旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

決戦前夜

「大丈夫か?」
「はい」


 竜にしがみつくほのかに、いつもの元気はない。
 それもそうだ。慣れない旅、初めての騎乗。そして、すでに3匹目の竜だ。


 白竜は賢い生き物だから、乗り手によって能力をどこまでセーブするかをコントロールすることになる。
 慣れていないほのかに合わせていつもよりペースは遅かったが、それでも初めてにしては出来過ぎなほどだった。


「流石にきついか……」
「でも、もう少しですよね?」
「あぁ、明るければもう見えてくる距離だ」


 夜通し飛び続けた疲れは、慣れている俺でも結構しんどいものがある。


「アツシさん、森の様子はどうですか?」
「正直見えないからわからん。こうなるとむしろ、ほのかの方がよく見えてそうだな」
「私がですか?」


 ――魔力視とは本来、見えないものを見るもの


 あのエルフの言葉が頭の中に響く。


「感じ取れないか?何か」
「そうですね……あ、この辺り、ジャングルメットがいた……?」
「そう。よくわかったな」


 飛んでいる高さ、街灯も何もない暗さを考えると、目で見て判断はできない。
 俺はこれまでの経験からなんとなくの距離こそ掴んでいるものの、ほのかにそれがわかったということは、魔力を感じる何かに響いたということになるんだろう。
 エリスとの冒険ではいつものことだし、ほのかの能力を考えれば今さら驚きはしないが……。


「ジャングルメットたちが暴れてるのは……いつものことなんですもんね」
「ん?今あいつら暴れてるのか?」


 おかしい。この時間に暴れるのは普通ではない。


「はい。多分ですけど、木がなぎ倒されて、あと……あれ?」
「どうした?」


 暗がりでよく見えないものの、ほのかの表情が歪んだのを感じる。


「殺し合いを……してます」
「殺し合い……」
「これも、よくある事ですか?」
「いや……」


 ジャングルメットは非常に社会性の高い動物だ。
 集団で役割を分担し、お互いにコミュニケーションをとりながら過ごしている。
 殺し合うほどの興奮状態になることは、普通ではない。


「そもそも昼行性のジャングルメットがこんな時間に暴れてるのがおかしい……」
「急いだ方が……」
「いや……一度トパーズに戻ろう」


 早馬制度の最後はトパーズ、これは当初の予定通りの行動だ。


「私が遅れているからですか?」
「ん?あぁ、違う。ほのかが居てもいなくても、最後はトパーズで戻るつもりだった」
「そうなんですか?」


 理由はいくつかある。
 そもそも今回のケースでは、最も戦闘区域になりやすいのは森の境界になる。ここを不用意に通過しようとするのは危険だという判断が1つ。


「トパーズの上なら、手紙が読める」


 もう1つの理由はこれだ。


「竜だと確かに、酔いますね……」
「それ以前に気を抜くと吹き飛ばされるしな」


 白竜のスピードは音速に近い。ギリギリでソニックブームこそ発生しないものの、普通なら人間が耐えられるものではない。
 飛行機にしがみついて空を飛ぶような話だ。魔法の世界でなければ死ぬ。


「私が無事だったのって、やっぱり魔法ですよね?」
「そうだな。正確に言えば白竜のスキルに近いけど、こいつらは空を飛ぶにあたって、空気抵抗だったり衝撃、慣性とか、まあなんせ飛ぶのに邪魔なものの影響を極力抑えるスキルがあるんだよ」
「トパーズちゃんもそうでしたよね?」
「そう。で、その性能が圧倒的にトパーズが上ってわけだ。ここからは落ち着いて動きを考えたいからな」
「わかりました」


 ここから竜を飛ばしたとしても、辿り着くのは夜だ。
 皇国側、正確に言えば協会の人間が動くのは夜が明けてからになる。おそらくだが、ギリギリまでは森の魔獣たちの暴走だけでなんとかできないかと考えるはずだ。
 そして森の魔獣たちは、特に夜のうちには動く様子はない。仮に動いたとしても、ミーナとエリスのいる店まで被害を及ぼせるようなものではなかった。


「朝までは大丈夫だろうけど、逆に言えば朝までにこっちは万全の準備をしないといけない」
「なら早く戻ったほうが……?」
「いや、向こうはミーナとエリスがいるわけだし、こっちで挟める方がいいはずだ」


 今回ベルとネロのことがある。魔獣でなんともならないと気付けば、直接打って出てくるだろう。


「まあ、どうするかはミーナの指示次第だけどな」
「手紙の時間は、ちょうどですか?」
「いや、少し貯まってるくらいだ。サモン」


 トパーズの上に戻り、少し落ち着いたところで手紙を持った魔獣たちを召喚する。


「内容は?」
「また手分けするか」
「はい」


 最新と思われるものは先にこちらで読もう。


「まじか……」
「どうしたんですか?」
「最新情報だけだとややこしくなった。2人でまとめて読もう」
「はい」


 ほのかが渡された手紙を持ってトテトテと危なっかしい足取りで寄ってくる。


「まず最新情報、店の周りに、メイリアの軍が泊まり込んでいるらしい」
「来た時のことはこっちの手紙に書いてありますけど……」


 ほのかが持っていた1つ前の手紙。
 森の様子がおかしいことを聞きつけた帝国側が、境界まで軍を出動させたこと。そしてその軍が、俺とミーナにとって全く邪魔でしかないことが、そこに記されていた。


「援軍ってことですよね?良かったんじゃないんですか?」
「普通の正規軍とか、ミーナの親衛隊とかなら良かったんだけどな……こいつはそんなに身分の高くない貴族。今回も完全に手柄目当てでしかないから、あんまり期待はできない」
「そうなんですか……」


 目立たなくとも、確実に必要な仕事をこなしてくれる人材は大歓迎だが、派手な目立った戦闘だけを目的にしている貴族ほど鬱陶しいものはない。
 下手をすれば店が潰れてからようやく見せ場と思って出てこようとしていてもおかしくはないくらいである。


「すでにエリスと一悶着あったらしいからな……」
「そうなんですか?エリスさん、大丈夫でしょうか」
「南部ギルドの特Sランク冒険者、しかもエルフを相手に喧嘩しようってやつは、相当な馬鹿か、すごい力があるか、本当は仲がいいかのどれかだ……」
「アレンさんはまあ確かに、仲よさそうですもんね」
「そういうことだ。エリスにも良識はあるにしても、日本と違って強いやつはそのまま脅威なんだよ。そこに喧嘩売るのは、何も知らない馬鹿だったということになる……」
「貴族なら、ミーナさんが顔を出したら大人しくなりますよね?」
「そうだな。ただ、協会にはバレてるにしても、皇国側にミーナの情報は渡ってない可能性が高いんだよ。迂闊に顔は出さないようにしてるだろうな」


 散々ミーナに言われてようやく自覚したが、Sランクってのは本当に国同士の争いに影響が出る戦力らしい。
 帝国側の使者が皇族直々だと分かれば、皇国側も何かしら打って出る必要が出てくるという話だった。


「ということで、今回の対処しないといけない案件が増えた」
「森の魔物と、協会の動きと……その貴族ってことですよね?」


 そういうことになる。
 そして俺の感覚でいうと、最後に増えた案件が一番面倒だな……。


「まあどちらにせよ、動くのは明日だ。ほのかにも動いてもらうこともあるし、休憩しよう」
「はい……」


 ほのかはそのまま、吸い込まれるようにトパーズの雲の中に沈んでいった。


「よほど疲れてたんだな……」


 白竜で急いだわりに、一晩無駄にするようにも感じるが、ここで休むのも大きいだろう。
 トパーズなら1日遅れていたわけだし、白竜をゆっくり飛ばしたところで、寝れるわけじゃ無いしな。


「サモン」


 見張りに何匹かの魔獣を召喚し、俺も眠りにつくことにした。



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