帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

第二王子急訪

 突然の来訪だった。


「やあ」
「やあ、じゃねえよ」


 少しは自分の立場とか状況とか色々なものを考えて動いてほしい。なんだその友達の家に来た中学生みたいな軽さ。


「いやあ、どうしても来たくなっちゃってさ」
「どうしても、じゃないだろ。どうすんだ遠征の件とか」
「ああ、それは大丈夫だよ」
「ほんとかよ」
「三日後にはみんな来るよ?」
「は?」
「いや、だから三日後、遠征。といってもここからすれば庭の手入れくらいの感覚かな?」


 ははっと愉快そうにのんきに笑うベイル。


「なんでそんな急な連絡なんだよ」
「だって仕方ないじゃないか、ここ、遠いんだよ」


 そして開き直る。


「まあ、ほんとはもっと早く決まってたんだけどねえ。つい連絡出すの忘れてたんだよ」
「もう少し悪びれてくれよ……」


 ベイルは見ての通り適当な性格なので、連絡その他は副団長以下の部下に任せきりだったらしい。リストに基づいて順に連絡を行っていくお役所仕事になった結果、新たに立ち上がった都市である新世界はまだリストにあがっておらず、すっかり忘れ去られていたらしい。


「まあまあ、一応これでも、気付いてすぐに飛んできたんだよ。一番早い連絡手段でね」
「一番早い連絡手段が、王子なのか……。いや、だったらまず来た時にすぐ説明しろよ!」
「まあまあ、来たくなったのも事実だしさ?いいじゃん?」


 色々と常識の通用しない王子だった。


 遠征は三日後、これはもう決まっていて、すでに各地の貴族、王族がこの地に向けて動き出している。ロベリア様の領地にも連絡は来ていたが、ロベリア王女はこのところ新世界で、正確に言うなら魔物の森で修業に励んでいたのでそちらの情報は入っていなかった。
 ここにきて連絡手段に乏しいこの世界の文化を初めて恨んだ……。


「まあまあ、三日もあるんだ。のんびり考えようよ」
「それは俺が言うセリフであって、遅れてやってきたあんたの台詞では絶対ないからな」


 なんともぐだぐだな形で、新世界の遠征準備が始まった。


 新世界の都市としての機能は、結構形になってきている。なにしろ俺はほとんど関わっていないのだ、優秀な人たちが頑張ってくれてるのだから、間違いも起きず、順調に成長している。
 万単位で住民が定着し、魔物料理をはじめ、毛皮を利用した服、爪や牙、骨を利用した武器や道具類が数多く作られ、新世界名物として各地に輸出されている。宿屋は遠征がない限り活発に活用されないが、併設された食事処は住民が増えたことにより繁盛していた。隣のキンズリー領地の人間たちは特に、自分は商人としての仕事に明け暮れ、食事などは外で済ませることも多いため重宝された。商談で使われるケースも良く見かける。
 兵力も揃っている。常駐戦力として300人を、シャノンさんが中心になって鍛え上げていた。俺も森へ出かける度に何人かを連れ出すことで育成に貢献はしたつもりだが。
 これに加え、キンズリー領や新世界の住民の有志で500人の戦力が見込める。
 最も、戦力に数えないにしても、ここの住民である以上全員が最前線拠点を支える後方支援役として戦いに参加することにはなるが。


 みんなが慌ただしく準備を急いでいたが、俺は例によって暇だった。悲しい。


「強くなったな」
「そんな余裕しゃくしゃくで言われても、なあ……」


 ということで、同じく暇そうにしていたベイルと特訓に励んでいた。
 息一つ切らさないベイルの強さは、感心するというより呆れるレベルだった。なんせ魔法が通用しない、気を扱っていても体感速度で倍くらいの速さで動かれる、しかも体力も尽きる兆しが見えない。


「やっぱり、人間相手だと魔法を制限しちゃうからねえ」
「そりゃあんな、森ごと吹き飛ばす魔法使えねえよ。まして一対一なら自分も巻き込むし、準備も必要だし、実用性に欠けすぎる」
「あれを使われると流石に負ける気がするんだけどなあ」
「よく言う。発動させる隙も与えないくせに……」


 気をある程度扱えたとしても、並みの兵士にやっと追い付いたかというレベルの俺は、ベイルにとっては子どもの相手をするのと同じくらいの難易度なのかもしれない。気をつけるのが魔法だけでいいなら、発動させないように立ち回るくらい余裕だろう。腹立つくらいに強い。


「ところで、暇つぶしに付き合ってもらってる身で言うのもなんだけど、本当にソラは暇人なんだな」


 呆れたようにベイルが言う。


「いや、馬鹿にしているわけではないんだけど。仮にも自分の領地で、領主がこれだけ自由に動けるというのはある意味すごいことなんだ。よほど下の者たちがしっかりしていないとこうはならない」
「下の者、っていうと誤解になるけど、うちの人材は優秀な人が多いからな。俺が入るとかえって仕事が進まなくなるくらいだ」
「悲しいねえ」
「うるせえ」
「まあいいさ。こうして暇つぶしの相手ができたんだ」


 暇人同士都合は良かったので、それ以上何も言わずに再び剣を交えた。


「さて、それじゃあそろそろ本番と行こうか」
「いやいや、俺はもう結構全力でやってたぞ」
「ああ、違うよ。人間同士が戦っても仕方ないだろう?せっかくこんなところにいるんだ。二人で予行演習といこうじゃないか」


 しばらく戦い、というか、ベイルからすればじゃれあい程度の戦闘訓練を続けていたが、飽きたのかそんなことを言い出した。


「お前と二人で行ったら、遠征の前に魔物狩りつくすことにならないか……」
「ははは、そうなったらもっと奥に進めばいいだけさ」


 終始軽いノリで、“戦闘鬼”との二人旅が始まった。


「この辺の魔物は、一般の兵士たちにはちょうどいい練習相手だねえ」
「一振りで5匹倒せるやつが言うと嫌味にしか聞こえないな」
「それに関しては、あたり一面巻き込んで群れごと始末している君に言われたくないなあ……」


 当初の懸念通り、森の魔物を狩りつくす勢いで進軍していた。とはいえ遠征のときのように大規模に魔法を使うことはできないので、あくまでも通り道を開けてもらう程度、しか倒してないのだが。通り道にいたから倒すって、よくよく考えなくても最低だな。まあ魔物はほっといたらまずいというのは事実だし、仕方ないということにしておこう。


「さて、結構来たと思うんだけど、ここまできたことは?」
「いや、ここまで来たのは初めてだな」


 いつもは兵士の演習がメインになっているし、どちらかといえば奥に進むより広域を調査することも多かった。その上、今回は移動方法が違う。
 ベイルはあの時に見た魔物にまたがり、俺はシャノンさんお手製の車を使って進んでいる。何かあった時に早く帰れるように、という目的のはずだったが、同じ時間で進む距離が延びるのだから、当然深く森へ踏み入ることになる。


「やっと、見たことのない敵さんのお出ましだよ」


 目を向けると、完全に人型の、だが、人であるためには決定的にあるものが足りていない魔物に出くわした。しかも、複数いる。


「ゾンビ……?」
「ああ、それっぽい名前だねえ。ソラの世界にはいたのかい?」
「いやいたわけじゃない。その反応ってことはベイルも見たのは初めてか!」
「人が腐ったように見えるけど、魔物ということは元々そういう形なのかな?」
「そういう話は倒してからにしよう」
「それもそうか!」


 次の瞬間にはベイルは飛び出していた。気付いた時にはゾンビは切り刻まれている。木々の生い茂る森で槍を振り回すことは難しいので、いまは片刃の剣をつかっている。もうちょっと反っていたら刀のようだったかもしれない。直刀って種類もあったっけ?それに近いか。
 ちなみに槍を振り回せない理由は、木々に阻まれて動かせなくなるからではない。木々ごと吹き飛ばしてしまい、遠征前としては少し派手すぎる動きになってしまうからである。


「ねえ!こいつら斬りごたえがない!」
「そりゃお前からしたら、その辺の魔物なんてみんなそうだろ」
「そうじゃない!斬っても倒した実感がないんだ!」


 よく観察してみる。ゾンビは手を斬られても気にせず飛び込んでくる。そもそも片腕がないものもいるので、その辺はおかまいなしだ。ベイルは上半身ではなく、下半身、つまり足を狙って攻撃していた。さすがに足を失うとバランスを崩し、ゾンビはその場で動けなくなる。一度動けなくしてから、とどめを刺すべく首を刈り取っていたが、ここで出たのがさっきの言葉である。


「定説によると、頭を吹き飛ばせばいいはずだ」
「そうなの?あ、ほんとだ」


 俺の知ってるゾンビ知識を伝えると、すぐに何のためらいもなく頭部を吹き飛ばす。なんで斬るための武器で吹き飛ばすという結果が付いてくるのかは謎だが、もうベイルだし仕方ない。そういうものだと思って諦めよう。


「あと、火に弱いって説も有名だな」
「あのさ、色々知ってるみたいだし、弱点的にもソラが相手すればよかったよね、これ」
「そういやそうだな」


 止める間もなく新しいおもちゃを見つけたようにベイルが飛び込んでいったため、手出しができなくなったような気もするが……。まあいいか。


「これはちょっと、ただの兵士が見ると混乱しちゃうだろうねえ」
「魔法使いに適切な処理方法を伝えておいた方がいいかもな」
「うーん、そうだねえ」


 気になることがあるのか、倒したゾンビを眺めながら考え込むベイル。


「少しこの辺を調べて、この敵に遭遇しやすい場所はうちが担当することにするよ」
「騎士団か。まあ来る勢力の中でも最強だし、妥当か」


 真面目な表情をして考え込んでいたのはこれか。さすがは王国を支える騎士団長だった。ベイルの新たな一面を見られただけでも、この二人旅、無駄じゃなかったな。


「ところでさ」
「ん?」
「やっぱりゾンビも、食べるの?」


 訂正。ベイルはやっぱりベイルだった。



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