すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

04話 助かった者、助からなかった者

 かなり下火になってきた喧噪渦巻く丘陵沿いの街道から、一気に駆け下りる。


 足が、痛い。


 何しろ裸足だ。それに、やはりこの体はそうした行為に慣れていないようだ。足裏にかかる地面の圧力が、それを感じさせる。
 出来る限り足下に注意しながら、眼下に見える先行する二人の姿と、その下に見える川を目指す。川はそれなりに広く、そしてそこそこ流れが速い。
 好都合だった。
 川に飛び込んで、流れに任せて脱出すればいい。


 だんだん先行する二人が近付く。二人も必死なようだったが、こんな体でも俺は冒険者だ。経験が違う。
 もちろん元のままという訳にはいかないものの、経験でそれなりに埋め合わす事が出来る。その事実が、俺を少しだけ安堵させた。
 だが、ここで焦ってはいけない。これから少しずつ慣らしていこう。
 その為には―――まず、今、生き残らなければならない。


 大体三歩ぐらいの距離になったところで、声をかけた。


 「川に飛び込むぞ!」


 まず二人が泳げるかどうかが重要だが、そこは端折った。
 声をかけられた二人は、走りながらびくっと体を震わせて、それでも明らかにほっとした表情でこちらを振り返った。
 そして、直ぐに強ばった顔になる。


 「お、お、お姉様、な、なんですか?その格好?か、彼女は?」


 まあ先に、そこが気になるだろうな、とは思う。何しろ俺は、彼女の返り血をたっぷり浴びて血まみれだろうし。
 そう思いながらも俺は、何となく聞かれた内容に不意にイラつき、一瞬歯を食いしばって、二人に叫んだ。


 「っ!……それは後だ!行けるな?!」


 「は、はい」


 「行ける」


 曖昧だが、取りあえず二人とも泳げると判断した。そうこうしてるうちに、目の前に川が迫る。
 背後を振り返った。
 街道のほうで、ゴブリンどもがこっちを見て騒いでいる。どうやら、ついに見つかったらしい。だとするならば、もう余裕は無い。
 川の辺は、少し高い断崖になっていた。水面まで3、4メルぐらいだろうか。
 たいした高さでは無い。


 「そのまま飛び込め!」


 言った瞬間、少し先行する少女は全く躊躇なく断崖から飛び降りた。
 アイラは予想通り一瞬躊躇したので、後ろから迫る俺は、アイラの首の後ろを掴み、無理矢理一緒に飛び込んだ。


 「きゃあああああっ」


 アイラの悲鳴。それも一瞬。
 俺たちは水面下に沈み、浮かび上がりながら、川の流れにのって進んでいく。
 水面から顔を覗かせて街道を見上げる。ゴブリンはそこから動いていない。川に飛び込んだ俺たちを見て、諦めたのだろう。
 取りあえずは、窮地を脱した、ということだろうか。
 川の流れは思いの外速く、正直浮かんでいるだけでもしんどいが、代わりにゴブリン達はどんどん小さくなっていく。
 他の二人も、アップアップしながらも何とか浮いている。


 「……しばらくこのまま行くぞ」


 「ごぼっ、は、はいぃ」


 程なくしてゴブリン達は見えなくなった。










 「お、おー……大変な目にあいました……」


 ゴホゴホと咳き込みながら、河原に上がってくるアイラ。その様はその長い髪の毛が体中に纏わり付き幽鬼のようにも見えるが、薄い貫頭衣が体に張り付いてエロくもあった。
 おっぱいでかいんだな、とかなり下品な感想を思ってみる。
 ただエロいんだが、こう、俺の中にこみ上がってくるモノが無い。
 出来れば、ああいうことがあった後だけに、とか、それなりに長時間川に浸かっていたせいで疲れているから、とか、そういう理由であって欲しいが、むしろ疲れてたりするほうが、そういうのってこみ上がってくるものだと普通に思う。嘘がつけない。
 つまり、やっぱりこれは、俺が女になったせいなのか。
 それとも、より具体的に言えば、いきり立つアレがないからなのか。


 もう一人の少女も同じく上がってくる。こっちはまあ、年相応の躰なので、まあいい。
 目つきの悪さもあってかなり仏頂面になってしまっている。流石に疲れたのかズルズルと引きずるように歩を進めて、その場にしゃがみ込んだ。


 「ちょっと待て、今、火を起こす」


 川の流れの中で剣は失ってしまったものの、例の運の悪い奴隷商人から奪ったポーチと、ナイフだけは残った。ポーチを探ると火打ち石があったので、適当にその辺の枯れ枝を集め苦労しながら火を付ける。


 「よ、っと……」


 そのまま濡れた服を脱いだ。
 別段貫頭衣が気に入ってるワケじゃ無いが、差し当たってこれしか着るモノが無いので、仕方なく燃え始めたたき火に服をかざす。
 だんだん日も落ちてきて、風が少し涼しい。夏とは言え、濡れた体では風邪を引きかねない。何も無いからこそ、最後に残った身体を大事にしなければならない。
 そもそもこの体の強度がさっぱりわからない。気をつけるに越したことはないだろう。
 一応、足の裏を確認する。
 傷は無い……案外強度があるのかもしれない。


 「お前らもあたれよ……風邪引くぞ」


 「う、うん」


 「わかった、ありがとう」


 そう言いながら、二人も同じように服を脱ぐ。完全に素っ裸になってしまった俺とは違い、二人とも……下だけだったが、下着を着けていた。
 まあ、もし履いてなかったとしても、どうということはないが。俺的に悲しい話ではある。


 無言で、特に動きも無く、三人でたき火を囲む。
 服が乾き、それを着込んでからも、時折薪を足すだけで、微妙な空気のまま日は落ちた。


 俺はずっと、ここからどうすべきかを考えていた。
 さしあたり、テラベランに向かうべきだろう。川は街道沿いを流れているので、そのまま行けば最終的に港町であるテラベランに達する。


 ただ、まずはそこまでかなりの行程がある。川で流されたとはいえ、馬車で1日分の行程も縮まっていないだろう。襲撃の場所が残り3日ぐらいだったはずなので、つまり徒歩では最低でも5日ほどかかる。
 もちろん、歩いて行けない距離じゃない。ただそれは、それなりに装備を調えていた場合の話だ。


 今、俺たちが持っているのは、俺の持つナイフと、ポーチ。
 ポーチの中に火打ち石があったのは幸運だったが、他に入っていたのは、銅貨5枚と、変な赤石だけだった。変な赤石は文字通り変な赤石で、明らかに宝石とか、価値のあるようなものでは無いことがわかる。おおかた例の奴隷商人が、道ばたで拾って珍しいからとかいう理由で持っていたのだろう。少し悩んだが捨てるのも忍びないし、万一にも価値あるモノなのかもしれないので取っておく。


 あとは少女が川の中でも手放さなかった、斧。
 正直、それはたいしたものだと思った。俺ですら剣を手放したというのに。
 あとはアイラだが、案の定なにも持っていなかった。とはいえ、それは仕方の無いことなのだろう。素直に言って、少女の方がすごすぎる。


 とにかく、それだけしかない。その状態で、5日間も歩けるだろうか。
 俺はともかく、他の二人は。
 だんだん消耗してくるだろうし、腹だって減る。水は川から取るにしても、食料はどうかわからない。そもそも今現在、それなりに腹が減っている。それはまだ我慢が出来る程度ではあるが、何も食わなければ近いうちにそのレベルを超すことは想像するまでも無い。


 そして、さらにテラベランに着いたとしても、そこからどうすべきか。
 逃亡奴隷がすんなり生活していけるほど世の中は甘くは無い。
 冒険者家業だって、俺がこのなりで続けられるかどうか……不明だ。


 「あの……」


 「あん?」


 黙っていたアイラが突然声を上げた。
 思考を中断されたことに軽く不快感を覚えつつ、アイラを見る。
 目が合うが、直ぐに反らし、たき火を見つめるアイラ……なんというか、挙動不審だ。


 「なんだ?」


 「え、あ、うん……えっと、ほら、あの人。私たちが逃げて、そのあとお姉様と、あの女の人が残ったですよね?……あの人、どうなったのかなぁ、って……」


 ああ、そういえば何も話してなかったな。
 後で、とか言ったまま忘れていた。


 「殺した」


 「!」


 俺は、その問いに対して、事実をあっさりと答えた。
 アイラが、或いは少女が軽く息をのむのがわかる。


 「な……んで」


 わなわなと震えながら、でも視線をたき火に向けたままで、アイラが問う。その横顔にあるのは、怒りとも、恐怖とも取れない感情だった。
 俺はため息をついて、夜空を見上げた。


 「そりゃ、助けるためだよ」


 浮かぶ月を見ながら、独白するように俺は漏らした。
 パチパチと爆ぜる火の粉が、同じように空へ舞い上がっていく。俺は、そこに例えようも無い何か神聖なものを想い、言葉を続ける。


 「俺を、お前らを、助けるためだ。そして、あの女を助けるためだ」


 「……っ、それで、なんで、殺して……」


 そのまま、目だけをアイラに向ける。アイラは今度は理解できない、信じられないという顔で俺を見ている。
 当然、だろう。


 「あのとき、彼女の目にあったのは、縋るそれだった。『助けてほしい』『救ってほしい』……ただ、それだけだった。祈るようでもあったかな。ただ、それを何とかするには、あの場はあまりにも修羅場過ぎたし、多分、何とかしようとするなら、俺も死んでただろう」


 それは間違いなかった。悠長に励まし、或いは担ぎ上げて連れ出すなど、現実に無理だったのだ。


 「死にたく無かったから、なんですか?」


 「まあ、そうかな。取りあえず俺は死にたく無かったし、助かるお前らを見捨てるワケにもいかなかった。だから、助かろうとする意思がない彼女を、『助けた』」


 ナイフを取り出し炎に翳す。川で流されたのに、血糊がのこっている。あまり上等のナイフではないし、そんなものなのかもしれない。
 後で洗っておこう。


 「ゴブリンっていうのはな、人間の女を孕ます事ができるんだよ。要するに、あの場に残しても良くてぶっ殺されるか、浚われて死ぬまで孕まされるかどっちかだ……地獄だぞ。生きていても、な」


 実際、俺も冒険者として何度か『ゴブリンのコロニー落とし』に参加したことがある。
 冒険者として、というよりも、およそ軍隊による殲滅戦となるコロニー落としでは、自分の身分は、ほぼ傭兵といってもいい。
 なぜならそれは一種の戦争に近い有様になるからだ。これは数ある冒険者の依頼の中でもかなり陰惨な任務だといえる。


 その任務の目的は、第一にコロニーにいるゴブリンの殲滅であり、それ以外の目的はほぼ無い。一応、第二目的は、浚われているであろう者達の救出も掲げられているものの、参加する者達はよほど新人を除いて、誰一人として期待していない。
 なぜなら浚われた女たちは、殲滅戦の前、或いは最中にまず9割は死んでいるし、残りの1割は、殆どの場合生きていても気が触れている。
 鎖に繋がれ、果てしなく犯され、怪物の子を孕まされ続ける。これで気が触れないほうがどうかしてる。
 よほど運が良ければ助けられることもあるのかもしれないが、少なくとも俺はそんな場面に一度としてあったことがない。
 もちろん、浚われているのがわかっているのであれば、直ぐに助けに行けば、そしてそれが成功すれば、彼女たちも助かるのだろう。
 だが、ゴブリンのコロニーは、ある種の砦なのだ。下手をしたら、今回のようにトロールさえ居る。
 少数で行ってなんとかなるような場所などではない。返り討ちにあうのが関の山。なので、軍による討伐が行われる。


 そしてそれは、何時だって遅すぎる。


 「だったら、生き地獄がわかってるなら、今殺してやったほうがまだマシだろ」


 「でも、でもなんとかなったかもしれ」


 「なんともなんねーよ」


 未だ納得しないアイラに俺は重ねて言った。少女の方は、納得しているのかしていないのか、何も言わず俺たちのやりとりをじっと見ている。


 「何とかなったりするようなことは、この世の中にはねえよ。何とか『なる』んじゃない。なんとか『する』んだ。自分の命がかかるような時は、特に、だ」


一度言葉を切る。自分がイラつき、少し冷静でなくなっていることがわかる。


 「そりゃ、どうでもいい事はそういうのに期待してもいいとは思う。ひょっとするとどうにか『なる』かもしれない。だが、ならなかったらどうする?それが自分の、或いは自分以外の生命を賭けているとしたら?」


 どうする?と、アイラに続け、その瞳を見据える。アイラは目を背けるが、口元でモゴモゴと「でも……」だの「だって」だのと漏らす。無視して続ける。


 「そういうとき、重要なのはいつだって、助かろうとする意思、そして行動なんだよ。言うだろ?『神は自ら助くる者を助く』……逆を言えば、自ら助かろうとしないものは、神様でも助けられない。いいか」


 一端言葉を切る。そして一息で続けた。


 「自分から助かろうとしない者は、助かったりなんか、しない」


 俺は、叩き付けるようにアイラに、そう断言した。


 どす黒い記憶が、目の前の炎から甦ってくるのがわかる。
 助けてくれと、泣き叫ぶだけだった子供の頃。だったからこそ、自分を、そして大切なものを、俺は守ることができなかった。
 俺は無力だったか。そんなことは無い。
 何かが出来たはずなのだ。
 泣く暇があったら、助けを叫ぶだけだったのなら、もっと自分自身が出来ることがあったはずなのに。
 それなのに、俺は、俺だけが『なんとかなってしまった』。
 それは絶対に、何があっても許せない、自分の記憶だった。


 「パルミラ」


 「ん?」


 その記憶に呻吟する最中、突然それまで黙っていた少女が口を開いた。
 ふと、見ると、じっとその悪い目つきで俺を見つめている彼女と目が合う。睨まれてると思ったが、どうやら違うらしい。


 「私の名前」


 「あ、ああ」


 脈絡の無いそんな告白に、俺の方がドキッとしてしまう。目つきこそ悪いが、その真っ直ぐな視線にたじろぎそうになる。
 ただ、何を考えてるかがわからない。


 「あなたの、名前は?」


 そのまま聞き返してきた。何故か横でアイラが息をのむのが聞こえた。
 つまり、この少女……パルミラは俺の名前を聞くために、先に名乗ったということだろうか。なんか年の割に、やたらしっかりしてる気がする。
 ただ、その睨め付けるような目つきと、無表情でぶっきらぼうな物言いが結構不気味だ。
 目つきを別にすれば、それなりに美少女であると言ってもいいはずなのだが、逆に、だからこそ不気味さが増す。


 奴隷故なのかとも思ったが、よく考えればアイラの表情は思いのほか豊かであることを考えると、彼女特有のキャラなのかもしれない―――まあ、人それぞれなのだろうが。


 「クリス、だ」


 本名のクリストファは、いつも思うが、何となく気恥ずかしい。だから名前を聞かれるたび、クリスと答える。
 別にそれは、女になったからではなく、ずいぶん昔からのこと。
 そうした意味では、今この世で俺の本名を知るものはずいぶんに少ない。別段隠すつもりなど無いのだが。


 「クリス、よろしく……お願いします。私は貴方について行きたい。いい?」


 取って付けたように、敬語を繋げた。
 それはいいとして、パルミラが言った後半が謎だった。ついて行くも何も、流石に今更ここで解散というわけにもいかないだろう。
 差し当たって運命共同体だ。ささやかだろうと、テラベランまで協力しあうべきだろう。


 「そりゃ、別にいいが……」


 「そう……私は、貴方が好き、になりました。ずっとついて行くのでよろしく、お願いします」


 そう言って、ぺこりと頭を下げた。


 えっ?


 思いがけない言葉に、意味なくアイラを振り返る。
 アイラも、一瞬呆気にとられた顔をしていたが、俺が見ている事に気付くとハッとした表情になり、焦ったように俺に詰め寄ってきた。


 「わ、私もクリスお姉様について行きます!ずっと!」


 どういうことなんだ。
 理解が追いつかず夜空を見上げる。


 神聖なものなど、そこには無かった。

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