金環食をご一緒に

ノベルバユーザー361966

3.大通り

 天下の往来。


 まさに、そう言って良いのだろうと思う。それほどに、このウィルの大通りに人通りは激しい。特にこの衛門間近のここにあっては、本当にいろんな人が出たり入ったりしている。いや、もっと具体的に言うならば、色んな人種、色んな国の人。ごく偶にではあるが、サン人ではないかと思われるヒトすら見受けられる。


 サン、それも最も栄えているはずの僕の故郷、フゼン市ですらこんな事はない。いや、人通りの量ならかわらないかも知れないが、こんなにも色々な人種が往来していることは無い。僕にとっては全く物珍しい光景だ。
 もちろん比喩が悪い、と言うこともある。サンは多分に排他的な土地柄で、全域を通じて国外の者や、他人種が他国に比して異様に少数だ。それ故の偏見や、おかしなヒエラルキーが存在する場所だってある。つまりは、サンは異民族にとって厳しい土地なのだ。だからこそ、望んでサンにやってくる異邦人は少ない。とはいうものの先の大戦の影響もあってか、異邦人の流入が増大傾向にあるらしいが、それでもきっとこれほどじゃ無いはずだ。


 この往来には雑多な人影を常時、見ることが出来る。


 まずもって一番多いのは当然ながらウィル人の人間。当たり前だが、それでも細分化していけば様々だ。商人風、旅人風、流れ傭兵風……見ているだけでも面白い。もちろん行き交うのは人間だけにとどまらない。次に多いのはドワーフ、そしてエルフ、小人族、巨人族、ごく偶に妖精族、と。ほぼ考え得る全ての種族が当たり前のように闊歩している。
 しかし冷静に考えてみると、777だとてこの縮図とも言えるほどに、その常連の面々は様々だ。しかも、常連とは少し違うが人類の不倶戴天の敵であると認識されている、魔族ですら居る。ドワーフが居ないのは少し残念だけど、ここではそう言った多種族混合が当たり前なのだ。


 暇にかまけてもう少し、観察を行う。


 やはり、一番目に付くのは商人達だろう。そもそも街中で生産される品々というと、まったくもって品種が知れている。都市が高度化すればするほど、第一次産業的な生産物は外へと出ていく傾向にある。これはどこでも変わらない。
 商人達も見せる姿は様々で、馬車を何基も立てた隊商も居れば、背中に駕籠を背負ったオバちゃんも居る。これら全部ひっくるめて商人と呼ぶのはもしかしたら不適当かも知れないけど、まあ、概ねは間違っていないだろう。
 それらは、この商業地区のあちこちへと消えていき、そしてその中身をカラにして帰路に就く。そのサイクルはまさに色々なのだろうけど、ここでこうして見る限りに置いては、一つの流れのようにしか見えない。それこそがこの大都市の本質で有るかのように。


 次に目に付くのは、やはり傭兵風の者達だろうか。商人達というのも、確かに千差万別だけど、想像して面白いという点においては、こちらの方が余程わかりやすい。
 僕がサムライという戦闘業なせいも有るのだけども、こちらの方がより親近感も湧くというものだ。
 つまり、今目の前を通り過ぎる若者―――もちろん人のことは言えない―――人間の戦士風で、真新しい鎧とザックをひっさげて、気負った表情で歩いていく。考えるに、田舎からやってきた冒険者見習い、というところだろうか。
 その物腰から察するに先の大戦は経験してないどころか、おそらくまだ一戦すらしていないだろう。処女を失った(つまり戦闘経験済み―――不思議と万国共通でそう言う表現をする)戦士というのは、たとえ一戦だけであっても全く違う雰囲気を曝すものなのだ。


 このヒトは一体どういう経緯をたどるのだろうか。栄光?名誉?金?―――いや、それを手にすることが出来るのは本当にごく限られた者のみだ。
 それ以外の大半は、絶望、挫折、死という全くネガティヴな要素を手にする事になる。いや極論してみれば、金や名誉、そうした成功という最終的な目的は、そのネガティヴな三つの要素を経験無しには得られないものだ。つまり、この若者も遅かれ早かれそれを否応なしに経験してしまうのだろう。


 その時、このヒトはどう考えるだろう、どうするのだろう。その希望に満ちあふれた表情からはそれを窺うことは出来ない。どちらにしてもいずれは気付く。名誉や金、そういった一見ハッキリとした目標が、如何に虚ろで意味のないことかを―――は、やれやれ、僕は何時の間にこんなにお偉くなってしまったのか。自嘲的な考えに思わず苦笑する。
 それでも僕は既に雑踏の中に消えようとするその新人戦士さんに、心の中でエールを送った。人は成功すべきだ。それは絶対的とも思える僕の信念でもあった。


 同時に、自分の事を考える。
 僕の成功とはいったい何なのだろう。金や名誉で無いことは、先ほど自らが否定したとおり、わかりすぎるほどにわかっている。それはあの地獄のような戦争の中、捨て去ったモノだった。正直、くだらないとすら思う。


 『戦争が悪いんです、何もかも』


 ふと、頭の中にあのミランの言葉が甦る。サムライであり、またそうであり続ける僕は戦う以外には自己を発現できない。それはまさに原則であり、自らをして否定は不可能だ。
 そうなると、戦の果て、最終的な行き先である戦争を否定されるということは、僕自身の一切合切を否定されたようにも感じる。
 確かに戦争は良くない。それは、今にしてわかる。しかし、だとしたら僕はどうしたらいいのだろう。
 僕の成功とは、いったい何なのだろう―――




 からん


 「シノブさん?」


 呼ばれて我に返った。頭を振って考えを吹き飛ばす。


 「うん?」


 そして何事もなかったようなふりをして、声のしたほうに視線を向けた。
 このトレンティア・ベーカリの女主人。ミラン―――言ってしまえばもの凄く違和感があるのだが真実なのだから仕方ない―――その彼女が店の扉から顔を出し、僕に話しかけたのだ。


 「あ、あの、昼になりましたから。ご飯にしませんか?」


 にこりと笑って、そう言う。それを見た瞬間、先ほどまでの重い思索は霧散する。不思議なものだ。自然に笑みがほころんだ。
 空を見ると丁度太陽は中天に有る。なるほどいつの間にか昼になってしまったようだ。


 「ありがとう。いただくよ」


 店の軒先に据え付けた椅子に座っていた僕は、立ち上がりつつ腰を何気なく払う。同時に木に立てかけた小太刀を手にとって、腰に差した。


 「あ、そのままで良いです。ほら、バスケットに入れましたから、外で食べません?秋風が気持ちいいですし」


 そう言いながら、ミランは妙に恥ずかしそうに隠れた両手を突き出してバスケットを自分の胸元に持ってきた。既に準備が出来ている。苦笑するしかない。


 「ああ、そういえばそうだね。天気は良いし、風も気持ちいい」


 見上げる空には、鰯雲。風も木枯らしという程でもなく、丁度良い。妙な話だけど言われて初めて気が付いた。


 「わかりましたっ。じゃあ、準備しますねー」


 何を準備するんだろう。と思ったら、ミランは店に引っ込むと、少し間あって椅子を持ち出してきた。僕は慌ててそれを受け取る。


 「スイマセン。あ、と……テーブル……」
 「わかった。僕が持ってくるよ」


 有無を言わせず、店内へ入る。ちょうどあんまり広くないラウンジのど真ん中に、テーブルはあった。小さいが、二人ならば丁度良いかも知れない。僕は特に考えることもなくそれを持って外に出した。僕が今まで座っていた、庭―――というより、バルコニーにそれを置く。すると何時の間に用意していたのか、ミランがテーブルにクロスを引き、そしてバスケットをそこに置いた。


 「直ぐに用意できますよーっ」


 そのまま手慣れた手つきで、バスケットからコップやら水筒やらを取り出す。あと、お皿。サンドイッチ。うん……美味しそうだ。僕は思ったよりお腹が空いていたようで、それを見た瞬間、不細工にお腹が鳴る。う……聞かれなかっただろうか?


 「はい。どうぞっ」
 「うん……有り難う。んじゃ、いただきます」


 どうやら聞かれなかったようだ。
 僕は再び椅子に腰掛けて、サンドイッチに手を伸ばす。ここに来て既に三日。恥ずかしい話だけど、最早遠慮はない。そのままかぶりつく。


 「美味い」
 「ホントですか?ありがとうございます。まだたっくさん有りますから」


 それは、サンドイッチながらに、結構こっている。偶にアーリーさんが作ったりするハム&チーズなシロモノとは違い、結構色々詰まっていて、それぞれ細かく内容が違う。
 お世辞でもなく、ミランはかなり料理の上手な方、だった。僕は三日の間にそれを十分堪能した。まあ、自身がパン屋なのだし、ここまで一切を切り盛りしてきたのだから、当然と言えばそうなのかも。レオンさんと比べても、たぶん優劣付けがたいのではないか、とも思う―――この場合、レオンさんが特殊なのだけど。


 「うん。ホント美味しい。それにしてもわざわざ。言ってくれたら、中に入ったのに」
 「いえ、いいんですよっ。ほら、いっつもシノブさん、外に居るじゃないですか。だから、せっかくだからって思って。それに偶には違うのも良いでしょう?……それにしても」
 「ああ、うん。人の、往来を見てたんだ」


 先を読んで、言う。ミランが通りに目を移したのを見て、僕もその視線を追う。


 「往来、ですか……さっき、ほら、『秋風がきもちいい』って言ったら、シノブさん、『そういえばそうだね』って言うから、ちょっと気になったんですけど……往来。おうらい。うーん」


 それ目当てに外に居たワケじゃない事を、ミランなりに察したのだろう。まったく、その通りだけど、指摘されると、すこし、くすぐったい。


 「見てると面白いよ。こうしてぼんやり見るって、あんまり無いことだしね。色々考えることもあるし」
 「例えば?」


 目が好奇心に湧いている。こうなると話さずにはいられない。
 さて……すこし僕は考えた。さっきまでの考えをそのまま話すわけにはいかない。さすがにそれくらいの分別はある。


 「そうだね……例えば、と、あそこにいるドワーフの女の子」


 通りに面した雑貨屋の隅にドワーフの女の子が居るのを見つけ、それを視線で指す。
 話題としては余程、傭兵やらそういう人を指す方が楽だが、思うところがあって意識的にそれを避けた。


 「あ……えと、ええ。わかります。はい」
 「あの子。さっきからずーっと立ってるよね。あれはどうしてるんだと思う?」
 「……ん、と。そうですね。誰かと待ち合わせ?かな?」


 照れくさそうにそう言う。方向は間違っていない。が。


 「どうかな?待ち合わせにも色々あるけど、大抵はまあ、そういう雰囲気ってのがある。待ちわびるようにそわそわ。時間を確認したり。探すように辺りをきょろきょろ。でも、そんな感じじゃ無いよね」
 「そうですね。何か悩んでるってカンジです」


 確かに、その女の子は腕組みをしてじっと何かを考えている様子だった。正直、偶々それを指定したにも関わらず、なんとなく好奇心が湧いた。ドワーフのそういう姿というのはなかなか見られない。


 「さあ、何に悩んでるのか……お金を落とした。何かを忘れている。どこかに行こうかどうしようか考えている……」


 言ってみたモノのいまいちぱっとしない。少女を観察する。悩む顔は本当に真剣そうだ。で……お腹に手を当てる。腰から何か黒いモノを出して………………。


 なあんだ。なるほど。


 僕は思わず声を上げて笑った。


 「な、なんですか?」
 「あはは……ん、あのね。さっきからホント、ドワーフが悩むっていうのは珍しいって思って見てたんだ。そしたら、女の子、今出したの、あれ、財布」
 「え?……ああ、言われればそうです」


 遠目では良くわからなかったが、目を凝らしてみると大きながま口を開いて、中身を一生懸命勘定している様子。


 「んでお腹を押さえたり……そうだよね。ドワーフが悩むっていったら一つしかないもん」
 「???」


 よくわかってないようだ。僕は少し得意になって、解を示した。


 「きっと、ほら、あの雑貨屋の軒先にあるでっかい林檎。あれを買おうか、どうしようか考えているんだよ。女の子って言ってもドワーフだからね。やっぱり悩むとなると……食べ物のコトかな?なんと言ってもちょうど昼時だし」


 その時、ドワーフの女の子が通りのこちらまで聞こえる声で、『おっちゃーん♪リンゴくださーい!』と言うのが聞こえた。全くもって大当たり。僕も結構大したものだ。


 「す……っごーいです。シノブさん。よくわかりましたねぇ。よくわかりますよーっ。私なんか、もー全然!」


 「ま、こんな感じでね。色々と想像の幅も広がるし、考えてみると結構面白いよ」


 ミランの両目には尊敬という文字が書いて有るかのように、はっきりと心が読みとれた。僕はもう、得意も得意。すこぶる気分が良かった。
 そのまま、少し気取ってサンドイッチを一つ摘んで囓る……む。


 「ごほっ!えふっ!ぐっ!」
 「きゃあっ!シ、シノブさん?!」
 「か、から……ごほん!……いや、ごほ!ああ、その、の、喉に……」


 違う。本当は洋辛子に噎せたのだ……見ると、そのサンドイッチの断面に不気味に太い黄色いスジが有るのがわかる。それは辛いの大好きアーリーさん並みだ。量を違えたのだろう。


 「わあ、大丈夫ですか?!お、お茶を……!」


 差し出すコップをありがたく受け取る。そのまま一気に飲み干した。


 「う……ん。あ、ありがとう。ごめん」


 目が涙で潤んでいるのがわかる。それにしても、カッコワルイったらありゃしない。そっと頬を拭いつつ、コップをテーブルに置く。


 「うん。もう大丈夫。ありがとう」


 もう一度繰り返す。目の端にミランが心配そうな視線を向けているのがわかったからだ。


 「でも、ホント助かったよ。異国の地でサンドイッチを喉に詰まらせて昇天、なんてコトになったらうかばれないし。命の恩人だね」


 なるべく茶化したふうを装う。そして自分でもわかるほどに不器用に片目を瞑った。
 それでようやくミランの顔に笑顔が戻る。僕も笑った……と、ミランが妙に神妙な顔で僕を見ているのに気付き、笑うのを止める。


 ありゃ?嘘に気付かれたかな……。


 「どうしたの?」


 問いかけると、ハッとしたように口元を押さえて、顔を赤くするミラン。?


 「あ、その、なんだか、こうしてると、わ、私たちって、こ…………ううん。何でもないです。あはっ。気にしないで下さい。なんでしょう。私ったら変なことばっかり考えて。いえ、ホントなんでもないですっ。ゴメンナサイ!」


 ???


 謝られても困る。困るが、ここ数日で彼女が早口で喋ったりする癖については、何となくわかってきた。随分な恥ずかしがり屋なのだ。それで照れ隠しで早口になる。それは何となくわからなくもない。
 それにしても何を考えていたのだろう。恥ずかしいコトって?
 恥ずかしそうに俯くミランを見ながら、あれこれ考えていると、不意に道から声をかけられた。


 「はいはい。そこのラブラブ恋人さん達。こんちわ」


 声に振り返ると、そこにいつの間にやらアーリーさんが立っていた。口元にもの凄く意地悪な笑みを浮かべている。
 僕は反射的に体を反らした。


 「ら、ラブラブ恋人さんって……なんスか、そりゃ」


 言った途端、アーリーさんはあからさまな渋面を作った。『アンタって、ホント……』とか、呟きが聞こえてくる。一体?


 「それはそうと、アーリーさん。いつの間にそこに?…………あれ、リュウさんじゃないですか。それにリョウコさんも?なんで、また?」


 見ると、何か背負って例によって難しい顔をしたリュウさん。そして、少し引きつり気味の笑顔を見せるリョウコさんが居た。なんだか不思議な取り合わせだ。


 「アンタの唐変木ぶりを見物に来たのよッ!」


 思っていると、いきなり何故かアーリーさんに怒られた。そのままアーリーさんはずかずかという調子でバルコニーに上がってくると、ミランの横に来て何か言いたげに目で合図する。ミランはミランでそれで何がわかったのか、妙に困った顔でえへへと笑った。


 「シノブさん。どーですか?調子は?」


 いったい何なのだろう。そう思っていると、側まで飛んできたリョウコさんに声をかけられた。


 「あ、そうだ。ありがとうございます。もうすっかりだいじょうぶですよ」


 そうだった。リョウコさんは、僕が毒を受けて倒れたあの夜、看病をしてくれてたんだった。そんな大切な事を忘れていた自分に恥じ入りながら、慌てて感謝の意を伝える。


 「いえいえー。元気なのでしたら、それでー」


 にこにこ笑いながら、背中の羽をパタパタと動かし、テーブルに着地する。
 彼女は、妖精族だ。
 背の高さは精々僕らの1/4ぐらい。ちょっと前まで、普通に妖精なんて呼ばれ、滅多に見る事なんて無かったのだけれど、大戦の混乱期に不思議なぐらいすんなりと、人間世界に浸透してきた。
 魔法、それも癒やしの力に秀でた彼女らは、今では良き隣人だ。
 なのだけれど、リョウコさんは、悪名高き『地獄の777丁目』の常連でもある。いくら何でも人間社会に慣れすぎだとも思う。


 「うむ。シノブ殿。久しぶりでござるな」


 続いてリュウさん。
 受けて、軽く会釈する。それにしても本当に珍しい取り合わせだと思う。特にリュウさんがこんな所まで出てくるのは珍しい。実際久しぶりだ。何しろ最近はずっと地下―――魔族の村―――に入り浸っていたハズだし。


 色々、本当に色々あって、酒場『地獄の777丁目』はその地下にあった人類の大敵と見なされていた魔族の村と繋がっている。
 魔族は、僕たち人間の敵で、先の大戦も、最終的に人間対魔族で争われた。結果はみんな知っての通りなんだけど。


 とにかく、そんな魔族の一氏族が、まさか人類最大の都市ウィルの地下に、のほほんと暮らしているとは誰も想像しえない事実だった。そして、777の面子と流石にこっそり仲良く交流しながら、今でも彼らはのほほんと暮らしている。リュウさんは、そののほほんとされてしまった人の一人で、されすぎた為に、何だかんだしながら魔族と結婚までして、その村に住んでいたりする。人間万事塞翁が馬。


 「ああ、そうそう。ミランはリュウに会うのは初めてだったわね。リョーコちゃんはこの前会った…………よね」
 「はい」


 アーリーさんの言葉に、素直に頷くミラン。そういや、この間、店に来てたんだった。


 「”これ”は、例によってウチの常連のサムライ。リュウ」
 「拙者、リュウ・オクトと申す。宜しくご承知の程、ミラン殿」


 例によって古めかしいサン訛でリュウさんが結んだ。礼も勿論忘れない。
 リュウさんと僕は、サンはサンでも出仕か違う。だからこそ、同じサムライであっても言葉使いが違う……のだが、今時サンですら、こういう話し方は流行ってはいない。それでもリュウさんがこういう話し方になっているのは、余程サムライの格式について一家言有るのだろう。結婚してなおそうなのだから恐れ入る。
 予想通り、それを受けてミランは多少戸惑いながらも、こちらこそ、と返す。
 多分、僕などは言葉遣い的にけしからん類で、シゲサトさんに至っては、最早それを通り越して……ああ、だから仲が悪いんだな。妙なところで得心がいく。
 もちろんリュウさん自身からは、言葉遣い云々について、小言を言われた試しはないのだが。


 「で、リュウさんは、今日はまた、なんでここまで?」


 僕はさっきから気になっていた事を聞いてみることにした。


 「実は、ウチの村で祭りがあるでござるよ。拙者も昨日初めて知ったのでござるが、なんでも星詠みの者が『大邂逅』を予測したとか……その大邂逅というのは、拙者にもようわからんのだが、その日は祭りになる慣わしらしいのだ。それで買い出しというわけだ」
 「へえ」


 まあ魔族の事だし、上の世界だってトコロ変われば慣習かわる。世界が違うとなると、ま、当たり前。


 「明後日に祭りだから、シノブ殿も暇が有れば来て下され」
 「はい……でも」


 言いよどむ。一瞬視線がミランに行きそうになるが、すんでの所で堪えた。
 別に給料貰っているわけじゃない。とはいえ、一度は引き受けたことだ。そんな私事の為にそれを放棄するわけにはいかない。


 「あ、そうそう。少年。あのね、例のベルマイルの件なんだけど……」


 いつの間に人の話を聞いてたのか、アーリーさんが事も無げに話を継いだ。さっきまで何事かミランと話していると思ったのに……話題的にタイミングはいい。横っちょで聞いていたのだろう。油断出来ない。
 ベルマイル、と言われて、僕は少しだけ考えた。不謹慎な話だが、すっかり忘れていた。何しろココに詰めてから三日、その悪徳商会の誰も、何も、してこなかったからだ。
 それどころか、あの毎夜見ていた夢すらも、ここ数日見ない。要にここに来て、僕は実に平々凡々とした日々を送っていたと言える。


 「ああ、そーいえば……」


 はと口を紡ぐ。しまった。アーリーさんの目が怖くなる。


 「そーいえば?そーいえばって、アンタ、一体何しに来てるかちゃんとわかッてンの?」
 「も、もちろんですよお……でもあれから三日、誰も来ないですし」


 それは特にすることのない三日間だった。傷が癒えると、事件のことなど忘れるほどに茫洋とした時間の中、どうしても気持ちは弛緩してしまう。それでも偶には思い出したりしてはいたのだが、それでも正直忘れていた。ちょっと反省する。


 「まあね。クレソックに一報入れといたから、ま、もしかしたら抑えてンのかも知れないけど」
 「クレソックさん、ですか…………なるほど」


 色々あった、777を震撼させた地下世界事件。その時会った剣士を、僕は思い出す。
 以来一度も会ってはいないし、結局あの人が一体何だったのか聞いてもいない。それでも国に属する重要な何かの長である、というのは何となく理解している。そして何故かそんな人が、アーリーさんに対してはやたら腰が低いのも。
 一度だけのその遭遇の想い出からは、アーリーさんや、呪い屋の人とはまた違ったタイプのスゴイ人だと記憶している。前述二人もただ者でないことは確かなのだが、そのクレソックさん自体も違った意味でただ者ではなかった。まあ、直感だけども。


 「少し時間を下さい、みたいなコト言ってたケドさァ。ま、アイツのコトだから二、三日中に手を打ってくるンじゃない?それにしたって、少し時間を下さい?珍しい。滅多なことやってないで、全く、とっとと手ェ出しなさいよって!」
 「そ、それは……」


 僕が思うに、クレソックさんという人は恐ろしく手際のいい人だ。それは前回の一件だけを考えてすら、容易に想像がつく。そんな人が『少し時間を下さい』と言うくらいなのだ。よほど忙しいに違いない。カワイソウに。


 「まあ、それでも間に合うかどうかわかンないけど、上手くしたら祭りとやらに間に合うかもね」
 「うーん……」


 正直、それほど嬉しくなかった。妙な感慨であることは、よくわかっている。祭りに間に合う、ということはつまり、この店を取り巻く一連の問題全てが解決するということに他ならない。要に、万々歳だ。そもそも僕はそのためにココにいるのだから。
 ただ……そうなってしまうと言うことは、逆に言うならば、僕がココにいる理由は全く無くなってしまう。この場を離れなくてはならない。
 その結論を受け入れるのは、不思議と躊躇われた。ここは777とは違った楽しさがある。暖かさがある。それが何なのか、はっきりとはわからないが、確かなことだ。


 勿論、それを口にすれば、アーリーさんにぶっとばされそうなので、言わなかったが。


 「申し訳ない。話途中では有るが、こちらは少し急がねばならん。先に用件、宜しいか?」


 リュウさんだった。そういえば、用事あってココに来てるんだった。
 特に何も言わないでいると、リュウさんは真面目な、本当にまじめな顔でミランを見ると、言葉を続けた。


 「洋餅を所望したい」


 洋餅……僕は一瞬絶句した。当然僕以外の誰もが、怪訝な表情をしている。


 「パンのことだよ」


 困惑顔のミランに、そっと耳打ちする。
 確かに、パンというものが比較的―――それでもあくまで比較的―――珍しいサンではそう言う表現の仕方もあるが……。リュウさんとて、ココが長いはず……どころか、居を構えているというのに。


 「あ、はい、はい。どうぞどうぞ。何でも、たくさん、選んで下さいっ」
 「忝ない」


 そう言いながら、二人は店内に消えていった。ミランは『なんでも』と言っていたが、そもそもリュウさんはあの調子で、色々選べるのだろうか?


 「大丈夫かな?」
 「さあ…………」


 同じく疑問顔のリョウコさんが言う。

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