま?」
「やめて」
パルミラは即座に拒否った。
思い返せばずいぶんいろんな事があった昨日から一晩経ち、俺たちは、特にそれ以外の選択肢がなかったこともあって、テラベランに向かって移動していた。
川の上を。
朝起きてから、俺はパルミラが後生大事に持っていた斧でもって筏を作った。
ロープも無いのでツタを使用したが、こうした事は流石に素人だったにもかかわらず、思った以上にちゃんとしたものが完成した。
ただし、時間だけはやたらかかり、明け方からはじめて、完成したのは昼過ぎ。
その間腹に入れたのはパルミラが集めてきた、食べられるらしい野草だけだった。
確かに食べられた。
というか、多分、大抵の草は頑張れば食べられるんじゃ無いだろうかと思うような味だったが……。
とにかく、そのまま筏に乗って川下りを洒落込んでいる俺たちだった。
もちろん歩いて行く事も考えたが、結局装備も靴すらもない俺たちが、5日間も歩き続けることができなさそうだと判断しあっさりと断念した。
歩けなくなったら、そこでお終いだ。
体がぼろぼろになってからでは遅い。
一方、川であれば黙っていても下流へ流れていく。今や、ゴブリンに襲われた場所と違って、かなり川幅が広がったこともあり、流れも緩やかで好都合だった。
それに間違いなく歩くより速い。
徒歩であれば休憩を挟まなければならないが、これならばそれもない。夜は流石に岸に寄せなければならないだろうが、それを含めても3日……4日。馬車とそう変わらないスピードで着くことが出来るだろう。
それに、悩ましいが、これはリスク……というべきなのか、それを回避できる。
通行人の存在だ。
街道というぐらいなので、当然のように俺たち以外の『誰か』も通過する。
普通考えれば、それは喜ばしい事なのかもしれない。例えば、隊商だったら便乗できるかもしれないし、保護してもらえるかもしれない。
だが、それは常に善意の者とは限らない。そもそも俺はそうして奴隷商人に捕まったのだ。
そこは素直に賭でしか無い。
もし歩く以外の手段が本当に無いのであれば、それに賭けるのも良いのだろう。結局歩いてたどり着けるかどうかもギャンブルなのだ。
ただ今はそれ以外の手段が取れている。ならば無用のリスクは回避すべきだと俺は思った。
街道上を何かが通過するようだったら、まず観察してそれから考えれば良い。
もちろん、何も無い川の水面上のことなので、相手にも見つかる可能性はある。
ただその場合、よほど危険と判断した場合は、向こう岸に逃げればいいだけだ。拙い物だが一つだけオールも作ってある。
「あっ、何食べてるんですか?」
「木の皮」
作ると言えばだ。
俺は自分の両方の手のひらを見つめる。
白くほっそりした指。明らかに以前の自分の手では無い。女の手だ。やたらすべすべしていて、シミ一つない。
……だが、それはおかしい。
言ったとおり朝からぶっ通しで斧を振るっていたのだ。ああいう作業は、慣れていなければあっという間に両手はマメだらけになってもおかしくない。では慣れていたのかと言えば、無論そんなことは無い。
つまり、この体は何かおかしい。やたら頑丈だ。
足の裏も流石に汚れているが、こちらもやはり傷一つ無い。丘を裸足で駆け下りたというのに。
念のため、二人の足も見させて貰ったが、大きなものは無かったものの、小さな傷は無数に負っていた。ちなみに、アイラの方が多かった。
それに、体力も異常だった。
筏を作るのに、当然木を伐採していったのだが、斧を振るって木を倒すという作業は本来凄まじい重労働なのだ。
二人に手伝って貰ったとは言え、実際二人は早々にへばってしまった。普通、その程度には重労働だ。なので後半は殆ど一人で作業をしていた。それでも殆ど息は乱れていない。
それは最早、体力がある、という常識的な範疇を超えていた。
疲れない。
たった一言で言うと、そうなる。
流石に、俺はこの体が不気味なものに思えてきた。
傷付かず、疲れない。
仕方ないとは言え、女になってしまったことばかり気にしていたが、この体にはそれ以外にも何か秘密があるような気がしてならない。
「クリス」
「あん?」
パルミラに軽く服を引っ張られ、我に返る。
どうもかなり長い時間考え込んでいたようだ。
「もう、日が落ちる。そろそろ岸に上がった方が良い」
そう言われて辺りを見回す。
既に空はあかね色に染まっていた。日が沈んでしまうのも時間の問題だろう。
乗ってるだけで流れる筏としては別に夜でも動けるのだが、日が暮れた後の闇夜の中の水の上だと、転覆や落水、それに筏そのものの分解とかが怖いので、流れるのは日中だけにして夜は岸に上がることにしている。
「わかった、岸に寄せるか……」
「私はおなかがすきました」
俺は殆ど木の板といっても差し支えないようなオールを手に持ち、ジャバジャバと筏を岸に寄せ始めた。
筏はそんなに大きいものでは無いが、航行性能という点では全く考慮されていないため、岸までたいした距離でもないのにそれなりに時間がかかる。
「お姉様がんばれっ」
アイラの、やる気が失せる応援らしきものを聞きながら、岸に寄せきった。
後は3人で筏を半分程度ではあるが、陸に引き上げる。係留するものが何も無いので、それは必要だった。朝起きたら筏がありませんでした、とか洒落にもならない。
昨日と同様、枯れ木を集めて火をつける。筏に乗っていたとはいえ、何だかんだで濡れまくってる俺たちだし、やはり夜は明かりがある方が落ち着く。
それにゴブリンの脅威こそ無いのだろうが、野犬その他がうろついている可能性もある。そうしたモンスターを警戒する意味でも有効だった。
そうこうしているうちに、パルミラがどこかから食べれるらしいキノコを採ってきた。
案外大量に採れたようで、表情が乏しいながらもパルミラの顔はどことなく誇らしげだっった。
……というか、パルミラがちょっと凄い気がしてきた。少なくとも、サバイバル的な知識は俺よりかなり上にある。
いったいどんな過去を経由して奴隷になっていたのか、気にはなったが、そこは出来る限り聞かないこととした。
冒険者の時もそうだが、他人の過去を聞く、というのは一種のタブーでもあった。酒場で酷く酔っ払った仲間あたりが偶に零すが、およそ碌でもない悲惨なストーリーが展開されるのが常だった。
冒険者っていうのは聞こえは良くても、結局はただの何でも屋なのであって、他に何にもなれなかった極道どもが最後に流れ着く底辺職でしかない。一歩間違えればただのチンピラや愚連隊に近く、周りの認識もおよそそのようなものでしか無かった。
定収もない、殆どの場合住居も持たない。
それがまともな職業だと、誰が言えるのだろう。
ただ、それでも、よくある物語の主人公は冒険者であり、伝説でしか無いが凄い昔に魔王とやらが現れたとき、それを討ち果たしたのも冒険者であったとされてる。
つまり誰もが知っている職ではあるが、地位は限りなく低く、実際は碌でもない。なので、およそ冒険者というと、半分はさっきも言った食い詰め者で、後の半分は夢見る農家の三男坊あたりだったりする。
一応、相互扶助組織としての、冒険者ギルドも存在する。これはあまりにも低い冒険者の地位をある程度保証するものとして存在していて、依頼を出す市井のミナサマと、冒険者の仲介などを担当している。
これは、それなりに大きな都市には必ず1つは存在し、これから行くテラベランにもある。
今のところ俺は、テラベランに着いたあと、この冒険者ギルドを訪ねて登録し、身分を保障して貰おうと考えている。
実際俺も登録はしていたはずなのだが、今のこのナリで俺が俺であるという証明ができるとは思えなかった。登録すれば冒険者手帳と呼ばれる登録書がもらえるわけだが、身分の証明にもなるという心底重要なそれを、俺は無くしてしまっていた。無論、女になったあの遺跡で、だ。
いつかあの遺跡に入った誰かに、その主を失った手帳が発見されて、ギルドに届けられるのかもしれない。そうしたら、その時クリストファ・カーゾンは、社会的に死ぬ事になる。そういうシステムだから仕方ないが、その前に元に戻り手帳を回収したいところではある。
まあ、それは先の話として。
話がかなりずれたが、とにかく冒険者ですら過去はそのようなものなのだ。
より悲惨、というか底辺の底辺といえる奴隷の過去など、どれほど碌でもないか想像に難くない。
そんな話は、聞きたくなかった。
「おいしいい!」
日も落ちたところで、たき火を囲んで、パルミラが採ってきたキノコをその辺にあった木の枝に刺し焼いて食べる。
よほどお腹がすいていたのか、涙を浮かべてキノコを貪るアイラ。この中で一番役になってないが、これが普通だと思って許すことにする。
キノコは、毒々しい色合いのものもあったが、確かに旨かった。
「すごいな、お前」
パルミラに素直にそう感想を言うと、自身もキノコを頬張りながら無言で軽くガッツポーズを返してきた。
変なヤツではあるが、実際たいしたものだ。
「……と、いうわけだ」
食事も終わり、久しぶりにほぼ満腹になったところで、俺は今後の話を二人にした。先の先はどうなるかさっぱりわからないが、テラベランに着いた直後の事あたりは話しておいた方が良いだろう。
つまり俺は冒険者になるということ。
その上で二人に聞いた。
「お前らに帰るところがある、というのなら、そうすればいい。ま、その場合もテラベランに知り合いが居るというのでなければ、当然そこまでの路銀を稼ぐために何かをしなきゃなんないけどな」
例えば、娼婦とか。
とは言わなかった。
多分、貧相で小さすぎるパルミラはともかく、アイラだったら、即日そうなれるだろう。とりあえず、役に立たない残念なヤツではあるが、顔とスタイルだけはいい。
ただ、娼婦っていうのもかなり過酷な職業だ。冒険者と同じで、それ以外なれなかった女たちの最終行き先みたいなところがある。もちろん奴隷と違って合法的な存在ではあるし、職業に貴賎はないが、別に望まないのであればわざわざそうなる必要は無いだろう。
「アイラは、とりあえず酒場の給仕とかを探してやる」
その辺が、落としどころだろうか。
言われたアイラは、『うーん』とか悩む表情をしている。まあ、まだ時間もあるし、悩めば良いだろう。
「パルミラは……」
「私も冒険者になる」
即答だった。
正直、パルミラをどうするか悩んではいた。
目つきが悪く貧相ではあるが、一応美少女と言えなくもない彼女は、同じように給仕を、とか考えてはいたが、二人分はなかなか難しいかとも思う。
「いや、しかし、冒険者っていうのはな……」
どう言ったものか、と言い倦ねる俺に、パルミラは俺に向かって手を伸ばした。
「ナイフを」
「あ、ああ」
訳がわからなかったが、その視線に押され素直にナイフを渡す。彼女はそのナイフを何度か握ったり、重さを調べるように手のひらにのせたりしたあと、足下のさきほどまでキノコを焼いていた木の枝を拾い、立ち上がって数歩、たき火から離れた。
右手に木の棒、左手にナイフ。ナイフは逆手に持つ。
「はっ!」
そして、突然その場で、木の棒とナイフを振り回し始めた。
最初はゆっくりと、だんだん速度が上がり、木の棒が、ナイフが、その虚空に繰り出される斬撃が鋭さを増していく。
あっけにとられる俺とアイラの前で、最後は大きく振りかぶって、巻き込むようにナイフと木の枝を振り抜いた後、空中で一回転して蹴りを放った。
そのまま着地。木の棒が、俺の眼前に突き出される。
「どうですか?」
ふう、と、息をつけて、無表情でそう言った。
俺は軽く混乱していた。それは想像だにしていなかった光景だったからだ。
彼女のそれは、何か経験に裏打ちされた間違いない戦闘技術そのものだった。今だったら、おそらく俺よりも強いと思う。
おそらくあの場でも、ゴブリンの一匹や二匹程度であれば、得物さえあれば撃退してのけただろう。
変なヤツだとは思っていたが、ここまでだったとは。
よほど過去が気になったが、すんでの事で、それを止めた。
彼女がじっと俺を見つめてくる。
「……わかった、じゃあパルミラは冒険者だな……まぁ、よろしく」
「よろしく。私はクリスについて行くと決めた。だから一緒にやる」
持っていた木の枝をたき火にくべて、彼女はそう言って再びしゃがみ込んだ。
「わ、わ、私も冒険者に……」
そこでアイラが急にそんなことを言い出した。間違いなく、今の事実に俺以上に混乱している。俺はため息をついて、一応聞いた。
「アイラ、お前も……例えば実は魔法使いとかだったりするのか?」
「え?え、えー………………いいえ……」
その一言だけで、混乱はおさまり、シュンとうなだれるアイラ。
まあ、そうだよな、と思う。
「でも、そんな小さなパルミラだって、冒険者できるんだったら……私だって」
ぼそぼそと小声で粘るアイラ。
大きい小さいは、あまり関係ないが、確かにそれは一理ある。実際、流石の冒険者もここまで幼い子供はそう居ない。それにギルドで登録を受け付けてくれるかどうかあやしい。
確か、今は年齢制限があったはずだ。
「一応、言っておく」
それに答えるように、パルミラ。
それに続く言葉に、俺は、或いはアイラも驚愕した。
「私は20歳」
固まる俺たち。
もう一度、パルミラを見る。
どこからどう見ても、やはり13、4歳ぐらいにしか見えない。顔立ちも、目つきが悪く無表情なのを除けば、どう見ても幼いそれだ。
体つきもどう見ても20歳には見えない。
町に行って適当に100人捕まえ、100人に聞いても全員同じ事を言うだろう。
そんな視線に気付いたのか、パルミラは少しだけムッとした表情になった。
「お……」
横で、アワアワしながら固まっているアイラが、絞り出すように呻いた。
「……おねえさま?」
「やめて」
パルミラは即座に拒否った。
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