帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る
キンズリー家での一夜
ギルディア=ルズベリー第一王子はもう30代らしい。ルナリア様は20代半ば、ロクサスはルナリア様のちょっと下、ロベリア様はおそらく10代後半だろう。
これまでの王子と王女は、すこしお姉さん程度までの年齢差だったが、今度の相手は普通に大人だ。貴族の相手をする中で少しくらいは礼儀作法をならったが、最も国王に近い存在とされる相手な上、こうも年齢差があると俺の礼儀作法がどの程度通用するのかは不安だった。
  
「俺の礼儀作法って、通用すんのかな?」
  
ロベリア様もシャノンさんも忙しかったらしく、久しぶりに実家へ帰るついでということで、今回の旅はミュリがついてくることになっていた。
  
「行くところがうちとギルディア様のところでしょう?気にしなくていいんじゃない?」
  
緊張する俺に対してミュリの回答はかなり適当なものだった。
うち、というのはもちろんキンズリー家のことだ。ギルディア領は王都の西に位置していて、新世界からは、王都をはさんで対角線上に位置している。ついでだし王都の南にあるキンズリー家を経由する形で向かうことになっていて、キンズリー家にも挨拶しなければいけなくなった。ミュリ以外にも使者が挨拶には来ていたが、キンズリー家の当主と会うのは初めてだ。緊張する。
  
「国有数の貴族と、最も国王に近いと言われている王子相手なんだけど……」
「とは言ってもねえ……。まずうちだけど、貴族というより商人だから、お得意様で今後も協力していく予定のソラに礼儀作法がどうだとか言ってこないよ」
「ああ、商人って考えると少し楽か……楽か?」
「私もいるしね。むしろ正式に結婚の話が進むかもしれない方を心配した方が良いんじゃないの?」
「ああ、それは大丈夫だ」
「え!結婚してくれるの?!」
「違うわ。というかそれ、どこまで本気なんだよ」
  
ロベリア様が俺のことを元の世界に帰したがるのと同じくらい、どこまで本気なのかわからなくなっている。いや、どっちも本気だと言い張ってるけど。
  
「まあ、それもうちにくれば伝わると思うよ」
「そうか……」
  
この件に関してはもちろんシャノンさんもロベリア様も心配していたので、送り出される時にこんな話をしている。
  
「ミュリとの結婚は彼女が言ってるだけなのか、キンズリー家としての希望なのかがわからない。今回はそれを見極めてくることね」
「それ、キンズリー家の希望だった場合押し切られないか?相手は大商人だぞ」
「あなたはあくまでも私の傘下にいることを明言してきなさい。婚約するならキンズリー家として正式に私の元へ来るように、と言えば、今回それ以上話を進められることはないわ」
  
こんな話をしてあるので大丈夫だと思うが、ミュリの言葉は若干不安になるものだった。まあなるようになるか。
  
「それからギルディア様だけど、招待状をもらって行くのであれば気にしなくていいよ。むしろこれが異世界の挨拶だ!って言い張れば、出された飲み物頭にかけても怒られないよ」
「それはさすがにウソだろ……」
「ギルディア様は多種多様な民族、亜人を見つけては城に呼びつけてるんだけどね。昔、握手をすることが敵対行動を示すとされている亜人に、何も知らずに手を差し出してね、握手が終わった瞬間に相手の魔術で吹き飛ばされたことがあるんだって。その時も怒らないどころか、相手への理解が足りていなかったといって謝罪したくらいの王子だよ」
「めちゃくちゃ人のいい王子だ!」
「私も治癒魔法が珍しかったみたいで呼ばれたことがあるけど、おいしいご飯食べさせてくれて特に何事もなく帰ってきたよ」
「まあそういうことならちょっと安心か」
  
そんなことを話しているとあっという間にキンズリー領内へ入った。
ここまでにかかった日数はのんびり休みながら来て三日だ。徒歩ではない。
木製の車のようなものに、ロベリア様のあり余った魔力を注ぎ込んでやってきた。シャノンさんの発明品らしいが実用化されてはいない。理由は、技術的にシャノンさんしか作ることができない上、作れたとしても使用するのに膨大な魔力を要するからだ。
キンズリー家から新世界までの街道工事もそれなりに進んでいたため、スムーズに移動ができた。運転が必要なので休みをとりながらだったが、それでも三日ほどでキンズリー領土に入った。
  
「こんなすぐ帰ってこられるなんて……。ほんと、ソラたちって常識とかそういうものの向こうにいるよね……」
「まあ確かに何が常識なのかはいまいちわかっていないけど……。普通ならどのくらいかかる距離なんだ?」
「どのくらい休むかとか、荷物の量とか、馬の質とかによるけど……急いで5日くらいかなあ」
一応帰るという話になってすぐ、手紙を送っていたそうだが、これだとおそらく追い抜いているだろうということだった。
  
「まあいいわ。とりあえず、ようこそ我が家へ」
  
領土に入ってからずっと感じていた活気は、ミュリの実家、つまりキンズリー家に近付くにつれてさらに盛り上がりを見せてきた。
ほとんどすべての家が店を持ち、それぞれが生活に必要なもの、商売に必要なものを全国各地から仕入れてきて、お互いに交換するように商売を行っていた。ルズベリー王国だけでなく周囲の国から旅行客や冒険者も呼び込んでいて、ここにいて揃わないものはこの世界であきらめた方がいいと判断できるほどの規模だ。
  
「ようこそ、王国一の商店街は楽しんでいただけましたか?」
  
スーツのようなものに身を包み、ヒゲや髪も嫌味がなく清潔感だけを感じさせるように整えた一人の男が出迎えた。
一目でわかる。この男こそが、王都を囲む四家の一角を担うキンズリー家の現当主、ウィリム = キンズリーだ。
  
「お初にお目にかかります、ウィリム=キンズリー様。ロベリア様の第一騎士、魔法伯、ソラ = サクライです」
「堅苦しい挨拶はよしましょう。我々はもう十分に理解しあい、共に歩んで来たと考えています。違いますかな?」
「いえ、キンズリー家にはミュリさんを通してお世話になっています」
「ふむ。うちの不肖の娘が役立てたなら何より。とはいえ名乗られればこちらも名乗らねばなりませんな。キンズリー家当主、ウィリム = キンズリーと申します。爵位は公爵になりますが、見ての通り一介の商人に過ぎません。今後ともよしなに」
  
一目で大貴族であるとわかるオーラを纏っておいて一介の商人とはよく言ったものだ……。公爵といえば時代によっては国王に匹敵する人物もいたはずだ。
  
「久しぶり、父さん」
「まったく、せめて手紙の一つでも寄越してから来んか」
「ごめんごめん。何日か後に届くと思うよ」
「相変わらずよくわからんやつだ……。年頃の娘というのは難しいものだな」
  
親娘が久しぶりの会話を楽しんでいる間に、持って来たお土産である魔物料理を取り出す。火の魔法で温めるか迷ったが、流石に大貴族に立ち食いさせるわけにもいかないのでそのまま渡すことにした。そのくらいのことはここにいる魔法使いがやるだろう。
  
「つまらないものですが……」
「おお、話には聞いていたが本当に魔物を食べていたのですね」
「結構美味しくてびっくりすると思うよ」
  
最初は微妙な顔をしていたミュリも、慣れてきたらしい。前回の遠征でいろんな料理を試した結果、今までよりも味が洗練されたことも評価を上げる一因になっただろう。
立ち話もなんだということで、すぐ試食という名のを食事会になった。ウィリズさんも気に入ったらしく、すぐに食品を扱う商人を呼び出し、流通経路を確保する方向で動き出していた。こうしてそれぞれの商人たちに仕事を割り振るのが、キンズリー家の仕事になっているようだった。
  
「キンズリー領には米まであるんですね……」
「おや、ご存知でしたか。魔物料理ほどとはいきませんが、うちにある食材の中でも珍しいものを選んだのですが」
  
主食となっていたものはこれまでパンや麺類であった。米に出会えたことは大きい。暇が出来ればキンズリー領内で探そうと思っていたが、向こうから出てきてくれるとは。やっぱり米と日本人には切っても切れない縁があるんだろう。
食事会は和やかに進み、米の流通をしてもらうことや製法も教えてもらう話、魔物の森の近況や今後の都市運営について様々な話をした。
ウィリムさんは基本的に人のいいおじさんという感じだったが、時おり表情を引き締める場面があった。商売に関する話をするときと、この話を出したときである。
  
「さて、ソラ様はお忙しい身の上であるご様子。キンズリー家としての話はミュリや他の使者を通してもできるが、一人の父親として話をさせていただく機会はそうないでしょう。そういった話をさせていただいてよろしいかな?」
  
来た。
  
「あんなものでも大切な一人娘になるのです。最近はソラ様の領地にお邪魔する機会が多い様子、できたらどのような様子かお聞かせいただきたい」
「ああ、それに関してはもう、最近では私よりも都市のことに詳しいくらいですので……」
「そうですか。それを聞いて少しは安心しました」
 
一度言葉を区切り、ウィリムさんはキンズリー領で生産されたワインのような飲み物に口をつけ、続ける。
 
「さて、ミュリからの手紙で何度も聞かされておりますが、この子はソラ様との婚姻を望んでいるようでしてな」
「はい……」
「この子にはキンズリー家を無理に継がせようとは考えておりません。この子が貴方様の華々しい人生を彩るに足るともし考えられた時には、ぜひ嫁にもらってくだされ」
 
ここに来るまでにミュリの父親に何を言われるかと色々シミュレーションしてきた。強く政略結婚として話を進めようとするパターン、逆にお前に娘がやれるかといわれるパターン、婚姻を前提とした様々な駆け引きが行われるパターンなど、本当に色々考えてきたつもりだった。でも、このパターンは考えていなかった。
 
「私は元々一介の商人の息子に過ぎませんでした。親が一代で築き上げたこの地位をただ受け継いで今に至っているような状態です」
「一代で……」
 
キンズリー家に関する情報は大商人であること、くらいしかなかったが、そんなに歴史の浅い家だったのか。
 
「ですから、私としましても娘をこちらの思惑に巻きこむことは躊躇われるのです。貴族としての在り方には反するかもしれませんが、私はただ娘の幸せを願います。とはいえ相手がソラ様となれば、もちろんその恩恵も少しは期待するというものですが」
「いえ、そんな……」
「ですのでこの件に関して、キンズリー家としての関与はないと考えてくださってかまいません。ソラ様も難しい立場でいらっしゃるのは理解しております。もしも話が進むのであれば、その時はキンズリー家の総力を持って盛大に祝いたいと考えております。ぜひお声掛けください」
 
終始圧倒されたまま、ウィリム=キンズリー公爵との食事会は終わった。この話から行くとミュリは本気で?いや独断で家のために?だめだ、すぐに考えられる話じゃない。とりあえず置いておこう。
ウィリムさんの印象は、優れた商人であり、良き領主であり、何より良い父親だった。もしこれを、俺の立場や状況から最も落としやすい策だと考えて実行したとすれば、手に負えない相手だ。その可能性を考える必要はない。そうだった時はもう仕方ないんだ……。そう、思わせてくれるくらいには、ウィリム=キンズリーという人物の懐の深さに触れられた。そんなキンズリー家での一夜だった。
 
「じゃあ、行ってくる」
「戻ってくるまでには魔力は補充しておくから」
「ありがと」
シャノンさんお手製の乗り物はキンズリー家に預けることになった。ここからは徒歩でも行けるところだが、わざわざ馬車を出してもらうことになっている。
「道は大丈夫?お土産も忘れてない?」
「子どもか!ほとんど送ってもらうだけなんだから迷わないだろ!お土産は一緒に入れた!」
ミュリの態度は昨日から特に変化はなかった。とりあえずその様子に甘えて俺は本来の目的地であるギルディア領を目指す。
キンズリー家はあくまで通り道であり、必要な話も昨日で十分出来た。ウィリムさんも忙しく、これ以上時間を取らせるのも申し訳ない。
過剰に心配するミュリの見送りを受け、俺は今回の旅のメインである、ギルディア=ルズベリー第一王子の元へと向かった。
これまでの王子と王女は、すこしお姉さん程度までの年齢差だったが、今度の相手は普通に大人だ。貴族の相手をする中で少しくらいは礼儀作法をならったが、最も国王に近い存在とされる相手な上、こうも年齢差があると俺の礼儀作法がどの程度通用するのかは不安だった。
  
「俺の礼儀作法って、通用すんのかな?」
  
ロベリア様もシャノンさんも忙しかったらしく、久しぶりに実家へ帰るついでということで、今回の旅はミュリがついてくることになっていた。
  
「行くところがうちとギルディア様のところでしょう?気にしなくていいんじゃない?」
  
緊張する俺に対してミュリの回答はかなり適当なものだった。
うち、というのはもちろんキンズリー家のことだ。ギルディア領は王都の西に位置していて、新世界からは、王都をはさんで対角線上に位置している。ついでだし王都の南にあるキンズリー家を経由する形で向かうことになっていて、キンズリー家にも挨拶しなければいけなくなった。ミュリ以外にも使者が挨拶には来ていたが、キンズリー家の当主と会うのは初めてだ。緊張する。
  
「国有数の貴族と、最も国王に近いと言われている王子相手なんだけど……」
「とは言ってもねえ……。まずうちだけど、貴族というより商人だから、お得意様で今後も協力していく予定のソラに礼儀作法がどうだとか言ってこないよ」
「ああ、商人って考えると少し楽か……楽か?」
「私もいるしね。むしろ正式に結婚の話が進むかもしれない方を心配した方が良いんじゃないの?」
「ああ、それは大丈夫だ」
「え!結婚してくれるの?!」
「違うわ。というかそれ、どこまで本気なんだよ」
  
ロベリア様が俺のことを元の世界に帰したがるのと同じくらい、どこまで本気なのかわからなくなっている。いや、どっちも本気だと言い張ってるけど。
  
「まあ、それもうちにくれば伝わると思うよ」
「そうか……」
  
この件に関してはもちろんシャノンさんもロベリア様も心配していたので、送り出される時にこんな話をしている。
  
「ミュリとの結婚は彼女が言ってるだけなのか、キンズリー家としての希望なのかがわからない。今回はそれを見極めてくることね」
「それ、キンズリー家の希望だった場合押し切られないか?相手は大商人だぞ」
「あなたはあくまでも私の傘下にいることを明言してきなさい。婚約するならキンズリー家として正式に私の元へ来るように、と言えば、今回それ以上話を進められることはないわ」
  
こんな話をしてあるので大丈夫だと思うが、ミュリの言葉は若干不安になるものだった。まあなるようになるか。
  
「それからギルディア様だけど、招待状をもらって行くのであれば気にしなくていいよ。むしろこれが異世界の挨拶だ!って言い張れば、出された飲み物頭にかけても怒られないよ」
「それはさすがにウソだろ……」
「ギルディア様は多種多様な民族、亜人を見つけては城に呼びつけてるんだけどね。昔、握手をすることが敵対行動を示すとされている亜人に、何も知らずに手を差し出してね、握手が終わった瞬間に相手の魔術で吹き飛ばされたことがあるんだって。その時も怒らないどころか、相手への理解が足りていなかったといって謝罪したくらいの王子だよ」
「めちゃくちゃ人のいい王子だ!」
「私も治癒魔法が珍しかったみたいで呼ばれたことがあるけど、おいしいご飯食べさせてくれて特に何事もなく帰ってきたよ」
「まあそういうことならちょっと安心か」
  
そんなことを話しているとあっという間にキンズリー領内へ入った。
ここまでにかかった日数はのんびり休みながら来て三日だ。徒歩ではない。
木製の車のようなものに、ロベリア様のあり余った魔力を注ぎ込んでやってきた。シャノンさんの発明品らしいが実用化されてはいない。理由は、技術的にシャノンさんしか作ることができない上、作れたとしても使用するのに膨大な魔力を要するからだ。
キンズリー家から新世界までの街道工事もそれなりに進んでいたため、スムーズに移動ができた。運転が必要なので休みをとりながらだったが、それでも三日ほどでキンズリー領土に入った。
  
「こんなすぐ帰ってこられるなんて……。ほんと、ソラたちって常識とかそういうものの向こうにいるよね……」
「まあ確かに何が常識なのかはいまいちわかっていないけど……。普通ならどのくらいかかる距離なんだ?」
「どのくらい休むかとか、荷物の量とか、馬の質とかによるけど……急いで5日くらいかなあ」
一応帰るという話になってすぐ、手紙を送っていたそうだが、これだとおそらく追い抜いているだろうということだった。
  
「まあいいわ。とりあえず、ようこそ我が家へ」
  
領土に入ってからずっと感じていた活気は、ミュリの実家、つまりキンズリー家に近付くにつれてさらに盛り上がりを見せてきた。
ほとんどすべての家が店を持ち、それぞれが生活に必要なもの、商売に必要なものを全国各地から仕入れてきて、お互いに交換するように商売を行っていた。ルズベリー王国だけでなく周囲の国から旅行客や冒険者も呼び込んでいて、ここにいて揃わないものはこの世界であきらめた方がいいと判断できるほどの規模だ。
  
「ようこそ、王国一の商店街は楽しんでいただけましたか?」
  
スーツのようなものに身を包み、ヒゲや髪も嫌味がなく清潔感だけを感じさせるように整えた一人の男が出迎えた。
一目でわかる。この男こそが、王都を囲む四家の一角を担うキンズリー家の現当主、ウィリム = キンズリーだ。
  
「お初にお目にかかります、ウィリム=キンズリー様。ロベリア様の第一騎士、魔法伯、ソラ = サクライです」
「堅苦しい挨拶はよしましょう。我々はもう十分に理解しあい、共に歩んで来たと考えています。違いますかな?」
「いえ、キンズリー家にはミュリさんを通してお世話になっています」
「ふむ。うちの不肖の娘が役立てたなら何より。とはいえ名乗られればこちらも名乗らねばなりませんな。キンズリー家当主、ウィリム = キンズリーと申します。爵位は公爵になりますが、見ての通り一介の商人に過ぎません。今後ともよしなに」
  
一目で大貴族であるとわかるオーラを纏っておいて一介の商人とはよく言ったものだ……。公爵といえば時代によっては国王に匹敵する人物もいたはずだ。
  
「久しぶり、父さん」
「まったく、せめて手紙の一つでも寄越してから来んか」
「ごめんごめん。何日か後に届くと思うよ」
「相変わらずよくわからんやつだ……。年頃の娘というのは難しいものだな」
  
親娘が久しぶりの会話を楽しんでいる間に、持って来たお土産である魔物料理を取り出す。火の魔法で温めるか迷ったが、流石に大貴族に立ち食いさせるわけにもいかないのでそのまま渡すことにした。そのくらいのことはここにいる魔法使いがやるだろう。
  
「つまらないものですが……」
「おお、話には聞いていたが本当に魔物を食べていたのですね」
「結構美味しくてびっくりすると思うよ」
  
最初は微妙な顔をしていたミュリも、慣れてきたらしい。前回の遠征でいろんな料理を試した結果、今までよりも味が洗練されたことも評価を上げる一因になっただろう。
立ち話もなんだということで、すぐ試食という名のを食事会になった。ウィリズさんも気に入ったらしく、すぐに食品を扱う商人を呼び出し、流通経路を確保する方向で動き出していた。こうしてそれぞれの商人たちに仕事を割り振るのが、キンズリー家の仕事になっているようだった。
  
「キンズリー領には米まであるんですね……」
「おや、ご存知でしたか。魔物料理ほどとはいきませんが、うちにある食材の中でも珍しいものを選んだのですが」
  
主食となっていたものはこれまでパンや麺類であった。米に出会えたことは大きい。暇が出来ればキンズリー領内で探そうと思っていたが、向こうから出てきてくれるとは。やっぱり米と日本人には切っても切れない縁があるんだろう。
食事会は和やかに進み、米の流通をしてもらうことや製法も教えてもらう話、魔物の森の近況や今後の都市運営について様々な話をした。
ウィリムさんは基本的に人のいいおじさんという感じだったが、時おり表情を引き締める場面があった。商売に関する話をするときと、この話を出したときである。
  
「さて、ソラ様はお忙しい身の上であるご様子。キンズリー家としての話はミュリや他の使者を通してもできるが、一人の父親として話をさせていただく機会はそうないでしょう。そういった話をさせていただいてよろしいかな?」
  
来た。
  
「あんなものでも大切な一人娘になるのです。最近はソラ様の領地にお邪魔する機会が多い様子、できたらどのような様子かお聞かせいただきたい」
「ああ、それに関してはもう、最近では私よりも都市のことに詳しいくらいですので……」
「そうですか。それを聞いて少しは安心しました」
 
一度言葉を区切り、ウィリムさんはキンズリー領で生産されたワインのような飲み物に口をつけ、続ける。
 
「さて、ミュリからの手紙で何度も聞かされておりますが、この子はソラ様との婚姻を望んでいるようでしてな」
「はい……」
「この子にはキンズリー家を無理に継がせようとは考えておりません。この子が貴方様の華々しい人生を彩るに足るともし考えられた時には、ぜひ嫁にもらってくだされ」
 
ここに来るまでにミュリの父親に何を言われるかと色々シミュレーションしてきた。強く政略結婚として話を進めようとするパターン、逆にお前に娘がやれるかといわれるパターン、婚姻を前提とした様々な駆け引きが行われるパターンなど、本当に色々考えてきたつもりだった。でも、このパターンは考えていなかった。
 
「私は元々一介の商人の息子に過ぎませんでした。親が一代で築き上げたこの地位をただ受け継いで今に至っているような状態です」
「一代で……」
 
キンズリー家に関する情報は大商人であること、くらいしかなかったが、そんなに歴史の浅い家だったのか。
 
「ですから、私としましても娘をこちらの思惑に巻きこむことは躊躇われるのです。貴族としての在り方には反するかもしれませんが、私はただ娘の幸せを願います。とはいえ相手がソラ様となれば、もちろんその恩恵も少しは期待するというものですが」
「いえ、そんな……」
「ですのでこの件に関して、キンズリー家としての関与はないと考えてくださってかまいません。ソラ様も難しい立場でいらっしゃるのは理解しております。もしも話が進むのであれば、その時はキンズリー家の総力を持って盛大に祝いたいと考えております。ぜひお声掛けください」
 
終始圧倒されたまま、ウィリム=キンズリー公爵との食事会は終わった。この話から行くとミュリは本気で?いや独断で家のために?だめだ、すぐに考えられる話じゃない。とりあえず置いておこう。
ウィリムさんの印象は、優れた商人であり、良き領主であり、何より良い父親だった。もしこれを、俺の立場や状況から最も落としやすい策だと考えて実行したとすれば、手に負えない相手だ。その可能性を考える必要はない。そうだった時はもう仕方ないんだ……。そう、思わせてくれるくらいには、ウィリム=キンズリーという人物の懐の深さに触れられた。そんなキンズリー家での一夜だった。
 
「じゃあ、行ってくる」
「戻ってくるまでには魔力は補充しておくから」
「ありがと」
シャノンさんお手製の乗り物はキンズリー家に預けることになった。ここからは徒歩でも行けるところだが、わざわざ馬車を出してもらうことになっている。
「道は大丈夫?お土産も忘れてない?」
「子どもか!ほとんど送ってもらうだけなんだから迷わないだろ!お土産は一緒に入れた!」
ミュリの態度は昨日から特に変化はなかった。とりあえずその様子に甘えて俺は本来の目的地であるギルディア領を目指す。
キンズリー家はあくまで通り道であり、必要な話も昨日で十分出来た。ウィリムさんも忙しく、これ以上時間を取らせるのも申し訳ない。
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