帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

ロクサス

  
「ああそうだ、ソラ、それからシャノン、ここからは大技は控えてくれ」
「なんでだ?」
  
 しばらく固まっていたシャノンさんだったが、無事解凍されていた。それでもまだ、会話に入る余裕はなさそうだが。
  
「森の、いや、竜の怒りを買うからね」
「龍の怒り …… ?」
「北部の山岳地帯から先は、竜の巣がある」
「言ってたな」
「この付近で暴れると、竜を起こしてしまうんだよ」
「竜って友好的じゃないのか?」
  
 ベイルの話では助けてもらった上に剣までもらっているはずだ。
  
「竜にも色々いるらしくてね。少なくともこの付近で暴れるなっていうのは、その時に聞いた話でもあるんだよね」
「それは、ギルディア王子も知っているのか?」
「もちろん伝えたよ。覚えていなかったようだけどね …… 」
  
 荒れ果てた戦場を作ったのはベイルよりもギルディア王子の兵士団だった。魔物へ変化してしまった彼らは、力を制御できず暴走している。
  
「ギルディア王子の兵士団だった魔物はこの辺でたくさん見たけど、お前の騎士達何してんだ?」
「もちろんほとんどは戦っているよ、もっと森の奥に入っている」
  
 5000 人ほど連れてこられたベイル率いる王国の騎士団は、一部は本国へ情報を持ち帰り、一部は戦場にいる味方に情報を伝え、そして残りはすべて進軍していた。
  
「戦っているのはギルディア王子の兵士団なんだな?」
「それだけなら良かったんだけどね……」
  
 以前見た馬に似た魔物にまたがりながら、ベイルはこたえる。
  
「この先は、元々森にいた魔物もいる。すでに私が倒されたあの骨の魔物も確認しているよ」
「おいおいまじか……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
  
 ようやく会話に入ってこられるだけの気力が回復したシャノンさんが突っ込みを入れる。
  
「ベイル様より強い魔物がいると……そうおっしゃるのですか?!」
「昔の話だよ。もうすでに倒せることは確認したから、そこまで焦ることはないよ」
「そうですか……」
  
 ほっとした表情を見せるシャノンさんだが、事態は何も好転していなかった。
  
「実際強さはどのくらいだったんだ?」
「そうだね……私のところの兵士なら二人がかりで互角、三人が連携すれば倒せていた」
「兵士でも倒せるならまだいいか……相手の数はそんなに多くないんだよな」
「そうだね、今のところこちらは5人がかりで相手をする余裕はあった」
  
 ただ、とベイルが付け加える
  
「奥に行けばいくほど数は増えたように感じる」
「今どうなってるかはわからないのか」
「そうだね、兄を探して単独行動中で、兵士たちのことはわからないよ」
「それでこんなところに一人でいたのか……」


 しかし仮にも国を代表する騎士団がこんな適当でいいのか……。まあそれができるだけの頼もしさがあると信じよう。


「私は当初の目的に沿って兄を捜すけれど、君たちは?」
「俺もギルディア王子には会いたいし、東へ進んでそちらの戦況を確認したいな」
  
 ベイルも残している兵士が気になるようで、揃って東を目指すことにした。
  
「しかし、前見たときにも思ったけれど、その乗り物はすごいね」
「そうだよな、シャノンさんは天才だと思う」
「お二人に褒められても、素直に喜べませんね……」
「ベイルは国内最強で名前も通ってる化物だからわかるけど、俺ってそんな大したやつじゃないよな?」
「もうすでに、私と並んで国を代表する化物の一人だよ……君も」
  
 いまいちその辺のイメージがわかない。こんな辺境の地で引きこもっている領主に誰が興味を示すと言うのか……。魔法だってシャノンさんと比べれば大したことはないと思っている。実際こんな乗り物俺にはどうやって作るのか見当もつかない。
  
「今度ソラ様には魔道具の作り方を教えましょう」
「おお、作れるのか。俺でも」
  
 聞けば、この乗り物もいくつもの魔法石にばらばらの指示を出して置き、それを組み合わせたものらしい。複雑な動きを実現するには、シンプルな指示だけ与えた魔法石をいくつも使用しなければならない。
  
「羨ましいねえ。魔法が使えると言うのは、夢があって」
「ベイルの場合人間離れしてるし、魔道具くらいなら作れるんじゃないか?」
「無茶を言わないでくれ。私にできるのはせいぜい剣を鍛えなおすくらいだよ」
「そんなこともできたのか……」
  
 ベイルの打った剣はその技術や出来に関係なくそれだけで付加価値がついて高値で取引されそうだな。最強の男が作った剣と聞けば、なにかしら戦うことに関して御利益がありそうなものだ。
  
「あそこになにかいるな」
「敵か?」
「いや、戦闘中ではない。最も、私たちを見て突然襲って来ないとは限らないけどね」
  
 ひと時ののんびりした会話はここで終わりだ。
 下がっててくれとの指示を受け、ベイルを前、シャノンさんと俺が後ろに付く形でフォーメーションを組む。
  
「あれは!」
  
 シャノンさんの目には相手がしっかり捉えられたようだ。迷いなく進むベイルにもその正体がわかっている。そして俺の目にもようやく飛び込んできたのは――。
  
「ロクサス!?」
「ベイル兄様 …… !これは …… これは一体どういう」
  
 合流したロクサスたちはまさに満身創痍といった状況だった。ロクサスと共にいたのは四人の騎士と、ごくごく少数の兵士たちだ。騎士の中には魔法使いもいる。皆ことごとく傷だらけだった。
  
「ロクサス、他の騎士達はどうしてる?」
「これだけです …… 生き残ったのは …… 」
  
 悲痛な表情で告げた。視線を下げ続けていたロクサスだが、それを打ち明けるとようやく顔を上げた。
 そこで初めて、ロクサスの瞳は俺を捉えた。
  
「貴様 …… !貴様か!貴様のその!」
「なんだ?!」
  
 目が合うと同時、ロクサスが飛びかかってくる。
 驚きはしたものの動きは単調だ、すぐに腕を絡め取って地面に押さえつけた。
  
「貴様がいたから …… この森は!」
「ロクサス様!」
  
 組み伏せられてもなお殺気立ってこちらを睨みつけるロクサスをさらに力を入れて押さえつける。
 騎士達が助けに来ようとするのを、目で制することも忘れない。動けばロクサスのことは気にせず攻撃に移るつもりだ。
  
「そこまでにしてやってくれないかな」
  
 そこで、隣で事態を静観していたベイルが動いた。
  
「ロクサス、君もわかっているんだろう?ソラは何も、関係ない」
  
 敵意をむき出しにこちらを睨みつけていたロクサスは、その言葉に力なくうな垂れた。
  
「すまなかった …… 」
  
 落ち着きを取り戻したロクサスは素直に謝罪した。力が抜けたことを確認し、手を離す。
  
「こんな状況だ、ロクサスには余裕もなく、まあつまり、ただの八つ当たりにあったわけだ」
「笑い事なのか …… 」
  
 あくまで気楽そうに告げるベイル。ロクサスが大して強くなく、騎士団が動かなかったからいいものを …… 。いや、危ないと思えばすぐ止めに入ったのか。
  
「ロクサス、何があったか教えてもらおう」
「はい …… 」
  
 自分でもまずかったと思うのだろう。気まずそうにこちらを伺いながら、ロクサスの話は始まった。
  
 ギルディア王子とベイルの間に立つように陣を敷いていたロクサスだが、ベイルたち騎士団の進行スピードについていけずその背を追うように進軍を始めた。ある程度進んだところで突然味方だったはずのギルディア王子の兵士団に襲われ、混乱するままろくな抵抗もできず軍は散り散りになった。
 ギルディア王子の兵士団と、ロクサスの兵士団ではもともと一人一人の力量に差はあったが、今回襲ってきた兵士団は一人一人がロクサスの7人の騎士に並ぶ強さだったらしい。
  
「私を逃がすために、 3 人が残った。私は自分の非力を恨んだ。自分の戦況を見る目の無さを恨んだ …… 。こんなこと、想像できもしなかった」
  
 それに関しては責められないだろう。誰だってまさか突然第一王子の部隊が襲いかかってくるなんて、想像できない。
  
「何もできない自分を恨み続けてここに辿り着いた …… 。ソラを見た時、この者がこの事態を引き起こしたのではないかと一瞬、頭をよぎってしまった。そんなはずはない、ましてここでもし討ち取れたとしても、大した意味はない。そんな分かりきったことさえ、私の頭からは失われていた …… 。許せとは言わぬ。相応の償いをするつもりだが、今の私は見ての通り無力だ。すまない …… 」
  
 いつも通り魔物を倒し、いや、むしろ前回俺のせいで活躍の場を奪われたんだ。いつも以上に活躍し、いつも通りに笑い合いながら仲間と共に領地へ帰ることを考えて、ここに来たはずだ。
 それが蓋を開けてみれば、異様に力をつけた王子の兵士団に突然襲われ、信頼する配下を3人も失い、さらに味方の兵士はそのほとんどが消えた。残っているものもボロボロの状況だ。
 俺を見つけた時のロクサスは、何かを取り戻そうと必死だったんだろう。ロクサスにとって俺は、突然現れた忌むべき異物だ。前回の遠征で嫌という程そのことを知っていた。だからこそ、抑えきれなかったんだろう。
  
「まあ、この件も話さないといけないけれど、今はそれより大事なことがあるね」
「そうだな、いったん置いておこう」
  
 ギルディア王子の兵士団は、敵だ。ひとまずこのことを先に話さないと、前に進めない。

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