世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

再び空へ

「こっちがやってる間にえらいことになってるな……」
「あなたが……はぁはぁ……それを言いますか……」


 満身創痍のシズクが律儀に突っ込みを入れてくれた理由は、俺たちの撃ち合っていた部分だけコロシアムの地面がえぐれ取られているからだ。
 だが、目の前の光景はそれよりひどい。


「甘い。光魔法の発動に時間がかかりすぎ。複数相手に役に立たない」
「くっ!これでも!ダンジョンではたくさん同時に相手してきたんですよ!?」
「弱い相手としか出会っていなかっただけ」
「それは!そうかも!しれませんけどっ!!!」


 50を超えるゾンビと、そのゾンビごとぐちゃぐちゃに刈り取りながら襲い掛かる10ほどの鎌に囲まれながら、フローラ姫が細剣と魔法で応戦を続けている。
 フローラ姫の動きにほぼ無駄はなく、かなり洗練されているのだが、相手が相手なせいで凄惨極まりない事態になっていた。


「うげぇ……」
「姫様はなんであんな中で戦えるんだ……」


 それはたぶん、あれよりひどいモンスターの束にぶつけまくった成果だろう。
 あ、殺気が前後から飛んできた。シズクはともかくフローラ姫も余裕があるな……。


「姫様はそこで、遊んでるといい」
「なっ!?抜け駆けですか?!」
「いつまでも遊んでるのが、悪い」


 両手を上げて鎌をコントロールしていたマリーがゆっくりこちらに歩いてくる。
 鎌がなくなった分フローラ姫は動きやすくなるが、鎌で吹き飛ばされていたゾンビたちも動きやすくなったため以前フローラ姫は身動きが取れずにいる。


「いいのか?あれ」
「ん。それより、はやく」
「マリーの相手はあんまりしたくないんだけどなぁ……」


 周囲の参加生徒はほとんど戦意がなくなっていたが、マリーの動きを見て何人か立ち上がった。


「おい、やるぞ」
「さすがにクリア組相手じゃあいつも……」
「でも黒姫、ゾンビ出したまんまだよな……?」
「そもそもフローラ様と戦い始めたのも、不自然っちゃ不自然だけど……」
「どうする?」
「この機を逃したらなんのために来たかわからないだろ!」


 ぞろぞろと周囲を取り囲むギャラリーのように集まってきた。


「提案だけど先に周りの邪魔者をどうにかするってのは?」
「戦うためにいちいち、小石の処理はしない」
「辛辣だな……」


 聞こえてた周りの生徒、青筋出てるぞ……。


「いく」
「しょうがない……か」


 マリーの持つ杖から高出力の魔力が漏れ出しコロシアムにいる者たちに襲いかかる。


「ぐっ……?!」
「なんだ……これ……」


 ゆっくりと、マリーが歩みを進める。ここからがマリーの本領発揮。


「おいおい……」
「なんの冗談だあれ……」
「入るのか?あん中に……」
「俺は無理だ」


 一歩進むたび、後続に異形の軍団が現れる。大地からゾンビやスケルトンが湧き出る。空からゴーストや鎌が飛来する。その他、形にならない有象無象を引き連れながら、一歩、また一歩、歩みを進めてきた。


「さて……あぁそっちが先だったか」


 マリーを視界の端に抑えながら、別のゾンビ集団に目を向ける。
 周囲を竜巻のように巻き込む魔力の収束が起こり、次の瞬間、激しい光とともにゾンビたちが吹き飛ばされた。


「やっと解放されました!」


 地獄をそのまま切り取ったかと見紛う凄惨な景色の中で1人、フローラ姫だけはいつも通り爽やかに輝いて見える。流石に返り血なしというわけにはいかないが、それをひっくるめて絵になる人だった。


「しまった?!」


 フローラ姫に見惚れた一瞬の隙をついてマリーが無数の鎌とともに飛来してくる。
 マリーは近接タイプではないが、魔法も近づけばそれだけ威力を増す。
 襲いくる無数の鎌を弾きながら衝撃に備える。


「爆ぜて」
「くっ?!」


 いつも通りの静かな声音で、コロシアムそのものを破壊するかと思うほどの爆発を巻き起こす。それも、一点集中で俺だけに向けて。


「殺す気か!?」
「あのくらいなら、エルは死なない」


 なんとか凌ぐとそこには、いつもの両手を上げた戦闘スタイルで佇むマリーがいる。終わってくれるつもりはないらしい。


「ゾンビ程度ならな、こっちもやりようがある!」
「ふふ……見せてみて?」


 自分でも久しぶりにテンションが上がるのがわかる。マリーに乗せられてるがもう、乗れるだけ乗っておこう。


「私も、これだけとは言ってない」
「これは……」


 地響き。


「えっ!?まだ何かあるの……」
「なんでさっきの爆発で生きてるんだ……」
「フローラ様もすごかったけどなんか……」
「で、これはなんなの?!」


 悲鳴にも似た生徒たちの言葉を無視して、マリーが手を振り上げた。


「おいおい……」


 コロシアムのおよそ半分を覆い尽くすかという巨体が突如空中に現れる。


「ドラゴン……」
「嘘……なんでこんなところに……」


 その巨体の半分は朽ちている。正確には


「ドラゴンゾンビ……」
「あはは……ここまでやっちゃうのかぁ……私、あれに挑む勇気はまだないなぁ……」


 いつのまにかシズクのそばに来てたフローラ姫が言う。
 竜くらいなら近いうちに倒してもらうんだが今日言うのはやめておこう。


 《死の行軍》


 魔素の少ない地上のおかげで本来の規模ではないが、逆に言えば今マリーが出来る最大限をぶつけてきたことになる。


「いく」
「準備に時間をかけすぎだ」
「え……」


 俺も黙って死の行軍を眺めていたわけではない。
 マリーに、いやマリーの背後に控える無数の不死の魔物たちに手をかざす。


「墜ちろ」


 ぐしゃっと不快な音を立てながら、マリーの軍団は地に押し付けられてそのまま潰れていく。
 ドラゴンゾンビは中でも大きな音を立てながら地上部隊をことごとく潰した。
 余波で周りの生徒を吹き飛ばしたが、吹き飛んでくれていれば潰れたわけではないからいいだろう。


「何があったの……?」
「もう意味がわからない……これ、なんだっけ……」
「昇級試験って言うから来たはずなのに……何を見せられてるんだ、俺たちは……」


 余波に巻き込まれず無事だった生徒たちの声が聞こえる。


「流石、エル」


 嬉しそうにマリーが笑う。


「じゃあそろそろ、このあたりで引いてくれないか?」
「まだ、終わらない」
「だよなぁ……」


 マリーが無数の鎌をまとい、飛ぶようにこちらへ向かってくる。
 メインの大物があらかた片付いたが、本人にダメージはない。むしろ身軽になった分、軽快な動きで飛びかかってくる。


「これなら私も!」
「限界かと思いましたが……意外と身体は動きますね!」
「ここに来て3人がかりかっ!」


 流石に余裕はない。というか、物理的に3方向からの攻撃に備える余裕はない。


 マリーはゾンビ集団と鎌に集中して動きを軽くすることに集中している。杖の魔法石にもエネルギーが充填されているところを見ると、ドラゴンゾンビのブレスクラスの魔法は覚悟しておいたほうがいい。


 フローラ姫はこの3ヶ月で覚えた短縮された光魔法の3次元魔法陣を展開している。ここにたどり着くと同時に光魔法を爆発させることができるだろう。


 シズクは2人とことなり、その場で腰を低くしているだけだ。一見襲いかかる様子がないように見えて、誰より研ぎ澄まされた殺気を込めてまだ鞘に入った刀に手を当てる。居合の姿勢だ。


「これ……まさかな……」


 3人の攻撃はそのどれをとってもまともに喰らえばただでは済まない。
 加減をするつもりもない様子で飛び込んできている。


「ここで、やれってことか……」


 3人の顔を見る。それぞれ必殺の技を準備しながら、その表情は優しさすら浮かんでいる。


 ――ドクン


 鼓動が聞こえる。周囲に何もなくなったような感覚。
 3人の攻撃が、エネルギーに変換されて一斉に押し寄せているのが肌でわかる。
 どの方向からのエネルギーも、ひと1人仕留めるには十分なもの。失敗すればただでは済まない。というのに、手を抜いてくれるつもりはない。


「私たちにあれだけやらせてたのですから……」
「私は、信じてるから」
「エルなら、できる」


 3人の声が聞こえた気がする。
 次の瞬間には、


「まさか……あれって……」


 2年ぶりに、空を、飛んでいた。


「やった!」
「これが……空の覇者……」


 3人の作り出した強烈なエネルギーは、俺のいた場所を中心にぶつかりあった。
 だが中央では、それ以上のエネルギーが発生した。
 空を飛ぶために必要な魔力は、通常でもAランクの魔法使い1人の魔力総量に並ぶ。空白の期間の鬱憤を晴らすかのように溢れた魔力は、3人の魔法をすべて無効化してなお、有り余る力を発揮した。


「おかえり、エル」


 優しく微笑むマリーは、2年前から変わらない表情を浮かべ続けてくれていた。



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