世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

トラップ

「うわぁああああああああ」
「きゃぁああああああああ」
「うるさい!生死に関わらんモンスターにいちいち反応するな!」


 2層の攻略進度が3割ほどに達した頃には、半数がぎゃあぎゃあとパニックになっていた。


「確かに初めて見るときついか」
「ん。でももう、慣れた」


 ダンジョン低層に必ずと言っていいほど存在するモンスター、スライム。実際にはでかいナメクジと言っていい濁った色味のべたべたと地を這う気持ち悪い生き物なので、強さどうこうは置いておいて生理的に受け付けない要素が強い。
 2層、3層に出現するモンスターは基本的にスライムを始めとした虫に近いものや虫そのものだ。人型や定形のまともなモンスターは5層程度まで行かないとみることはない。


「フレイム」
「ん」


 うちはシズクとマリーが淡々と処理している。フローラ姫も意外と大丈夫そうではある。
 今回は単純にフローラ姫は物理か光魔法という性質上、前者は効率が悪く、後者もオーバーキルが過ぎるという逆の意味で効率が悪いため温存している状況だった。


「にしても、この状態で3層に行ったらいらんトラップを踏みまくるだろうな」
「そうですね……巻き込まれないといいですが」


 心配していたが進んでいくうちに慣れたのか意気消沈したのか、生徒たちは落ち着きを取り戻してきていた。このあたりは流石にアカデミー入学者の中でも上位陣にいるだけはある。


「止まれ!」


 もう8割ほどはすすんだだろう地点で講師が足を止めた。


「ここで止まった意味はわかるか?」
「はい。隠し部屋ですね?」
「よろしい。特徴を述べよ」
「この部分だけが壁の汚れ、傷の方向性が周りと異なっています。これは移動される機会が多い壁の特徴です」
「そうだ。この場合は正解だが、補足を加えておこう。それで見つけられるのはすでに発見されたものだけだ。ここでこの扉、その先の空間の魔力の波長を始めとした特徴を覚えておけ。これを繰り返して感覚を磨くことで、熟練の攻略者は未知の隠し部屋を発見できる」


 俺やマリーはダンジョンに入ったときから常に自分の周囲や壁に這わせるように微弱な魔力を発信し、反応を測っている。魔力を使えば一発でダンジョンの地図を得る力技もあるが、今回は必要ないので使ってない。ただ感覚でなんとなく分かる部分もある。


「よし、順に隠し部屋に入れ!」


 引率の講師に従って俺たちも開かれた隠し部屋に踏み込むと、なぜか後ろから歓声が上がった。


「確か……あった!これだこれ」
「すげえ!お前!本物じゃねえか!」


 退屈そうにしていたAクラス3人組パーティーが何かを見つけたらしい。


「お前ら、勝手な真似は」


 後ろで控えていた講師が声をかけたが遅かった。


「はは!やっぱり!この地図は正解だ!隠しトラップだ!僕が見つけたんだ!」
「馬鹿!それに触るな!」
「うるさい!平民の出で僕らに命令するな!」


 講師の制止を聞かずにトラップに触れる。トラップの種類はここからではわからないが、俺たちのいる隠し扉の方が光を放ち始める。


「フローラ姫」
「えっ」


 ぼけっとしていたフローラ姫の手を引き、身を固める。マリーとシズクはすでに警戒態勢に入っている。


「転移系か」
「ん。だいたいろくなところに行かない」
「というわけで、気を引きしめろ」


 少なくともパーティーメンバーだけははぐれないよう手を取り合う。
 程なくして光がその場にいた全員を包み込んだ。


「これなら手を繋いどく必要もなかったか」
「リカエルくん……ここは?」


 光が収まるとやはりこのダンジョンに踏み込んだ全員が転移に巻き込まれていた。


 すでに事の発端になったAクラスの3バカにむけて詰め寄る同級生がいたが、3人の目は虚で焦点が合わない。


「なんで俺たちまで……話が違う……」
「そうだ……俺たちはフローラ姫をあんな平民から守るために……」


 怒鳴られてもつかみかかられても抵抗を見せずぶつぶつ呟き続ける様子を見て気味が悪くなったのか、3人を囲んでいた人間も離れ始めていた。


「とりあえず手を離そうか」
「そうだな。フローラ様の手はお前ごときが穢して良いものではない」


 長身のガタイの良い男が声をかけてくる。実に貴族らしい貴族だ。この場合はもちろん、悪い意味で。


「フローラ様、お怪我は」
「リカエルくんが守ってくださっていますから」


 手を取ろうとした男をかわして挑発するように俺の腕に抱きついてきた。勘弁してほしい。


「フローラ様、ここから先は何があるかわかりません。今回はたまたま危険がなかっただけですが、周囲の魔素は非常に濃くなっており危険が予想できます。そのような男では役不足です。私、キュルエル=フォン=エリックとそのパーティーでお守りを」
「ありがとう。でも、私たちのパーティーはあなた方に守られるほど弱くありませんわよ?」


 フローラ姫のあの口調、久しぶりに見た気がするな。外向けフローラ様だな。


「それは違いますフローラ様。確かにフローラ様もシズク様もとても優れた能力をお持ちですが、我々とてパーティーとして連携していればお2人より危険を回避できます」
「ですが私たちも2人だけではございません」
「お戯れを。確かにあの女は力こそあるようですが、これまでの授業の様子をご覧になられていたでしょう?協調性もなく何をするかわかりません。そしてもう1人は論外でしょう。何かの間違いでフローラ様をたらしこんだようですが、今はもはやそれどころではありませんから。さあ、私たちとともに」


 そこまでいったところで、フローラ姫が切れた音が聞こえたような気がした。
 エリックが再びフローラ姫の手を取ろうと伸ばした腕は、フローラ姫自身によって拒絶される。それも、非常に強い拒絶だ。


「いい加減になさい。私の友人に対してその言いよう、たとえ辺境伯家の貴方でも言葉が過ぎます。今すぐ撤回と謝罪を」
「私は姫様のためを、ひいては国のためを思って話しております。ご理解を」
「貴方と話しても無駄なようですね。お引き取りを」
「そうはまいりません。貴方はここで私の手を握るべきなのです。さあ」


 後ろにはずらりと取り巻きと思われるメンバーがこちらを睨んで立っている。
 辺境伯というと王家以外では最高峰と言っていい家格があったはずだ。確かに強気に出られる要素ではあるかもしれないが、ここまでの態度となるとおかしいな……。


「フローラ姫の婚姻相手としても最も可能性の高い1人です。キュルエル家は王家の覚えも良く、確かに第3王女である姫様に強気に出てもなんとかなるという相手ではあります」
「なるほど」
「見ての通り、相性は最悪ですが……」
「みたいだな」


 近くに来たシズクが小声で情報をくれた。


「それに加え、彼は実力でもSクラストップレベル。家格に加えてしっかりと根回しもあり、今では唯一姫様に声をかけることが許されている状況ともいえます。この混乱をチャンスと捉えているのでしょう」
「だとしたらこいつ、バカだな」
「は?」
「しまった。声に出てたか」


 シズクが小声で話してくれていたというのについ声に出ていたらしい。男の顔が真っ赤になりこちらを睨みつける。


「調子に乗るなよ!Cクラスの平民風情が!フローラ様をたぶらかした罪!その身をもって償え!」
「やめなさい!」
「フローラ様、貴方は騙されているだけです。私がしっかり目を覚まさせて」
「だから馬鹿だと言ったのに……」
「貴様ぁああああ!」


 男が激昂して掴みかかろうとしてくるが、時間切れだ。


「なんだ!?」
「今の……地面が、揺れた?!」
「ダンジョンが壊れる!?」


 魔力波を流す事で今の地点は把握している。今の地点は第60層。30層以降はレベルが跳ね上がる鹿王のダンジョンだ。60層の大広間ともなれば、当然


「ひっ……」
「化け物……」


 大地を踏みならし闊歩する魔物が出てくる。
 鹿王のダンジョンのほんとうの意味での攻略がいままさに、始まったというわけだった。

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