世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

強化合宿

 最悪のダンジョンである魔王の塔、これに挑むのは決定事項だが、その前にやることがある。
 フローラ姫に根回しを頼んだにしても、それには時間がかかるだろうし、なにより


「まず、2人を強くしないと無理」
「連れて行くのか?」


 マリーの言い方だとその前提に感じるが、正直今の2人だと厳しいと思う。


「2人は強くなる、はず」
「マリーの勘は馬鹿にできないからまぁ、いいけど……」
「よろしくおねがいしますっ!」


 フローラ姫は元気に声を上げ、シズクも頭を下げている。


「魔王の塔は本来、1人で行くものじゃない」


 マリーが言っているのはダンジョンの適正人数に関する話だ。
 各ダンジョンには攻略の適正人数が存在する。これはボス攻略に参加できる人数を表している。


「人数制限のないダンジョンに1人で挑むのは、エルくらい」
「あいつらも人数は気にしてなかっただろ?」
「あれは、別」


 あれ呼ばわりされているのは他のクリア組。俺もそうだが、挑んだダンジョンはソロ限定というわけではなかった。


「待ってください!ダンジョンに人数制限があるんですか?!」
「あれ?これ公開してなかったのか……?」


 食いついてきたフローラ姫がたまたま知らなかったのかと思いシズクに視線を向けるが、黙って首を振った。


「Sランク攻略者以外、知る必要があまりない」
「まあそれもそうか」


 ダンジョンは基本、何人で入ろうが自由だ。だが、最奥のボスの間にだけは人数制限がある。当然ソロ向けの方が難易度が低いし、中には複数人でなければそもそもクリア出来ないものもある。


「Sランク攻略者がパーティーを組まないのはそんな理由が?言葉を選ばずにいうなら、協調性がないだけかと……」
「いや、その理由は半分以上合ってるぞ」


 シズクの意見はごもっともで、ある意味上位攻略者たちの共通点である。
 かくいう俺もエルとして活動していた時、誰かと組むつもりはまるでなかった。


「物理的に周りに合わせられないことも、ある」
「なるほど……」
「マリーがいうと説得力があるな……」


 ダンジョンボスが相手になると仲間に配慮して加減ができないから、パーティー向けのダンジョンでもソロで挑むのが普通になっているわけだ。


「だからあの当時無敵と言われたエルでも、全てのダンジョンの攻略は難しかったんですね」
「極端なやつだとボスを倒したあと100人の魂を捧げることでクリアになるダンジョンとかもあるからなぁ」
「そんな凶悪なダンジョンが?!」


 フローラ姫が驚いているが王家ならよく知るダンジョンだ。俺の代わりにマリーが答える。


「ダンジョン名は、古竜の巣」
「え?!」


 古竜の巣は入って即ボス部屋という異例のダンジョンであり、入った瞬間無数の竜が襲いかかってくる。
 とはいえ入り口付近で出てくる竜はBランク相当が複数名いれば対応できる相手なので、騎士団の訓練にちょうどいいダンジョンだ。


「そんな情報、どこで……?」
「黄泉の国の奥地に遺されてる。他のダンジョンに行かないと情報が集まらないことも多いんだよ」
「そうだったんですね……」
「あとは解析が必要だったり、進むために他のダンジョンから何か取ってこないといけなかったり、力技でいけるダンジョンの方が少ないんだ」
「なるほど……それで上位の攻略者は微妙な距離感で動いている、と」
「そう。パーティーとかギルドのような関係値までは作らなくても、情報交換は必須だからな」


 そうでもなければ上位の攻略者達のあの協調性のなさでは、最悪の場合会話も成立しない可能性すらある。


「じゃあ……リカエルくんは初めてパーティーを組んでの攻略になるんですね? 」
「そうか……。そうなるのか」


 改めて言われると新鮮な気持ちになるな。


「マリーさんとリカエルくんはなぜパーティーを組んでいなかったんですか? 2人なら組むメリットもあったのでは? 」
「ん。エルはもう2つクリアしてたし、黄泉の国はソロ用だったから」
「なるほど…… 」
「それに、ダンジョンをクリアした時にはもう、エルはいなかった」


 たしかにそんなタイミングだったな……。


「じゃあしっかり戦力にならないと…… 」
「それは大丈夫。エルが育てる」
「本気か?」
「私にできた。2人ならできる」
「そうか…… まあ、いいか…… 」


 2人もやる気に満ちた目をしているし、それならまあやるだけやるか。


「楽しみですね! シズク!」
「はい。私も生きる伝説に直接教われるのは嬉しいです」
「ふふ…… 楽しいとか嬉しいとか、今のうち……」


 マリーの目的がなんとなく透けて見えたな。道連れが欲しかったわけだ……。


 ◇


「死ぬ……はぁ……死にます……」
「うっ……」
「大丈夫。人はそう簡単に死なない!自信もって次に行こう」
「次って……」
「時間がない。いく」


 マリーに教えた時と違って基礎の理論はほとんどいらなかった。となるとあとは実地で鍛えるだけだ。


「何なんですか!?このダンジョン?!」


 フローラ姫が叫びながら剣を振り回し、襲いくる植物を斬り伏せていく。すでに入学試験で見せたような見栄えを気にした剣技などない。ただ生きるために最善最短を選んで迫りくる植物のツルを叩き斬る。
 同時に火魔法を放ってとどめを刺すのも忘れずにできるようになってきた。


「くっ……はぁ……終わりが……」


 シズクも息を切らせながら刀を振るう。シズクの場合は片刃なので最低限の動きでもある種、芸術のように映える部分はあるが、今のふらふらした足取りだと見る影もなかった。
 ただそれでも、斬り付けと同時に氷魔法を付与して相手の再生能力を殺すことは忘れずにできるようになっていた。


「ん。エル、そろそろ」
「甘くないか?」
「じゃあもう少し」
「もう無理ですぅ!」
「叫ぶ元気があるならまだいけるだろ」
「鬼ぃいいいいいい!」


 叫びながらも武器を振り回す2人を見て、あとどのくらいいけるか考えていた。


 ◇


「2人を鍛えるに当たって、ダンジョンに向かう」


 そう言った時のフローラ姫とシズクの目は、キラキラ輝いていた。
 しっかり装備も準備し、帝国領に近い森に位置するダンジョン『病魔の森』の攻略へ向かった。


「目的はクリアじゃなくトレーニングだ。まだ始まってないから適当にやりながらついてきてくれればいい」
「ついていくだけ……?本当にいいんですか?」
「この後が本番だから適当にウォーミングアップだけしてくれればいい」
「わかりました」


 顔に疑問符を浮かべながらも、言われた通り程々に出てくる魔物の相手をしながら2人は付いてきた。
 ここで気持ちのはやる人間だと魔物に大立ち回りを見せるが、そのあたりはさすが、2人はよくわきまえている。


「さて、ここだ」
「え?ここって……」
「見え見えのトラップですよね? まさか裏をかいてここが進路ということでしょうか……?」
「いや、そういうダンジョンもあるけど、ここはただのトラップだ」


 見え見えとはいえ今のクラスメイトに見抜ける人間は半数もいないだろうトラップ。ダンジョン中層レベルなら2人でも危なげなく攻略する力がすでにあるな。


「では一体……」
「ちょっと心苦しいけど、こうする」
「えっ!?えええぇえぇぇぇぇえええ?!」


 わざと発動させたトラップ部屋へ2人を突き飛ばし、すぐにマリーと後を追った。


「まさか……」
「すぐに戦い始められるのは流石だな」
「ちょっとリカエルくん?!」
「わかったと思うけど、ここはモンスターが無数に沸くタイプのトラップ部屋。脱出のセオリーはわかってるよな?」
「もちろん。ダンジョンに沸く全てのモンスターを倒すか、部屋にあるスイッチを押すか、素直に引き返すか。普通は引き返します」
「正解。ただ今回はそれは無しだ」


 入ってきた入り口には俺が立っている。ちなみにトラップ部屋はいやらしい事に出入り口が最も攻撃密度が高くなるためすでに無数の攻撃が降り注いでいるが、ほとんどがマリーの鎌に切り刻まれていた。


「なるほど。では、スイッチを……?」
「それもいいけど、そんな余裕あるか?」


 スイッチの場所はわかりにくい。部屋中のモンスターを一斉に排除できるなら探せるかもしれないが、今の2人では無理だ。


「じゃあ……」
「ちなみにスイッチはミスるとモンスターの湧いた数がリセットされる、慎重にな」
「そんな?!」


 強くなるために理屈は要らない。死ぬ気になれば身体が覚えるからな。


 ◇


「3セットもやると見違えるな」


 わざとスイッチを間違える事で何度も沸かせた植物モンスターたちの猛攻を3度も退けた。2人の力はかなりの部分で開花したように見える。


「鬼です……」
「悪魔です……」


 2人が力を得たのはいいが、俺は何かを失ったかもしれない。


「ん。エルは鬼。朝から晩まで私をいじめた」
「その言い方は語弊がある」


 フローラ姫もそこで顔を赤くしないでほしい。


「今日はまだ朝、まだまだいける」
「まあそれはそうだな」


 2人が声も出せず目を見開いている。
 俺も本当に鬼じゃないんだからそんな目で見ないでほしい。


「ちゃんと休憩くらい入れるさ」
「よかった……」
「トラップ部屋に沸く奴らでも食えるのはいるからな。確かこのスイッチだったと思う」
「え、リカエルくん?ちょっと待っ」
「あった」
「鬼いいぃぃいいいいぃいいい!」


 2人はまた叫びながら、食える魔物達に斬りかかっていった。


「あ、休憩だからちゃんと教えとく。フルーツボムは顔を見れば爆発するやつとか噛み付いてくるやつとか見分けられる。ちなみに一番うまいのは噛み付いてくるタイプで、目を見開いてるやつだな」
「本当にお2人にとっては休憩ということですか……」


 マリーは迫り来る顔つきのフルーツをそのままの勢いでサイコロ状にカットして一つずつ小さな口に入れていく。
 俺はもうあんまり気にせず爆発しなさそうなものだけ掴んでそのままかじっている。
 見た目は悪いが味はかなり良い。


「早くしないと、食べる前に爆発される」
「攻略者をやるなら食えるように倒すのも必要だから、慣れるまで頑張れ」


 最初こそ苦戦して何度も爆発で吹き飛ばされていた2人だが、徐々に慣れてきてついに口に含むことができるようになってきた。


「うぇえ……本当に食べるんですか……?」
「これは……近くで見るとまた、きついですね……」


 フローラ姫は半泣きになりながら、シズクもかなり顔を引きつらせながらも、最後には2人とも気に入った様子で食べられるようになっていた。



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