帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

北の戦況

 
「なんだ……これ?」
  
 やっとの思いで辿り着いた北部の戦場には、目を疑う光景が広がっていた。
  
「これは……ギルディア王子の兵士団?」
  
 すでに息をしていない無数の兵士たちは、ギルディア王子の兵士団の証である紋章が刻まれた鎧を身につけている。
  
「魔物じゃない……。この傷、剣でつけられています」
「いや、剣を扱う魔物もいる……けど……」
  
 動揺しながらもシャノンさんが冷静に分析するが、そうではない可能性もある。
 ベイルに聞いていた、ベイルを倒したあの魔物を思い出す。骨で構成されたその魔物は、剣や鎧を身に着けていた。
  
「ベイル様はギルディア王子の軍より南に陣を敷いていたはずです」
「とりあえずあいつを探すか」
  
 ギルディア王子の兵士団以外にも、魔物の姿もある。狼男、スライム、よくわからない木々は植物の魔物だったものだろう。そして、ゾンビの姿もあった。
  
「この魔物は……」
「どうもおかしい。こんなにいろんな種類の魔物が同じ場所にいるなんて」
  
 普通、魔物はある程度同じ種族で出現場所が固まっている。だというのに、同じ場所にスライムも植物も、果てはゾンビまで転がっているというのは異様な光景だった。
  
「とにかく、北へ向かいましょう」
  
 再び車を走らせ、さらに北を目指す。
  
「あの魔物を見かけたら、火の魔法で攻撃してくれれば、たぶん効くと思う」
「戦ったことがあるのですか?」
「ベイルと二人で森に入った時にね」
「そうですか……」
  
 普段、森に入る時はほとんどシャノンさんと一緒にいたし、魔物の解析はシャノンさんと相談していた。ベイルとの二人旅から攻撃開始までが早すぎて話す暇がなかったが、シャノンさんはご機嫌斜めになってしまった。
  
「えっと……」
「ソラ様に置いていかれるのは今に始まったことではありません。気にしないでください」
  
 言葉と表情の一致しないシャノンさんだが、今はそんなことにかまってる場合じゃない。しかしシャノンさん、最近こういう表情を良く見せるようになったな……。最初はクールなお姉さんだったが、思ったよりわかりやすい人だった。
  
「あれは!」
  
 のんきなことを考えている場合ではなかった。シャノンさんの声で現実に引き戻される。
  
「ベイル様です!」
「あいつ!何やってるんだ?!」
  
 シャノンさんの指さす方向に目を向けると、ベイルはギルディア兵士団に向けて槍を振り抜いていた。
  
「エクスプロージョン!」
  
 ちょうどベイルと兵士団の間に入るように、なおかつ人が死なない程度に加減した魔法を使う。
  
「これは……」
「……」
  
 ベイルがこちらを向く。
  
「やってくれたな、ソラ」
「どういうことだ!ベイル!?」
  
 敵意を剥き出しにしたベイル。この異世界で最も強い男だ。その目で睨まれただけで、凄まじい威圧感に襲われる
 実際シャノンさんは固まったまま動けなくなった。
  
「止めるな」
「いや、説明を求める!」
  
 再びギルディア王子の兵士たちに向き合おうとするベイルの意識をこちらに引き戻す。
  
「エクスプロージョン!」
「くっ……!どうしても邪魔をするのか!」
「どうして魔物ではなく人を相手している!答えろ!」
  
 最強の男の威圧感をはねのけ、必死に言葉を紡ぐ。こうして立っているだけでも精一杯なくらいに、ベイルの様子はいつもとはまるで異なる。鬼気迫る表情という表現がまさに適切だ。
  
「この姿を見て!お前にはまだこれが人間に見えるのか!?」
「は……?」
  
 ベイルが指さす兵士団の男は――。
  
「嘘……だろ」
  
 そこには、すでに人としては終わったものがいた。あるべきものがない。腕であったり、内臓であったり、目であったり……。すでに彼らはゾンビになっていた。
  
「どうして……」
「兄、ギルディアの開発した秘術が、最悪の状況で最悪の形で開花した!」
  
 衝撃は、相手の攻撃によってもたらされた。攻撃したのは確かにギルディア王子の兵士団の一人だが、ギルディア領で共に訓練した兵士の力ではなかった。
  
「下がれ!お前は魔法使いだ!無理に剣で応対するな!」
  
 言われて慌てて下がる。気を扱えるようになってから、どうも剣で対応しようとする癖が付いていた。
  
「お前の強みを生かせ!俺はお前の魔法では死なない!」
  
 普段の口調はきれいさっぱり消えている。あの飄々とした、いつでも余裕を崩さなかったベイルが焦っている。
  
「エクスプロージョン!」
  
 ベイルを信じ、ベイルもろとも吹き飛ばす勢いで魔法を放つ。
 再び距離が開き、そして、ベイルと剣をぶつからせていた魔物は、動かなくなった。
  
「本当に容赦なくやってくれるとは……ね」
  
 穏やかな表情にはまだ緊張が残っているが、ひとまずの危機は過ぎ去ったらしい。
  
「さて、説明してくれ」
「少しくらい私の心配をしたりしてくれてもいいと思うのだけど……」
「最強を心配しないといけない状況なんて、考えたくないだろ」
  
 いつもの調子を取り戻したベイルから、ようやく話を聞くことができた。
  
「兄は、どうしても死を操りたかったらしい」
  
 死を操る……。ベイルが勝てなかった不死の相手を知ってから、ギルディア王子が執着し続けた技術だ。
  
「成功、したのか?」
「今相手した魔物が、なれの果てだ」
  
 横たわる魔物に目を向ける。
 それはかつて、ギルディア王子の兵士団として活躍した戦士だった。最後には腕を失い、骨を剥き出しにし、それでも何も気にせずこちらに向かってきた。あれはもう、人と呼べるものではない。
  
「ギルディア王子は……」
「見ていない。指揮がとれるものではないと悟って姿をくらませた可能性が高い」
「ギルディア王子が……」
  
 ギルディア領にいたときには、気のいい王子として俺に接してくれていた。あの時のギルディア王子は確かに名君と呼んでいい王子だったはずだ。
  
「俺は、そうじゃないと思う」
「ソラは、まだあの兄を信じられるのか……」
「俺はお前ほどあの王子を知ってるわけじゃないからな。良い面ばかりが頭に残ってるんだよ」
  
 目を細め、空を見つめるベイル。
  
「ソラは、強いな」
  
 突然褒められ言葉に詰まる。
  
「私は、もう兄を信じることはできなくなった……」
「それは、付き合ってきた年数も、見てきた側面も違うんだ。仕方ないんじゃないのか?」
「いや、私はどうも最初から、兄を信じられていなかった」
  
 あの時、魔物の姿を見たとき。竜と向き合った時。それらを包み隠さずギルディア王子に話した時。そのどの記憶でも、ベイルは兄を信じきることができなかった。
  
「兄は、まだ戦っていると思うかい?」
「俺は、そう思う」
  
 ギルディア王子を信じられないベイルに代わり、俺がギルディア王子を信じよう。
  
「そうか……。なら、急がないといけないな」
  
 ギルディア王子が戦っているのであれば、それは何が相手だろうか。魔物とだろうか、それとも、自分の兵士団のなれの果てか……。



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