すわんぷ・ガール!外伝!

ノベルバユーザー361966

伝わるもの、伝わらないもの(上)

 「こ、これは……!」


 ある日、アルクから届いた小包。
 それを館の、今や完全に俺の部屋といえるようになったそこで紐解いて中身を確認した俺はごくりと喉を鳴らした。
 最初は意味がわからなかった。というよりも、意味がわかるのを拒否した。
 だが、一緒に入っていた小さなメモのような紙片を読んで、俺はようやくそれがどういうことなのかを理解した。それは見た目から連想するあれやこれやに比べれば、拍子抜けするほど、真っ当な話だった。
 確かに、それは一連の事件が収束した後、パッツィさんと一緒に帰路に着こうとするアルクに、俺が相談した事柄に関連するものだった。


 それは、確かに、間違いない。


 とはいうものの、それはこういう形で解決するようにお願いしたわけじゃ無かった。
 なので、まずアルクからの小包と聞いた時、全くそれに関連づけて考える事が出来なかったし、開けた瞬間も同様だった。
 確かに、それを使えば俺の悩みは解決するのだろう。書いてあることが正しければ、だ!
 だが、何故こういう形になってしまったのか。そこが理解出来ない。
 もし目の前でアルクに手渡されていたら、俺はアルクをぶん殴っていたかも知れない。
 そういう意味では、小包として届いたそれは、そうした事も見越してわざわざこの形になったのかもしれなかった。


 「そ、それにしても……これはねーだろ……なんだよこの紐」


 コンコン


 手に持って、矯めつ眇めつそれを見ながら、何となく色んな事を想像してしまい、どきどきしてきた俺の耳に、突然ノックの音が届いた。


 「うわひゃっ!?」


 殆ど意識がそれに奪われかけていた俺は、腰掛けたベッドから飛び上がらんばかりに驚く。
 そして、焦った。
 レオンか?レオンなのか?
 いや、レオンに限らず、とてもじゃないが誰にもこれを見られるわけにはいかない。
 焦って、取りあえずどこか隠す場所を探すが、ぱっと見、何処にも隠せそうな適当なところが見当たらない。そもそも、無いのだ。ものが。あまり。俺の部屋には。
 改めてざっと見渡しても、俺のベッド。レオンの椅子。気付いたら置かれていた机の代わりのドレッサー。小さな衣装棚―――中身は下着しか入ってない―――。あとチェスト一つ。中はほぼ空っぽだ。
 ドレッサーの引き出しや、衣装棚は論外だ。そこはメイド達、というか、アイラが毎日チェックしてる。いや、アイラの名誉的に言っておくと下心あってじゃなくって、およそ掃除とか洗濯の延長だ。
 じゃあ、チェストは……だめだ。あれは、中身が殆ど無いだけに、こんなのを入れておくと、いよいよ誤解されかねない。


 「お嬢様?」


 再びノックの音が聞こえる。それと共に俺を呼ぶ声が。この声は、アーリィだ。


 「~~~~!はい」


 焦りきった俺は、それを取りあえず座ったベッドの尻に敷いた。そしてその直後に、返事をする。してから気付く。俺は一体なにをしてるんだと。まだ、チェストのほうがマシだ―――


 「失礼します。お嬢様」


 何時も超完璧、ビシッとしたお仕着せメイド着のアーリィが、例によって一分の隙も無い動作で部屋に入ってきた。
 それは全く、以前と何も変わらない姿だった。


 結局アーリィが「戻って」から、城に居たのは精々三日ほどだった。そしてその後、館に戻ってきたアーリィは、泣き付かれるアイラその他を一頻り慰めた後、あっという間にメイド長に戻り、何事も無かったようにメイド業務を掌握し、今に至る。
 本人は、テトラに操られる以前の一日分の記憶を消去しておいたこともあって、実際何があったのか、覚えていない様子だった。どうやらレオンの登城中の用件を達しに行く際、原因不明に城で倒れた、みたいな話になっているようだった。その辺は、レオンがそう言ったのだろう。
 主に対して、殆ど狂気に近い忠誠心を持つアーリィの事だし、それはきっとそのまま信じたに違いない。それは本人の、変わらないその出で立ちを見るに、確実だった。


 ただ、俺は、或いはレオンは、彼女がもう以前のアーリィではない事を知っている。
 レオンは吹っ切っているようだったが、俺の方は、自分自身がそうであるだけに、何となくアーリィの中身を確認したかった。外から見た場合、一切が何も変わってないように見えるという事実を別として、客観的に内面が変容していないかどうかが知りたかった。
 知ったところで、どうなるわけではない。それはわかっていても、もし内面が変化しているとしたら……。


 その欲求が限界になったある日、俺は隙を見て……というか隙は無かったので、わざと自分で隙を作ってアーリィの記憶を読んだ。その行為は、既に俺にとって大した手間でも無かった。具体的には殆ど触れるだけで、そう出来る。


 結論から言えば、アーリィは内面もほぼ、何も変わっていなかった。
 ほぼ、というのは、もしそれを関連づけて言うのであれば、唯一一つだけ変わった部分があったということだ。
 それは、俺に対する考え方だった。
 彼女はそれでも、自分が不可解とも言える人事不省に陥った事態に対し、殆ど直感的に俺が関わっている事を理解していた。それが何故なのかと言われれば、本人にも、無論、俺にもわからない。
 それでも俺がそこに関わっていて、そしてそれを救ったのにも俺が関わっているということを、確信めいた直感で理解していた。それは「戻った」影響とは言い難く、他人からすると有り得ないほどのあやふやなものでしかなかったが、それを彼女は固く信じていた。
 それはアーリィのアーリィたる所以とも言える。
 そしてその結果、アーリィの中にある忠誠対象に、新たに一人の人物が加わることになったようだった。
 それが誰なのか、言うまでも無い。


 「お嬢様、ベッドをおなおし致しますので」


 「あ、う、ん」


 何時もながら、それを言われることが恥ずかしい。思わず赤面してしまう。
 ベッドメイキング如きに何故、わざわざメイド長たるアーリィが来てしまうのかというと、実は理由が有る。
 というのも、その、ベッドが朝に乱れていて、それは、前日の夜、ここで俺が乱されているからであって……。
 とにかく。
 そうした理由で、他のメイドにその始末を任すわけにはいかないと考えているらしい、アーリィ自らによって、それは片付けられる事になっている。なっていた。なったらしい。
 何しろ、彼女にとっての至上である二人のソレの事であるので、そうするのが当然と考えているようだった。
 滅私奉公極まれり。彼女の場合、滅私かどうかは悩むところだ。


 「お嬢様?」


 「う、うん」


 ベッドをなおすのに、ベッドから降りようとしない俺に、アーリィがやや怪訝な顔で聞いてくる。
 いやうん、そうするべきなのは、わかっているよ?わかっているけど。
 短いような長いような、何とも言えない沈黙が流れる。
 すると、アーリィはふぅと、小さくため息をついた。


 「お嬢様。私を信用願います。そこに何があったとしても、気にする必要はありません。その為に私がここに来ているのですから」


 変な方向に勘違いされた。いや、ある意味正解なのか。
 確かに、アーリィであるならば、見られても平気な気がしなくもないが―――


 「あら?」


 ダラダラと考えていると、アーリィが何かに気付いた声を出して、すっとしゃがみ、それを手に取った。
 それはアルクのメモだった。
 そうだった。アレばかりに気を取られてそっちは全く忘れていた。


 「あ、アーリィ、それは」


 俺は、それを咄嗟に取り返そうと、ベッドから腰を浮かして立ち上がった。
 アーリィは、アーリィだけに、その紙片に書かれている何かを読んだりはしなかった。
 が、代わりにその視線が俺の腰掛けていたベッド周辺を指していた。


 「あっ」


 「あっ」


 二人の声が、綺麗にハモって部屋に響いた。
 よく考えたら、紙片は全く重要では無かった。というか、むしろ読まれて困るようなものではなく、それを見られたのであれば、むしろ読んでくれていた方が良かった。


 「……お嬢様。恐らく私が触れていいようなものではないような気が致しますので、そちらを移動させて頂いて宜しいでしょうか?」


 「いや、違うからな!?」


 何が違うのか自分でもわからないまま、否定する俺。メモをひったくり、そして隠すようにそれの上に覆い被さる。
 やってから気付くが、心底今更だった。


 「当館は先々代様がお建てになった古い屋敷でして、その関係で当館にも地下室があり、これまでは必要性の問題から放置されておりましたが……清掃しておいたほうが宜しいでしょうか?」


 「一体何の話なんだよ!」


 むしろ、そんな事実知りたくも無かったよ。
 というか、どんな地下室なんだよ。
 一瞬、頭の中に関連づけられたそれが浮かび、その上で自分がどうなるのか想像してしまった俺は、慌ててそれを打ち消す。
 これ以上はいけない。


 「ああ、申し訳ありません。これは、御館様の方に聞くべき話でしたね」


 「絶対に聞くなよ?!」


 むしろ、最も聞かれたくない。
 聞かれたらどうなるのか―――それも一瞬想像して、やはり俺は慌てて打ち消した。
 これ以上は本当にいけない。










 何だかんだで部屋を追い出された俺は、特にやることも無くボサボサと廊下を歩く。
 手には、例のヤツが。
 無論、小包の包装紙で包んである。こんなもん、剥き身で持って歩いてたら何思われるかわからない。
 そもそも俺は、なぜこれを持って歩いているのだろう。さっきアーリィにはバレてしまったわけだし、普通にチェストにでも入れておけば良かったはずだった。


 「うーん」


 「どうした、お嬢様」


 うなっていると、背後から妙な言葉で声をかけられた。
 振り向くまでもない。これはトワだ。
 手に持ったモノがアレなので、首だけを後ろに回して肩越しにトワを見る。


 「いや、何でも……というか、何ソレ?」


 「知らんのか。これはアロエという植物だ」


 そこには不思議な植物の鉢植えを両手でもって歩く、トワの姿があった。
 というか、より言葉遣いが荒くなってきている気がする。正直、アイラ含めて六人のメイドの中で、最も不思議な立ち位置のメイドだった。
 以前から、というより最初っから遠慮無いその言葉遣いが、なぜアーリィ配下のメイド団の中で許されているのか、かなり不思議だった。


 そう、以前は。
 今は、アーリィの記憶もあり、それが何故なのか知っている。


 トワは、元々没落貴族の出自であり、ある意味俺なんかより遙かに本気のお嬢様だった。
 どうにもその貴族は、軍人の家系だったらしく、そのような感じで育てられたらしい。結果、トワはお嬢様ではあったが、一風変わったお嬢様という感じに成長した。とはいえ直接的な、例えば剣の腕などは見事に才能が無かったようで、その方面には進まず、その一方で軍略的な部分は過剰に覚えた。
 そんな出自の彼女だが、色々あって家が没落し、変な方向にとんがった才能を持つ彼女は、やっぱり色々あってレオンに拾われ、この館でメイドとして暮らすようになった。
 そんな彼女なので、元々お嬢様だったことは変わらない為、結局レオンの意向で言葉遣い等が直されることも無く、そのままメイドをやっているということだった。


 とにかく、事、軍事的な部分については、恐ろしく博識だった。
 それはアーリィも認めている程で、そうであるなら、彼女には恐るべき軍師として活躍する未来もあったかもしれない。
 そんな噂を耳にしたレパードが試しに机上演習を行ったらしいが、彼女が普通に勝ってしまった。それでもレオンの横に立っているのがレパードであってトワではないのは、まあ、結局そこも色々あったようだ。
 そして彼女自身も、別段メイドであることに不服は無いらしい。


 「アロエはいいぞ。食べて良し、傷に塗って良し、だ」


 「えっ、食うの?それ」


 どちらかと言えば、食人植物のようにも見えなくも無い、とげとげで肉厚の不思議植物をしげしげと見る俺。
 実際に、こういうモンスターも存在する。自然の驚異だった。


 「そうだ。今度あなたにも食べさせてやろう。ミーシェに頼んでデザートにしてもらうことにする。以前にも頼んだことがあるが、存外、美味だ」


 ニッとニヒルに笑うトワ。本当に、不思議なメイドだ。そしてそれでいいと思わせる魅力がある。
 素直に―――羨ましい。


 「それはそれとして、お嬢様がその手に持っているのはなんだ?」


 「あ、いや、これは」


 不意に問われたその言葉に、俺は狼狽してその包みを抱きしめた。がさっと包装がずれて、その一部が露出する。
 それを、見られた。


 「……御館様の趣味か?」


 それは如何にも無遠慮で、トワらしい言葉だった。
 俺はレオンの名誉と、そして自分の為に、割と必死になって弁明を行う羽目になった。

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