旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

魔族領域

 男は振り返ることなく歩き続ける。 
 街道も通っていない森は非常に歩きづらい。翼竜は歩くスペースがないため空から、トパーズは小さなキツネになってトコトコ着いてきていた。 
 トパーズは時折俺を追い抜いて、心配そうにこちらを見上げてくる。 


「大丈夫だ。こっちにきて5年も経ってるんだから山道には慣れてるよ」 


 それでも心配そうなトパーズをなだめながら、なんとか男の姿を見失わずについて行く。トパーズが俺を見上げること6回。ようやく目的地にたどり着いた。 


「あぁ、君たちには少しペースが速かったかな?」


 初めてこちらを振り向いた男が問いかける。


「いや、気にしないで良い」 
「そうかい。入るといい」 


 現れたのは一軒の小屋。木々に溶け込むように建てられた小屋は、意識しなければ森の景色に同化する。それでも住居としての機能はしっかりしているようで、煙突からは煙が立ち上る。


「おかえりなさい。あら……また何も説明せずに連れてきたのね。ずいぶん警戒されているようだけれど」 
「必要なことは伝えたつもりだったんだけどな……難しいものだね」 


 中から一人の女性が出てくる。輝くような長い髪に、宝石のような目、透き通るような白い肌、そして、とがった耳。
 エルフだ。 
 フードを取った男も同様に耳がとがっている。 
 エルフを見るのはエリス以外でも初めてではないが、エリス以上の強さを感じる相手は初めてだった。 


 男はもちろん、女の方も手に負えない強さだということだ。 


「ごめんなさいね。貴方の大切な子は私がしっかり見ていたわ。今は寝ているけれど、安心して頂戴」 
「それは……ありがとう。彼女はどこに?」 
「まずは座って。暖かいものでも入れましょう。そっちの子は、何を食べるのかしら?あと、外にいる子も」 


 トパーズだけでなく、上空に待機している翼竜にも気付かれていた。もし敵意のある相手だとすれば、こちらの打つ手はほぼなくなったといえる。 


「安心して、と言っても難しいかもしれないけれど……あぁ、私たちは見ての通りエルフ。精霊の契約に基づく存在だから、嘘はつけないわ」 
「そうか……」 
「色々と話をしたほうがいいかしら?あの子を拾ってきたのはそっちの……なんて名乗るの?」 


 男のほうに目を向けながら女が尋ねる。名義がいくつもあるということか。
 これが魔族の常識か、彼らの事情なのかはいまいち判断がつかないが。 


「アスタでいいだろう」 
「あら、それでいいの。じゃあ話を戻すわね。アスタが出かけて、帰ってきたタイミングでこの子を担いでいたのよ。あ、安心してね?触れてはいないから」 


 魔法で宙を浮かせていたのだろう。エリスも良くやるやつだ。
 魔力量が豊富だと、そのほうが楽なんだそうだ。 


「見つけたときには気を失ってたらしいけれど、一度起きてご飯は食べたわ」 
「そうか……ありがとう。俺たちは」 
「大丈夫よ。大体わかっているから」 


 わかっている、か。


「森に変な魔法が広まっていたものね。あれを止めるんでしょう?」 
「門番が荒れていたのもそのせいだろう。君たちの言葉で言えば、カメレオンか」 
「どうしてそれを……」


 カメレオンという単語は、この世界のものではなかったはずだ。あれはひとくくりにトカゲとして認識されている。 
 確かに門番の姿は、俺やほのかが見れば間違いなくカメレオンの姿をしている。極端に巨大である点と、完全に景色に溶け込む擬態を行う点以外は、元の世界のカメレオンと同じだ。 


「ほら、不用意に話すからまた警戒されたじゃない」 
「難しいものだな……」 


 悠長に話す二人に対して、どう声をかけるべきか躊躇う。気になることはいくつもあるが、どこまで踏み込んで良い相手か判断がつかない。 


「言語に関しては、君たちは神獣の力を借りて話しているのだろう?」 
「ん?」 
「おや、その認識すらなかったわけか……」 


 神獣の力を借りて……? この世界でどうして言葉が通じるのかは疑問に感じる点が多かったが、そう考えると納得できる部分もある。
 今から会いに行くあいつなら、その程度のことはやっていても不思議ではない。 


「とはいえ不十分なようだし、これから会いに行くのならついでにそれも頼むといいだろう」 
「どこまで知って……いや、どうしてそんなことまで」 
「ほら、何でもかんでも喋ればいいってものではないのよ」 
「そうみたいだ……全く、人の相手は難しいな」 


 二人がなぜ、こちらが自分でもわからなかった情報まで引き出せたかはわからない。だが、最初に感じた強大な力以上の差があることだけはわかる。 
 この旅の目的程度なら、ほのかを見ればわかることもあったかもしれないが、言語に関することについては説明がつかない。 


「こうなるともう、大丈夫といっても私の用意したものは食べられないでしょう」 


 冒険者の常識で言えば、得体のしれないものに手を出すのは御法度だ。何が起こるかわかったものではない。 
 魔力視を使って確認したとしても、すでに二人の力が未知数過ぎることはわかっている。俺の魔力視では何の保証にもならない。 


「仕方ない。あの子を連れてくるわ。少し待ってて」 


 こちらが返事に戸惑っていると、先にエルフの女が動く。若干申し訳なさもあるが、下手にリスクを冒す必要はないだろう。 


「悪かった」 
「いや、気にしていないさ。違う種族での交流というのはそういうものだろう?」 
「そう言ってもらえるとありがたい」 


 亜人種同士の交流は、常に相手に敬意を払わなければならない。相手の文化を否定してはいけないし、自分の文化を押しつけてもいけない。 
 お互いにわからないのだから、お互いに否定しない。 
 とはいえ、これだけの力関係でそれを遵守してくれる相手となると、貴重な存在だ。感謝しなければならない。


「いや、こちらも配慮が足りなかったようだからな……あぁそうだ、せっかくだ。これを渡そうか」 


 男がローブに手を入れ、黒い球体を取り出す。 


「これは?」 
「そうだな……君たちの言葉で言うと、魔石か。いや少し違うようだな……魔玉とでも名付けようか」 


 確かに魔石と同じ感覚はあるが、まず大きさが違いすぎる。 
 家電レベルの魔道具に使う魔石でも宝石の破片と言った方がいい程度のサイズだというのに、これは手のひらサイズだ。本当に魔石と同じようなものだとすれば、一国が傾く価値がある。 


「これが何なのかは、説明は難しい。ただ役には立つはずだ」 
「俺の見立てがあっているかはわからないが、理由もなしに受け取って良いものではないな」 
「  見  え  るのかい?」 
「見える?」 


 黒い球体にもう一度目を向けるが、そこにあるのは黒い球体でしかない。それ以上でも、以下でもなく。 


「見えてはいないか。不思議に思ったようだけど、魔力視というのは本来、君たちが思うよりも高度な技術でね」 
「魔力視?」 
「君たち、いや、君の魔力視は、  そ  こ  に  あ  る  も  のを見ているにすぎない。本来の魔力視は、そこにない情報を引き出すだけのものだ」 
「そこにない情報……こちらの事情やカメレオンという言葉を引きだしたのはそれか」 
「その通り。見ようと思えば、見えてくるものがあるはずだよ」 


 押し付けられるように魔玉と呼ばれたそれを受け取ったところで、扉が開いた。 


「アツシさん!」 
「ほのか、大丈夫だったか?」 


 二人と同じようなローブを着て飛び出して来る。 


「すみません。ご迷惑を……」 
「俺は何もしていないんだけどな……無事ならいい」 


 ――見ようとすれば、見えて来るものがある。 


 先ほどの言葉を思い出しながらほのかを見るが、結果はいつも通りの魔力視と変わらない。
 まあ、すぐに変わるものではないか。 


「?」 
「いや、無事なようで何よりだ」 


 それでもほのかの無事は確認できる。 


「ちょうど起きていたから良かったわ」 
「感謝する。貴方たちにとって価値があるものを用意できるかわからないが、何かお礼をさせて欲しい」 
「だって。どうする? アスタ」 
「特に何かしたわけでもないよ。見た所何もしなくても君たちなら上手くやれたようだし、むしろ余計な手出しをしてしまったことを許してくれ」 
「そんなことは……」 
「叶うならそうだな……また来てくれると嬉しい。次は彼女の料理を食べに」 
「あら、今からでも構わないのに?」
  
 人懐っこい笑みを浮かべるエルフの誘いだが、今は少しでも時間が惜しい。どう断ろうか悩んでいたら、意外にもほのかが声をあげた。
  
「お世話になりましたし、これ以上は……」
  
 申し訳なさそうに告げる。
  
「君たちも急ぐんだったな」
「そうね。お楽しみはまたの機会にとっておきましょう。今なら門番もいないようだし」
  
 この距離で目視もせずに言い当てるエルフに内心愕然とする。言葉をそのまま鵜呑みにするわけではないが、この二人であればそこまで見えていても不思議ではない。
 ほのかも特に荷物はないし、すぐに出ることになった。 休んでいたトパーズを起こし、席を立つ。
  
「世話になった」
「ありがとうございました」


 玄関まで見送りに来てくれた二人に礼を言う。近いうちに必ず、なにか手土産を持ってこないといけない。
 エリスに頼んでエルフにとって価値のあるものを聞くとしよう。


「無事を祈る」
「私たちはいつでもここにいるわ。また来てね? 約束よ」
  
 二人に見送られ、小屋をでた。
 そして――。
  
「嘘……」
  
 ほのかの顔が驚愕に染まる。
 手を振るエルフが扉を閉めると、小屋は森と同化した。まるではじめから何もなかったかのように。
  
「どうやってまた来いって言うんだ……」
  
 認識をずらされたとかそういうレベルではない。この距離で、存在を認識できなくなった。
 あまりの魔法技術の差にもういっそ乾いた笑いしか出ない。
  
 あれだけ適応能力の高かったほのかが固まっているくらいだ。
  
「災難だったな」
「あ!すみません。私……」
「いや、守りきれなかった。悪かった」
「そんな……!私が!」


 言い争っていても仕方ない。


「ほのかはここで戻った方がいい」
「え?」


 翼竜を呼びつけ、ほのかに乗るように促す。


「これ以上は本当に危ない。ミーナ達のところに、先に戻っていてほしい」


 ほのかは複雑な表情を浮かべながら。その場に立ち尽くした。

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