帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

遭遇

「嘘だろ……」
「まだ向こうは気づいていません。慎重に動きましょう」


 森の中、たった一匹の魔物を見つけただけというのに、冷や汗が流れる。
 全身に甲冑を纏う姿だけならば騎士団のそれと変わらないが、纏うオーラが違いすぎる。近くにいるだけでその禍々しい力を存分に感じさせる。
 兜の間から見え隠れする顔は、確かに骨で構成されていた。ただの骨ではない。無駄に金色に光っている。派手な甲冑と相まって眩しいほどに存在を主張している。
 この世界に来て、魔物に対して初めて恐怖を覚えた。
 間違いない。あれがベイルを倒し、龍の意思として猛威を振るう魔物だ。


「どうしてこっちにいるんだ」


 真っ直ぐ西へ向かったと思っていたが、ここは龍の住処からもだいぶ南に離れている。王都を目指すのであれば遠回りだが。


「北部はあの数の魔物が、それも一体ずつがかなりの力で蘇りました。王都へ向かう前にまずこの戦場を制圧しようということでしょうか……」


 車を捨てて逃げたほうが、相手には気付かれにくいだろうか?いや、これは今後も必要だ。万が一の時はあの魔物をかいくぐって全速力で逃げたほうが良いか。


「索敵能力がなくてよかったな」
「あの距離で見つからなかったのは幸運だったかと。ここからは気配を追えるギリギリのこの距離で慎重に動きましょう」


 一度は姿が見えるまで接近していたが、魔力視で認識可能なギリギリまで距離を取り直す。南へ向かう魔物とこの距離を保ったまま、後を追う。
 普段なら倒してしまったら解決するのでは?などと言い出しそうなところだったが、今回は全面的にシャノンさんに同意する。
 あれだけ禍々しいオーラを放ってたら、早々見失うこともないだろう。


「龍のことをなめてたかもしれない。確かにあれなら、一匹で十分、国が一つや二つは滅ぶ……」
「私も今回の件、甘くみていたと痛感しました。いち早くロベリア様の元へ向かわなければ……」


 早く動きたいが、あの魔物が進行方向にいる以上動けない。もどかしい気持ちのまま、南へと歩みを進めた。


‐‐‐


「魔物の魔力が何者かとぶつかり始めました!ルナリア様の兵士団との戦いが始まったと思われます!」


 警戒しながらの牛歩は、思ったよりも精神的な消耗を強いられていた。動きがあったことに気づくのが遅れ、慌てて気持ちを切り替える。


「どうする?」
「我々の第一目標はロベリア様を連れて国外へ逃げることです。東から迂回し、魔物が背を向けているうちに新世界を目指すのが第一案……」
「案に留めてるってことは、あまり乗り気ではないと」
「一人でも多く王家の方々をお救いするべきではあります。逆に西からルナリア様の元へ向かい、ルナリア様を連れて新世界へ向かうこともできます」
「ルナリア様の兵士団が、どれだけ時間を稼いでくれるかが勝負ってことか……」
「どうしましょう?」


 悩んでいる間にも、確実にルナリア様の兵士団は数を減らしている。元の数がある程度いたからこそなんとか持っているが、間違いなく長くは持たない。


「ルナリア様を助けよう」


 それでも、ここであの人のいい王女を見捨てられるほど、俺は徹しきれない。


「わかりました」


 方向が定まり、速度も限界まで上がる。
 問題はルナリア様がおとなしく付いて来てくれるかだ。ロクサスやベイルのように、戦うことを選んだ場合、無駄足になる。


「ルナリア様は見つけ次第車内に!そのまま連れ出します」
「そんな誘拐みたいな?!」
「時間がありません!万が一にも、あの魔物の標的となるわけにはいかないのですから」


 確かにそうか……。あれだけの力を感じさせる魔物が、スピードだけは大したことなかったというのは期待できる話ではない。
 追われる立場になるだけで、ロベリア様の救出は困難になる。


「ルナリア陣営が見えて来た」
「ルナリア様は普段、最後方で自身の親衛隊である魔法使いたちとともに戦場のサポートを行っています」
「ルナリア様も魔法を?」
「王家の魔法は驚異的な威力を誇ります。中でもルナリア様は、歴代の女王たちに引けを取らない大魔法使いです」
「そんな相手無理やり誘拐できるのか?!」
「状況はわかっているはずです。何をなすべきかも。もし拒否されるようであれば、こちらで保護する必要がある人物ではなかったと、そう判断するしかないでしょう」


 現状を把握し、次の一手を考え、状況に合わせた行動ができるか。王女を試すようなこの状況に申し訳なさを感じるが、あれを見たあとだとこっちも余裕がない。
 願わくばルナリア様がこの状況を正確に把握していることを願うのみだ。


 だが、こちらの思惑に反し、そもそもルナリア様に選択を迫る状況までたどり着けなかった。


「いない?!」
「探してる暇はありません!このまま南下します!」


 ここはルナリア陣営の中でも、南北の中心地、敵と正面を向いて考えれば最後方に位置する。
 普段ならルナリア様はここにいるはずだという話だった。


「すでにこの場を離れたのか?!」


 残っていたのはほとんど戦う力のない兵士や領民と、下級の魔物達だ。だが、この下級の魔物、普段なら領民達でも囲めば倒せるはずだが、今は歯が立たなくなっている。何らかの形で強化されていた。
 高速で移動しながらの援護なのでほとんど助けることもできず戦場を通り過ぎていく。


「このスピードじゃ話も聞けないな」
「仕方ありません。もうあの魔物も、障害物さえなければ目視できるところにいます。足を止めるわけには……」


 わかっているが、やはりどうしても思ってしまう。彼らだけなら助ける力があったはずの自分が、彼らを見殺しにする権利はあるのかと……。


 そんな感傷にも似た思いは、次の瞬間、全て吹き飛ばされて消えた。


「な……」


 一瞬だった。


「まだ、距離は……」


 シャノンさんの表情が青ざめる。
 あの魔物が、目の前に現れていた。


「この場合、どうするのが最良だ!?」
「あっ……」


 呆然とするシャノンさんを現実に引き戻す。
 その間魔物は、まっすぐこちらを見据えたまま動かない。まるで待ってくれているかのように。


「ソラ様……」
「ん?」


 俺の中途半端な感情に任せれば取り返しのつかないことになることはわかる。例えば今、俺がまっすぐあの魔物に向かって時間を稼いだとしても、状況は何一つ好転しない。


「ソラ様は急ぎロベリア様の元へ!」


 だというのに、その選択をあろうことかシャノンさんが下す。
 一瞬の判断が全てを分ける。この状況で、一瞬でも迷ってしまった俺はもう、置いていかれた。


「しまった……!」


 飛び込んでいくシャノンさん目掛けて放たれた風の刃、と呼ぶのは生温いと言わざるを得ないがそうとしか表現できない魔術が、シャノンさんを超えこちらへ向かってくる。
 シャノンさんは交わせたのか!?
 今更魔法で対抗ができないのでありったけの気を練る。限界まで自身の身体を強化して、それでも、もはや一つの嵐が凝縮して襲ってくるような魔術の前ではほとんど何の役にも立たず吹き飛ばされた。


「何であの威力で死ななかった……あ……」


 言いかけた言葉の答えが見つかる。シャノンさんだ。


「あの状況で、俺に距離をとらせるためにこんなことできるって……」


 あんな魔術、まともに受ければいくら気を込めたところで身体は残らなかったはずだ。
 それこそ、ゾンビにもなれないほど木っ端微塵になるだろう。
 そうならなかったのは、シャノンさんがあの一瞬であの魔法を"俺を吹き飛ばすだけの威力"に調節したからだろう。


「どんな離れ業だ……」


 人間離れした繊細な魔法を見せてくれたシャノンさんだが、誤算もあった。


 一つ、俺と魔物の距離は、そこまで離れなかった。
 二つ、その後時間稼ぎができるほど、魔物とシャノンさんの間にある力量差は、小さくなかった。


 さすがに魔術を再びすぐに使用することはできなかったようで、単純な物理ダメージでのみシャノンさんを処理した魔物は、トドメは刺さずこちらへと視線を移した。


「こうなるんだったら、少しくらい手の内を把握しておくべきだった……」


 戦うつもりのなかった相手だ。ベイルからも詳しいことも聞けていない。
 わかっているのはさっきの風魔法に似た魔術を使うくらいか……。
 腰にかけた剣を使う気はないのだろうか?


 この相手にこれまでの魔法が通用するかはわからないが、霧を作る。
 エクスプロージョンはだめだ。奥で気絶しているシャノンさんを巻き込む。死んではいないよな……?


 霧を作る。自分と相手を覆い隠すように。
 魔物も動く。視界に頼って行動しているかはわからないが、こちらへゆっくり、真っ直ぐ歩いてくる。


 霧の中で、一匹の魔物と相対する。
 剣を抜く。向こうは……抜く気配が見えない。


 霧は雲だ、ここで摩擦を発生させれば雷雨を起こすことができる。ただしこのまま雷を発生させれば、骨だけのあいつより水分のある俺が被害を受ける。テンペストを使うなら、このまま自分の周りの霧ごと吹き飛ばすイメージを持たないといけない。


 自分の周りにも霧を発生させたのは、こうしてお互い霧の中にいないと、向こうの様子がわかりにくいからだ。もし魔物だけを囲むようにすれば、中の様子は見えなくなるが、自分も霧の中に入ってしえば、相手の姿を目視することができる。
 原理はわからない。相手だけを霧に包んでも中の様子を見る方法もあったかもしれないが、今すぐできる気はしなかった。できることをするしかないのだから、仕方ない。


 自分のまわりの霧を払いのけながらテンペストの発動につながる風魔法を発動する。ややこしい魔法を使うために一度集中し直す。
 だが、そんな隙まで魔物は見逃してくれなかった。


「しまった!」


 先に、魔物が動いた。
 遅れてこちらも魔法を発動する。向こうが何をしてきたか確認できなかった。予定を変更し、自分が霧の中から脱出することを優先する。


「エクスプロージョン!」


 何の準備もせずにこの魔法を使っても、大した威力にならない。今回はそれを利用する。
 目の前に爆風を発生させ、自分の身体を後方に吹き飛ばした。


 同時に、魔物を包む霧が、雷雨を発生させる薄暗い雲へと変化した。


「何もしてないのに!?」
「少し、お手伝いさせてもらいました」
「ルナリア様?!」


 雷雲に捕らわれた魔物のその奥から、ルナリア様は突然現れた。

「帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く