旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

異変

 ミトラから聞いた話はこうだ。


 裏ルートの依頼で、森の様子がおかしいため調査を依頼された。森に行くように指示を受けた以上は、特に達成条件もなく、不思議に思ったが法外な報酬だったため森に向かうだけならと引き受けたそうだ。


「お前、ほんとに本能の赴くままだな……」
「だってさー、しょうがないだろー?貴族が食ってる肉、くれるって言うんだから」
「北部であんだけ荒らし回ってたら金なんかいくらでもあるだろう……」


 冒険者というのはリスクが大きい仕事だ。下手をすれば毎日死と隣合わせ。じゃあなぜこの仕事に就く人間がこんなにいるのかと言えば、大きな理由は上位の冒険者に与えられる莫大な栄誉と報酬の浪漫があるからだ。
 北部のナンバー3。この世界全体で見たってその報酬はかなり上位になるだろう。それこそ下手な貴族より稼ぎだけならいいはずだった。


「それがさー、その貴族、自分たちで専用の動物を育ててるんだよ」
「ん?」
「聞いたことないかー?ピーヤみたいにさ、魔獣の中で美味しかった動物を食うために増やして育ててるんだよー」
「その貴族から直接依頼が来たのか?」
「そうー。それは間違いない。美味い匂いも、ちゃんとした」


 そうきたか……。


「アツシさん、これって」
「あぁ、今回の敵と言っていい貴族が1つ、わかった」
「やっぱり!」


 この世界は家畜の文化はそんなに進んでいない。具体的には、ピーヤのように増えやすく育てやすい動物を家畜にすることはあっても、味を向上させるため、であったり、品質等を考慮した改善は基本的に行われていない。
 だからこそピーヤをちょろっと改良しただけで一儲けできたりしたわけだが……それはまあいい。


「エンギル家ってのが北部にいてな。中流貴族なんだけど辺境地のおかげかせいか、土地だけは広い。代々生物関係の魔法に強いのと、自分たちの食い扶持を稼ぐために家畜で事業を起こしている」
「エンギル家は、協会関係者なんですか?」
「そうだ」


 この世界では珍しい同業と言えなくもない存在に一時は胸が躍ったが、ルベリオンの貴族であること、扱いのややこしい協会の人間であること、そして何より、生き物に対する考え方がまるで違うことから、接触を諦めた相手だった。


「家畜事業が成功して金もあるし発言権もついて勢いに乗ってるという噂までは聞いてたから、今回の件にがっつり噛んでいてもおかしくはない」


 ここで一気に実績を持って国内での発言権をさらに強めていこうという魂胆なら、辻褄は合う。


「その場合、魔法の発端って……?」
「多分だけど、エンギル家と協会で協力したか、エンギル家が協会へ渡したかだろうな」


 うちもそうだが、動物たちを多く扱っていると、ある程度その動物たちの考えは読めるようになる。ただどうしても、何を考えているのかまったくわからないまま、暴れたり訳のわからない行動を目にすることも、少なくはない。


「俺の場合、こっちにきてからはある程度の対話能力みたいなものがあったから良かったけど、元の世界で動物飼ってた時は本当に訳がわからないのもいたからな」
「そうなんですね?」
「チンチラって生き物飼ってたんだけど、あいつら突然気が触れたかと思うくらいケージの中を飛び回るようなことが何回かあったりはした。あとは困った例でいうなら、餌にはまったく飛びつかないのに俺にはやたら飛びついてくる蛇とかな……」
「それだけ聞くとかわいらしいんですけどね」
「蛇だぞ?俺もかわいいと思って飼ってたけど、さすがに餌と思って噛まれると痛い」
「それはなんというか……」


 そのくせ食ってほしいほうのちゃんとした餌には食いついてくれないわけだからな……。


「まあよくわからない行動ってのはある。で、この世界はそのよくわからない動きを魔法で説明できる訳だ」
「ん? えーと、ごめんなさい。そうすると何が?」
「魔力の動きがわかれば、それを再現することもおそらく、できる」
「そうなんですね! あ、でもそれって、簡単にはできないすごい魔法だったりしませんか?」
「それはそうなんだけど、エリスのレベルにいかなくても実現できる話ではある」
「私もそろそろ、エリスさんを基準にすると話がおかしくなることくらい、わかってきてますよ?」
「ほのかは日々賢くなるな……」


 エリスのせいで基準がおかしくなるが、オリジナルの魔法なんてものはもうここ百年の歴史では数えるほどしか生み出されていないはずだ。生み出されたとしても表に出てくることはあまりない。


「まぁでも、できない話じゃないんだよ」


 0から魔法を作り出すのはかなり困難な一方、すでにある魔法の改良なら、結構よく行われている話になる。ジェネリック医薬品と同じだな。こっちは特許も情報の開示もないから、ちょっと違うか。まぁでも、0から1をつくるよりは、はるかに現実味のある話だった。それでも貴族や組織が莫大な金と優秀な魔法使いを集めてやる話だけど。


「今回は現象は先に確認した上で、その中身を魔法で再現しているだけだ。だけといっても、それなりの魔法使いが何人も、何年もかけて再現するのが普通だけどな」


 中にはエリスのような天才もいるから、一概には言えないわけだが。


「今回はおそらく、家畜の動きがおかしくなったときの状況を魔法で分析して作ったんだろう」
「それって、アツシさんもできるんですか?」
「んー、エリスに頼めばできるんだろうけどな。うちは逆に、様子がおかしくなったやつらを元に戻せる魔法のほうがありがたいからな……」
「そうですよね!」


 このあたりがエンギル家とうちの最大の違いと言って良いだろう。
 エンギル家にとって動物はただの食べ物に過ぎない。元の世界にあったような、商品として何よりも大切にするという気持ちは少しかけていた。
 代わりにどんな手段をもってしても、家畜の質を向上させようと言う意思だけは強い。
 今回の魔法も、暴れ狂ったほうが美味しくなる動物がいないか探すため、あるいはそうなったほうが美味しいことがわかっているもののために編み出した魔法ってところじゃないだろうか……?


「まぁ、元の世界でもフォアグラなんかは賛否両論だったしな」
「でもどこかの牛はビールを飲んでたり、良いもの食べてストレスなく生涯をとか、ありましたよね?」
「よく知ってるな。まぁあれも突き詰めると、そのほうが美味しくなるからってとこにはなるからな」


 何はともあれ、動物の命に対してあまりに感情が軽いというのが大きなギャップとなり、接触を諦めた相手だった。別に悪いとは思わないし、悪いことをしているわけではないんだろうけどな。


「さて、ただ今回こんな形で魔法を使ってることに対して、協会側へ抗議してくれるような相手ではない。良くて無関心、悪ければ敵。こういうときは常に最悪を予想しておいたほうがいい」
「ちなみになんですけど、アツシさん」
「ん?」
「アツシさんみたいに、生き物を別の場所に送ったりする魔法って、あるんですか?」
「あぁ、ある。たとえばああやってゲートを……ゲート?」


 最悪を予想する、これはまぁ、意識できていたので良しとしよう。
 ただどうもやっぱり、俺は冒険者には向いていないらしい。


 最悪を予想しても、対策する前にその最悪のほうが向こうからやって来るのでは、結果は同じだった。

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