Neoおいわちゃん

ノベルバユーザー361966

ハイ・メタ・フィクション!

 何が重要かというと、まず、自分の姿だと思う。
 引き続き茹だるような熱暑の中、俺は自分の姿を確認した。男だ。ようし男だ。畜生なんで俺はこんな妙な言葉で安堵しているのか。
 だが、学生服だった。六郎バージョン2というべきか、さっきの学生服だった。さっきはそこまで気にしなかったが、改めて見てみると、これは確か俺が高校生の時の学生服で、つまり俺は今高校生なのだろう。


 まあ、ジョシコーセーよりは100倍はマシだ。そこはまだ受容していい。というか知らん間に題名が変わっている。本編ということなのだろう。自分も気付かないままに、場面チェンジだった。
 そして今俺は、炎天下、自分の部屋なんかじゃなく、道のど真ん中に立っていた。はたと気付けば、片手に学生鞄。まわりを見回すと、似たような学生たちが思い思いに一方の方向に歩いて行く。通学中なのだろう。そう、俺もそうだ。
 朝は8時。全てこの世は事も無し。平和なものである。もう何もかも諦めて受け入れるが吉なのだろう。


 「……やれや、れ?!」
 「ろくろーちゃーん☆」


 そんなこんなで自分を誤魔化していると、背後から語尾に星などを付けたかなり黄色い声が相当な至近距離から聞こえ、次の瞬間、のっしりと背中に何かが乗った。同時に首に何かが巻き付く。


 「ぐぇっ!?」


 良い感じに巻き付いたそれは、良い感じに喉にキまり、俺は潰れたガマのような声を上げた。


 「えへへー、今日も朝から達観した顔してるね六郎ちゃん。でもしょーがないかぁ。六郎ちゃん急にいろいろいろいろいろいろいろいろ変わっちゃったもんね。でもちゃんと男の子でしょー?だよね。やっぱりだってラノベはハーレムだし、ハーレムじゃないと私もすごいキャラ立てるの難しいし目立たないのもヤだもん。あ、私?もちろん幼なじみキャラなんだよ?だから六郎ちゃんにすっごいラブラブラブラブだし、最初っから好感度マックスで登場だし、これはもう私メインヒロインって言って良いよね?あ、やっぱし幼なじみはツンデレのほうがよかった?でもツンデレって面倒くさくない?私だったら、もう最初の選択肢で一発Happy EndのTrue Endだよ?ほらほらほらほら、選択肢出てるって、今。「好き」「愛してる」って、どっち選ぶ?どっちにする?私だったらどっちでもオッケーです!ちなみに時間切れだったら、「言わなくてもわかってるだろ」って壁ドンね。キャー!それもいいかもお。あー、でも六郎のキャラじゃないけど、でもでもそんな意外な一面にキュン☆みたいな?みたいな?みたいなー?」


 「キュン☆じゃねーよ!わかったからキャラ盛りすぎんな!」


 ツンデレどころか、明らかにヤンデレった全力相手無視マシンガントークを背中というか、耳元でかますその声は、予想に漏れずおいわだった。顔は見えずとも、間違いなくそうと言えるこの悪のり感。というか、冷静になってみると、そうした部分は、Neoになってからであって、元々キャラはぶれまくりだ。仕方ないのだろう。仕方ないのだ。


 「とにかく降りろ。すげえ暑い」
 「えー……そこはもっと乙女のおっぱいの感触を楽しんでよ……そんで当ててんのよ!とか言わせてー」
 「アホな事言ってないでとっとと降りろ」


 そう言いながら、スリーパーホールドを引っぺがし、おいわに向き直る。そして絶句した。


 「お前なんだそのイカレた髪色は」


 そこに立ってたのは、顔や背丈は確かにおいわだったが、セミロング金髪の誰かだった。


 「更に設定が追加されて、クォーターになりました」
 「なりましたじゃねーよ。ドヤ顔やめろ。だいたい「おいわ」なんて名前でクオーターも何もあるか。どんだけキャラ盛るつもりなんだよ」


 そもそも確か、元々は黒髪ストレート前髪ぱっつんのテンプレ、というか、ステレオタイプ幽霊装備だったはずだ。


 「あ、「おいわ」って名前も変わりました。今は、柳マインです。まいんちゃんと呼んでください」
 「お前いいかげんにしろよ」


 そう言って胸を反らしてますますドヤ顔のおいわ改めまいんに遂にキレてしまう俺。勝ち負けで言うと負けだが、流石にこれはツッコまざるを得ない。


 「そもそもなんでおいわからまいんなんだよ。取って付けたように柳って名字入れたらいいとか思ってんじゃねーよ。だいたい題名がアレだったのに自ら全否定すんな」
 「だっていくら何でもメインヒロインの名前がおいわとか無いよ。そんなのきっとプレイしたみんながっかりだよ?それに全然関係ないとかじゃないもん」
 「よーし言ってみろ」


 プレイ云々は取りあえず努めてスルーして、理由を尋ねてみる。


 「おいわ」


 そうすると、胸を反らせたまま、指を3本立ててまいんは言った。


 「いわ」
 「うむ」


 二本。


 「坑道」


 一本。


 「まいん」
 「すごいなお前」


 呆れを突き抜けて、そんな無理矢理を突き通し当然のように宣わったまいんを皮肉でも何でもなく言葉通り感心した。同時に、なぜこんなコになってしまったのかと、妙に悲しい気分にもなる。そのまま、まいんを哀れな視線で見つめていると、どや顔だった表情が、さすがに何かをさとったのかだんだん不安なそれになってきた。ため息をつく。


 「わかったわかった、まいんな。了解」


 言うなれば、風を吹かせて桶屋を儲けさせたまいんに、俺は全面的に敗北の宣言をした。より簡単に言えば、まともに取り合うのが面倒くさくなり、どうでもよくなった。


 「もー、ちゃんと聞いた?」
 「なんだよ、すごいって言っただろ。すげーよ。うん」
 「心がこもってないよ!」
 「どうでもいいけど、学校行くぞ。遅れる」


 おのれー!とか言いながら突っかかってくる面倒くさい女をうっちゃりでいなしつつ、さっさと歩き出す。後ろでおいわ……じゃない、まいんがわーわー言っているが、取りあえず無視だ。だいたい、数分後また教室で会うことになる。そう、まいんとは同じクラスだ。なぜそうなった。


 「もー、せめておいてかないでよ」


 縋るように追ってくるまいん。
 ここはやはり、ヤレヤレとでも言っておくのが正しいだろうか。










 気付いてみると、教室だった。
 ああなるほど、このようにして場面は転換するのだなと、達観風味に思ってみる。
 既に席にまで着いていて、そして俺の席は、窓際G席だ。平たく言えば、最後尾。主人公の特権だとも言える。
 左手を見ると窓の外がよく見えた。階数は2。植えられた木々の向こうにグラウンド。一時限目の今は、まだどこも体育の授業なんかやってないようで、そこは全くの人気も無かった。じっと見つめたところで、侵入しようとするゾンビなどという愉快な展開があるわけでもなく、まことに平和な光景がそこにあるだけだった。


 目を正面に向けると、頭だけが涼しそうな教師が数学の授業中だった。
 そうか、一限目は数学か。暢気なことを思いつつ、机に目を向ける。いつの間にやら一応教科書を開いていて、それは確かに数学だった。


 (x+5)2


 おう、これなんて言ったっけ。展開式か。あったなあ、そんなの。
 辛うじてそれが一体なんだったかを思い出す。とはいえ、展開せよなどと言われても、一体どうやって展開したら良いのか、全くわからない。そもそも一般的に展開などという言葉を使うこともあまりない。オープンだと英語に直せば、色々な考え方も出来るが。


 詰まる話、さっぱり授業について行けない。
 話の展開的に、これからずっと高校生ライフが続くのだと思うのであれば、それは存外ピンチだった。間違いなく落第まっしぐらである。オチコボレ主人公などと思えばそれはそれである意味テンプレではある。
 しかしそういうのは、普通現在の状況に何の危機感も抱かないダメ高校生っぷりを発揮する場合にに限られる。それは往々にして若さ故の特権であり、そもそも根っこがしがないサラリーマンな俺としては、かなりヤバいんじゃないだろうかなどという到底看過し得ない話でしか無かった。


 とはいえ、実際俺がダメ高校生なのだとしたら、テンプレ的にはヒロインはきっと、どこで勉強しているのかさっぱりわからないにもかかわらず、心底秀才という展開であるはず。万一を考えて、教室を見回し、まいんを探してみる―――探すまでもなく、目の前の席に居た。イカレ金髪だけに探し始めて0.5秒以内に見つけた。ウォーリーをさがせで言えば、全員黒服の中に、ウォーリーが混じってる状態だった。見つけるなというほうが難しい。というか、むしろなぜ今まで気付きませんでしたか、俺。


 そんなウォーリーは、現在全力で爆睡中だった。


 おっと一本取られた。これは判断が難しい。
 これは本気でダメなヒロインなのか、それともダメなように見せかけた秀才なのか、ちょっと判別しにくい。クォーターだの抜かしていたが、ひょっとしたら帰国子女的立ち位置かも知れない。その場合は、秀才ポイント+1だ。その変どうなのだろう。


 そう思っていたら、黒板になにやらXだのYだのZだの書いて、シティーハンターを呼び出しまくっていた先生が、一端そのチョークを止め、そしてそれを全力で振りかぶり、そして、こちらに向かってそれを放った。


 「ぎゃっ!」


 ドゴッなどと、到底チョークが発するような音では無い擬音を立ててそれは、寸分違わずまいんのつむじ辺りに着弾した。それに対し、およそヒロインらしからぬ悲鳴を上げるまいん。


 「いったー……一体なんなのよ」


 何なのよもなにも、一限目から爆睡した結果であろうとしか言いようが無い。それはともかく、よくある話ではあるモノの、実際チョークをぶつけてくる先生などを、俺は実際目の当たりにするのも初めてだった。なかなか興味深いものが見れた。頼むからコントロールミスなどというお約束はしないでほしいものである。


 「さて、気持ちよく目覚めたところで、まいんさん。この式を展開しなさい」


 流石チョーク先生容赦ない。伊達にハゲじゃねーな。
 数学教師らしく、ハゲと黒縁眼鏡の痩せぎす中年腕抜き付きなどという、数え役満状態の先生に妙な畏敬の念を抱きながら、俺は事の次第を見守る。
 なんにせよ、これでまいんの学力とやらがはっきりする。ただ、冷静になってみると、秀才だったらどうしようとも思った。その場合、やっぱり勉強を教えてもらわんといけないのだろうか。


 そんな内心の動揺を知ってか知らずか、というか間違いなく知らないだろうが、まいんはガタッと椅子から立ち上がり、全くの迷いも無く教壇へと向かった。
 チョークを取り、その数式に向かう。
 そして、チョークの音も小気味よく、カッカッとそこに答えを書き込んで見せた。


 おーぽん


 それは見事な富士エアーだった。
 答えですらなかった。
  直後に、かなり至近距離からチョークの第二射をくらい、再びまことちゃんのような悲鳴を上げるまいんの様に、俺は安堵のため息をついた。

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